第346話 マスター(後編)
語り続けるマスター。その右拳を力強く握りしめる。
「――私は師匠から神の力を授かった」
「神の力だと?」
眉を顰めながら首を傾げるヨネシゲ。一方のマスターはニヤリと口角を上げると、彼の疑問には答えることなく、逆に問い掛ける。
「――この世の全ては何でできていると思う?」
「何でできている……だと?」
それは唐突な質問。少なくともヨネシゲの頭脳では答えを導き出すことができない難題だ。
困惑する角刈りに総帥がその答えを明かす。
「――わからないなら教えてやろう。答えは……創造神『アルファ女神』が生み出した『神格想素』だよ」
「神格想素……!?」
神格想素――それはこの世に存在すると言われる『神』が生み出した想素のことだ。モールス戦の際、ヨネシゲに『怒神化』を齎したとされる想素でもある。
神格想素は地上のあらゆるものに大きな影響を与えているようだが、その実態は未だ解明されていない。にも拘らず、マスターは神格想素の全てを知っているような口ぶりで饒舌に語る。
「――この世の全ては、アルファ女神の神格想素が具現化されたものだ。想人は勿論、動物、植物、大地、海、空……これらの全てはアルファ女神の神格想素が素になってできている。
言うなれば、我々はアルファ女神がばら撒いた種から出てきた……芽のような存在だ。
そして撒いた種から芽を出し、花を咲かす為には、肥えた土が必要である。その土と呼べる存在が具現体なのだ――」
想素が現象を起こす為には具現体と結合――つまり具現化する必要がある。それは神格想素も例外ではない。
「――当たり前の話だが、空想術を使用する際、自身の脳内から放出した想素を具現化させる為には、空中の具現体と結合させる必要がある。そして神格想素も同じだ。女神が放出した神格想素で世界を形成する為には、具現体との結合が必要不可欠なのだ。
そこで重要となるのが、具現体を絶え間なく放出し続ける――具現岩の存在だ」
「具現岩……!」
マスターの口から発せられた『具現岩』というワード。ヨネシゲたちは直感で感じ取る――この男は具現岩の悪用を企んでいると。
仮に具現岩が改革戦士団の手に渡れば、世界に未曾有の危機を齎し兼ねない。
一同顔を強張らせる中、マスターの言葉が続く。
「――つまりだ。アルファ女神が神格想素を、具現岩が具現体を放出し続ける限り、この世界は今の形を保ち続ける。
勿論、この世界が正しい軌道を進んでいれば特段問題のない話だったが……いかんせん、その軌道を大きく逸脱してしまっている。修正不能なくらいにな――」
マスターはヨネシゲを睨む。
「その元凶となっているのが――ヨネシゲ・クラフト、お前だ。お前は何らかの手段を用いて、アルファ女神の神格想素を書き換えたのだ。その書き換えられた神格想素が具現化してしまった結果……既存の形成物に悪影響を与えてしまったのだよ……」
角刈りが額に汗を滲ませながら尋ねる。
「その……既存の形成物というのが……お前たちということか?」
マスターがゆっくりと頷く。
「――左様。我々はお前の悪ふざけによって書き換えられた存在なのだよ。創造神すら手玉に取るお前の存在は――末恐ろしい……」
そして彼は力強い声で構想を口にする。
「これ以上、我々のような不幸者を生み出さない為にも、この世を創り変える必要がある!」
「この世を創り変えるだと?」
「ああそうとも。その為には三つの事を実行しなければならない――」
マスターは説明する。
その想像もつかない、次元が異なる恐ろしい計画を――
「まず一つ目が、創造神アルファ女神の封印だ。世界を形成する素となる神格想素を断つ」
「アルファ女神を封印し……神格想素を断つだと……? ふざけてやがる……実際にアルファ女神が存在したとしても、そんなことできる筈が――!」
総帥は角刈りの言葉を遮る。
「何故そうだと言い切れる? 私は出来もしないことを堂々と語ったりはせんよ。根性論で物を言うお前と違ってな」
「くっ……!」
「アルファ女神の封印については、師匠に依頼してある。
師匠からの連絡によれば、アルファ女神をあと一歩のところまで追い込んでいるそうだ。しかし……実体を持たない神と呼べる存在に、流石の師匠も手を焼いておられる。
だが、アルファ女神の封印は時間の問題だろう。封印が実現すれば、この世界の新たな生成が中断される筈だ。無論、悪質な神格想素による生成もな――」
続けて二つ目の計画を打ち明ける。
「そして二つ目が……世界各地に点在する具現岩の抹消だ」
「具現岩の抹消だと?!」
具現岩の抹消――その言葉に角刈りは、声を裏返しながら、驚愕の表情を見せる。いや、彼だけではない。ソフィアやネビュラ、その場に居る者たち全員が顔を青くさせた。
マスターは彼ら彼女ら一人一人の表情を見つめながら言う。
「世界の各地に点在する、全ての具現岩を抹消し、具現体をこの世から消し去ることができれば……物理上、アルファ女神の神格想素が具現化することはない。
まあ……アルファ女神か具現岩、どちらか一方だけを消滅させれば済む話なのだが、あらゆる可能性を排除する為にも、二つの大元を絶たなければならない。
仮にこの二つを消し去り、世界の理を覆すことができれば――我々の思い描く理想の世界へ大きく前進することだろう――」
ここでヨネシゲが怒号を上げる。
「ふざけるなっ! そんなことをしたらバーチャル種の想人が真っ先に命を落としてしまうじゃねえか!
