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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第六部 明暗の夜 (イタプレス王国編)
359/395

第349話 譲歩

 突如、ヨネシゲの肌に感じる冷気。

 絶望の淵で死を受け入れていた彼が、ゆっくりと瞳を開き、頭上を見上げる。――そこには銀髪少年の小さな背中があった。


 ヨネシゲは瞳を見開いた。


「――ウィンター……様……!?」


「ヨネシゲ殿、間に合って良かったです――」


 角刈りたちを守るようにして、破壊神オメガの前に立ちはだかる銀髪の少年――ウィンター・サンディが、僅かに口角を上げながら言葉を返した。


 しかし、確かウィンターはゲネシス皇妹エスタに囚われていた筈。何故この場所に居るのだろうか?

 そして彼の前方に視線を移せば、動きを完全に停止させる破壊神オメガと改革戦士団の面々、そして『破壊の火球』が角刈りの瞳に映し出されていた。――硬直するその姿はまるで石像だ。


 それもその筈。

 ウィンターの空想術(ちから)でオメガたちの時を凍結させているのだから。


 ヨネシゲも思考を凍結させていると、ウィンターが謝罪の言葉を口にする。


「――ヨネシゲ殿。このような危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……」


「いえ……ウィンター様が……悪いわけでは……ありません――」


 角刈りは声を振り絞りながらも、銀髪少年に気遣いの言葉を掛ける――ところが。


「――うっ?!」


 ――その刹那だ。

 突然、ヨネシゲの首元に『チクリ』とした痛みが走る。彼が側方へ視線を移すと、そこには長身の女夢魔(サキュバス)――に姿を変えたゲネシス皇妹『エスタ・グレート・ゲネシス』の姿があった。彼女は臀部から伸びる漆黒の尻尾の尖端を角刈りの首元に突き刺していた。


「こ、皇妹……殿下……?! こ、これは……い、一体……何を……!?」


 困惑の表情を見せる角刈り。

 ウィンターはともかく、何故彼を拘束していた皇妹が、この場所に居るのだろうか? そして自分の首に尻尾を突き刺して、一体何をしてくれた?――情報が整理できない。


 混乱する角刈りにエスタが微笑みながら言う。


「ウッフッフッ。クラフト男爵、お注射の時間ですよ」


「え? お……お注射……? ウヘッ……ウヘヘヘヘヘッ……」


 突如、満悦の笑みを浮かべながら、不気味な笑いを漏らすヨネシゲ・クラフト! 

 頬を赤く染め上げ、口から唾液を流しながら、地面で身体をクネクネさせる。

 完全に自分の世界へと入り込んでしまった角刈りにエスタが説明を始める。


「やはり殿方には効果テキメンですね。(じき)にその傷も、体力も、精力も、回復することでしょう。――あっ、快楽という副作用を伴いますが……」


 角刈りを見下ろしながら悪い笑みを見せるエスタに、皇妹専属侍女『テレサ』が注意。


「エスタ様、お戯れは程々に……」


「テレサ、何を仰るの? これは戯れではありませんよ?」


 続けてウィンターが依頼する。


「エスタさま。できれば……副作用を伴わない方法で回復をお願いします……」


「ウフフ……残念ながら女夢魔(サキュバス)が作り出す薬は、どうしても媚薬の成分が混じってしまいます。それに今は緊急事態。他の手段を選んでいる余裕なんてありませんよ?」


「確かに……そうですが……」


「私は他の皆さんにも回復薬を打ち込んできますので、ウィンターは改革戦士団の動きを注視しててくださいな」


「わかりました……」


 サキュバスは少年にそう告げると、倒れるソフィアたちの首元に、回復薬滴り落ちる尻尾の尖端を突き刺していく。その度にウィンターの耳に届いてくるのは――彼ら彼女らの喜悦の声。


「背に腹は代えられませんか……」


 半目で荒治療の様子を窺っていたウィンターだったが、すぐに表情を硬くしながら、動きを停止させる改革戦士団たちに向き直る。


(――何故……兄上が……改革戦士団と行動を共にしているのですか……?)


