第362話 リッカ到着
予定日よりも前倒しで更新です。
――王都メルヘンの東方、トロイメライ最北部、約三千キロの国境を沿うように『フィーニス地方』が存在する。
周囲を岩山に囲まれるこの盆地は、別名『雪の都』や『北国』などと呼ばれており、その名に恥じぬ国内屈指の豪雪地帯である。
また年内を通して平均気温も低く、夏場であっても一年中雪が残っている箇所も珍しくもない。故にフィーニスは避暑地としても人気が高いのだ。
そのフィーニスの領都『リッカ』は王都メルヘンから比較的近い位置にあり、辻馬車や快速靴を使用すれば約一日で到着する事ができる。しかし徒歩での移動となると五日から七日は掛かってしまう。
――そして、王都から徒歩でリッカを目指す、とある集団の姿があった。
肌寒い風が吹き抜ける快晴の朝。その集団はサンディ兵に護衛されながら、リッカの西部関所に到着していた。今は集団に同行していたフィーニス地方領主『ウィンター・サンディ』が彼ら彼女らの入都手続きを行っていた。
まるで大規模な寺の総門を彷彿とさせる関所。それを見上げる角刈り中年男が大きく息を漏らす。
「――やっと到着したぞ……領都リッカ……長かったぜ……」
その疲れ果てた角刈り――『ヨネシゲ・クラフト』が気力ない声で言葉を漏らす。そんな夫にソフィアが相槌を打つ。
「ええ、そうね。五日間殆ど休み無しで移動を続けていたから、流石に疲れちゃったね。でも一人も怪我することなく、無事に到着することができて良かったわ」
「そうだな」
角刈りは顎に手を添えながら、ここに至るまでの出来事を思い返す。
『王妃レナ』、『第二王子ロルフ』によって実行されたクーデター。一時窮地に立たされた『国王ネビュラ』だったが、リアリティ砦にて全王都人に信を問うた結果、多くの者を味方に付けることに成功。王都奪還は目前だった。しかし、漁夫の利を得た『改革戦士団』によって、瞬く間に王都とその民や貴族を奪われてしまった。
王都を追われたネビュラは、ウィンターを始めとする多くの者たちの提言でフィーニスへ逃れることになった。今後、この北国の地で体制を立て直すことになる。
ヨネシゲは王族たちを護衛しながらフィーニスを目指していたが、その道中、何度か改革戦士団と思われる賊から襲撃を受けた。しかし『角刈りの鉄拳』、『白塗りの扇』、『真四角野郎の十手』、『王都のヒーロー』、『王都保安局長官』『トロイメライの守護神』、『サンディ家の炎豹』、『ゲネシスの女夢魔』――彼ら彼女らの前では賊の攻撃など無力だった。
フィーニス領へ入ると、連絡を受けていたサンディ軍と合流。彼らが用意した馬車に王族を乗せて移動を継続。途中幾つかの街で夜を越し、約五日間かけて領都リッカに到着した次第だ。
ソフィアの言う通り、道中怪我人や犠牲者が出なかったことは、何よりの幸いだった。
それから程なくすると、手続きを終えたウィンターが関所内部から姿を見せる。
「皆様、お待たせしました。手続きは全て完了です。さあ、こちらへお進みください」
「了解です!」
角刈りたちは銀髪少年に促される形で関所を通過。やがて彼ら彼女らの瞳に映し出されたものは――多くの人で賑わう和風の町並み。立ち並ぶ瓦屋根の建物と、関所から一直線に伸びる石畳の大通りだった。
そのどこか懐かしい、それでいて新鮮な町並みにヨネシゲの瞳が奪われる。
(トロイメライにもこのような場所があったのか! まるで現実世界の母国の観光地を訪れた気分だよ)
角刈りは瞳をキラキラと輝かせながらリッカの町並みをキョロキョロと見渡す。それは彼だけではなかった。
「綺麗……これがフィーニス府中リッカ……写真では見たことあったけど、想像以上に美しい街並みだわ……」
「わっ、わっ! お、奥様、あ、あれを見てください! 五重塔がありますよ! あっちには猫の大仏も?!」
「素晴らしいわ……ゲネシスにはない町並みです……この地でウィンターと……愛を育むのね……」
ソフィア、カエデ、エスタは見慣れない景色にうっとりとしたり、はしゃいでいた。
(ソフィア……君の喜んでいる顔を見ていると凄く幸せな気分になれるよ。それに……他の皆も目をキラキラと輝かせて……可愛らしいぜ……)
そんな彼女たちを角刈りは微笑ましそうに見つめるのであった。
しばらくその場で街の景色を眺める一行だったが、痺れを切らしたネビュラが馬車の窓から顔を出す。
「この町並みが美しいことは理解できるが……俺はもうクタクタだ。一刻も早く休みたい。サンディ屋敷まで急いでくれ……」
ネビュラは心底疲れた様子で一同に訴える。透かさずウィンターが主君の要求に応じる。
「かしこまりました。早速、我が屋敷までご案内いたしましょう――」
ウィンターはそう言うと、御者を務めるノアに視線を送り、出発の合図。ゆっくりと走り出す馬車を護衛するように、角刈りたちも歩みを進めた。