バーチャル種の想人は想素の塊と呼べる存在だ。俺たちリアル種の想人と違って、常に自身の想素を具現化し続けなければ実体を、生命を維持できない!
お前がしようとしている事は単なる殺戮行為だ! あまりにも非人道的過ぎるぞ!」
角刈り怒りの訴え。他の者も便乗し、抗議の声を上げる。だがマスターは彼ら彼女らの声を聞き流すようにして、淡々と続ける。
「理想の世界を創り出すためにも生け贄は必須だ。バーチャル種には申し訳ないが、この先の安寧と繁栄の為に消えてもらう」
「勝手なことばかり抜かすな!」
怒声のヨネシゲと入れ替わるようにして、マロウータンがマスターに問い掛ける。
「要するにそなた、手始めにこの王都の地下に眠る具現岩を消し去るつもりじゃな?」
マスターは不敵に口角を上げながら返答。
「そうしたいのは山々だが、皮肉にも我々の悲願達成の為には、まだまだ空想術の力を頼らざるを得ない。いや、その先もずっと必要になってくることだろう」
「ではどうするつもりじゃ?」
「ククッ……なので、メルヘンに眠る具現岩は完全には抹消せず、欠片の一部を残し、我々が独占する。具現体も、空想術も、我々のみが扱えればよい。
我々はこのメルヘンを拠点に世界を創り変える!」
ヨネシゲが眉を顰める。
「具現体と空想術の独占なんて、随分と偉そうじゃねえか? 神にでもなったつもりか?」
マスターはニヤリと歯を剥き出す。
「当たり前だ。我々が新たな世界を創り出す『創造神』となるのだからな――」
そして彼は三つ目の計画を告げる。
「とはいえ……まだ不安要素が残っている。
そもそも具現岩とはこの星の核の欠片だ。この星が存在する限り、具現体という物質の完全消滅は難しいだろう。
核はこの星の奥底に眠っているが、いつどこから具現体が湧いて出てくるかわからない。かと言ってこの星を破壊してしまったら元も子もないだろう?
そのような状態で、悪意ある想素が新たな世界に悪影響を及ぼし始めたら……今までの苦労が全て無駄になってしまう。そのような事態は何としても防がねばならない。
そこで三つ目だ。これが一番重要である――」
マスターが角刈りを指差す。
「元凶の根源『ヨネシゲ・クラフト』を抹殺することだ!」
「俺を抹殺だと……!?」
向けられる殺意――顔を引き攣らせるヨネシゲ。とはいえマスターが自分に対して憎悪の感情を抱いていることは知っている。今更驚くような話ではない。
――だが、それ以上に驚きの事実を総帥から告げられる。
「――何故、お前はこの舞台に立てていると思う?
