第354話 錚々たる顔ぶれ【挿絵あり】
――ルポタウン・領主仮屋敷。
領主カーティスの執務室の前で壁に寄りかかり、その部屋の扉を見つめる金髪少年は――ルイスだ。
このあと夕刻から行われる予定となっている『悪魔のカミソリ頭領怨霊事件』の臨時対策会議。ルイスも出席することになっている。
しかし、街中で遭遇した伯母メアリーにその事を話したところ……「私も会議に参加するわ!」と、彼女も会議参加の意思を表明。
ルイスは「突然過ぎる。それに領主様の許可が必要だ」と伝えて拒むも、メアリーの圧に押されてしまい……結局パンの配達まで手伝わされて、伯母と共に屋敷に帰還した次第だ。
そして、メアリーがアポイントメント無しで領主カーティスの執務室に乗り込んだのは数分前のこと。現在直談判中である。
伯母の強引な行動。
ルイスは胃痛に襲われながら、何事も無いことを祈り続けていた。
(伯母さん。頼むから下手なことしないでくれよ。俺、ここに居づらくなっちゃうからさ……)
ルイスが大きく息を漏らした刹那のこと。執務室の中から自分の名前を呼ぶカーティスの声が耳に届いてきた。
「ルイスよ、そこに居るのだろう? 中へ入りなさい」
「はっ、はひぃっ!」
突然の主君の呼び出しにルイスの声が裏返る。
応答した金髪少年は、まるで大企業の最終面接に臨むが如く、緊張した面持ちで身体を固くさせながら、執務室の扉をゆっくりと開いた。
「失礼します!」
一礼し、顔を上げると、まずルイスの瞳に映り込んだ光景は――ソファーに腰掛けながら足を組み、紅茶を味わう伯母メアリーの姿。
更にその奥に視線を移すと、机の上で両手を組む、整えられた顎髭とは対照的な少々乱れた茶髪オールバックの中年男――カルム領主『カーティス・タイロン』が優しい笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
(交渉は……上手くいったのか?)
領主の表情を見たルイスの不安も幾分か取り除かれた。
そして机の前に立った金髪少年に、カーティスがメアリー直談判の結果を伝える。
「まずは結論から伝えよう。楽にして聞いてくれ。――メアリーさんには、今晩からの警備要員として加わってもらう。メアリー隊と称して、我が領軍に臨時の小隊を編成することにした」
「よ、よろしいのですか?」
結果は何となく予想できていた。恐らく伯母が領主に圧力を掛けたのだろう。とはいえ、普段から慎重な領主がものの数分で結論を出したことに、ルイスは少々驚いた様子だ。そんな彼にカーティスがこれまた予想外の言葉を口にする。
「いやあ、願ってもない申し出だったよ。メアリーさんが警備に加わってもらえるなんて、我々としても本当に心強い」
「そ、そうでしたか……」
「うむ。何でもなければ最初からお声掛けするつもりだったが……メアリーさんも忙しいからね」
すると、カーティスの言葉を聞いたメアリーが、茶菓子を頬張りながら高笑いを上げる。
「アッハッハッ! 領主様、水臭いじゃないですか。そんな気遣い無用ですよ!」
「お、伯母さん! 領主様に失礼だぞ!」
ルイスは、お茶菓子をボリボリ食べながら領主と会話する伯母を注意。その様子を見届けたカーティスが臣下に伝える。
「――間もなく会議が始まる。ルイスよ、一息入れたらメアリーさんと共に会議室に来なさい。私は一足先に向かっているよ」
「はい! 承知しました!」
ルイスの返事を聞いたカーティスは微笑みを見せると、椅子から立ち上がり部屋を後にした。
主君の後ろ姿を見つめていた甥にメアリーが言う。
「まあ、ルイス。突っ立ってないでアンタも座りなさい。今、紅茶淹れて上げるからさ――」
自宅のようにくつろぐ伯母にルイスが苦笑を見せる。
「一応言っておくけど……ここ、領主様の執務室だからね?」
「わかっているわよ、そんなこと。アンタも細かい男だねえ」
「ハァ……このあとの会議が心配だよ……」
ルイスの気苦労はまだまだ続きそうだ。
――ルポの街が夕色に染まり、仮屋敷に振り子時計の時報が鳴り響いた頃。会議室では『悪魔のカミソリ頭領怨霊事件』に関する臨時の対策会議が始まった。
その会議室。
『口の字』を書くように並べられた長テーブルを囲むのは、カルム領主を始めとした錚々たる顔ぶれ。
領内の治安警備を担うカルム領軍とカルム保安署のトップの他に、カルム領で名を轟かす猛者たち。そして先の襲撃を受けて、支援のため他領から派遣された各領軍の責任者が集結していた。
会議を主導する中年男はカルム領主『カーティス・タイロン』。
「方々、お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます――」
カーティスの隣に座る、橙色の瞳とサラサラの茶髪の美男子は、彼の息子にして副領主の『アラン・タイロン』。カルム学院・空想術部長も務めており、『紅蓮のアラン』の二つ名を持つカルムを代表する猛者の一人だ。
