第334話 決戦間近の裏側で
「早速来てもらいましょうか」
「くっ! 無礼なっ!!」
マークはネビュラの髪を鷲掴み。砦の屋上へと連行する。
そして、国王の頭部から一匹のコバエ――偵察用想獣が飛び去っていく。
場面変わり、ここは王兄屋敷。
偵察用想獣から得た映像が映し出される水晶玉。卓上に置かれたそれを見つめるのは三人の男。
その内の一人、フェイスベールで顔の下半分を覆った中年男――改革戦士団総帥『マスター』が不気味な笑い声を漏らす。
「オッホッホッ! マーク元帥のお出ましか。王妃側もようやく切り札を使ったようだな」
主の言葉にドミノマスクの銀髪青年――改革戦士団四天王『ソード』が相槌を打つ。
「ええ。王妃側も随分と追い込まれていますからね……」
「オッホッホッ。さあ、王妃殿下にロルフ王子。もっと抗ってみせなさい」
まるでスポーツや格闘技の観戦である。マスターとソードにとって水晶玉に映し出される映像は娯楽に過ぎないのだ。
すると薄茶色髪の中年男――トロイメライ王国・王兄『スター・ジェフ・ロバーツ』が苛立った様子で声を荒げる。
「二人とも楽しんでいる場合ではないぞ!? 我々の作戦を成功させるためには、王妃側にはなんとしても勝ってもらわねば困るのだ!」
マスターは余裕の高笑い……と思いきや、突然予想外の言葉を口にする。
「オッホッホッ! ――ズバリ、此度のクーデター……ネビュラが勝利を収めます」
「どうしてそう断言できる……?」
突然の宣言に困惑する王兄。彼から訊かれたマスターが不敵に目元を緩ませる。
「ネビュラに……悪運の強い男が味方しておりますからね。あの手この手を駆使して、勝利をものにすることでしょう」
「なんとかならんのか!?」
「……ご安心を。不測の事態に備えて代替策を用意してございます」
「代替策だと?」
代替策とは何か?
スターが尋ねると、マスターは自信に満ちた表情で代替策をプレゼンテーション。
「ええ。その代替案に移行すれば、今ならスマートに王都の全てを手中に収めることができます! 王都の全官民、貴族たちまでもが、スター殿下に忠誠を誓うことでしょう!」
「そ、そんな簡単に……我々の手だけで王都を制圧できるのか!?」
この男は夢でも見ているのだろうか?
王都の全てを手に入れて、全王都人に忠誠を誓わすなど、現役の王でも難しい話である。それを簡単に成し遂げるつもりでいるマスターに、スターは疑問符を浮かべた。だが総帥には確信があるようだ。
「ええ。王都人の殆どが一箇所に集まった今なら、容易くそれを成し遂げることができます。私を信じてください」
一方で懸念も口にする。
「ただ……守護神が解放される前までに作戦を完遂する必要があります。奴に邪魔をされては元も子もありませんからね」
続けてソードが口添えするように言う。
「ウィンターが戻って来る前にある程度体制を整えておく必要があります。あのガキは……脅威であり、忌まわしい存在だ……」
マスターの腹心は……何処か憎悪に満ちた様子で口元を歪めた。
二人の話を聞き終えたスターが恐る恐る尋ねる。
「――つまり……今すぐ代替案に移行した方が良いということか?」
マスターが首を立てに振る。
「ええ。直ちに代替案に移行します」
その刹那。総帥は卓上の呼び鈴を鳴らす。間もなくすると、青い瞳を持つ茶髪ボブカットの女性が、マスターたちの前に姿を見せた。
「マスター様、お呼びでしょうか?」
「オリビアよ。至急、全ての戦士たちをこの屋敷に集結させなさい」
「かしこまりました!」
それは一味の召集命令。マスターから指示を受けた彼女――改革戦士団第2戦闘長『オリビア』は力強く返事。そして念の為、ある事を主に確認する。
「一点、確認がございます」
「なんだね?」