それは……私がお前をこの世界に呼び寄せたからだよ」
「な、何だって……!?」
マスターが語る。ヨネシゲがソフィアの描いた空想世界に転移した理由を――
それはマスターこと『アーノルド・マックス』が、師と仰ぐ空想術師『サミュエル』の力を借り、ヨネシゲを現実世界から呼び寄せたのだ。
「――あの日……お前はいつもと同じように、何らかの手段を用いてこの世界に接触してきた。
私はその機を逃さず、ソフィアとルイスの幻影を駆使し、お前を罠へと誘き寄せた。覚えているだろう? 愛妻と愛息子の助けを求める声を――」
「っ……! そ、そうか……あの時……!」
ヨネシゲは思い出す。
自宅アパートで眠っていた際、突然耳に届いてきた妻子が助けを求める声を……目の前でダミアンの炎によって焼き殺される妻子の姿を――あれは全てマスターの仕業だったと言うのか!?
顔全体から多量の汗を流す角刈り。その彼を嘲笑うようにマスターが不敵に笑う。
「――ククッ。おわかりいただけたかな? 私がお前を、この世界の住民――カルムのヒーロー『ヨネシゲ・クラフト』として召喚したのだよ。この手で始末するためにな!」
マスターが自分をこの世界に呼び寄せた理由は理解した。しかし不可解な点がある。早速角刈りが総帥に疑問を投げ掛けた。
「俺を殺るならもっと早くに殺れた筈だぞ? 勿体ぶる必要があったのか?」
そう。本気でヨネシゲを殺害したいのであれば、あの時に命を奪えた筈だ。しかし自分はここまで生かされている。元凶と呼ぶ存在をここまで泳がせる意味があったのか?
そんな角刈りの素朴な疑問。マスターは笑いを漏らしながら答える。
「フッ……確かに今思えば、もっと早くにお前を始末しておくべきだったよ」
「じゃあ何故?!」
「これは私の悪い癖でな。お前をしばらくの間泳がせて、私が受けた苦痛を味わってもらうつもりだった。突然大切なものを奪われる……あの苦痛をな……!」
「その為に……お前は……罪なき人々を……!?」
「ククッ……カルムの悲劇は傑作だっただろう?」
「お、お前っ!!」
マスターの耳を疑う一言。それを聞いたヨネシゲが激怒の声を放つ。
一方の総帥は悪びれた様子も見せず。角刈りに宣言する。
「お前は本当に悪運が強い男だ。数々の災難をものともせずに切り抜けてしまうのだからな。――だが、お前の夢物語もここでお終いだ。
師匠から授かった神の力を以てして――お前に引導を渡してやる!」
――刹那。
マスターの全身が濃紫に発光。と同時に天からは彼に向かって降り注ぐ無数の白色光球――
「あの野郎! 一体何をするつもりだ?!」
――恐ろしいことが起きようとしている。
緊張の面持ちでマスターを見つめるヨネシゲたち。
一方で二人の男女が見覚えのある光景を見つめながら、数時間前の記憶を蘇らせていた。
「――あ……あれはあの時……あなたが怒神化した時と同じ現象よ……!」
「な……なんだって……?」
ソフィアの言葉を聞いたヨネシゲの表情が固まる。その隣でノアが補足するように伝える。
「恐らく……奴に降り注いでいる光球は『神格想素』で間違いないでしょう。あれは……うちの旦那様が『八切猫神』の力を借りる時と同じ現象です……」
「ノアさん! だとしたらマスターは……一体何の神の力を得ようとしてるんだ!?」
「それは……わかりません――」
――その時。
マスターを起点に強烈な閃光が発せられる。一同思わず手や腕で目を覆った。
やがて閃光が収まるとそこに現れたのは――体長四、五十メートルはあろう巨大な怪物。
頭部から生える二本の角、黒光りする体毛、鋭い牙と爪、そして赤色に発光する猛獣のような瞳――漆黒の翼をはためかすその姿は邪悪なる巨大な悪魔。
目の前の怪物を凝視しながらヨネシゲが声を震わせる。
「あれは……破壊神『オメガ』だ……!」
そう。それはブルーム夜戦で角刈りたちに牙を剥いた想獣――サラが召喚した破壊神『オメガ』と瓜二つの怪物だった。
破壊神『オメガ』がヨネシゲをギロリと睨む。
「――ヨネシゲ・クラフトとその仲間たちよ。この破壊神『オメガ』の力で地獄に送ってやる。全てはクリーンな世界を創り出すために……!」
「マスターの野郎……破壊神に変身しやがったか……!」
破壊神『オメガ』と化したマスターがヨネシゲたちに襲い掛かる。
つづく……




