第332話 集結! リアリティ砦(後編)
ヨネシゲとソフィアが待機する城門前は、次から次へと集まる王都人で埋め尽くされていた。その内訳は民を中心に、兵士や保安官、貴族たちである。いずれもネビュラを支持する者たちばかりだ。
「かなりの人数が集まってきたな」
「ええ。王都の人全員が集まりそうな勢いね」
「この調子なら……陛下の勝利も夢じゃねえ……」
目の前の状況を見守りながら希望を抱くクラフト夫妻。そこへ一人の大男が角刈りの名を叫びながら姿を現す。
「おお、ヨネシゲ! ここに居たか!」
「リ、リキヤ様! ご無事でございましたか!」
そう。ヨネシゲたちの前に現れた大男とは、王都民の避難誘導に当たっていたクボウ家臣『リキヤ』だった。
「ヨネシゲもクラフト男爵夫人も無事で何よりだ!」
リキヤは満面の笑みを見せながら、夫妻の無事を喜んだ。一方の角刈りは愚問ながら大男に訊く。
「やはりリキヤ様も陛下の演説を聞いて?」
「うむ。この民たちは陛下と共に戦う道を選んだ。無論、俺もその内の一人だ。俺は本気で陛下をお救いしたい――」
言うまでもなく、リキヤもネビュラの演説に心を打たれた者の一人。決して『国王派だから』『クボウ家臣だから』という理由ではなく、一個人としてネビュラと戦う道を選んだのだ。
クラフト夫妻が大男の話に耳を傾けていると、頼もしい男二人が兵士たちを引き連れて姿を見せる。
「あっ! 居た居た! ヨネシゲさま〜! ソフィアさま〜!」
「ヨネシゲ殿! ソフィア殿!」
「おっ! ジョーソンさん! ノアさん!」
「皆さん、ご無事でしたか!」
金色短髪の二人組――中年はコウメの護衛にして王都のヒーロー『鉄腕ジョーソン』。そして青年はサンディ家臣『ノア』だった。彼らは角刈りの姿を見るや否や、嬉しさを隠しきれない表情で駆け寄ってきた。
「お二人共、ご無事で安心しましたよ!」
「へへっ、お陰様でね! ジョーソンさんも傷一つ負っていないようで……流石、鉄腕ですな!」
「いやいや〜、ヨネシゲ様の鉄拳に比べたら……」
「「ガッハッハッハッ!」」
高笑いを上げる角刈りと鉄腕。
そんな二人を見つめながら、ノアが苦笑を浮かべる。
「ハッハッハッ。やっぱりお二人共タフですね。俺なんかこんなに傷をつけられちゃいましたよ」
「いやいや。ノアさんも十分タフですよ!」
「そうですよ〜。その程度じゃ傷のうちに入りませんぜ? 即ち、ノアさんは無傷ってことですよ! 流石、敵の攻撃を物ともしない男前!」
「よっ! サンディ一の色男!」
「ヨネシゲ殿……ジョーソン殿……恥ずかしいからやめてくださいよ〜」
大いに賑わう男三人。
そこへ、凛々しい女性の声が響き渡る。
「男たちよ。浮かれるにはまだ早いぞ」
「グ、グレース先生?!」
「グレース・スタージェス?! 何だその格好は!?」
「あらら? あの色っぽい姉ちゃんはドコに行っちまったんだあ?!」
その声の主は、ヨネシゲたちが良く知る金髪お団子ヘアの美女――『グレース・スタージェス』だった。しかし普段の彼女とは服装や雰囲気が異なっており、角刈りたちは驚きを隠しきれない様子だ。
自慢のダイナマイトボディはお決まりのピチピチシャツとミニスカート――ではなく、堅固な真珠色アーマーに包まれていた。そして彼女を象徴する妖艶な表情も、今は精悍なものに置き換えられている。そこにあの妖艶美女の姿はない。
そんな凛々しき女騎士を前にして角刈りが声を震わせる。
「グ、グレース先生……それじゃまるで騎士様じゃねえか? 一体、どうしちまった?」
女騎士が表情一つも変えずに返答。
「ヨネシゲ・クラフト。私はグレース先生ではない。私は……王都のヒーロー『ビューティー』だ!」
「「「「ビュ、ビューティー?!」」」」
声を裏返すヨネシゲ、ソフィア、ノア、ジョーソン。
一方のビューティーことグレースは、薄紅色の光剣を構えて決めポーズを見せる。
呆気に取られる四人の元に王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』が姿を見せる。
「皆さん、ごめんなさい。グレースさんに変身アイテムを使われちゃいました……」
「な、なるほど……それでこんな逞しい姿に……」
カエデから事情を説明されたヨネシゲたちは納得。コウメが開発した変身アイテムを使用すると、服装だけではなく、性格まで変えてしまう効果があるようだ。カエデは活発的な空想少女、ジョーソンは熱血鉄腕野郎、ソフィアは勇敢な女神様、そしてグレースはクールな脳筋女騎士へと変貌してしまう。
集結する四人のヒーロー。その姿をコウメが遠目から見つめる。