「急遽のお声掛けにも拘らず、会議にご出席いただきお礼申し上げます――」
一同に謝意を伝える領主親子の背後には、二人の女性が控える。
紫の瞳とややウェーブのかかった金髪を持つポニーテールの少女は、アランの秘書であり婚約者の『アンナ』である。
カルム学院では生徒会長を務め、全生徒・全教員から信頼を寄せられている優良生徒だ。その一方で空想術部にも所属しており、『雨氷のアンナ』の異名を持つ実力者でもある。
「ではカレンちゃん。皆様に資料をお配りしてください」
「は、はい!」
アンナに指示された、黒髪ミディアムヘアの小柄な少女は、この領主家に仕える使用人にしてルイスの恋人である『カレン』だ。
彼女は緊張の面持ちを見せながら、完成したばかりの資料を出席者たちに配る。
その資料を受け取る人物たち――
一際目を引く、白髪の老年マッスル大男は――主君『タイガー・リゲル』の命令で、復興支援の為カルム領に留まっているリゲル家の重臣『カルロス・ブラント』である。
筋肉老人はカレンから資料を受け取ると、豪快に笑いながら公開ナンパ。
「ワッハッハッハッ! お嬢さん、可愛いねえ! このあと俺とお茶でもいかがかな?」
「アハハ……」
「コホン。父上、恥ずかしいからやめてくだされ……」
その様子を見つめながら咳払いする、黒髪オールバッグの引き締まった身体の青年は――カルロスの息子『ケンザン・ブラント』だ。
「ワッハッハッハッ! ケンザンよ、そう固いことを言うな! 減るもんじゃないし良いだろう?!」
「俺は場所をわきまえてほしいと言っているのですよ?!」
「なんだあ?! やるのか?! 息子よっ!」
「ああ、臨むところだぜ! 父上っ!」
そんな暑苦しい親子に冷ややかな視線を向けながら、空色長髪の青年が不愉快そうに呟く。
「喧しい連中だ。遊びでやってるんじゃねえんだぞ――」
彼はリゲル家と敵対関係にあるサンディ家の家臣『アモール』だ。彼もまた復興支援に尽力する者の一人。主君『ウィンター・サンディ』の指示で自領軍を率いてカルム領に派遣された。
「まあまあ、アモール殿。落ち着いてくだされ……」
「……はい、そうですね。ビリー署長」
そんな彼を宥めるのは保安局の青服を身に纏う老年男。彼はカルム保安署長『ビリー』である。領主カーティスが信頼を寄せる人物の一人だ。
苦笑のカレンは彼らのやり取りを横目にしながら、出席者たちへの資料配りを再開させた。
「はい、どうぞ。こちらが資料になります。――はい、どうぞ……――」
カレンはカルム領軍の将校たちと他領軍の責任者たちに配り終えると、続けて見慣れた顔ぶれに資料を手渡す。
「はい、キリシマ先生。資料です」
「ありがとう」
肩まで伸ばされた黒髪、顎周りに生やされた無精髭、黒い道着を着こなす中年男は、カルム学院空想術部の師範『キリシマ』だ。かつては王国軍に所属、メアリーの部下として活躍していた猛者だ。しかしカルム学院襲撃事件ではグレースに容易く制圧されてしまい、苦い経験をした。
そして、キリシマと同じくカルム学院襲撃事件で屈辱と苦痛を味わった少年が、カレンから資料を受け取る。
「はい、どうぞ。資料です……って?! ヴァル先輩?! ど、どうしたんですか? その格好は……?」
「へへっ。最初が肝心だからな。気合い入れているのさ!」
「そ、そうなんですね……」
白いハットと同色のタキシードを身に纏うサングラスを掛けた少年は――カルム学院・空想術部副部長にして、先日からカルム領軍に入隊した『ヴァル』だ。彼もまたアランと肩を並べる実力の持ち主であり、『雷撃のヴァル』の通り名を持つ。
余談だが、普段の彼は学生服を着崩すことはあっても、ここまで派手な格好をすることはない。
やがてルイスとメアリーの元にもカレンが訪れる資料を配布する。
「はい、ルイス君、メアリーさん、資料です」
「ありがとう」
「ありがとね、カレンちゃん」
二人から礼を言われてペコリと頭を下げるカレン。するとルイスが彼女の肩を優しく叩く。
「ルイス君……?」
「フフッ。カレン、リラックスだよ、リラックス。あまり緊張し過ぎちゃダメだぞ」
「うん、そうだね……」
「陰ながら応援してるよ」
「ありがとう」
彼の励ましにカレンは笑顔で応える。
頬を赤く染める二人をメアリーが微笑ましく見つめるのであった。
(若いっていいねえ……ジョナスと出会った時のことを思い出すわ……)
資料が全員に行き渡ったところで、カーティスが臨時会議の議題を切り出す。
「――早速ですが議題に入らせていただきます。今日皆さんに集まって頂いたのは他でもありません。昨晩領内で発生した、通称『悪魔のカミソリ頭領の怨霊』による連続襲撃事件についてです――」
一同、真剣な表情で領主の話を聞き入るのであった。
つづく……




