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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第355話 母強し【挿絵あり】

    挿絵(By みてみん)



 会議は滞りなく進行する。

 カーティスとアランは、今夜から実施する警備強化の内容を説明。

 指揮命令系統や警備の担当区域、対象を発見した際の情報伝達、市民の避難誘導の手順、各部隊の連携などを確認。

 また、今回新たにメアリー小隊が編成されることを発表。その際は一同から感嘆の声が漏れ出した。――そこでメアリーが長々と演説を始め、ルイスが制したのは言うまでもない。


 そして、完全に日が沈んだ頃、会議が終了する。


「――方々。抜かりないようお願いします。それでは、解散としましょう」


「「「「「おう!」」」」」


 領主が締めくくると、錚々たる顔ぶれは席から立ち上がり、続々と退出していく。

 そんな彼ら一人ひとりにペコリと会釈するルイス。すると彼の肩を伯母が叩く。


「お疲れ、ルイス!」


「ああ、伯母さんもお疲れ」


 軽く挨拶を交わした後、メアリーが苦笑を見せる。


「まったくアンタは気を使いすぎだよ。そんな一人ひとりに頭を下げる必要なんかないさ。確かに協力を求めた手前だけど、あくまで私らと彼らは対等な関係だ。下手(したて)に出過ぎるのは良くないよ?」


「うん。気を付けるよ……」


「アンタはこの地を司るタイロン家の家来なんだからさ、もっと堂々としていなさい!――」


 刹那。メアリーは本日二度目となる強烈な張り手を甥の背中にお見舞いする。


「痛っ!!」


「アッハッハッ! 気合い注入だよ」


「くっ……もう少し加減してくれよな……」


 涙目で自分の背中を(さす)るルイスにメアリーが言う。


「ドンマイ!」


「ドンマイじゃねえ……」


「ま、そういうことで私は一旦家に帰るわ。子供たちが心配だからね」


「わかった。じゃあ、また後程よろしく頼むよ」


「ああ、こちらこそ――」


 メアリーはルイスとの会話を終えると、足早に会議室を後にした。


(伯母さんも大変だな……)


 ルイスがそんな事を思っていると、伯母と入れ替わりでアラン、アンナ、ヴァル、カレンが寄ってくる。


「ルイス、強烈だったな。いい音してたぜ」


「アランさん……どうやら伯母さんの辞書に『手加減』という文字は無いようです……」


「ハハハッ! 違いない!」


 ルイスの言葉を聞いた一同から笑いが漏れ出す。

 恥ずかしそうに頬を掻く金髪少年にアランが伝える。


「――ということで、ルイス。お前の警備担当は深夜からだ。それまで時間がある。今のうちに休んでおけ」


「はい、わかりました」


 返事したルイスが先輩たちに訊く。


「ちなみにアランさんたちは……?」


「俺は間もなく本部に詰める。今夜は初日だし、副領主という立場上、休んでいる訳にはいかない。この屋敷から皆を見守っているよ」


「そうですか。てっきりアランさんも現場に赴くと思っていたんですが……」


「ああ。できることなら俺も皆と一緒に街を巡回して、あわよくばこの手で『悪魔のカミソリ頭領の亡霊』を仕留めたい。だが……先程も申した通り、俺は副領主だ。今回は全部隊を指揮する側に徹するよ。これもまた経験だからな」


 そう。今のアランはただ単に『領主の息子』という立場ではない。『副領主』として重職を背負い、民や臣下の命を預からなければならないのだ。故につい先日までのような軽挙妄動は慎まなければならない。