 ウィンターの視線は改革戦士団四天王ソード――八年前に討ち取った筈の実兄『ウィル・サンディ』に向けられていた。


 そうこうしているうちにヨネシゲが復活。雄叫びを上げながら立ち上がる。


「うおおおおおおっ!! 身体の底から力が(みなぎ)ってくるぜ!」


 先程まで角刈りの身体を支配していた疲労感と痛みが嘘のように消え去っていた。今は胸の高鳴りと共に底しれぬエネルギーで満ち溢れている。


「良かった……エスタさまの回復薬が効いたようですね」


「はい、お陰様で! 流石はゲネシスの皇妹殿下ですな! こんなに効きが良い薬があるなら、毎日でも打ってもらいたいぜ!」


「いや……それはやめたほうが……」


「あっ!? それよりも他のみんなは!?」


 ハイテンションのヨネシゲだったが、すぐにハッとした表情を見せる。喜ぶにはまだ早いのだ。――仲間たちの救護が残っている。

 角刈りが咄嗟に周囲へ視線を移すと、彼の瞳には意識を取り戻し、次々と立ち上がる愛妻と仲間たちの姿が映し出された。それを確認したヨネシゲが安堵の息を漏らす。そして――


「ソフィア!」


「あ、あなた!?」


 角刈りはソフィアの元まで駆け寄ると、その身体を力強く抱きしめた。


「良かった、良かった……また君を抱きしめる事ができたよ……」


「ええ……」


 お互いの温もりを感じながら無事を喜び合う夫妻。

 その隣では同じくウィンターの無事を心から安堵する主従たちの姿。

 ノアが飛び跳ねながら喜びを表現する。


「旦那様っ!! 本当に無事で良かったっ!! 良かったですっ!! 俺、絶対に旦那様が助けに来てくれるって信じていましたよ!!」


「ありがとうございます……ノア……」


 そしてヒュバートが親友の両手を握り――


「ウィンター、おかえり。どうやらまた君に助けられたようだね」


「ヒュバート王子、ご心配をお掛けしました――」


 そしてネビュラが――


「ウィンター……」


「へ、陛下……!?」


 国王は臣下の身体を優しく抱き寄せながら言う。


「よく無事に戻ってきてくれた……本当に心配したぞ……」


「陛下……申し訳ありません……多大なご迷惑をお掛けしました。私な未熟なばかりに……陛下をはじめとした、多くの皆様にご迷惑を――」


「お前が謝ることではない。元を辿れば、お前に負担を掛け過ぎた俺の責任だ。倒れるまでこき使ってしまい……本当に申し訳ないと思っている……」


「陛下……」


「頼りにならない主君だが、これからも支えてくれると嬉しい。その代わり、俺もお前のことを全力で支える。だから……どうか力を貸してほしい。俺にはお前の力が必要だ」


「ええ……勿論です」


 嬉しそうに笑みを浮かべながら見つめ合う主従。ヨネシゲたちも微笑ましそうに二人のやり取りを見守っていた。するとエスタがパチパチと手を叩きながら一言。


「ウフフ、善き哉、善き哉」


「何が……『善き哉、善き哉』だあ?!」

 

 皇妹の言葉を聞いたネビュラが鬼の形相を見せながら怒号。


「おい皇妹! よくも俺の可愛い臣下を攫ってくれたな?! そのような如何(いかが)わしい格好をして、ウィンターに不埒な真似はしてないだろうな?! 我が国と臣下の心を揺さぶったお前の罪は重いぞ!?」


「あらあら、怖いですわね〜。不埒な真似はしちゃいましたが……もう少し私に感謝してほしいものです」


「感謝だと?!」


「はいそうです。私が居なかったら――その子は命を落としていたというのに……」


「はあ?! まるで意味がわからんな! そもそも何故お前がここに居る!?」


「ウフフ。国王陛下、積もるお話はまた後程。ウィンターも困っているではありませんか。それに――間もなく凍っていた時も溶けちゃいますからね」


「な、何だと!?」


 エスタがネビュラにそう告げた直後、周囲を覆っていた冷気が熱気に変わった。と同時に先程まで停止していた改革戦士団の動きが復活。それに伴い『破壊の火球』も再びこちらに向かって猛進を始める。


