第369話 束の間の休息⑦(トロイメライ王族)
ここは王族たちが控える客間。
一面に敷かれた空色絨毯の上には、ローテーブルを囲むように置かれた絨毯と同色のソファー。
そのソファーに腰掛ける男女はトロイメライ最高峰の一族――王族の面々だ。
王族たちは緑茶と茶菓子を味わいながら、久々に過ごす家族とのひと時を満喫。互いの無事を喜び合ったり、王都のヒーロ・キングなどの話題で談笑を交わしていた。
一方で早急に対応しなければならない問題も山積みだ。正直、談笑を交わしている暇などないかもしれない。だが、会議が始まるまでの僅かな時間を、家族の為に使っても罰は当たらないだろう。
英気を養うことはこの先戦い続ける上で重要だ。疲弊して精神が削がれた状態でまともな仕事はできないだろう。
そう考える国王『ネビュラ・ジェフ・ロバーツ』は、このあと行われる会議後の各メンバーの予定を『終日開放』とすることを決めている。会議終了間際に『国王の粋な計らい』として各メンバーに告げる予定だ。
(――我ながら粋なサプライズだ。早く皆の喜ぶ顔が見たいものだ)
ネビュラが一人ニヤリと口角を上げていると、第三王子――彼の三男『ヒュバート・ジェフ・ロバーツ』が不思議そうに尋ねる。
「父上、どうかされましたか?」
「あ、いや……何でもない」
慌てた様子で誤魔化すネビュラだったが、改まった様子で息子に向き直る。
「ヒュバートよ。お前に重要な話がある」
「重要な話……ですか?」
顔を強張らせるヒュバートにネビュラが切り出す。
「単刀直入に言おう。ヒュバートよ、今宵シオンと婚姻を結べ」
「……え? えええええっ?!」
父の言葉に絶叫を轟かせるヒュバート。その場に居合わせたメテオ、ノエル、エリックも驚いた表情を浮かべた。
ネビュラが言葉を続ける。
「現在我々は岐路に立たされている。このまま王族として君臨し続ける為には、トロイメライを蝕む改革戦士団を排除せねばならぬ。
その為には王族と貴族の連携が必須である。散々この国を掻き乱した俺が言うのもなんだが、この機に王族と貴族の結束を強固なものにしておきたい。
そこで重要となるのが、トロイメライを代表する大貴族『クボウ』との関係強化だ。
クボウは各地の貴族たちからも一目置かれる存在。お前とシオンが婚姻を交わし、王族とクボウが一つになれば、各地の貴族たちが自ずと我々に目を向けることだろう」
ネビュラが語り終えるとヒュバートが苦笑を見せる。
「事情は承知しております。ですが……少々急な話では……?」
「何を言うか? 善は急げと言うだろう? それにお前とシオンは既に婚約者同士。正式に婚姻を交わすことに何か不満でもあるのか?」
「いえ、不満など一つもございません」
「ならば受け入れろ。これは王族の為、トロイメライの為、何よりお前の為だ。シオンもお前との婚姻を待ち望んでいることだろう」
「はい……」
「ククッ……決まりだな」
恥ずかしそうに顔を俯かせる息子をネビュラは微笑ましそうに見つめる。
そんな彼に王女――娘の『ノエル・ジェフ・ロバーツ』がある話題を切り出す。
「お父様」
「どうしたノエル?」
「はい! 私も王族と貴族がより親密な関係を築けるよう、一役買いたいと考えております!」
ノエルの言葉を聞いたネビュラの眉がピクリと動く。彼は察していた。だが笑顔を保ちながら愛娘の話に耳を傾ける。
「一役買いたいとは……具体的にどういうことだ?」
ネビュラの問い掛けにノエルは頬を赤く染めながら答える。
「はい……私の命の恩人である『ドランカド・シュリーヴ男爵』と……結婚を前提にお付き合いさせてください!」
「ならぬっ!!」
愛娘の申し出にネビュラは即効で拒否。一方のノエルは納得いかない様子で父に詰め寄る。
「ど、どうしてですか!? 私とドランカド殿が婚姻を交わせば、王族とシュリーヴ家の関係がより親密なものになるんですよ!? お父様が望む王族と貴族の形ではありませんか!」
「奴は既にシュリーヴ伯爵家を追放されている。新参者の老け顔男爵なんぞにお前を嫁がすことなどできぬ!」
「あ、あんまりです! ドランカド殿は私の命の恩人でもあり、私たちを全力で守ってくれた方の一人なんですよ!?『新参者の老け顔男爵』なんていう呼び方はいくらお父様でも酷すぎます!」
「ぬう……」
普段温厚なノエルが一歩も引かず。ネビュラを圧倒する勢いで迫る。そして彼女が決定的な一言を父に放った。
「お父様はいつも『ノエルの幸せを第一に考えている』……と、仰っていましたよね?」
「ああ……その言葉に嘘偽りはない……」
「でしたら……私の幸せだと思ってドランカド殿との交際をお認めください」
「い、いや……それとこれとは……」
それを言われたら敵わない。
困り果てた様子で項垂れるネビュラに、弟『メテオ・ジェフ・ロバーツ』が口添えする。
「兄上。宜しいのでは?」
「メ、メテオ! 何を申すか!?」
「今日までノエルが……ここまで自分の意見を主張したことがありましたでしょうか?」
「いや、無かったな……」
「要するにドランカドは……ノエルが本気で惚れ込んだ男なのです。父親の反対を押し切ってでも一緒になりたい相手なんですよ。ここは父親として娘の意思を尊重してあげるべきかと……」
「しかしだな……」
渋るネビュラ。するとヒュバートとエリックも説得に回る。
「父上、僕からもお願いします。姉上とシュリーヴ卿、とてもお似合いだと思いますよ?」
「俺もそう思います。少々むさ苦しい男ですが、ノエルを全力で守ってくれることでしょう」
「ぬう……お前たちまで……」
そしてノエルが透き通った薄紅色の瞳で父親に答えを求める。
「お父様、お返事を……!」
一方のネビュラは大きく息を漏らすと、額を押さえながらソファーにもたれ掛かった。
「――すまぬが……少し考えさせてくれ……」
「お父様……」
国王は……父親としても岐路に立たされている模様だ。
つづく……