「了解です。抜かりない指揮をお願いしますよ?」


「フフッ、当たり前だ。お前たちの命は俺と父上が預かっているのだからな」


「心強いです」


 アランの言葉を聞いたルイスは口角を上げると、アンナとヴァルにも予定を尋ねる。


「アンナ先輩とヴァル先輩は?」


「私もアランと一緒に本部に控えております。私は……彼の秘書ですからね」


「俺はこれから部隊を率いてルポ南部の見回りに行ってくる。俺も小隊長という立場上、徹夜になりそうだぜ」


「先輩たちも多忙ですね」


 一同のやり取りを聞いていたカレンがアランに恐る恐る申し出る。


「あの……アラン先輩……」


「どうした?」


「あ、はい。私も皆さんのお役に立ちたいので……今夜は徹夜でお仕事を――」


 多忙な恋人と先輩たちをサポートしたい――そんな彼女の善意だったが、アランは丁重に断る。理由をこう説明した。


「カレン。君の申し出はとても嬉しい。だけど……人手は足りている。今日は定時で上がってくれ」


「で、ですけど……!」


「明日の定例作業に影響が出ても困る。休むことも仕事の内だぞ?」


「わかりました……」


 申し訳無さそうに俯く彼女の肩にルイスが手を添える。


「ありがとな、カレン。その気持ちだけで俺も、アランさんたちも、元気が漲ってくるよ」


「そうかな……?」


 カレンがゆっくりと顔を上げると、優しく微笑む恋人と先輩たちの顔があった。


「今日は真っ直ぐ家に帰って休んでくれ。その代わり……明日俺たちがへばっていたら、サポートよろしくな!」


「うん! 任せて!」


 ルイスの言葉を聞いたカレンは満面の笑みで応えた。


 程なくしてカレン、アンナ、ヴァルが会議室から退出。続けてアランも部屋から出ようとするが――ルイスが引き止める。


「あの、アランさん。少しいいですか?」


「どうしたんだ?」


「はい。先程の『カルムかがやき園』視察の件でご相談が――」


 ルイスは『カルムかがやき園』での出来事、自分の目で見た現状をアランに報告。早急に遊具を手配することを提言した。


「――わかった。父上には俺から取り次いでおく。明日にでも『マッスル隊』に依頼して大型遊具を製造・設置してもらおう。絵本やぬいぐるみ等に関しても早急に手配する」


「ありがとうございます! 早速明日イワナリさんに報告します!」


「ああ。その際は俺も同行させてくれ。色々と詫びねばならん」


 そしてアランは瞳を閉じると、反省の言葉を漏らす。


「――副領主として恥ずかしいよ。最も弱い立場の子供たちに、目を向けていなかったとは……皆から期待の言葉を掛けられて、少し舞い上がっていたのかもしれない……」


「俺もです……」


 ――これもまた経験。

 この苦い経験が若き主従を更に成長させることだろう。





 ――場面変わり、カルム領・カルムタウン。

 辺りが夜闇に覆われる中、焼け野原となっていたカルム平原に明かりと人々の営みが戻りつつあった。

 

 その平原の西部――カルムタウン西地区と呼ばれていた場所にも、数十棟ほどの民家が新築されていた。

 住居の建築が急ピッチで進んでいる理由――それはマッスル軍団を筆頭にした支援部隊が、空想術を用いた建築技術を駆使している為である。


 その立ち並ぶ民家の内の一件――黄色い屋根の家。その玄関前に掲げられた、虹と雲を模した表札には『エイドファミリー』の文字。


 民家の一室の机では、手紙に書かれた文字を読み返す、紫髪の幼い少年の姿があった。


「――『トム、大好きだよ。大きくなったらお嫁さんにもらってね。迎えに来るのずっと待ってるからね――』か……」


 手紙の文字を読みながら呟く少年は、メアリーの息子にして、ルイスの従弟(いとこ)、つまりヨネシゲの甥――『トム・エイド』だ。


 彼の毎晩の日課は、想い人の少女『メリッサ・アトウッド』から貰った手紙を読み返すことだ。


 メリッサは、兄ゴリキッドと共にカルム領に辿り着いた、ライス領からの難民だった。ヨネシゲの粋な計らいによって、クラフト家で生活を共にすることになり、トムと同じ学校にも通い始めた。

