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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第356話 魔の時間帯

 普段より数時間早い夫の帰宅。メアリーが不安げな表情で尋ねる。


「ジョナス……随分と早い帰りね? 何かあったの?」


 ジョナスは王国軍の軍医。

 先の襲撃で大半の病院が消失してしまったカルム領で医療支援を行っている。

 彼が職場となっているルポ総合病院には、重症の急患が搬送される頻度が高く、高等な治癒術を扱える彼がその対応に当たっていた。

 故に帰りが遅くなることは日常茶飯事。深夜の帰宅が当たり前となっていた。

 しかし今日はメアリーとほぼ同じ時間の帰宅。――もしや何かあったのでは?

 一同神妙な面持ちでジョナスの返事を待っていると、彼から爽やかな笑い声が漏れ出す。


「ハッハッハッ、驚かせちゃったね。皆そんなに身構える必要はないよ。

 ほら、ここ最近帰りが遅かっただろう? 後輩が気を利かせてくれてね。今日はお言葉に甘えて、早めに上がらせてもらったのさ」


「え? そ、それだけ?」


「ああ。『今日は早く帰って家族とゆっくりしてください!』って言われちゃってね、病院を追い出されちゃったんだよ」


 拍子抜けした様子のメアリーにジョナスは頭を掻きながら苦笑を見せた。


 すると子供たちが父親の身体に抱きつく。


「お父さん、早速ご飯にしよう! ちょうど今できたところなんだよ! 今日は私手作りの特製カレーなんだからね!」


「おお、リタ手作りのカレーか。これは楽しみだ」


「ねえねえお父さん! ご飯食べ終わったら一緒にボードゲームやろう!」


「ああいいよ。その代わり今日も勝たせてもらうからね」


「うん! 臨むところさ!」


「ずるいぞトム〜! 私も混ぜろし!」


 これから過ごす大好きな父とのひと時。

 嬉しそうに微笑む子供たちに腕を引っ張られるジョナスがふと妻へ目をやると――何かを訴える眼差しに気が付く。


「――二人とも、お父さんちょっと着替えてくるから、先に準備して待っててくれるかな?」


「「はーい!」」


 父の言葉を聞いた姉弟は競うようにリビングへと姿を消した。

 その様子を見届けたジョナスが再びメアリーに視線を移す。


「メアリー、何かあったのかい?」


「ええ。実は――」


 夫から尋ねられたメアリーが早速夜間警備の件について説明を始める。


「――そんなことがあったのか……」


「ええ。子供たちには余計な心配を掛けちゃったよ……」


 元気なさげに顔を俯かすメアリー。するとその肩に夫の手が添えられる。


「らしくないじゃないか」


「ジョナス……」


「子供たちからは了承をもらえたのだろう? なら元気を出しなさい」


「うん、そうだねえ……」


 ジョナスは自分を見上げる妻に微笑みかける。


「これは君だからこそ力が発揮できる任務だ。思う存分活躍してきなさい。私も応援しているよ。ただ――」


「無茶だけはするな……でしょ?」


「フフッ、わかっているようだね」


 穏やかな笑みで見つめ合う夫婦。

 すると突然、メアリーがジョナスの胸板に顔をうずめる。


「メアリー?」


「たまには……甘えさせておくれよ……」


「ああ――」


 恥ずかしそうに言う妻の声を聞いたジョナスはその身体を優しく抱きしめるのであった。




 カルム領各地で開始された巡回警備の強化。武装した領兵や保安官が周囲に目を光らせていた。

 幸いにも今現在まで通称『悪魔のカミソリ頭領の怨霊』は出現していない。できればこのまま現れないことを祈るばかりだ。

 そして大きな混乱も発生することなく深夜を迎える。



 軽く食事を済ませて仮眠を取ったルイスは、アランとアンナの見送りを受けながら領主仮屋敷を出発しようとしていた。

 

「それじゃあアランさん、アンナ先輩、いってきます!」


「ああ。頼むぞ、ルイス。気を引き締めていけよ」


「いってらっしゃい、ルイス。くれぐれも無茶はしないでくださいね」


「はい、もちろんです」


 力強く頷いて応える臣下に副領主が言う。


「もし仮に……お前たちの手に負えない事態が発生したら、俺とアンナが駆け付けるからな」


「それは心強いです! でも、アランさんとアンナ先輩の手を煩わせるようなことはないと思うのでご安心を!」


「フフッ、頼もしい限りだ」


「ルイス、頼りにしていますよ」


「お任せください!」


 ルイスは二人にガッツポーズを見せた後、出発を待つ領兵たちの元へと歩みを進める。


「よし! 皆、行くぞっ!」


「「「「「おおおおおっ!」」」」」


 ルイスの勇ましい掛け声に領兵たちは渾身の雄叫びで応答。一同仮屋敷を出発する。その後輩の後ろ姿をアランとアンナが微笑ましく見つめるのであった。


 

 

 ――それから約一時間が過ぎた時のこと。


 ルポタウン最西部の住宅地を巡回するルイスと領兵たち。彼らは一切気を抜くことなく周囲に目を光らせていた。 

 一方でここまで異常は見受けられず。それは何よりな状況であるが、ルイスたちの警戒心は一層強まっていた。

 すると領兵たちが不穏な言葉を交わす。


「もうすぐ日付が変わるな……」


「ああ……()が現れたのはちょうどこの時間帯だったな……」


「気を引き締めていこうぜ」


「おう――」


 その会話を聞いていたルイスの額に冷や汗が流れる。


(――間もなく……昨晩『悪魔のカミソリ頭領の怨霊』が出現した時間帯になる。そして……その事件が最初に発生した場所が――この西部の住宅地……!)


 そう。彼らが一切気が抜けない理由――それは間もなく『悪魔のカミソリ頭領の怨霊』が出現した時間帯を迎えると共に、この西部住宅地が最初の事件発生場所であるからだ。


 ルイスが領兵たちを鼓舞する。


「皆、間もなく怨霊が出現した魔の時間帯となる! 俺たちが市民たちを守る最初で最後の砦だ! 気を引き締めていくぞ!」


「「「「「おおおおおっ!!」」」」」


 領兵たちは力強い雄叫びで応えた。




 ――その刹那のことだった。

 ルイスの全身に強烈な悪寒が走る。

 それはいまだかつて感じ取ったこともない、悪意ある、強大な想素――


「皆! 構えろっ!」


 ルイスの声を聞いた領兵たちは咄嗟に剣を抜き、空想術で身体強化して戦闘態勢に入る。金髪少年も青炎を右腕に纏い、不測の事態に備えた。


 彼らが(しき)りに周囲を見渡していると、進行方向前方から不気味に青光りする人影が出現。こちらに向かってゆっくりと迫ってきた。


「来るぞ……!」


 ルイスが呟く、一同に走る緊張――


 やがて……ルイスたちの瞳に青光りする人影が鮮明に映し出された。


「クックックッ……獲物を発見したぞ……!」


 濃紫の短髪、鋭い目付き、ガラの悪い服装――

 その見覚えのある姿、聞き覚えのある声に金髪少年が唇を震わせる。


「……悪魔のカミソリ……頭領だ……!」


 青光りする人影は――紛れもない悪魔のカミソリ頭領の姿だった。



つづく……

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