第358話 愛の鞭
ルポタウン中心部目指して東進する集団は――ルイス率いるカルム領軍。彼らはヴァル隊を救援すべく現場へ急行している最中だった。
先程、ルイスの元まで救いを求めてきた領兵から衝撃的な事実を告げられた。
金髪少年はその報告を思い返しながら冷や汗を流す。
(――悪魔のカミソリ頭領の怨霊が出現して、ヴァル先輩の部隊が壊滅状態だって?! 冗談じゃないぞ! 頭領の怨霊は今俺たちが倒しただろ?! あの一体だけじゃないというのか……!)
通称『悪魔のカミソリ・頭領の怨霊』は複数体存在する……そんな疑惑が浮上し始めたが、今急がれるのはヴァルを救援することだ。
(間に合ってくれよ……! できることなら他の部隊が到着していることを願う!)
ルイスは冷静を保ちながら並走する領兵に尋ねる。
「本部と各部隊への連絡は?」
「はい! 既に伝書想獣を飛ばしております! 今頃到着しているものだと思われます!」
「そうか、ありがとう!」
今回の連絡体制は縦のみならず、横へも迅速に情報を伝達することを重点に置いている。緊急と判断した場合は上部の命令を待たず、各々の判断で行動する――これはカルム領主カーティスと副領主アランの意向だ。但し、その際の行動を本部に連絡することは絶対義務である。
そしてルイスもまたその方針に忠実に、自分の判断で現場に向かっていた。
(――今はヴァル先輩を助けることが最優先だ。後々の判断はアランさんたちに任せよう……)
やがてルイスの視界には市街地の明かりが映り込む。走る速度を更に上げるのであった。
――その頃、領主仮屋敷・執務室。
伝書想獣の早口な伝言を聞きながら、三人の男女が顔を青くさせていた。
『――ヴァル隊は壊滅の危機! ルイス隊はこれより救援に向かう! 尚、悪魔のカミソリ頭領の怨霊は複数体存在する模様! 以上! ギャーオスッ!』
「なんと言うことだ……」
そう言葉を漏らしながら頭を抱える領主カーティス。その隣ではアランが悔しそうに歯を食いしばる。
「くっ……まさか複数体も出現するとは……ヴァル、無事でいてくれよ……!」
そしてアンナが険しい表情で情報を整理する。
「既にマッスル隊、サンディ隊、キリシマ隊、保安隊の各部隊が悪魔のカミソリ頭領の怨霊と交戦し、これを撃破した旨の報告を先程受けております。少なくとも六体は出現した事になりますが……まだ他に息を潜めている個体があるかもしれません……」
彼女の言葉を聞いたカーティスが顔を上げる。
「……これ以上出現されてしまっては、現在展開中の部隊だけで全てを対処することは極めて困難だ。民たちの人命を守りながら戦うには数が少なすぎる……」
透かさずアランが提言。
「ならば父上! 現在休息中の部隊を全て叩き起こしましょう!」
「ああ、それが良かろう」
「それと父上……もしご許可を頂けるのであれば……俺たちも現場へ赴きます!」
「何?」
「領主様、私からもお願いします! この脅威から民や仲間を守るためにも……私たちの空想術が必要不可欠だと自負しております!」
「父上! お願いします! 全ては愛するカルムの為に!」
整列し、頭を下げて懇願するアランとアンナ。その姿を瞳に映しながらカーティスが静かに口を開く。
「お前たち……自分の立場を忘れたか……?」
「「……っ!」」
顔を上げる二人にカーティスが厳かな表情で言葉を続ける。
「――お前たちは、いずれ私に代わって、このカルム領を背負って立つ夫妻となる。故に私のそばでこうして仕事をさせているのだ。私から吸収できるものがあれば、貪欲に吸収してほしい。もう引き継ぎは始まっているのだからな」
「父上……」
「領主様……」
「お前たちの肩には一千万という領民の命が伸し掛かっているのだ。お前たちが判断を間違えれば、その尊い命が一瞬で失われてしまう。故にその場の思い付きや綺麗事だけで判断するな。――司令塔ならば……もっと悩み苦しめ……!」
カーティスの説教。
アランとアンナも己の立場が変わったことは重々承知している。故に領主の言葉が突き刺さった。そんな二人にカーティスが命じる。
「説教はここまでにしよう。一刻を争う事態だからな。――アラン、アンナ」
「「はい!」」
「領主カーティスが命じる! 直ちに市街地に赴き、『悪魔のカミソリ・頭領の怨霊』の対応に当たれ!」
「「……え?」」
「現場にはお前たちの力が必要だ」
先程までの説教とは矛盾する命令内容。困惑する二人に領主が微笑み掛ける。
「すまんな。意地悪を言うつもりはなかったのだが……こんな時だからこそ、領主としての心構いを伝えたかったのだ。今の説教は愛の鞭だと思って受け止めてもらいたい……」
「父上のお気持ち……このアラン、しかと受け止めました!」
「同じく、アンナも受け止めました!」