 短い時間ではあったが、二人は苦楽を共にするうちに次第に惹かれ合う。

 そんな両思いの二人だったが――急遽メリッサは兄ゴリキッドと共に帰領することに。

 結局、トムはメリッサに想いを伝えることができず。その一方でメリッサは、自分の想いを(したた)めた手紙をトムに託した。


 ――そしてトムは今夜も想い人からの手紙を見つめる。


「――メリッサちゃん……僕、大人になったら……絶対、絶対に迎えに行くからね……!」


 トムはそう呟きながら拳を強く握りしめた。


 その直後。

 突然、部屋の扉が勢い良く開かれる。


「トム〜、夕飯できたよ〜」


「わっ、わっ?! お姉ちゃん、ノックくらいしてよ……」


 茶色のショートヘアの活発的な少女は、メアリーの娘にして、ルイスと学年が同じ従妹(いとこ)、つまりヨネシゲの姪――『リタ・エイド』だ。


 ノックも無しに弟の部屋に乗り込んだリタであるが、悪びれた様子もなく、文句を口にする。


「面倒くさいこと言うなよ……ノックなんか別にいいじゃない……つか、夕飯の準備くらい手伝えし〜」


「ぼ、僕だって年頃の男子なんだよ? もっと気遣ってよ!」


「アッハッハッ! 何が年頃だよ? 私から言わせれば、トムなんかまだまだお子様だっつーの!」


 リタは弟をからかいながら歩みを進め――


「そろそろお姉ちゃんにも、その手紙を読ませてくれよ〜」


「ダ、ダメだよっ!」


 リタは弟から手紙を奪い取ろうと手を伸ばし、一方のトムは懐にそれを仕舞うと身を丸めて防衛体制。姉弟の攻防戦が開始される。


「メリッサちゃんからの愛の告白、お姉ちゃんも知りたいな〜」


「お姉ちゃんには関係ないでしょ?!」


「関係あるさ〜! ()()()()の成長を見守るのも姉の役目なんだよ!」


「くっ……こういう時だけ可愛い弟なんて言っても無駄なんだからね! いつもは()()()()()()とか言ってるくせに!」


「アッハッハッ! そんなの冗談に決まってるじゃん? あのくらいの冗談聞き流せないと……メリッサちゃんに嫌われちゃうぞお?」


「お、大きなお世話だよ! 僕の心配なんかしてないでお姉ちゃんもそろそろ彼氏でも見つけたら?!」


「な、なんだとぉ?! 随分と上から目線の発言じゃないの?!」


「あ、そうだ! ゴリキお兄ちゃんなんかどう? ほら、喧嘩するほど仲が良いっていうでしょ?」


「あぁ? 誰があんなゴリラと付き合うか! 本当に仲が悪いから喧嘩してたんだよ!」


「照れない照れない」


「違う! 照れてねーよっ! 私は怒ってるんだ!」


 姉弟喧嘩はヒートアップ。延々に続くと思われたが――二人の耳に玄関扉が開く音が届く。


「「お母さんだ!」」


 姉弟喧嘩は中断。

 二人は嬉しそうに笑顔を浮かべると、部屋を飛び出し、玄関までの廊下を突っ走る。


「「お母さ〜ん!」」


「ただいま〜!」


 姉弟の予想通り玄関には母メアリーの姿。二人が満面の笑みで出迎えると、母も笑顔で応える。


「アンタたち。今日も随分と賑わってたね? 家の外まで響き渡ってたよ?」


「そうなんだよ! お姉ちゃんが手紙を奪い取ろうとするから!」


「いいじゃないの! 減るもんじゃないし!」


「コラコラ! 二人とももうやめなさい! ご近所の迷惑になるから!」


「は〜い……」


 母に注意され姉弟は渋々停戦。メアリーは苦笑を浮かべながらリタに尋ねる。


「リタ、もう夕食できてるんでしょ?」


「うん、できてるよ!」


「ありがとう! それじゃ早速食べちゃいましょう! お母さんこれから夜の見回りをする事になったからさ」


「「え?」」


 驚いた様子の子供にメアリーが事情を説明。


「――そういうわけなんだ。あんまりゆっくりもしてられないのさ」


 母の説明を聞き終えたリタが不安げな表情で問い掛ける。


