第343話 脱出せよ! リアリティ砦
――リアリティ砦・屋上。
改革戦士団四天王『アンディ』の空想術によって催眠状態に陥った者たち。ヨネシゲたちを包囲し、じわりじわりと間合いを詰める。
角刈りが苦笑を浮かべながら呟く。
「まいったぜ……こりゃ反則だろ……味方に攻撃なんてできねえだろうがよお前……」
そう。今にもヨネシゲたちに襲い掛かりそうな勢いの者たちは、つい先程まで王族救出の為、共に戦っていた味方である。その中には角刈りと親しい者も決して少なくはない。
――彼らに攻撃を加えることなんてできない。
だが、こちらには秘策がある。
角刈りは、脳筋女騎士の力を解除した妖艶美女グレースを呼び立てる。
「グレース先生!」
「なんです? ヨネさん」
「ここはグレース先生の出番だ! 例のアレで皆をメロメロにしちゃってくれ!」
「ウフフ。良いんですか? 皆さんが私の前で跪いて痴態を曝け出すことになりますけど?」
「構いません! 背に腹は代えられないので!」
「いいでしょう!」
例のアレ――それは大半の者を自分の虜にしてしまう、グレースの十八番『魅了の煙霧』の事だ。
ある意味彼女の空想術も催眠の一種。目には目を、催眠には催眠を――今この状況を打開するには最善の策だろう。
早速グレースは両腕を大きく開き、魅了の準備を始める。その様子を確認したソフィアが透かさず結界を発動。ヨネシゲたちに煙霧の効果が及ばないようガードを施した。
そうこうしている間にグレースの全身が薄紅色の光に包まれていた。そして――
「ウフフ! 皆さん、私の虜にしてあ・げ・る♡」
刹那。
妖艶美女が全身から薄紅色――『魅了の煙霧』を放つ。これを吸い込んだり、肌で触れてしまった者は、当面の間彼女の下僕として過ごすことになるだろう。
周囲が薄紅色で支配される中、角刈りが期待に胸を踊らせる。
(――あの煙霧に抗える男はこの世に存在しない。申し訳ねえが、サイラス閣下やゲッソリオ閣下たちには、グレース先生の美しさに酔い痴れてもらいましょう!)
角刈りはニヤリと口角を上げながら煙霧が収まるのを待った。
一方のグレースも自信に満ちた笑みを浮かべる。
「ウフフ。この煙霧を食らって正気を保っていられた男は数える程しかいないわ。――さあ皆さん、たっぷりと可愛がってあげますから、私の前で跪きなさ――」
その時。
グレースの正面――煙霧の中から黄色の剛腕が飛び出してきた。
「テカポオオオオオンッ!!」
「きゃっ!」
その太い腕は筋肉狸――想獣『マッスルテカポン』のものだった。
グレースは掴み掛かろうとするマッスルテカポンの剛腕を回避するため咄嗟に身を翻す。しかし――
「くっ……!」
回避に間に合わず。
マッスルテカポンは彼女の白いシャツを鷲掴み。そのままシャツを引き千切り、剥ぎ取る。よって、漆黒の下着を身に着けた、妖艶美女の上半身が露わになってしまった。
――綺麗な肌、美しいボディーライン、豊かな膨らみとその深い谷間――目撃したヨネシゲとドランカドが案の定鼻の下を伸ばす。他の男性陣も顔を赤く染めながらグレースの上半身に瞳を奪われる。
常識人のメテオとノアは片手で自身の瞳を覆い、カエデは解説を始めるドーナツ屋の脳天に手刀をお見舞い。
ヒュバートはシオンの両手によって視界を奪われ、状況を理解できず。
「シオン嬢? 一体何があったんだい?」
「ヒュバート王子! ダメです! 破廉恥です! 目の毒です! 絶対に見てはなりませぬ!」
そして――ソフィアは満面の笑みで夫の後ろ姿を凝視。
「あなた……随分と嬉しそうだね……」
「へあっ?!」
一方のグレース。恥ずかしい姿を曝け出してしまった筈なのだが……一切動揺することもなく。それどころか愉快そうに笑いを漏らす。
「ウッフッフッ。随分とまあ性欲旺盛なタヌキさんですこと――」
するとシオンの怒号が飛んでくる。
「貴女! いつまで破廉恥な姿を曝しているのですか!? ヒュバート王子に悪影響を与えます! 早くビューティーに変身してその刺激的過ぎる上半身を隠しなさい!」
「あら? 男性陣は随分と喜んでいるみたいですけどね……ウフフ、それとも――私のナイスバディに妬いておられるのですか?」
「なっ?! ち、違います!」