「マズイ!」


 角刈りたちが顔を強張らせた――が。


「――させません!」


 ウィンターの瞳が青白く発光した刹那、『破壊の火球』が一瞬で凍結。氷塊と化したそれは粉々に砕け散り、氷のミストとなってキラキラと地上に降り注ぐ。


「なっ?! 一体何が――!?」


 突然の出来事に驚きを隠しきれない破壊神。彼だけではない。改革戦士団の面々が驚愕の面持ちで立ち尽くしていた。

 そんな中、弟の姿を目撃したソードが主に伝える。


「――総帥。守護神が現れました」


「な、なんだと!?」


 オメガは驚きの表情で地上を見下ろす。

 破壊神の瞳に映った光景は――こちらを見上げる小柄な銀髪少年と、その隣に並ぶ少年と然程(さほど)身長が変わらない小太りの角刈りオヤジ。更にその後方には先程意識を奪った筈の戦士たちが、何事も無かったかのように戦闘態勢に入っていた。


「一体……何が起きたというのだ……? 冗談ではないぞ……!」


 ――シナリオが崩れた。

 マスターは、動揺、悔しさ、怒りを滲ませながら地上の戦士たちを睨む。


 角刈りは破壊神を見上げると、腕を組みながら集団の先頭に立つ。


「――どうやら、形成逆転のようだな」


「ぬう……調子に乗るなよ……!」


 睨み合う両者、一触即発の状態――その時!


「あなた! あれを見て!」


「あ、あれは!?」


 ソフィアが指差す先。

 そこには――迫りくる老若男女の軍勢。

 角刈りが声を震わせる。


「あれは……四天王に洗脳された民や兵士、貴族たちだ……!」


 その集団の正体――改革戦士団四天王アンディの催眠術に掛かってしまった王都民や兵士、貴族たちだ。更に集団の中には意外な人物たちの姿もあった。

 

「レナ?! ロルフ!? それに愚兄(スター)まで……!」


「母上……兄上……ボニー嬢……皆、目を覚ましてください……!」


 集団に混ざる身内の姿にネビュラ、ヒュバート、王族の面々が声を震わせる。

 角刈りたちも冷や汗を流しながら集団を凝視していると、その中からあの男が姿を現す。


「クックック……全員大人しくするんだよ。下手な真似したら――コイツらの首が全部吹き飛んじゃうよ〜?」


「くっ……アンディ!」


 そう。薄ら笑いを浮かべながら、紐でぶら下げたリングを右手で持つ、金色ロングヘアのサングラス中年男は――改革戦士団四天王『アンディ』だった。

 仲間たちの応援に駆け付けたアンディが、早速ヨネシゲたちに向かって、右手で持つリングを構える。


「さあ……無駄な抵抗はやめて……みんなアンディに注目するんだ……ほ〜ら……君たちは段々とアンディに従いたくな〜る――」


「み、みんな奴から目を逸らせ!」


 角刈りが叫ぶも既にアンディのリングが揺れ始めていた――が。


「ヒイィィィィィッ!!」


 突然轟くアンディの悲鳴。

 なんと彼のリングが一瞬で凍結。木っ端微塵に砕け散った。腰を抜かすアンディに銀髪少年が凍てつくような冷たい眼差しを向ける。


「――抹殺しますよ? 秩序を乱す者は私が許しません」


 アンディの催眠術を阻止したウィンター。守護神は瞳を青白く光らせると、次なる攻撃を繰り出そうとする。


 アンディは腰を抜かしたまま後退り。



「お、おい! こ、こっちには人質がいるんだよ?! 人質が死んじゃってもいいのか〜い?!」


「人質を殺められる前に、貴方たちを消し去れば済む話です――」


「……ひっ!」

 