――一行の後ろ姿を物陰から見つめる、怪しげな黒髪女性の姿があった。
「ぐぬぬ……噂は本当だったのね……あの女……私の彼氏たちを寝取っただけでは飽き足らず……他国の男たちをも手玉にとるつもりよ……恐ろしい……なんて恐ろしい女なの……今に見てなさい……私が受けた屈辱を……貴女にも味わわせてあげるから……ギリリリリリッ!」
歯をギリギリと鳴らしながら、物陰に身体を隠しきれていない彼女を、街行く人々が不審な目で見ていたことは言うまでもない。
サンディ屋敷に向かう道中、ヨネシゲたちは多くのフィーニス領民から歓声を浴びる。勿論、ネビュラたち王族を出迎えてのことだが、一際目立っていたのが領主ウィンターに対する歓喜の声だ。
銀髪少年は僅かに口角を上げながら、小さく手を振り領民たちの声に応える。その様子を角刈りが感心した様子で見つめていた。
(ウィンター様、やはり領民からかなり慕われているな。カーティス様を思い出すよ)
そんなことを思いながら歩みを進めること約二十分。一行はリッカ南部に位置する小高い丘に差し掛かっていた。
やがて丘の頂上に到着すると、そこにはリッカの街を一望するように『サンディ家・屋敷』があった。
屋敷の門扉前で角刈りが感嘆の声を漏らす。
「おお……これがウィンター様のお屋敷か……!」
寝殿造りの大邸宅。目の前には和風の庭園が広がり、まるで平安貴族の屋敷を思わせる佇まいである。
これまた、空想世界では初めて見るタイプの屋敷は――ヨネシゲ好み。案の定角刈りが興奮気味に言う。
「素晴らしい! なんて美しい屋敷なんだ! マロウータン様のお屋敷顔負けだぜ!」
「ちょ、ちょっとあなた……マロウータン様に失礼だよ……」
「!!」
ソフィアに注意されハッとしたヨネシゲが隣に視線を向けると、そこには腕を組み、瞳を閉じながら、不機嫌そうな表情を見せる白塗り顔――『マロウータン・クボウ』の姿があった。
「マ、マロウータン様!?」
「すまんのう……儂らの屋敷が粗末な造りで……」
「い、いえ……粗末な屋敷とは一言も……」
「南都にあった屋敷なら、そなたにも満足してもらえた筈じゃが……いかんせん改革戦士団の襲撃で焼かれてしまってのう……」
「も、申し訳ありませんでした! ちょっと浮かれすぎて!」
不貞腐れる白塗り。気まずそうにしていた角刈りが堪らず謝罪。するとそこへ真四角野郎――『ドランカド・シュリーヴ』が歩み寄ってきた。
「マロウータン様、ヨネさんを許してあげてください。誰もマロウータン様のお屋敷を粗末だとは思っていませんから」
「べ、別に……儂は怒ってなど――」
「俺が住んでいたボロ集合住宅よりもマシですから! ガッハッハッ!」
「な、何?! マシじゃとっ?! 儂の屋敷を愚弄するつもりか?!」
「ご、誤解ですよ!」
ドランカドの失礼な発言に、マロウータンは白塗りの顔をヒビ割れたデコレーションケーキの如く歪めながら激昂寸前。その修羅場をヨネシゲとソフィアが顔を強張らせながら見守っていると、女性の陽気な笑い声が響き渡る。
「おーほほっ! ダーリン、怒っちゃダメよ。ヨネシゲさんとドランカド君を許してあげて」
「ハニー……」
その笑い声の主――マロウータンの妻『コウメ・クボウ』が宥めると、夫の怒りがスッと引いていく。そして白塗り顔の怒りを完全に封じ込めるように娘の『シオン・クボウ』も言葉を掛ける。
「お父様。お母様の言う通りですわ。短気は損気ですよ? お二人とも悪気があった訳ではないのですから、この辺りで怒りをお鎮めください」
「そうじゃの……」
妻子の説得で怒りが収まったマロウータン。その様子を見届けたヨネシゲとドランカドがほっと胸を撫で下ろす。
直後、ウィンターの声が一同の耳に届く。
「陛下、皆様、どうぞ中へお入りください」
「うむ。部屋まで案内を頼む」
「ヨッシャ! 早速俺たちも中へ入らせてもらいましょう!」
元気よく返事する角刈り。
一同、サンディ家臣に出迎えられながら屋敷の中へと足を踏み入れた。
集団の先頭を闊歩する国王ネビュラ。彼は朝にも拘らず大きく欠伸。ボソッと呟く。
「――さて、一眠りするか……」
その刹那、彼の弟――『メテオ・ジェフ・ロバーツ』が耳打ちする。
「兄上。お疲れのところ申し訳ありませんが……早速サンディ家臣団を交えて会議を行いたい。今こうしている間にも、改革戦士団は王国全域に魔の手を伸ばしていることでしょう。早急に手を打たねばなりません。加えてこれから世話になるサンディにも、現状を包み隠さず伝えておく必要があります」
メテオの言葉を聞いたネビュラは直ぐにキリッとした表情を見せながら返答。
「うむ、休んでいる場合ではないな。直ちに会議の準備に取り掛かるよう、ウィンターに伝えろ」
「承知。――それにしても兄上……」
「なんだ?」
「本当に変わられましたな」
「ククッ……これが本当の俺だ」
兄弟は互いに顔を見合わせると微笑みを浮かべた。
つづく……