「あら……そうでしたか……」
グレースは不敵に口角を上げると、自身とシオンの胸元を態とらしく交互に見比べる。
――無礼者だ。
令嬢は顔を真赤にしながら頭から蒸気を噴射。妖艶美女はその様子を横目にしながら空想少女に願い出る。
「カエデちゃん。このままだとシオン様が大噴火してしまうから、さっきの変身アイテム貸してちょうだい」
「仕方ないわね――」
カエデは呆れた表情でポケットからリップクリームを取り出そうとする。
一連の様子を見つめていた角刈りはどこか残念そうに微笑む。
(グレース先生の美肌もこれで見納めだな……)
ヨネシゲがそんな事を考えていると、周囲を覆っていた魅了の煙霧が晴れ、視界が鮮明に。――目の前に広がる光景に角刈りたちの顔が一気に青ざめた。
「う、嘘だろ……」
「私の煙霧が……効いていないですって……!?」
本来なら今頃魅了が完了し、グレースの前で多くの者が跪いている予定だった。ところがその者たちは――鬼の形相で仁王立ちしていた。
一同、グレースの魅了の煙霧が無効だったことに驚きを隠しきれない様子だ。
――そして。
「ゆけっ! テカポン! 王族たちの首をゲットだぜ!」
「テッテカポオオオオオンッ!!」
想獣使い『マサル』が相棒テカポンに攻撃指令。間髪入れずに筋肉狸が放電。王族たちに攻撃を仕掛ける。
その、迫りくる電流を受け止めたのは黄色の珍獣――
「イエローラビット閣下!」
「ぬおう! この狸の相手は私に任せろ!」
珍獣はそういうとテカポンと対峙。黄色と黄色が激しくぶつかる。
しかし脅威は始まったばかりだ。
咆哮を轟かせながら第二王子ヒュバート目掛けて突進してくる中年男は――『モーダメ・ゲッソリオ』!
「――ゲッソリオ奥義『恐怖の催促コール』! 王族たちの御首頂戴するまで帰りませ〜ん! アタアアアアアアッ!」
「!!」
ゲッソリオは青光りする両腕を交差させてヒュバートに突撃。巨大バサミと化したクロスチョップを以てして王子の首を刎ね飛ばそうとする――が。同じく青光りする鉄拳がゲッソリオの両腕を受け止める。
「クラフト男爵!」
「ヒュバート王子! ここはこのヨネシゲ・クラフトにお任せを!」
角刈りは渾身の力を右拳に送り込み、ゲッソリオを押し返す。
「ゲッソリオ閣下! いくら催眠状態とはいえ、王子たちに危害を加える行為は俺が許しませんよ!」
「邪魔をするな……クラフト男爵よ!」
睨み合う角刈りと公爵。
その背後では、ソフィア、マロウータン、ドランカド、ヒーローたちが、王族たちを守る防護壁となっていた。とはいえ――
(鉄壁と言える守りだが、こちらが攻勢に出られない以上、持ち堪えられるのは時間の問題だ。もし状況を打開するための行動があるとしたら――)
角刈りが一同に叫ぶ。
「みんな! 強行突破で砦から脱出しましょう!」
ここでドランカドが渋る。
「し、しかしヨネさん! 外へ脱出できたとしても、この砦は既に催眠状態の兵士や民たちに完全包囲されているッスよ!? 俺は彼らとは戦いたくない……こんな状況じゃ……ノエル殿下を守りたくても守りきれませんよ!」
確かに……既にリアリティ砦はアンディの催眠術で自我を失った群衆たちに包囲されている。その中には空想術に長けた兵士や保安官たちが含まれており、王族の命を狙って猛攻を仕掛けてくることは目に見えている。
しかし彼ら彼女らは催眠状態に陥っているだけでヨネシゲたちの仲間だ。交戦は極力避けたい――何より傷付けたくない。
そんな状況で王族を守りながら包囲網から抜け出すことは至難の技だ。
真四角野郎の懸念は頷けるが――角刈りは声を荒らげる。
「守りきれねえだって?! 何言ってやがる? 守りきるんだよ! 確かに俺だって……何も知らずに洗脳された罪なき人々とは戦いたくねえ! けどなドランカド。何かを守るということは、何かを犠牲にしなければならねえ。俺は陛下たちを守るために――鬼になるぞ」
「ヨネさん……俺は……」
「ドランカド、しっかりしろ! ノエル殿下が命を落としちまってもいいのかよ?!」
「!!」
それは根性論かもしれない――けれど、ヨネシゲの言葉を聞いたドランカドがハッとする。
(そうッスね……ヨネさんの言う通りだ。俺がノエル殿下を守らなくちゃいけねえ……!)
