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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第368話 束の間の休息⑥(カエデとジョーソン+閣下)

 客間から漏れ出す賑やかな声を耳にしながら、縁側に腰掛ける二人の男女。


 女性は、黒色のミディアムヘアー。全体的に地味な印象の小柄な少女は――クボウ家使用人『カエデ』である。瞳が隠れるほど長い前髪が地味さを際立たせているが、風で前髪が靡く度に、空色の透き通った瞳を覗かせる。

 カエデの膝上には屋敷で飼われている猫がお昼寝中。彼女は猫の頭を撫でながら口角を上げていた。


 その隣で大きな欠伸をする男性は、冴えない印象を受ける茶髪の中年。やる気のない微笑を浮かべながら、目の前に広がる和風の庭園をぼーっと眺めていた。

 この中年男もカエデと同じくクボウに使える使用人『ジョーソン』だ。コウメの護衛として雇われたが、彼女自ら外敵を排除してしまう為、彼の出番は殆どない。元よりこの男、サボりの常習犯であり、雇われてからまともに仕事をしたことがない。


 主君たちを気遣って客間を退出したカエデとジョーソンだったが、この縁側で過ごす穏やかな時間は二人にとって憩いのひと時――束の間の休息であった。


 思い思いの時間を過ごしていた二人だったが、ここでジョーソンがカエデにあることを問い掛ける。


「なあ、カエデ」


「な、な、なんでしょう?」


「流れとはいえ、俺たちこんな所まで来ちまったけど……この先どうするよ?」


 使用人としてコウメに仕えていた二人だったが、一連の事件で王都を追われてしまう。

 その後フィーニスに逃れた訳だが、今後の方針や行先も不透明な中、二人の使用人は岐路に立たされていた。

 ところが、カエデの答えは既に決まっているようだ。


「わ、私は……奥様の使用人です。奥様が決めた通りに動きます……」


「真面目だねえ〜」


 ジョーソンの一言にカエデはムッとした様子で答える。


「ジョ、ジョーソンさんが、ふ、不真面目すぎるだけです!」


「ナッハッハッ……違いねえ……」


 ヘラヘラと笑う中年。一方の少女は神妙な面持ちで言葉を続ける。


「お、奥様に多大な恩がありますからね。その恩を返すまでは……奥様のおそばを離れません……そ、それに……王都があの状態では……帰る場所もありませんから……」


「そうか……ご両親、無事だといいな……」


 ジョーソンは険しい表情を浮かべながら静かに言葉を返す。

 そう、カエデの両親は王都に留まっている。つまり……改革戦士団の手中にあるのだ。

 一方のカエデはニコッと微笑みながら言う。


「大丈夫です。お父さんとお母さんならきっと無事ですよ!」


「カエデ……」


 きっとカエデは無理をしているに違いない。彼女の心情を察したジョーソンの胸が締め付けられる。


 ――ところが、少女はこう言い放った。


「両親は一ヶ月前から巡礼旅行に出ていますので!」


 ジョーソンが縁側から転げ落ちる。


「――って?! 王都に居ないのかいっ?!」


「は、はい……イメージア国内の各神殿を三ヶ月の行程で巡っている最中です」


「宗教国家イメージアか……」


「お、お陰で両親は難を逃れることができたようです。――王都の一件は旅先で知ることになるでしょう……」


 ジョーソンは縁側を上りながらカエデに伝える。


「ご両親が改革戦士団の手に落ちていないようで何よりだ。ま、あそこは世界一安全な場所と呼ばれているからな……トロイメライに居るよりかは安心だぜ」


「はい。恐らく両親も当分の間はイメージアに留まると思います」


「だな……」


 するとジョーソンがある疑問をカエデに投げかける。


「そういえば……カエデの(うち)は『創造神』を信仰しているのか?」


「は、はい。私の家は代々『アルファ女神』を崇める『イメージア教』の教徒なんです」


「へえ〜、そうだったのか〜」


 ジョーソンは意外そうな表情で言葉を漏らした。