「おーほほっ! 空想少女に鉄腕、女神様、女騎士――あともう一人くらい欲しいところね……」
彼女はニヤリと口角を上げながら、漆黒のチューインガムが入った小瓶を握りしめた。
その時である。
あの老け顔青年の大声がヨネシゲたちの耳に届く。
「ヨネさ〜ん! みんな〜!」
「ドランカドっ!! ――ん?!」
「あ、あのお方は!?」
角刈りたちが視線を向けた先には、全身から汗をダラダラと流す真四角野郎――『ドランカド・シュリーヴ』の姿が。そして彼に横抱きされる人物は、青い髪を持つ小柄な女性――ネビュラの娘・王女『ノエル・ジェフ・ロバーツ』だった。
いまいち状況が理解できない。
角刈りたちは困惑しながらも膝を折る。一方の王女は真四角野郎の腕から下りると、ヨネシゲたちに謝意を伝えた。
「皆さん、ご無事で安心しました。皆さんの護衛のお陰で父と兄も無事のようです。この場をお借りしてお礼を申し上げます。本当にありがとうございます」
ノエルが深々と頭を下げると角刈りが慌てた様子で言葉を返す。
「勿体ないお言葉であります! ノエル殿下もご無事で何よりです!」
恐縮のヨネシゲたちにノエルが優しく微笑みかける。
「はい。ドランカド殿が全力で守ってくださったので、傷一つ負うこともなくここまで辿り着けました。彼は私の命の恩人です。ありがとうございます、ドランカド殿」
「ヘヘッ。命の恩人だなんて、大袈裟ですよ〜!」
彼女にお礼を言われた真四角野郎がデレデレとした様子で頭を搔く。一方の角刈りは、鼻の下を伸ばす同輩を横目にしながら、ノエルに重要事項を伝える。
「ノエル殿下。陛下とエリック王子は砦の中です。そこで全王都人の判断を見守っております」
角刈りの言葉を聞いた王女がゆっくりと頷く。
「――わかりました。それでは早速、私は父と兄の元へ向かいます。皆さんはこちらでお待ちください」
そう告げる彼女の隣で、ドランカドが力強く胸を叩く。
「それではノエル殿下! 引き続き、護衛はこのドランカドにお任せください!」
しかしノエルは首を横に振る。
「お気持ちは嬉しいですが……ドランカド殿もこちらでお待ち下さい」
「で、ですが……!」
「父と兄は全ての王都民、貴族たちにその身を委ねています。今は護衛を必要としていない筈です。故に皆さんを砦の外で待機させているのでしょう……」
ノエルが真っ直ぐとした瞳でドランカドを見つめる。
「そして私も信を問われる王族の一人。この身を全王都人に委ねたいと思います」
「ノエル殿下……」
「もし……民たちが……貴族たちが……私たちを選んでくれたら――その時はまた、私を守ってくださいね!」
ノエルは真四角野郎にニッコリと笑顔を見せると、砦内目指して移動を始める。
「ノエル殿下!」
「ドランカド殿……?」
突然大声で王女の名前を叫ぶドランカド。彼女が足を止めて振り返ると、今にも泣き出しそうな真四角野郎の顔が視界に飛び込んできた。
「ノエル殿下! 大丈夫っすよ! 全王都人は必ずノエル殿下たちを選んでくれます! もしノエル殿下を選ばない奴が居たら、俺がボコボコにしてやりますから!」
「フフフ……暴力はいけませんよ? でもドランカド殿の言葉を信じています。皆さんが私たちを選んでくれることを――」
ノエルはドランカドに優しく微笑んだ刹那、背を向けリアリティ砦へと歩みを進めた。その小さな背中を見つめる真四角野郎は――
「……例えどんな結末が待っていようと……俺はノエル殿下の味方ですからね……」
細い目から滝のように涙を流す同輩の肩に、ヨネシゲは優しく手を添えるのであった。
それから程なくして……あの集団も城門前に到着する。
「ほよ?! 皆、ここに居ったか!」
「マロウータン様!? それにヒュバート王子、シオン様、バンナイ様たちも!」
集団の正体――ヒュバート王子と、彼を護衛するマロウータンとその娘、同輩たちだった。
白塗り顔が全速力で向かった先は――愛妻コウメの元だった。
「ハニーっ!」
一方のコウメもぱあっと顔を輝かせると、マロウータンの方向へと駆け寄っていく。
「ハニー! 待たせたぞよ〜!」
白鶴が飛翔するが如く、両腕を大きく広げる白塗り顔。だがしかし――コウメは夫の横を素通り。
「シオンちゃ〜ん!」
「ほよ?!」
コウメは夫ではなく、その隣の愛娘を抱きしめた。
「シオンちゃん! 無事で安心したわ!」
「ええ……お母様も……」
お互いの無事を喜び合う母と娘。マロウータンがその様子を指を咥えながら見つめていると、ヒュバートの凛々しい声が轟く。
「皆、ここまで護衛してくれてありがとう。皆の助けがなかったら僕はこの砦まで辿り着けなかった――」
注目する一同に王子が言葉を続ける。