覚悟を決めた面持ちで十手を力強く握りしめるドランカド。その横顔をノエルが不安げな表情で見上げる。
「ドランカド殿……」
「大丈夫ッスよ、ノエル殿下。心配は無用です。俺もヨネさんも『優しい鬼』になるだけですから。兵士や民たちを必要以上に傷付けるような事は絶対にしません。ちょっとした正当防衛ッスよ!」
とびきりのスマイルでウィンクする真四角野郎。ノエルは表情を曇らせたまま静かに頷く。――当然、王女も理解している。綺麗事だけではこの状況を片付けられないことを――彼女だけではない。少なくともこの場に居る全員が味方と戦う覚悟を決めていた。
そして角刈りたちが行動に出る。
彼ら彼女らは声に出さず、アイコンタクトを取ると、素早く陣形を形成。それは的へ向けて放たれようとする矢の如し!
「ヨッシャ! 一点突破だ! 行くぞっ!」
刹那、ヨネシゲたちが地面を蹴った。
その矢形の陣形の先頭にはヨネシゲ、マロウータン、ドランカド、女騎士ビューティー、鉄腕ジョーソン。
ヨネシゲたちはブレーキを失った暴走機関車の如く包囲する貴族や兵士たちに突撃、次々と弾き飛ばす。
彼らの背後には一列に続く王族の面々とシオン。その側方、後方、上方をソフィア、カエデ、ノア、ドーナツ屋ボブ、イエローラビット閣下が結界やシールドを用いて護衛する。
破竹の勢いで猛進する角刈りたちは、瞬く間に下の階へ通ずる階段前に接近。
(ヨッシャ! 先ずは第一関門突破だぜ!)
元々王族の救出のためにリアリティ砦に突入した一同。現在催眠状態の者も含めて、国王派の戦力の殆どがこの屋上に集結している。故に今目の前に立ちはだかる包囲網が最大の難関と言えよう。
(ここさえ突破できれば――)
角刈りがそう思った矢先のことだった。
「がああああああああっ!!」
「!!」
突然上空から轟いてきた咆哮。ヨネシゲたちが頭上を見上げると――そこには正気を失った瞳でこちらを凝視しながら急降下してくる『マーク元帥』の姿。
「畜生! あの野郎も漏れなく改革戦士団の手に落ちていたのか!」
そう。先程ヨネシゲと激闘を繰り広げた元帥も今は敵方の傀儡――
「雷撃波っ!!」
「マズイっ!!」
マークを起点に走る閃光。
元帥が放った雷の衝撃波が一瞬で一行を飲み込もうとしていた。
突然のことに顔を強張らせるヨネシゲたち。彼ら彼女らの脳内が絶望で支配されかけたその時――
「「「メテオさまーっ!!」」」
「バンナイ?! アーロン!? ダンカン!!」
その中年三人衆はメテオに忠誠を誓う南都の誇り高き戦士――バンナイ、アーロン、ダンカンが共同で作り出した結界が雷撃波を受け止めた。主君たちの危機を回避する。
謎の決めポーズを見せつけるバンナイたち。マークは彼らを睨みながら再び雷攻撃を繰り出そうとする――が、元帥の背後には殺気。
「元帥殿っ! 少しの間飛行旅行を楽しんでもらいましょう!」
「!!」
マークが背後に視線を向ける。
彼の瞳に映ったものは――魔人『ジン』に化けた頑固親父『ルドラ・シュリーヴ』だった。
「オヤジっ! 無事だったのか?!」
実父の姿を目撃したドランカドが透かさず叫ぶも、頑固親父は元帥をロックオンしたまま。
次の瞬間。
ルドラは右掌に発生させた小さな旋風をマークに向かって解き放つ。
旋風は元帥に接近するにつれ、その大きさを増していき――気付くと旋風は巨大な竜巻となり、マークを飲み込もうとしていた。
元帥は咄嗟にその場から離れようとするも時既に遅し。竜巻の暴力的風力に捕まってしまう。竜巻はマークを飲み込むと、そのまま彼を連れ去るようにして上空へと姿を消した。
ヨネシゲたちはその様子を横目にしながら、大広間に直結する階段を駆け下り、屋上から離脱した。
つづく……




