第371話 暴走! トラブルメーカーたち【挿絵あり】
サンディ家屋敷の会議室にはトロイメライ最高峰の面々が続々と集結。緊急の重大会議が行われようとしていた。
議題は言うまでもなく『改革戦士団による王都乗っ取り』についてだ。対策を至急打ち出さなければならない。
『口』の字を書くように並べられた長テーブル。その上座に位置する席に腰掛ける者たちは――王族。国王『ネビュラ』を筆頭に、王弟『メテオ』、第一王子『エリック』、第一王女『ノエル』、第三王子『ヒュバート』が厳かな様子で会議の時を待つ。
その傍らでは、進行役を買って出た宰相『スタン』が控えていた。
王族たちの視線の先には、会議に出席する貴族やその臣下が口の字に並べられた長テーブルの前で着座していた。
王族から一番近い場所に陣取る集団は『クボウ南都伯家』の面々だ。
当主『マロウータン』を筆頭に、妻『コウメ』、娘『シオン』、甥『アッパレ』が横に並ぶ。
続けて家臣では『ヨネシゲ』とその妻『ソフィア』、同じく家臣の『ドランカド』と『リキヤ』、更には使用人『クラーク』、『カエデ』、『ジョーソン』、ドーナツ屋『ボブ』も同席している。
尚、珍獣『イエローラビット閣下』も国王から同席を許可されているが……まだ姿を見せない。
ちなみに南都所縁の貴族『バンナイ』、『アーロン』、『ダンカン』、カルム領主夫人『ドロシー』もクボウ側の席で会議に臨む。
クボウ家の隣には『シュリーヴ伯爵家』の面々。当主『ルドラ』、妻『プリモ』、次男『トウフカド』が腰掛ける。
そして、クボウとシュリーヴの向かい側には一大勢力『サンディ公爵家』の家臣団が泰然と座す。
重臣『ヒョーガ』や家臣『ノア』が並ぶ中には『グレース』の姿もあった。彼女は特殊な立ち位置であるが『王族の護衛』という実績が認められ、今回特別に会議の同席を許可された。
また、ゲネシス皇妹『エスタ』の席がサンディ側の席に用意されているが、当主『ウィンター』と共にまだ姿を見せていない。
錚々たる顔ぶれを見渡すように下座に着席する者たちは、フィーニス領軍の将軍や、リッカ保安署の幹部たちである。
――総勢約五十名の大会議だ。
会議を待つ間、一同が言葉を交わすことは殆どなく、険しい表情を見せている者も少なくはない。その重苦しい空気にソフィアが緊張で顔を強張らせる。すると透かさず、ヨネシゲが気遣いの言葉を掛ける。
「ソフィア、大丈夫か?」
「え、ええ……こういう場は慣れてないから……ちょっと緊張しちゃってね……」
そう言いながら微笑んでみせるソフィア。そんな無理する愛妻の手を角刈りが握る。
「あなた?」
「これくらいの事しかしてやれんが、何かあれば俺がフォローしてやるから安心しろ」
「うん……ありがとう……」
ソフィアはゆっくりと頷くと、テーブルの下で繋がれる手を見つめながら頬を赤く染めるのであった。
――それから十数分の時が過ぎた頃。
一向に始まらないネビュラが苛立った様子で貧乏揺すり。声を荒らげる。
「――遅い! ウィンターはまだ来ないのか!? 一体どこで何をしてやがる!?」
透かさずノアが国王に説明。
「は、はい! 主は皇妹殿下の迎えに行っております!」
「いくら何でも時間が掛かり過ぎではないか?! ノアよ、直ちに二人を連れてこい!」
「か、かしこまりました!」
国王命令。
ノアが慌てた様子で席から立ち上がり会議室を飛び出そうとした――その時。
「やめろおおおおおっ!! 誰か助けてくれえええええっ!!」
「「「「「!!」」」」」
会議室の外から響き渡ってきたものは聞き覚えがある低音の中年ボイス。角刈りの眉がピクリと動く。
「この声は……!」
刹那。
会議室の扉が勢いよく開かれた。
「ぬおおおおおっ!! 助けてくれえええええっ!!」
「「「「「イエローラビット閣下?!」」」」」