 ――その時。

 破壊神オメガ――マスターが制止する。


「――待て、守護神。我々はお前と争う気はない」


「ふふっ……笑止ですね……」


「聞け。今ここで争っても、互いに苦汁を味わうだけだ。痛み分けの結果で終わることだろう……」


「痛み分けですか?」


「左様。お前の力を以てすれば、我々を倒すことなど容易いだろう。だが……王都の各所には多くの人質が残っている。

 もし仮に……我々がお前に殺害されるような事があれば……自棄になった部下たちが、残りの人質を惨殺してしまうことだろう。

 罪なき者たちが命を落とす結末は、お前たちが望む未来ではないだろう?」


「さすが……卑怯と名高い下衆な集団ですね……」


「まあそう言うな。我々の提案を受け入れろ。さすれば今すぐ我々は()()()から退こう。但し、お前たちも大人しくこの場から引き上げてくれ」


「あくまでも王都は明け渡さないつもりですね?」


「ククッ……当たり前だ」


 マスターは人質の存在をちらつかせて、優位に交渉を進めようとする。

 残虐非道の改革戦士団だ。交渉が決裂した際は、躊躇いもなく人質を殺害する事だろう。ウィンターもそのことを理解しており、攻撃に踏み切れない状態となっている。


 ここで角刈りが怒鳴り声を上げる。


「随分と都合がいいじゃねえか?! お前らの要求なんか受け入れられるわけねえだろ!」


「ククッ……我々は譲歩しているのだよ」


「何が譲歩だ?! お前がやっていることは単なる脅しだ――」


 ここであの男がヨネシゲの言葉を遮る。


「わかった」


「へ、陛下!?」


 その声はネビュラのものだった。

 国王の返答は、マスターの要求を受け入れるものだった。


 困惑する角刈りたちを横目に、ネビュラが大声で宣言する。


「人命優先である! 人質が犠牲になるようなことは断じてあってはならぬ! ここは敵方の要求通り、退こうではないか!」

 

 国王の言葉を聞いたオメガがニヤリと口角を上げる。


「賢明な判断、感謝する――」


 すると破壊神は、全身を白色の光に包みながら神格化を解除。オメガは元のマスターの姿に戻った。その様子を見届けたネビュラが警告。


「約束しろ。如何なる場合でも人質たちには絶対に危害を加えないと。傷一つでもつけてみろ。強硬手段を用いてお前たちの首を取りに行くからな!」


「安心されよ、人質は丁重に扱う。彼ら彼女らは人質であり、我々の同胞でもあるからな」


「くっ……何が……同胞だ……」


 マスターはネビュラとの会話を終えると、角刈りに向き直る。


「ヨネシゲ・クラフト。命拾いしたな。今回は見逃してやるが……次に対峙する時は、万全の体制でお前とその仲間たちを抹殺する。精々その時まで成長しておくことだな――」


 マスターが背を向ける。


「さらばだ」


「おのれ……マスター……!」


 マスターは王都の中心部へ向けてゆっくりと歩き出す。幹部たちも主に(なら)い、その背中を追い掛ける。

 間際、サラは憎悪の眼差しで角刈りを睨み、ダミアンが愉快そうに歯を剥き出す。


「ヨネシゲ・クラフト。次は……必ず消す……!」


「フッハッハッハッ! ヨネさ〜ん! 次回は一発で仕留めてやるから、覚悟しておけよな!」

 

「お前らごときに……俺は負けねえ……!」



 一方で決別した銀髪の兄弟が――


「あ、兄上っ!」


「――貴様に兄などと呼ばれる筋合いはない」


「どうして……? あの日……私は……確かにこの手で……兄上を……」


「フン。答える義理もない――」


 ソードはウィンターにそう言い残すとその場を後にする。兄の姿を見つめる臣下にネビュラが言う。


「――ウィンター、ゆっくりもしてられん。先ずはこの場からの離脱を急ぐぞ。思考を巡らすのはその後だ。早速フィーニスまで案内を頼む」


「承知しました」


 ウィンターはネビュラに命じられると、一同を先導するようにフィーニスの方角へ向けて移動を開始。


 ――そしてもう一人。

 立ち去る改革戦士団の背中を見つめる男が居た。


(――確かに俺は、お前たちの人生を狂わした存在かもしれねえ。だからと言って、無関係な人々を絶望に陥れるような真似は絶対に許されねえ。俺は必ず――お前たちの暴走を止めてみせる!)


 力強く拳を握りしめるヨネシゲ。そこへソフィアが歩み寄ってきた。


「あなた、行くわよ。急ぎましょう」


「ああ……そうだな……」


 角刈りは愛妻に促されると、一同の後を追うように歩みを進める。


 憂いの夫妻は、東部関所を通過すると、朝日照りつける王都(メルヘン)を背にして、雪の都フィーニスを目指した。




 ――ここまでの出来事はまだ序章に過ぎない。


 さらなる試練がヨネシゲたちを待ち受ける。



 カルム閑話へと、つづく……

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