「ええ。決して(やま)しいことではありませんが、トロイメライは無宗教の人が多いですからね、敢えて口外していませんでした」


「なるほどね……まあそれ以前にカエデは自分のことをあまり話さないからな。俺の中では正体不明の人物だよ」


 カエデが聞き捨てならない様子で尋ねる。


「しょ、正体不明って……わ、私を未確認生物のような目で見ていたんですか?」


「まあそんなところだ」


「ひ、酷いです! そ、そういうジョーソンさんこそ、私の中では謎だらけの人物ですよ!?」


 中年は少女の表情を楽しむようにニヤリと笑う。


「ヘヘッ。ミステリアスな男を目指しているんでな」


「何がミステリアスですか……」


 カエデは呆れながら息を漏らした後、ジョーソンに訊く。


「そ、それで……ジョーソンさんはこの先どうするつもりですか?」


「ヘヘッ。こんなに好き勝手できる職場は他にないからな。このまま奥様の下で働くよ――」


 ジョーソンらしい答えだ。しかしその表情が一気に曇る。


「それに……俺には帰る場所が無いからな……」


 中年の一言。少女が恐る恐る質問する。


「あ、あの……ご家族は……?」


「さあな……俺は両親の顔も名前も知らねえ。兄弟が居るかどうかもわからん……」


「……え?」


「聞くところによると……赤子だった俺はゴミ捨て場で泣いているところを発見されたらしい。――要するに捨て子だ……」


「そ、そんな……」


 衝撃的な事実。ショックを受けた様子のカエデにジョーソンが語り続ける。


「幸いにも、とある貴族様に拾われてな。俺を実の子供のように育ててくれた……」


「そ、その……貴族様は……?」


「ああ……隣領貴族たちと領土争いの末……屋敷を襲撃されてな……殺害されてしまったよ……俺は親だと思っていた人を失った……」


「そんなの……あんまりです……」


 気付くとカエデの瞳からはポロポロと涙が零れ落ちる。止めどなく色白の頬を伝うそれをジョーソンが指で拭ってあげる。


「すまんな……こんな暗い話をするつもりは無かったんだが――」


 そして中年が自身の考えを少女に告げる。


「その後も色々とあったが……奥様はこんな落ちぶれた俺を拾ってくれて面倒を見てくれた。その恩は必ず返すつもりだ。命ある限り奥様の下で働くよ」


 するとカエデが声を震わせる。


「でしたら……もう少し……真面目に働いてくださいよ……私……ジョーソンさんの分まで働いているんですよ……?」


「まあまあ、鉄腕(ヒーロー)として活躍してるから大目に見てくれよ」


 再びヘラヘラした様子を見せる中年に少女が怒る。


「も〜う! そんなこと言ったら私だって空想少女として頑張っているんですから! ジョーソンさんだけ甘い蜜を吸ってズルいですよ!」


「ヘッヘッヘッ……すまんすまん……明日からちゃんと働くよ……」


「明日からじゃなくて、今日からちゃんと働いてください! それよりもいつまで私の頬を触っているんですか!?」


「いや〜、可愛いなあ〜っと思ってさ」


「はわわっ?! いきなりなんですか?!」


 突然のセリフにカエデの頬が赤く染まる。一方のジョーソンは平然と言葉を続ける。


「だってよ……こんなおじさんの為に年頃の女の子が涙を流してくれるんだぜ? 可愛いと思うのは当然だろう? あと二十歳若ければ、お前に手を出してたかもな……」


「わ、わ、私は同年代の男の子にしか興味ありません! もし仮にジョーソンさんが同年代だったとしても全く興味ありませんから!」


「ヘヘッ。地味に酷いこと言うな……」


 直後、中年が不敵に笑みを浮かべる。


「でもここに居れば……ヒュバート王子やウィンター様が居る。カエデ、玉の輿のチャンスだぜ?」


「な、な、なっ?! 何を言っているんですか?!」


 絶叫の少女に中年が続ける。


「何って……彼らのような同年代の男の子が好きなんだろう? ならまたとない機会じゃんか。トロイメライ最高峰の二人と一つ屋根の下で過ごすことができるなんて……こんな事は二度とないだろう」