そう。扉の外から四本の脚で猛ダッシュする黄色の珍獣は――『イエローラビット閣下』。クボウ代表のトラブルメーカーだ。
閣下の顔には無数の引っ掻き傷。絶叫の表情を見せながら周囲に助けを求める。
「この珍獣がっ!! 待つザマスニャッ!!」
オペラ歌手のようなソプラノボイスを轟かせながら、爆走しながら珍獣を追う生命体は――ふくよかな白猫。それを見たノアが驚いた様子で声を上げる。
「ニャ、ニャッピー?!」
トレードマークの青リボンを靡かす白猫の正体は、サンディ代表のトラブルメーカー――ウィンターの愛猫『ニャッピー』だった。
二匹は、口の字に置かれた長テーブルの上をレーシングカーの如く走り回る。一同、呆気に取られた様子で二匹の追いかけっこを見つめていた。
ヨネシゲやカエデ、ボブが珍獣を制止しようとする。
「おいっ! 閣下! いい加減にしろっ! ここをどこだと思ってやがる?!」
「い、イエローラビット閣下! 止まりなさい!」
「閣下、ドーナツやるから大人しくするんだ」
「ぬほおおおおおっ!! 止まってほしかったらこの白猫を止めてくれっ!!」
一方のノアとヒョーガもニャッピーを叱りつける。
「おい、ニャッピー! 場所を弁えろっ! 陛下の御前だぞ!」
「ニャッピーよ、また旦那様に叱られるぞ?」
「お黙りザマスニャ!! この珍獣は仲間たちに手を出そうとしたザマスニャ!! 絶対に許さないザマスニャ!!」
二匹の競争はヒートアップ。
ここでネビュラの怒りが爆発。テーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。
「貴様らっ!! いい加減にし――ぬはっ!!」
直後、イエローラビット閣下は飛翔。ネビュラの顔面を踏み付けて飛び越えていく。更に珍獣を追い掛け回していたニャッピーも爪を剥き出した両足で、国王を踏み台にして閣下の追跡を続けた。
――トロイメライの頂点は目を回しながら倒れるのであった。
やがてヨネシゲの前までやって来た二匹は、彼の周りをグルグルと爆走。
「ぬうっ!! 猫の分際で偉そうにっ!!」
「珍獣が何を言うザマスニャ!! 八つ裂きにしてくれるザマスニャ!!」
「いい加減にしやがれっ!!」
「「!!」」
ヨネシゲが珍獣と白猫の首根っこを押さえつける。そしてそのまま二匹を掴み上げた。
「お前らっ!! やめろって言っているのが聞こえねえのか?! 何があったか知らねえが、これ以上の暴走は俺が許さねえぞ!!」
「ぬう……生意気な……!」
「偉そうに……ザマスニャ……!」
二匹は納得がいかない様子で言葉を漏らすが、観念した様子で身体を脱力させる。
――ようやく事態が収束した。
そう思われた直後、会議室の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
一同、出入口に視線を移すと、その扉が勢いよく開かれ――銀髪の少年『ウィンター』が姿を現した。彼は慌てた様子で謝罪する。
「皆様! 大変お待たせしました! 遅れて申し訳ありません!」
深々と頭を下げる主君にノアが歩み寄る。
「旦那様、一体何があったんですか? 陛下もお怒りですよ?」
「は、はい……実は――」
「いっ?!」
ゆっくりと頭を上げるウィンター。その顔を目にしたノアが仰天した様子で顔を歪める。
彼だけではない。ある者は恥ずかしそうに顔を赤く染め、ある者はニヤニヤと笑みを浮かべ、ある者は悔しそうに歯を剥き出し、ある者は心底ショックを受けた様子で号泣――会議室はどよめきで支配された。
(ウィンター様……それは……!)
角刈りも眼鏡を掛け直しながら少年の頬を凝視する。
一方の少年は不思議そうに首を傾げる。
「あ、あの……私の顔に何か付いていますか……?」
(付いてるよっ!!)