「謹慎中のサラ様はいかがいたしましょう?」
「――謹慎は只今をもって解除とする。サラも召集だ」
「はっ!」
マスターの返答を聞いたオリビアは、再び力強い返事をすると、急ぎ足で部屋を後にした。
すると彼女と入れ替わるようにして、ある男が慌てた様子で部屋を訪れる。
「マスター! 大変だ!」
「ルッコラ閣下。どうしたのですか、血相を変えて?」
その男、壮大なアホ毛を持つ緑髪頭の中年男は、トロイメライ王国の大臣『ネコソギア・ルッコラ』だった。
この男、第二王子ロルフの側近であるが、今は改革戦士団と結託、スターを騙してトロイメライを蝕もうとする欲望の亡者の一人だ。
ヘリコプターのように回転させていたアホ毛は徐々に失速。マスターと向き合う頃にはその動きを停止させていた。
そして彼が血相を変えていた理由――その衝撃的な内容をマスターたちに伝える。
「大変だ。タイガーが危篤状態らしい!」
「「「!!」」」
「ノーラン討伐を中断して、自領に引き上げるとのことだ!」
「まさか……」
驚愕の表情を見せる三人。総帥が瞳を見開きながら尋ねる。
「それは……本当なのか……?」
「間違いない! 王妃とロルフから聞いた情報だ。先程リゲルの伝令が王妃の元を訪れたらしい」
ネコソギアの言葉を聞いたマスターが王兄に向き直る。
「――守護神は不在……猛虎は危篤……スター殿下。どうやら天は、我々に味方しているようですぞ……!」
スターがゆっくりと頷く。
「頼むぞ、マスター。決して奴らにトロイメライを渡してはならぬ!」
「オッホッホッ。このマスターにお任せください!」
総帥は胸元に右手を当てながら、深々と頭を下げた。
「――それはそうと、ルッコラ閣下。大失態でしたな……」
「な、何のことだ?」
先程までの穏やかな雰囲気とは打って変わり、マスターが怒りのオーラを放つ。一方のネコソギアが顔を強張らせながら尋ねると、総帥から恐れていた言葉が返ってきた。
「ノエル殿下の件ですよ。報告が遅いのでは?」
「そ、それは……」
マスター怒りの理由。それはネコソギアに指示していたノエルの身柄拘束についてだ。
大臣は一時王女の身柄を拘束するも、ドランカドによって解放されてしまった。
そしてマスターらは、解放されたノエルの姿を、ネビュラの頭髪に忍ばせていた偵察用想獣を介して確認済みである。
王女を奪還されてからかなりの時間があった筈だ。にも拘らず、ネコソギアからの報告は一切なかった。
――隠蔽するつもりだったのだろう。
ネコソギアは慌てた様子で弁解。
「す、すまない! なかなか城から出れなくてな。ほ、報告も今しようと思っていたのだ! ほ、本当だぞ?! 次はこのような事がないように――」
「次などありません」
「へ?」
マスターはネコソギアの言葉を遮ると、冷たい眼差しを向ける。
「貴方とは手切れです。我々の仲間に無能は必要ありません」
「ちょ?! ちょっと待ってく――うぎゃああああっ!」
突然悲鳴を上げながら後退りするネコソギア。彼はトレードマークのアホ毛をソードに掴まれながら、部屋の外へと連行された。
その刹那。ネコソギアの断末魔が轟く。
「――さて……スター殿下には一つ、大仕事をお願いしたい」
「大仕事だと?」
スターが額に汗を滲ませながら尋ねると、マスターはフェイスベール越しからでもわかるほど口角を上げた。
「オッホッホッ! 目には目を、演説には演説を……準備が整い次第、スター殿下には――公開演説を行ってもらいます」
「公開演説だと?!」
つづく……
今回は改革戦士団側のお話でした。次回からリアリティ砦での決戦回に突入です。
※前回『第333話 雷魔襲来(前編)』の表記を『第333話 雷魔襲来』に変更しております。ご承知おきください。