 カエデは全力で拒否。


「ダメですよっ! ホント何言っているんですか!? お二人には既にお相手が居るんですよ!? それに……仮にお相手が居なかったとしても、私みたいな根暗で地味な女には見向きもしないでしょう……」


 言葉を終えて俯くカエデにジョーソンが指摘する。


「カエデよ。それがいけねえんだ」


「ジョーソンさん?」


「もっと自分に自信を持て。お前にはたくさんの魅力が詰まっている。だが……それを自分自身で隠しちまっているんだ。『根暗で地味な女』と決めつけてな」


「そうかも……しれませんが……」


「思い出せよ、空想少女になった時の自分を。リップクリーム塗りたくっただけで、あんな活発的な女の子になれるんだぞ? 今のままのカエデだって十分明るく振る舞える筈だ」


「そ、それができたら……く、空想少女なんかになっていませんよ……」


 尚も自信無さげの少女に中年がアドバイスする。


「少しずつでいい。普段よりもちょっぴりだけ明るく振る舞ってみろ」


「ちょっぴり……ですか……?」


「ああ。そのちょっぴりの積み重ねが、確かな自信に繋がっていくだろう。そうすれば気分も、仕事も、恋愛も、全部上向きさ!」


「上手く……いくでしょうか……?」


「疑う前にまずはチャレンジだ。カエデなら必ず……殻を突き破れるさ……」


 ここでカエデがクスリと笑う。首を傾げるジョーソンに少女が言う。


「ん? どうしたんだ?」


「ジョーソンさんって……良い人ですね」


「ヘヘッ……今更か?」


 苦笑を見せる中年に少女がお礼の言葉を口にする。


「フフッ。お陰で自信が持てそうな気がしてきました。ありがとう、ジョーソンさん!」


「……っ」


 カエデの眩しい笑顔にジョーソンの瞳が奪われた。


 その刹那のことだった。

 屋敷の長い廊下に慌ただしい足音が響き渡る。

 二人が視線を移した先には、必死な表情で爆走する数匹の猫。そしてその後方を浮遊するのは――黄色い珍獣。


「「イエローラビット閣下?!」」


 カエデとジョーソンの声が裏返った。

 猫たちを追い掛け回す珍獣は――『イエローラビット閣下』だった。

 珍獣は怒り心頭の様子で絶叫を轟かせる。


「コラッ! 待たぬかっ! この無礼者めがっ! 高貴なる私の昼寝を邪魔しおって!」


 その姿にジョーソンが呆れた様子でため息を漏らす。


「ハァ……何やってんだアイツは……」


「イエローラビット閣下! やめなさい!」


 カエデが制止するも閣下は止まらず。珍獣は両腕を大きく開くとファイヤーボールを発生させる。


「お、おい! バカっ! やめろっ!」


「ぬおおおおおおおっ!!」


 中年の声など耳には届いておらず。珍獣が猫に向かってファイヤーボールを放とうとした時――


「ブホッ?!」


 蹴鞠サイズの白色物体がイエローラビット閣下に激突。珍獣はそのまま弾き飛ばされ――庭園の池に落下した。


 やがて池から這い上がってきた珍獣が困惑した様子で言葉を漏らす。


「くそぉ……何が起きたというのだ……?」


 その時。

 縁側の方向から女性らしき声が聞こえてきた。


「目障りな珍獣よ……これ以上の狼藉は許さないザマスニャ……」


「ね、猫が……喋った……?!」


 珍獣は驚愕する。

 その声の主はなんと――ふくよかな白猫。


「喋る珍獣なんかに驚かれたくないザマスニャ」


「ぬう……」


 縁側から高圧的な表情で見下ろしてくる白猫に、珍獣が不愉快そうに顔を歪めるのであった。



つづく……

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