第372話 真実(前編)
トラブルメーカーたちが暴走を見せたが、会議は滞りなく進行していた。
まず初めに、王都から退避してきた王族やクボウ家、シュリーヴ家等からなる『王都組』と、サンディ家とフィーニス領の治安機関が中心となった『フィーニス組』の双方で情報を共有。トロイメライが陥っている現状の把握に努めた。
そこで知り得た情報はかなり深刻なものであった。
王都組がフィーニス組に伝えた情報は――
『王妃によるクーデターの詳細』
『改革戦士団による王都乗っ取り』
『改革戦士団の野望――現存世界の破壊と新たな世界の創造を目論んでいること』
一方のフィーニス組は――
『新国王を名乗る王兄スターが、新王政を発足を各地の貴族に通達していること』
『スターに忠誠を誓うよう新王政側が各地の貴族に脅迫文を送り付けていること』
『アルプ地方領主タイガー・リゲルが危篤状態』
これらの情報を王都組に伝えた。
情報の共有を終えた一同の表情が険しさを増す。情報と情報が繋がったことにより、差し迫る脅威が顕著となった。
改革戦士団が王都を乗っ取ってから約五日間。王国内の情勢が著しく悪化していた。
この脅威に立ち向かう為、サンディ家重臣『ヒョーガ』から提案された対策が『改革戦士団包囲網の形成』である。
その内容は、彼の主君である『ウィンター・サンディ公爵』を筆頭に、南都の雄『クボウ家』や東国の覇者『リゲル家』、西国の有力者『ロックス家』などの名門貴族が結束し、更には王国全土の中小貴族たちとも連携、改革戦士団を追い込む……といったものだ。
一方、ゲネシス帝国皇妹『エスタ』から申し出がされる。
ゲネシス帝国は改革戦士団を共通の敵とみなし、包囲網に加わりたい意向を示した。必要に応じて、改革戦士団への攻撃、牽制、トロイメライ側の支援を行うよう、兄である皇帝『オズウェル』に進言するそうだ。――とはいえ、彼女は兄を裏切ってこのフィーニスの地を訪れており、ましてや先のクーデターの一件もある。オズウェルが二つ返事で妹の進言を受け入れるとは考えにくい。――こちらの案は期待しないほうがよいだろう。
その後も意見を交わした結果、『改革戦士団包囲網の形成』は全会一致で賛成となった。
包囲網に期待を抱く一方、懸念される事柄もある。
それは王都の地下に眠る『具現岩』が改革戦士団の手中にあることだ。
追い詰められた敵方が自棄になり、具現岩が破壊されるような事態に陥ってしまうと、バーチャル種の想人を中心に、多くの人命が奪われてしまうことだろう。
また多くの貴族、官民が改革戦士団の手中――人質状態にあることも弱みの一つだ。人質は敵方に洗脳されており、こちらが攻勢に出ようものなら、彼ら彼女らを『人の盾』として利用してくることは必定だろう。
敵方には可能な限り対話を呼び掛けたり、降伏を促すつもりだが……特殊な思想を持つ過激なテロ集団が呼び掛けに応じるとは到底考えにくい。
だがこれらは包囲網が予定通りに形成され、こちら側が優位に立った場合の話だ。
当然、貴族たちの足並みが揃わず、包囲網の形成が思うように進まないことも考えられる。
仮にそうなった場合、その隙を利用して改革戦士団が各地の貴族たちを取り込んだり、或いは自ら敵方に服従を誓う貴族が現れる可能性もある。
そういった状況が続けば、いずれは劣勢に立たされる。かといって強硬手段を用いて実力行使に踏み切れば、多くの罪なき尊い命が失われる結果を招いてしまう。
――何としても回避せねばならない展開だ。
いずれにせよ長期戦と難しい判断を迫られることだろう。
改革戦士団の殲滅と王都奪還を目指すネビュラ王政。ネビュラはこのフィーニス領都『リッカ』を『新都』と位置付けて、当面の間拠点とする考えを伝えた。
リッカを新都と位置付けることに、一部の者たちから『王都を捨てるおつもりか!?』などといった反対意見が飛び交ったが、あくまでも一時的にリッカを拠点とするだけ。王都を奪取された現状を考えると致し方ない判断である。
勿論、メルヘンを奪還した暁には、王政の全ての機能を王都に戻すつもりだ。
ネビュラが反対派に理解を求めた結果……リッカ新都案も無事可決された。
改めてになるが、先ずは王国全土の貴族たちと結束、改革戦士団に隙を与えない状況を早急に作り出すことで意見がまとまった。
ここでサンディ家重臣ヒョーガがとある疑問を口にする。
「――それにしても……改革戦士団の総帥は、何故ここまでこの世界を恨んでいるのだ? 彼の憎悪の根源となっているものとは一体……?」
白い口髭を撫でながら思案するヒョーガを横目にしながら、ネビュラがヨネシゲに声を掛ける。
「ヨネシゲよ」
「はい」
「一つ確認しておきたいことがある」