精悍な表情で言葉を返す二人を見つめながら、カーティスが力強く頷く。
「うむ、結構! 早速現場に急行してくれ!」
「「はっ!」」
アランとアンナは勇ましい声で応えると、風の如く勢いで執務室から飛び出していく。一方のカーティスは静かに締まり始める扉を見つめながら、一人呟く。
「――アランもアンナもまだまだだな。だが……私の若い頃にそっくりだ……」
カーティスは窓の外へ視線を移すと、馬に跨る二人の後ろ姿を、期待の眼差しで見送るのであった。
――同じ頃、ルポタウン中心部。
通称『悪魔のカミソリ・頭領の怨霊』と対峙する茶色短髪の少年はヴァルだ。
気合を入れて新調した白いタキシードも腹部や口鼻から漏れ出す自身の血液で赤く染まっていた。
ヴァルは苦悶の表情を浮かべながらもニヤリと口角を上げる。
「ずるいじゃんかよ……頭領さん……不意打ちなんて汚えだろうがよ……でなければ……自慢の雷撃でお前を一発で仕留められたんだがな……クッ……」
頭領に突然襲撃されたヴァル率いる領兵部隊。風刃の嵐による不意打ちは、流石のヴァルも対処できず。重傷を負う結果となってしまった。
悔しそうに睨むヴァルを嘲笑うようにしてカミソリ頭領が言う。
「ククッ……良かったじゃんか? また無様な姿を晒すことができてよ」
「……何?」
「覚えてるぜ? 大勢の観客の前で白目を剥きながら、血と泡を吐き、失神する、お前の哀れな姿をよお!」
それはヴァルの屈辱的な過去――カルム学院襲撃の際、彼が群衆の前で晒した醜態だ。
――だが。
「フフッ……そんな大昔のこと忘れちまったな……」
「あぁ?」
「立ち直りが早いのが俺の長所なんだよ……細けえことをいつまでも根に持つ陰気な貴様と違ってな……!」
「何だとおおおおおっ?!」
ヴァルの挑発に頭領は瞬間湯沸かし器の如く激昂。その身体に風刃を纏わせた。
「八つ裂きにしてくれるっ!!」
「来いよ……カミソリ野郎……!」
ヴァルは頭領の攻撃に備えて右腕から黄金色の電流を放電させるも――
「――畜生……この俺が痛みに……屈するとは……!」
ヴァルの全身に走る激痛――敵に向かって腕を構えることすら困難を極めていた。
そうこうしている間に頭領が風の刃を解き放とうと、両腕を振り上げる。
「クソガキがああああっ!! 死ねええええええっ!!」
「!!」
両腕が振り落とされた――刹那。
「はあああああああっ!!」
「なっ?!」
頭領の背後から聞こえてきた少年の雄叫び。振り返るとそこには、青炎の剣を構えながら突撃してくる金髪少年――ルイスの姿があった。
「覚悟っ!!」
「く、来るなあああああっ!!」
一刀両断。
ルイスの炎剣が振り抜かれたと同時に頭領の胴体が真っ二つ。その切り口から粒状の白光を大量に放出させながら消滅した。
――辺りが静寂に包まれる。
その様子を見届けたヴァルだったが――突然、糸が切れた操り人形のようにその場に倒れ込む。
「ヴァル先輩!」
透かさずルイスが駆け寄り、その身体を抱きかかえる。
「ヴァル先輩! しっかりしてください!」
その声が耳に届いたようで、ヴァルが気力を振り絞りながらルイスを見つめる。
「……助かったぜ……お前のお陰で……死なずに済んだよ……――」
ヴァルは後輩にそう告げた直後、意識を失った。
「救護班! すぐにヴァル先輩と負傷者たちの救護を!」
ルイスの声を聞いた領兵たちが早速ヴァルたちの救護にあたる。
「ひとまずここは救護班に委ねよう。俺はその間に本部に連絡を――」
ルイスは救護の様子を見守りながら、本部に伝書想獣を飛ばす準備を始めた。
ところが――怨霊の脅威はまだ終わっていなかった。
ルイスたちの耳に不気味な笑い声が届く。
「ウヒョヒョヒョッ! お肉くれないとイタズラしちゃうぞ?! お肉くれてもイタズラしちゃうぞ?!」
「ヒャッハー! 殺戮ショーの開幕だぜ!」
「!!」
ルイスが視線を向けた先には――青光りする二人の人影。
一人は赤髪を持つ顔面が真っ白に変色した、到底同じ想人とは思えない人物――
「あ……あいつは……『キラー』……!」
その不気味な白色顔面は、かつて父ヨネシゲとの戦闘に敗れて自爆した具現草中毒者――自称魔物使いの『キラー』だった。
そしてもう一人は、狂気の笑みを浮かべる、腕の入れ墨が印象的な金色短髪の男――
「奴は……改革戦士団戦闘長『ロイド』……!」
カルム領をマスターと共に襲撃し、罪なき者たちを大量に殺戮した殺人鬼――改革戦士団第5戦闘長『ロイド』である。ルイスとは直接面識はないが、その顔は手配書や報告書の写真で何度も目にしていた。しかし、この男もブルーム平原でヨネシゲに敗れて絶命している筈だ。
「クソッ……どうなっている?! やっぱりコイツらは怨霊なのか?!」
憎悪の塊がルイスに襲い掛かろうとしていた。
つづく……




