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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第375話 リッカ散策(前編)

 ――正午を迎えた頃。

 リッカの街にとある集団が到着する。

 

 先頭を風を切るようにして闊歩する白髪の老年男。その右手には――一升瓶が持たれていた。

 そして老年男の後方を歩くのは金髪、赤髪、濃紫髪……三人の女性だ。彼女たちは物珍しそうに和風の街並みを見渡していた。


 街行く人々はそんな集団を『酔っ払い祖父と孫娘たち』程度にしか思っていなかった。


 ――が、とある建物の前で足を止めた集団は、人々の注目を集めることになる。


「――あ〜疲れた! もう歩けねえよ! ちょっとここで昼寝でもして休もうぜ!」


 老年オヤジは何の躊躇いもなく建物に入ろうとするが、女性陣から引き止められる。


「ゆ、勇者様……ここって……」


「ん? 宿屋だろ?」


「そ、それは……存じておりますけど……」


 金髪女性が頬を赤らめながら言うも、老年オヤジは彼女たちが引き止める理由を理解しておらず――


「そんじゃとっとと入ろうぜ! お前たちも汗を流したいだろ?」


「いやいや! ちょっと待てよ勇者様!

よく見てくれよ! ここは『ラブホテル』だぞっ!」


 赤髪女性が派手な佇まいの宿屋を指さしながら怒声を上げる。――そう、ここは所謂『ラブホテル』なのだ。


 だが、そんなことは老年オヤジには関係ない。


「ん? おお……道理で派手な建物だと思ったぜ。それにお前の方こそよく見ろよ。休憩だとご覧の破格だぞ? 財布に優しいじゃんか」


「そういう問題じゃねえ!」


 そして濃紫髪の少女が言う。


「勇者様……私たち恋人同士でもないし……しかもこの人数で入らないほうが……」


 続けて金髪女性と赤髪女性も――


「勇者様……他の宿を探しましょうよ……」


「そうだぜ。そもそも昼寝の為だけに宿に入る必要があるか? 天気も良いし、公園の芝生の上で十分だよ……」


 渋る女性陣。

 気付くと通行人たちが好奇の目で集団の様子を伺っていた。


 しかし、老年オヤジは動じず。大声で怒鳴り散らす。


だらぁっ((黙れ))!! もう歩けないって言ってるだろ?! 目の前の宿に入って何が悪い?! それに年寄りを虐めるもんじゃねえぞ?! お前たち若者と違うんだからよう!」


 そして老年オヤジは耳を押さえる彼女たちの背中を押す。


「「「……っ?!」」」


「長居するつもりはねえよ。二、三時間でいいからさ、昼寝させてくれ――」


「「「ゆ、勇者様〜!」」」


 一行は宿屋の中へと姿を消すのであった。




 ――同じ頃。

 サンディ屋敷の玄関前にはヨネシゲたちの姿。一同、期待に胸を膨らませるようにして、嬉しそうに微笑みを浮かべていた。


 先程、国王ネビュラから『本日終日解放』を告げられた角刈りたち。早朝から行われていた会議も終了し、これより昼食も兼ねてリッカの街を散策する予定だ。


 メンバーはヨネシゲ、ソフィア、ドランカド、カエデ、ジョーソン、グレース、プリモ、ドロシーと案内役のノア――計九名である。


 一行の出発を見送るため、クボウ家の面々とウィンターも玄関前に集まっていた。


 白塗り顔がヨネシゲたちに告げる。


「――それでは皆の者、思う存分楽しんで参れ。じゃがあまり羽目を外し過ぎるではないぞ?」


「ナッハッハッ! ご安心ください! 今や俺たちはクボウ家の顔。良識ある行動を心掛けますから!」


「ガッハッハッ! ヨネさんの言う通りッス! 俺たち大人ですから心配しないでください!」


「お前たちが一番心配ぞよ……」


 自信満々で宣言する二名の角刈りに白塗り顔が肩を竦めながら息を漏らした。


 その傍ら、ソフィアはコウメとシオンと言葉を交わす。


「――それでは行ってまいります。お二人が来られないのは残念ですが……」


「おーほほっ! またの機会ね。今夜の宴はシオンちゃんと王子の婚姻祝いも兼ねていますから、母親として色々と準備してあげないと……ね〜、シオンちゃん?」


「ええ。本当は私もご一緒したかったのですが……婚姻に向けて色々と準備しなくてはなりませんので。でも私たちのことはお気になさらずに、久々の自由時間を満喫してくださいね!」