静かに頷く角刈りに国王が問い掛ける。
「教えてくれ。あの時……マスターは随分と意味深な発言をしていたな?」
「ええ……」
「奴はお前を『元凶の根源』、『異世界の住人』、『自分から全てを奪い去った男』と称していた。奴が正気ではないことは確かだ。しかし……お前に憎悪の感情を抱いていることは事実……ヨネシゲよ、お前は一体何者なのだ? 奴とどのような因縁があるというのだ?」
ネビュラが言葉を終えると、一同の視線がヨネシゲに向けられる。
一方の角刈りは席から腰を上げると、一同の顔をゆっくりと見渡した後、重たい口を開いた。
「皆さん……これから私がお話することは、とても信じ難い内容です。ですが……全てが真実です。
もしかしたら……私と関わりたくないと思うかもしれません。拒絶したくなるかもしれません。
ですが……嫌われる覚悟はできています。断罪を受ける覚悟だってできています。
私は、トロイメライ……世界の為に、真実を包み隠さずお話します。
どうか、最後までご清聴してくださると幸いです……」
ヨネシゲの前置きに一同は沈黙で応える。その様子を確認した角刈りは、これまで内に秘めていた真実を語り始めた。
「――あれは……私の時間軸で三年前の出来事です……あの日……私は全てを失った……」
「全てを失った……?」
思わず言葉を漏らすソフィアにヨネシゲが言う。
「以前……俺が退院してから、君と初めて過ごした夜のことだ。こんな事を言ったのを覚えているか?――『俺は一度お前たちを失っている』と……」
「ええ……とても衝撃的な台詞だったから覚えているよ……」
「そうか……今からその事について話すから……よく聞いてくれ……」
「はい……」
愛妻の返事を聞いた角刈りが言葉を続ける。
――あの日の記憶を思い出しながら。
雪降る夜。
家族団欒の時を心待ちにしながら帰宅すると、俺の目に映し出された光景は――燃え盛る我が家だった。
俺は警察官や消防士の制止を振り切り、外壁が焼け落ちて骨組みが剥き出しとなった燃え盛る我が家へと突き進む。
『ソフィア! ルイス! 中に居るんだよな!? 今助けるからな!』
『君っ! これ以上は危険だっ! 止まりなさい!』
『や、やめろっ! 離せっ! 離してくれっ! 妻と息子が助けを待っているんだっ!!』
――そして、焼け跡から性別不明、二名の遺体が発見される。
俺はブルーシートで覆われた遺体に手を伸ばすが、またしても警察官に制止される。
『頼むっ! 妻と息子の顔を確認させてくれっ!』
『やめなさいっ! 絶対に……見てはいけない……』
『畜生……畜生……どうして……妻と息子の顔を……見ることができねえんだよっ!!』
――後日、妻と息子は骨壺に入った状態で俺の元に帰ってきた。俺は二個の骨壺を抱きかかえながら泣き崩れた。
『すまねえ……すまねえ……俺がもう少し早く帰っていたら……お前たちを守れたのに……』
愛する妻子が、何者かによって殺害された事実を告げられたのも、この時だった。
――気付けば踏切の前で立ち尽くす俺。警報音が鳴り響く中、下りた遮断器をくぐり抜けようとする俺を、必死で引き止める姉と義兄。
『シゲちゃん! ダメよっ! 考え直してっ!!』
『ヨネシゲさん! 落ち着いてください!』
『止めないでくれ……もう……限界だ……』
二人が必死に引き止めてくれなかったら……今俺はここに居なかっただろう。
その後、体調を崩して倒れた俺は、病院へ搬送された。
一ヶ月程で退院するも、酒に溺れた生活を送ることになる。
全ては現実逃避の為――俺の時は止まったままだ。
――そんなある日のこと。
妻の妹が俺の元を訪れてきた。
『シャロンちゃん……どうしたんだ……? 俺に何か用かい……?』
『ヨネさん……是非、これを受け取ってほしい……』
『これは……?』
義妹から渡された物は――ダンボール箱の中にぎっしりと収められた三百冊ものノートだった。
『それ……お姉ちゃんが描いた物語……つまり小説だよ……』
『ソフィアが描いた……物語……?』
『うん。このタイミングで渡していい物なのか迷ったけど……パパとママに頼まれてね……是非ヨネさんに読んでほしいって……』
『貰ってもいいのか……?』
『うん。ヨネさんに読んでもらえたら……きっとお姉ちゃんも喜ぶと思う……』
『そうか……』
俺はダンボール箱に手を伸ばし、その内の一冊を手にすると、表紙に書かれた文字を小声で読み上げる。
『英傑アーノルド……憂いのトロイメライ戦記……?』
『さすがヨネさん、お目が高い! それ、ボクのオススメだよ』
『オススメか……』
この物語との出会いが――俺の運命を大きく変える。
つづく……




