第359話 招かざる者たち【挿絵あり】
「ウヒョヒョヒョ! 君たち全員、僕の魔物たちの夜食だ。さあ大人しく、引き締まったお肉を差し出してよ! ジュルリ!」
「ヒャッハー! 食べやすいように俺が切り刻んでやるよ!」
「ありがとー! ロイドって優しいんだね♡」
「クソッ……勝手なことばかり抜かしやがって。不気味な連中だ……」
悪魔のカミソリ頭領と同様、既に亡き者だった筈の自称・魔物使い『キラー』と改革戦士団戦闘長『ロイド』がルイスたちの前に出現した。
即座にルイスは戦闘態勢。じわりじわりと間合いを詰める二人に青炎の剣を構えた。
――が、異変はこれだけでは終わらない。突如、後方から領兵たちのどよめきが沸き起こる。
「お、おい! あれを見ろよ……」
「うわっ?! マジかよ?!」
「どうした!?」
ルイスが背後に視線を移すと、目を疑うような光景が広がっていた。
「冗談だろ……ここは地獄か……?」
――その数、百体以上。そこには複数体の『キラー』と『ロイド』が不気味な笑みを浮かべながら闊歩。こちらに接近していた。いや、それだけではない。その中には先程撃破した筈の『悪魔のカミソリ・頭領』も含まれていた。
敵の数と実力を考えると圧倒的に不利な状況だ。ここは退却するが得策であるが、今ここで敵を野放しにすれば、周辺の住民を速攻で襲うことだろう。
ルイスに逃げるという選択肢は無かった。
金髪少年が領兵たちに指示を出す。
「――ここは俺が引き付ける! 皆はヴァル先輩たち負傷者を連れて退避! また、周辺住民を安全な場所まで避難させるんだ!」
「し、しかし! ルイス様お一人では……!」
ルイスは、徐々に間合いを詰めてくる敵たちを横目にしながら、自分の身を案じてくれる領兵に微笑みかける。
「俺なら大丈夫だよ。『カルムのヒーロー・ヨネシゲ』の息子だからね。それよりも急いでほしい! このままじゃ奴らの思う壺だ!」
「……了解しました! ご武運を!」
ルイスの命令を聞き入れた領兵たちは敬礼すると、ヴァルたち負傷者を連れてその場から退却した。
その様子を見届けたルイスは、四方八方に散らばる敵たちを見渡しながら問い掛ける。
「一つ聞かせてくれ。お前たちは確かに死んだ筈……生きているなんて有り得ない話だ。だとすると……お前たちは本当に怨霊か何かなのか?」
すると透かさずカミソリ頭領が返答。
「貴様に答える義理など――」
「いいよ! 教えてあげるよ!」
頭領の言葉を遮ったのはキラーだった。彼がルイスの問に答える。
「僕たちはねえ……生き返ったんだよ〜! そうだよね? ロイド!」
「ああそうさ! 俺たちは永久不滅、不死身なんだぜ!」
「生き返った……だと……そんなこと……あり得る筈がない……!」
現実離れした返答にルイスは困惑。
一方のロイドとキラーは愉快そうに言葉を続ける。
「もう一度このナイフを使って血飛沫が浴びれると思うと、全身がゾクゾクするぜ!」
「僕もゾクゾクしちゃう! これでまた僕をいじめたゴミ共の始末が行えるよ! これって素晴らしいことだよね?」
すると、二人の言葉を聞いたルイスが怒号を上げる。
「ふざけるなっ!! お前たちはまた殺戮を行うつもりか!? 冗談じゃねえぞ!!」
直後、ルイスが青炎の剣を大きく振り抜いた。その刹那、放たれた青炎の斬撃が火の鳥に姿を変えて前方の敵集団に突撃。その高温となる青炎の翼で弾かれた複数体のカミソリ頭領、キラー、ロイドが瞬時に蒸発。例外なく粒状の白光となって消滅した。
だが、一連の様子を見届けることはせず、ルイスは間髪入れずに後方に残る集団へ右手を構える。
「清き青い炎に焼かれて消えろっ!」
次の瞬間。右掌から放たれた手のひらサイズの青い炎渦が次第に膨張。竜巻の如く集団に接近。瞬きする間のなく敵を飲み込み焼き尽くした。
やがて炎渦が収まり、周囲を見渡すと、そこに居た複数体のカミソリ頭領、キラー、ロイドは全滅していた。
――だが、ルイスは己の耳を疑った。
「ウヒョヒョ! 僕らは何度でも蘇るさ!」
「!!」
ルイスは顔を青くさせながら振り返る。そこには散った筈の粒状白光が集結し、再び複数体の悪党たちを形成している様子が目に飛び込んできた。