「でも……正体不明の怨霊だよ? もし……()()()()()()()()になったら……」


「大丈夫だよ! いざとなればリゲルの筋肉オヤジや北国(フィーニス)の勇者が助けにきてくれるからさ!」


 娘の不安を取り除くようにメアリーが説得するが――


「ダメ! お母さん! 行っちゃダメ!」


「トム……」


 トムは母の身体に抱きつくと涙を潤ませた瞳で見上げる。続いてリタも母の右手を両手で握る。


「お母さん……私からもお願い……行かないで……」


「リタ……」


 普段から肝が据わっており、母やルイスと肩を並べる実力者であるリタも、弟と一緒に引き止める。

 

 ――あの日、姉弟は目の当たりにした。

 向かうところ敵なし、最強と思われていた母親が、たった一人の(マスター)によって赤子の如く倒される姿を――もし……再び母の力を上回る敵が現れたら……?


 姉弟は今にも泣き出しそうな表情で母の顔を見つめる。


 一方のメアリー。

 子供たちの心情は痛いほど理解している。――あの日の記憶はトラウマだ。

 彼女は二人の身体を両腕で抱きしめると、優しい口調で語り掛ける。


「ありがとう……二人とも……お母さんのこと心配してくれているんだね。――でもね……お母さんは行くよ」

 

「「お母さん!?」」


 瞳を見開き顔を強張らせる子供たちに言葉を続ける。


「全ては可愛いアンタたちを守るためさ。――今ここで戦わなかったとして、取りこぼした敵が後々アンタたちを傷付けるような事があったら……お母さんは一生後悔することになる」


「だ、だけど……!」


 メアリーは優しく微笑む。


「お母さんは逃げないよ。子供を守るのが母の義務……強敵を倒すことは力ある者の役目だからね。大好きなカルムとアンタたちを守るために――私は戦い続ける!」


 力強い言葉で宣言するメアリー。それでも子供たちの不安は払拭できず。すると彼女は二人の肩を力強く叩く。


「元気お出し!」


「「痛っ!」」


「アンタたちがそんなんじゃ、お母さんまで元気が無くなっちゃうよ」


「「………………」」


「アンタたちは私の子――強い子なんだからさ。ここは元気よく送り出しておくれよ」


 困った様子で互いに顔を見合わせる姉弟に母が告げる。


「あの時と同じヘマはしないよ。身の危険を感じたら大人しく退散するさ。命を落としたら、守れるモンも守れなくなっちゃうからね……」


「「お母さん……」」


「だから安心しなさい。お母さんを信じて……!」


 我が子に訴えるメアリー。

 するとトムが母に小指を差し出す。


「じゃあ……無茶しないって……約束して……」


 続けてリタも――


「食べ盛りの子供を置いて先立つなんて……絶対に許さないんだからね……」


「フフッ……勝手に死亡フラグ立てるなっつーの。それにアンタはもう少し食べる量を減らした方がいいよ……」


 メアリーはそう呟きながら、指切りを迫る我が子たちに両方の小指を差し出す。


「お母さん……嘘付いたら本当に針千本飲ますからね……」


「トム、針千本じゃなくて角刈り針千本の方が効果的かもよ?」


「アハハ……そうだね、お姉ちゃん」


「うっ……シゲちゃんの剛毛千本かあ……そりゃマジ勘弁だわ……」


「それじゃ約束だよ……」


「約束してね、お母さん……」


「ああ、約束するさ。脂ギッシュな弟の剛毛なんか飲みたくないんでね――」


 笑顔を浮かべる親子は――固い指切りを交わした。



 その直後のこと――玄関の扉が開かれた。


「――ただいま」


「ジョ、ジョナス?!」


「「お父さん?!」」


「みんなお揃いで……どうしたんだい?」


 普段よりも帰りが早い大黒柱の姿に、メアリーたちは驚いた表情を見せた。



つづく……

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