角刈りは思わず心の中でツッコミを入れた。
そしてノアが主君に事実を告げる。
「あの……旦那様……後ろの鏡をご覧ください……」
「え? は、はい……――にゃっ?! 何ですかこれはっ?!」
ウィンターが凍り付く。
何故なら、自分の色白の頬にクッキリとした薄紅色のキスマークが残っているのだから。
ちょうどそのタイミングでゲネシス帝国皇妹『エスタ』が会議室に姿を見せる。
「皆さん、お待たせしました。私も色々と多忙なものでしてね」
「……エ、エスタさま……どうして教えてくれなかったのですか……?」
銀髪少年が瞳に涙を溜めながら三つ編み美女に尋ねると、彼女は妖艶に微笑みながら答える。
「ウフフ……敢えて残したのですよ」
「ど、どうしてですか!?」
「貴方が私のものである事を皆に知らしめる為ですよ」
「そんなことをせずとも……」
落ち込んだ様子で肩を落とすウィンター。
するとネビュラがドスの利いた声で二人に問い掛ける。
「ウィンター、皇妹殿下よ……大遅刻であるぞ……」
「も、申し訳あり――うわっ?!」
「これはこれは……トロイメライ国王陛下。心底お怒りのご様子ですね?」
エスタは、国王に頭を下げようとしたウィンターを背後から抱き寄せると、悪びれた様子もなく言葉を返す。
一方、怒り心頭のネビュラは歯をギリギリと鳴らしながら質問を続ける。
「何故遅れた? それに……そのキスマークはなんだ?」
「こ、これは――」
「ごめんなさいね。ウィンターと気持ちよくチョメチョメしてたら遅くなっちゃいましたわ」
「ちょ?! エ、エスタさま?!」
エスタはウィンターの言葉を遮ると、誤解を招く発言。ソワソワした様子の銀髪少年に国王が確認する。
「ウィンターよ。皇妹殿下と……けしからんことをしておったのか?」
「いえ! そのようなことは一つも……」
「あらあら……ウィンター……嘘はいけませんよ? あんなに蕩けたお顔をなさっていたのに……」
「……っ」
そしてエスタはウィンターの上半身に両手を這わす。
「エスタさま……やめ……ひうっ……」
「ほらほら……あの時と同じように……蕩けたお顔……陛下に見せてあげなさい……」
「こ……これ以上は……うぅ……やめて……」
皇妹から辱めを受ける少年を角刈りたちが凝視する。
(コイツは羨ましい……じゃなくて! これは助けた方がいいか?)
ヨネシゲが救いの手を差し述べようと席を立ち上がろうとした時――エスタの手が止まる。そして皇妹が国王に言う。
「ご覧の通り……ウィンターは私に抗えません。この子を拐った際にそういう身体にしちゃいましたから……」
「くっ……なんてことをしてくれた……」
猛獣のように歯を剥き出すネビュラにエスタが続ける。
「ですので……ウィンターを責めないでくださいね? 私が欲情して押し倒さなければ……この子が遅刻するようなことは無かったでしょう」
「ぬう……この変態皇妹めが……!」
「ウフフ。最高の褒め言葉ですよ」
鋭い眼差しを向けるネビュラにエスタは不気味な笑みを返した。
一方のウィンターが彼女を見上げる。
(エスタさま……私のことを庇ってくれたのですか……?)
ウィンターの分まで遅刻の罪を被るエスタ。少々デリカシーのない庇い方だったが、これにより彼が国王から咎められるようなことはなかった。
一連の様子を見守っていた重臣『ヒョーガ』が溜め息を漏らす。
(旦那様……守護神の威光はどこにいってしまわれた?――だが……旦那様をお支えするには、あれくらいの強引さが必要かもしれんな……)
重臣は僅かに広角を上げた。
「――もういい! 会議を始めるぞっ!」
「は、はい! それでは方々、これより会議を始めます!」
ネビュラが苛立った様子で合図を出すと、早速宰相スタンが会議を開始させる。
宰相の声を聞いたヨネシゲの顔が一気に引き締まった。一方で角刈りに制圧されたままの珍獣と白猫が不満を漏らす。
「――ヨネシゲよ。いつまで私たちを押さえつけておるのだ?」
「そうザマスニャ。旦那様の所に行かせてほしいザマスニャ」
「ダメだ! 会議が終わるまでここで大人しくしていろ!」
「「チッ……」」
角刈りの言葉を聞いた二匹の舌打ちが共鳴した。
つづく……