「嘘だろ……」
「ウヒョ! 嘘じゃないよ、リアルだよ!」
「ヒャッハー! 言っただろ?! 俺たちは不死身だって!」
「借りは全て返させてもらうぞ」
「くっ……!」
気付くとルイスは、先程よりも数を増した集団に完全包囲されていた。敵は右手やサバイバルナイフを構えるなどして戦闘態勢。その構えに一切の隙はなく。金髪少年は動くことができなかった。
「これは……絶体絶命ってやつか……」
「うん、そうだよ! だから諦めて魔物たちの餌になってね!……さあ、ご飯の時間だよ!」
「!!」
複数体のキラーが大きく両手を振り上げた。刹那、濃紫の閃光を伴いながら無数の魔物が出現、ルイスを完全包囲した。その鬼の容姿を持つ人型の魔物が咆哮を轟かせる。
『ガアアアアアアアッ! ワカモノノ、ニク、クワセローッ!!』
「させるかっ!!」
ルイスは咄嗟に右腕を振り上げ、得意の青炎で魔物を始末しようとするも――
「……うっ!」
「ヒャッハー! させねえぜ? 坊っちゃんよ……」
流れ星の如くルイスの右腕を掠めたものは――ロイドのサバイバルナイフだ。その際にできた切り傷はかなり深く、夥しい量の血液が腕から漏れ出し始める。
ルイスは左手で右腕を庇いながら、怒りの表情で魔物たちを睨む。だが少年の威嚇などものともせず、人肉に植えた魔物が一斉にルイス目掛けて飛び掛かった。
『ガアアアアアアッ!! ニクーッ!!』
(クソッ! こんなところで終わる訳には――)
ルイスが悔しさで歯を食いしばった――その時だった。
『ギャアアアアアアアッ!!』
「!?」
突如、飛翔する魔物の全身を覆ったものは――紅の炎。
その炎の色合い、熱を感じながら、ルイスの脳裏に憧れの人物の顔が過る。
「アランさんっ!!」
ルイスが天を見上げる。
そこには憧れの人――『アラン・タイロン』の姿があった。
アランは浮遊しながら地上の後輩に告げる。
「待たせたな、ルイス。今、コイツら全て始末してやるからな!」
彼がそう言い放った直後、天から矢のように降り注ぐ雨氷が、キラー、頭領、ロイドを襲う。
「アンナ先輩!」
「ルイス! 大丈夫ですか!? すぐに手当して差し上げます!」
金髪少年が後方の上空を見上げれば、『雨氷』の異名を持つ先輩『アンナ』が、こちらに向かって降下してくるのが見えた。同時にアランもルイスの元へと降り立ち、後輩を庇うようにして周囲に睨みを利かせる。
「アンナ、今のうちにルイスの治癒を!」
「任せてください!」
透かさずアンナがルイスの傷口に両手を翳すと、ものの数秒で深傷は完治する。
「アンナ先輩! ありがとうございます!」
「どういたしまして。早速ですがルイス、一緒に戦ってもらいますよ?」
「もちろんです!」
三人は背中を合わせる。
少年少女の瞳には数え切れない程のカミソリ頭領、キラー、ロイド、そして魔物が映し出されていた。彼らから放たれる殺気と狂気を感じてしまったら、常人ならば恐怖で泣き出してしまうことだろう。
アランが思わず呟く。
「鳥肌が立ったのはいつ以来だろうな?」
「アラン……今はそのような事を考えている余裕はありません。流石に数が多すぎです……」
「だな……」
流石のアランとはいえ、一度にこれだけの数の強敵を相手にして、無傷で帰ることは不可能だろう。下手をすれば命を落としかねない。
「さて……どう攻めるか……」
「アランさん、一度上空へ退避してみては?」
「ダメです、ルイス。彼らは遠距離攻撃にも長けている模様です。上空こそ格好の標的になってしまいます……」
「では……どうすれば……?」
「ここは力で押しまくる他なさそうだな……」
「ええ。それが良いでしょう……」
「了解です。全力で蹴散らしましょう!」
三人の行動は決まった。
己の力を信じて全力で猛攻を仕掛けるのみ。
一同が地面を蹴ろうとした刹那のことだった。
「待て!」
「あ、あれは……!?」
突如、敵集団の足元から立ち昇る湯気。それは次第に勢いを増していき、超高温の水蒸気となって敵を蒸し焼く。そして周囲を支配する湯気の中から姿を見せたのは『怒り』の異名を持つ、元・王国軍将校の――『メアリー・エイド』!