「ありがとうございます!」


 一方でドランカドがキョロキョロと辺りを見渡す。


「ドランカド、どうしたんだ?」


「へ、へい。ノエル殿下は来ないのかな〜と思いましてね……」


 すると白塗り顔が事情を説明。


「できればノエル殿下にもリッカの街を楽しんでほしいところじゃが……先の一件がある。王族の皆様の不要な外出はお控えいただいておるのじゃ。トロイメライ屈指の治安の良さを誇るリッカの街とはいえ、改革の連中がいつどこから襲撃してくるかわからんからのう……」


「ですよね……」


 事情は納得できるが……ドランカドは落ち込んだ様子でため息を漏らした。その肩をヨネシゲが叩く。


「まあそう落ち込むなってよ!」


「ヨネさん……」


「久々に酒でも酌み交わそうぜ!」


「そうッスね……でも楽しみは夜の宴まで取っておかないと」


「だな」


 ニヤリと笑いながら見つめ合う角刈りと真四角野郎。その様子をソフィアが微笑ましく見つめるのであった。


 一方でグレースが申し訳無さそうに主君に言う。


「旦那様……本当に私のような者が、ヨネさんたちと一緒に出歩いてもよろしいのでしょうか?」


「ええ。もう貴女はサンディの家の者です。()()を果たしていただければ、特段行動を制限するつもりはございません。私はグレースのことを信用しておりますから」


「ありがとうございます……」


 深々と頭を下げる妖艶美女に銀髪少年が念を押す。


「但し……くれぐれも良識ある行動をお願いしますよ? もし問題を起こしたら、今後外出は許可しませんからね?」


「ウフフ……旦那様が毎晩私の相手をしてくれて……欲求を満たしてくれたら……問題なんて起こしませんよ?」


「……っ。冗談はやめてください……」


 そこへ案内役のノアが割って入る。


「おいコラ。旦那様をあまり困らせるんじゃねえ。そろそろ出発するぞ」


「相変わらず怖いお兄さんですこと……」


 そしてウィンターが臣下に告げる。


「それでは、ノア。皆さんの案内は任せましたよ」


「お任せください!」


 そして角刈りが銀髪少年に言う。


「ウィンター様も来れなくて残念ですね」


「はい。できれば私もご一緒したかったのですが――」


 ウィンターは庭園へと視線を移す。

 そこには――何故か珍獣、白猫と乱闘を繰り広げる皇妹の姿。


「――今後のことについて陛下とお話がありますので……」


「そうでしたか……」


 きっと彼は皇妹との婚約について話し合うのであろう。事情を察した角刈りは深くは訊かず、隣のノアへと身体を向ける。


「そんじゃノアさん、案内をお願いします!」


「了解です!――では皆さん、行きますよ!」


「「「「「おーっ!」」」」」


 ノアの掛け声に、角刈りと一部の者たちが拳を高らかに掲げながら、雄叫びで応えた。






「――うむ! やはり美しい街並みだ!」


 リッカのメインストリートを歩くヨネシゲ一行。その伝統を感じさせる和風の街並みに角刈りが唸った。


「リッカの街並みを気に入ってもらえて嬉しいですよ」


 嬉しそうにする地元民のノアに角刈りが言う。


「はい。元居た世界の……母国にもこういう景色がありましてね……懐かしくて……親しみを感じます……」


「そうでしたか……」


 どこか儚げに微笑むヨネシゲ。ノアはそれ以上の言葉を掛けることができなかった。


 ――だがしかし。

 二人の隣で腹の虫が大きな鳴き声を上げる。


「腹減ったッスね〜。ノアさん、昼飯はどこで食べる予定ですか?」


 ドランカドの質問にノアが苦笑を浮かべながら答える。


「はい。これから向かうのは俺の行きつけの蕎麦屋です。蕎麦だけじゃなくて、天ぷらや出汁巻き卵が美味いんですよ!」


「これは期待大ッスね〜」


 涎を流す真四角野郎の隣で角刈りも腹を鳴らす。


「あら? ヨネさんの腹の虫も凄く大きな声で鳴くのね?」


「ヘヘッ。聞かれちまったか。話を聞いてたら俺も急激に腹が減っちまってよ……」


 恥ずかしそうに頭を掻く角刈りをグレースは微笑ましそうに見つめるのであった。


 そんな彼らの後方ではマダムたち――ソフィア、ドロシー、プリモが楽しそうに会話する。


「――私、ランチの後はリッカの市場を覗いてみようかと思います」


「良いわね〜。私もソフィアさんとご一緒させてもらおうかしら?」


「私も是非ご一緒させてください」


「はい、喜んで! 皆で行きましょう!」


 ソフィアは瞳を輝かせながら語る。


「トロイメライ南海に面する故郷カルムの市場には、海の幸が多く並んでいましたが、海無し領フィーニス・リッカの市場には、山と川の幸がたくさん並んでいるらしいですよ」