「――先程も話した通りだけど、僕も父上たちと一緒に王都民たちの審判を待つ。例え無情な結末が待っていようと……僕は父上に付いて行く!」
ノエル同様、覚悟を口にするヒュバートは、険しい表情の一同に微笑みを向ける。
「心配する必要はないよ。父上がこの王国と向き合う姿勢は本物だ。既に多くの人々を惹きつけている。きっと……全ての王都人が……父上に大国トロイメライの未来を託す筈だよ。父上なら必ず導いてくれる……明るい未来へと――」
言葉を終えたヒュバートの瞳は希望に満ち溢れていた。ヨネシゲたちも王子の言葉に勇気をもらったようだ。
しかし、依然として不安な表情を見せる令嬢が居た。
「ヒュバート王子……」
「シオン嬢……」
その令嬢とはシオンだ。
ここまで勇敢にヒュバートをフォローしてきたシオン。彼女の勇ましさは彼にとって励みになったことだろう。ところが王子の明暗が分かれる場面を直前にして、彼女は計り知れない不安に押し潰されそうになっていた。もしかしたら想い人は――生きて帰ってこないかもしれない。
「ヒュバート王子……あの……あの……――」
半泣きの表情で言葉を詰まらせるシオン――その身体をヒュバートが優しく抱き寄せる。
「……っ!」
「シオン嬢。僕なら大丈夫だから……そんな顔をしないでおくれ」
「ヒュバート……王子……」
「必ず戻ってくるから……どうか、君も全王都人の審判の時を見守っててほしい……」
「はい……」
シオンの心情を察したヒュバート。優しい声で彼女を落ち着かせた。
「――シオン嬢……そろそろ行くね」
「はい。ヒュバート王子……ご武運を……」
彼女の言葉を聞き終えた王子はその額に唇を当てた。
砦内へと移動を開始しようとしたヒュバートを白塗り顔が呼び止める。
「ヒュバート王子。これを――」
「これは……!」
マロウータンから手渡された物――それはあの『王弟メテオが閉じ込められた水晶玉』だった。
「メテオ様もきっとヒュバート王子と同じ考えです。この水晶玉は王子に託しましたぞ!」
一方の王子は少々困った表情を見せる。
「わかった、叔父上も一緒にお連れするよ。だけど……できれば水晶玉から出して差し上げたいのだが……」
「ええ。しかし下手に扱えばメテオ様がお怪我をされてしまう可能性が……」
水晶玉からメテオを手っ取り早く救い出す方法――それは水晶玉を破壊することだ。しかしこの方法だと水晶玉の破片や破壊時の衝撃で、メテオが負傷する可能性がある。
白塗り顔が渋っていると、ドランカドや数人の保安官たちが名乗りを上げる。
「マロウータン様、ここは俺たちにお任せを! 水晶玉からの救出作業は保安官の専門分野ですからね!」
そう。現役保安官は勿論、元保安官のドランカドは、水晶玉に閉じ込められた人を救い出す術を学んでいる。現に真四角野郎はノエルを水晶玉から無傷で救出した。
「では、君たちに任せるよ――」
「はい、王子! お任せください!」
ドランカドがヒュバートから水晶玉を受け取ろうとしたその時――あの中年公爵の咆哮が轟く。
「――ゲッソリオ奥義『無情な一刀両断仕分け人』! メテオ様、只今お救いしますぞっ! アターっ!!」
全力疾走のゲッソリオが王子たちに急接近。その刹那、彼の手刀が水晶玉目掛けて振り落とされた。
「ちょ?! ゲッソリオオオオオッ!!」
思わず角刈りが絶叫。だが――
『パカッ』という音と同時に水晶玉が綺麗に真っ二つ。そこから漏れ出した閃光が一瞬周囲を支配するが、気付いた時には閉じ込められていたメテオが地面に横たわっていた。
透かさず白塗り顔が主君を抱きかかえる。
「メテオ様! しっかりされよ! メテオ様っ!!」
「……? マ、マロウータン……? わ、私は……?」
目を覚ましたメテオは上半身を起こすも、状況を理解できていない様子。しかしヒュバートはそんな叔父の腕を掴みながら移動を促す。
「――叔父上、説明は後です。目覚めて早々申し訳ございませんが、私と一緒に付いてきてください。父上の元へ向かいます」
「……ヒュバート?――あいわかった!」
甥の真剣な眼差し。状況を察したメテオがすぐさま立ち上がる。
「ヒュバート、早速案内を頼む」
「はい。こちらへ――」
『ここは任せた!』――と言わんばかりに、ヒュバートとメテオが臣下たちに目配せすると、砦内部へと立ち入った。
その様子を群衆の中から見つめるのは――メイド服を着た、赤紫髪の女性。
「――皆様、お心は一つのようですね。あとは……国王陛下の真意を見定めさせてもらいましょうか……」
彼女は独り言を呟きながら物陰に身を潜める。程なくすると、リアリティ砦に向かって飛行するメデューサの姿が目撃された。
つづく……