「アハッ……蒸しパン以外のものを久々に蒸したわ――援護するよ、ルイス!」
「伯母さんっ!」
驚くルイスたちを横目に、メアリーとその小隊たちが猛攻を開始する。
だがしかし、彼女たちを上回るパワフル集団が迫ってきた。
怒り狂った犀の如く敵に突撃する脳筋マッスル男たちは――リゲル軍のマッスル部隊。筋肉男たちを引き連れる老年マッスル――『カルロス・ブラント』が今日一番の雄叫びを轟かせた。
「ワッハッ! 青二才共めがあああああッ!!」
大質量の筋肉を持つマッスルたちの突進の威力は音速で放たれた鉄球に匹敵。マッスルに撥ねられた敵の身体は一瞬で飛散。粒状白光となって消失した。
そして更に敵を追い詰める脅威。
駆け付けたサンディ隊を指揮するアモールが指を鳴らすと、超局地的な猛吹雪が敵集団の中で発生する。
「吹雪で頭冷やして少し冷静になれよ」
吹き荒れる雪の一粒一粒が手裏剣を象っており、敵を切り裂き、突き刺さっていく。吹雪の暴力を受けた敵は断末魔を上げながら消滅する。
それでも尚、援軍が次々と駆け付ける。
カルム学院空想術部・師範『キリシマ』が気迫ある掌底を敵にお見舞いしたと同時に衝撃波を放つと、『ビリー署長』率いる保安隊が電流纏う大盾構えながら敵陣に突っ込む。
その様子を見つめながらルイスが先輩二人に言う。
「アランさん、アンナ先輩、形勢逆転ですね!」
「ああ!」
「そうですね!」
三人の顔から自然と漏れ出す笑顔。
「一気に片付けましょう!」
「おう! カルムの底力見せてやろうぜ!」
ルイス、アラン、アンナは互いに顔を見合わせながら力強く頷くと――地面を蹴った。
「――良いデータ取りができたわ」
そう独り言を漏らすのは、集合住宅の屋根に腰掛けながら、一連の様子を眺めていた黒髪の若い女性。
黒いゴシック調の服に身を包む彼女は、深夜にも拘らず、同色の日傘を差しながら、妖艶に微笑む。
「フフフ……雑魚相手にムキになっちゃって……可愛らしい人たちね……」
女性はゆっくりと腰を上げると、日傘を畳む。
「安心なさい。しばらくカルムにはちょっかいを出さないから――」
彼女は夜空に向かって右掌を伸ばす。
「それにしても……死者を復活させる空想術を創り出しちゃうなんて――流石、サミュエル様だわ。古の猛者たちの想素を回収できれば、かなりの戦力になりそうね――」
そして右掌から白色の糸を一本、天に向かって放った。
「それでは皆さん、ごきげんよう――」
女性は糸に引っ張られるようにして浮上。夜空へと姿を消した。
つづく……