 ドロシーとプリモも嬉しそうに頷く。


「ええ。海はカルム、山はフィーニスと言われるくらいですからね。特に山菜の品揃えが豊富みたいですよ」


「何だかワクワクしてきちゃいましたわ。楽しみですね!」


「しばらくの間はリッカで過ごすことになりますから、色々と散策しましょう!」


「「ええ!」」


 まるで年頃の少女のようにはしゃぐマダムたち。その後ろ姿を見つめながらカエデとジョーソンが言葉を交わす。


「な、なんだか、み、見ている私たちも、嬉しくなっちゃいますね!」


「だな。今日は現実を忘れて、俺たちもはっちゃけるとしますか!」


「ジョ、ジョーソンさんは、いつもはっちゃけてるでしょ?! ほ、程々にしてくださいよ?!」


「わかってるって――おっ! カエデ、あれを見ろよ!」


「え?」


 突然走り出すジョーソン。

 中年が駆け寄った先は――書店だった。彼はその軒先に並べられた一冊の本を手に取ると、興奮した様子で少女を呼び寄せる。


「見ろよ、カエデ」


「な、なんですか? もう……――って?! こ、これはっ!?」


 ジョーソンから本を受け取ったカエデが絶叫する。


 中年はその本――絵本の表紙に書かれたタイトルを読み上げる。


「ヘヘッ。『美少女カエデと()()()ジョーソン 〜王都の頼れるヒーローたち〜』だとよ!」


「わ、私たちが……え、絵本になってる……噂は本当だったんですね……」


 王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』と『鉄腕ジョーソン』。その知名度と人気は王都内だけにとどまらず。二人の活躍は絵本や小説で語られており、近隣領でも子供を中心に絶大な人気を誇っているのだ。


 ただ……事実とは異なる内容が伝わっているようだ。

 早速カエデがタイトルと表紙絵を指差しながらツッコミを入れる。


「ちょ、ちょっとこれ、お、おかしくないですか?」


「ん? 何がだ?」


「な、何がって……これを見てください! ()()()ジョーソンってどういうことですか?! しかもこの絵……ジョーソンさんはこんな美少年ではありませんよ?!」


 『美男子ジョーソン』というタイトルもさることながら、表紙絵に描かれたジョーソンは、王子様を彷彿させる金髪マッシュヘアーの美少年だった。実際の熱血中年オヤジ『鉄腕ジョーソン』とはかけ離れた存在である。


「ヘヘッ。夢があっていいじゃんか」


「こ、これじゃ別人ですよ……」


「まあまあ。絵本に載せるなら、むさ苦しいオヤジよりも、美少年の方が断然良いだろ?」


「た、確かにそうですけど……」


 納得いかない様子のカエデ。片やジョーソンは満悦の笑みを浮かべながら、絵本に描かれた自分を見つめるのであった。




 ――その後、一行は大通りから外れた商店街通りを進んでいた。この先にノア行きつけの蕎麦屋があるらしい。

 商店街通りには所狭しと店舗が並んでおり、多くの買い物客で賑わっていた。


()()の商店街を思い出すな……)


 角刈りはそんな事を考えながら、隣を歩く愛妻の手を握る。


「あなた……?」


「手……繋ごうぜ……」


「ええ」


 夫の言葉を聞いたソフィアは優しくその手を握り返した。


 ヨネシゲは新婚時代の記憶を辿りながら、どこか懐かしさを感じる商店街を行く。


「皆さん! もう少しで着きますよ!」


「ヨッシャ! 天ぷらそばと天丼を鱈腹(たらふく)食ってやるぜ!」


「あなた、今晩は宴ですから程々にしてくださいね」


「ガッハッハッ! 大丈夫だって! 俺の胃袋は底無し沼だからよ!」


「もう……あなたったら……」


 ヨネシゲとソフィアは互いに見つめ合いながらクスクスと笑いを漏らした。


 ――その時である。


「ざけんじゃねえよっ!!」


「「!!」」


 突然、一行の耳に届いてきた怒号。

 気付くと前方には人集りができていた。


「な、なんだあ?!」


「ヨネシゲ殿、行ってみましょう!」


「はい!」


 ヨネシゲたちは人集りができている場所まで駆け寄ると、野次馬の一人に状況を尋ねる。


「おい、一体何事だ!?」


「出たんだよ」


「出た?」


「ああ、高利貸しだよ。高利貸しの『ボッタクロー』だ」


「ボッタクローだあ?!」


 角刈りは人集りの先に視線を移す。

 そこには物騒な輩に囲まれる親子の姿があった。



つづく……

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