第327話 星雲の如く
王都クボウ邸・バルコニー。
円卓に置かれた水晶玉を見つめるのは――ネビュラだ。その隣には息子のエリック。更にその周りには主君を守るようにヨネシゲ、ソフィア、コウメ、ウィリアム、ボブ、マサルたちの姿があった。
「ついに始まったか。頼むから失敗はするんじゃねえぞ……」
そう呟く角刈りの視線の先には、黄色のタヌキ型想獣――テカポンがお茶目な咆哮を轟かせていた。
「テ〜カ〜っ!!」
「いいぞ、いいぞ! もっと送電しろ!」
その電圧は十万ボルトくらいありそうだ。
テカポン渾身の電流はイエローラビット閣下に注がれる。それを体内に蓄電する珍獣は『まだ足りんぞ』と言わんばかりに電力を要求する。
その様子を満足げな表情で眺めるドーナツ屋ボブに、テカポンの主『マサル』が疑問を投げ掛ける。
「なあ、おっさん……」
「ん? なんだ?」
「今思ったんだが……これ、俺とテカポンに拘る必要はねーだろ? 電力の供給なら電気系統の空想術を使えば誰でもできるぜ?」
突然、ボブとイエローラビット閣下によって身柄を拘束されたマサルとテカポン。『一体俺たちをどうするつもりだ?!』と身構えていたが、いざ連れてこられた先で与えられた仕事が……珍獣への電力チャージである。正直、そんなのは誰でもできる。わざわざ自分たちを連れ去ってくる時間と労力が無駄だろう。
――だが、ドーナツ屋は言う。
「細かいことは気にするな。何事も寛容でなければ想獣マスターにはなれんぞ?」
その返答にマサルは不機嫌そうに眉を顰める。
「ちっ……それとこれとは別だ」
「しっ! 間もなく映像が映し出される……マサルよ、打ち合わせ通り全官民、全貴族たちの注目を集めるのだ! 良くも悪くも、これでお前は一躍有名人だぞ!」
マサルは呆れた表情を見せながらも、ニヤリと口角を上げる。
「悪人として名を馳せるのは勘弁だぞ? まあいい……こうなったら自棄だ。陛下のために人肌脱いでやるぜ!」
「うむ、頼もしい限りだ――」
その刹那。珍獣が奇声を轟かせる。
「じゅびがりゃああああっ!!!」
と同時にイエローラビット閣下は瞳からビームを発射。夜空に向かって伸びるそれは、淡い白色を放つ巨大な長方形を形成する。例えるなら王都の夜空をスッポリと覆うスクリーンだ。それを確認したドーナツ屋が興奮気味に声を漏らす。
「ほう? 映像が映し出されるぞ!」
ボブはそう言いながら、マサルの首根っこを掴みながら、水晶玉を覗き込むようにして顔を接近させる。
一方のヨネシゲたちは夜空に浮かぶスクリーンを見上げながら呆気にとられた様子だ。
「スゲェ……あれに映像が流れるのか……」
角刈りの言葉にコウメが答える。
「そうよ。以前、ヨネシゲさんたちの元にソフィアさんの映像をお届けした、生配信技術の超強化版と言ったところかしら。この技術を頼ろうとするなんて……ヨネシゲさん、流石の着眼点よ」
「ヘヘッ。ありがとうございます」
そう。何を隠そうコウメの生配信技術に注目し、ネビュラの演説を王都全域に放映しようと発案したのはヨネシゲなのだ。
以前、王都西保安署前で改革線師団『サラ』と対峙した際、ヨネシゲは絶体絶命のピンチに陥った。万事休すかと思われた刹那、角刈りの命を救ったのは夜空に出現した愛妻ソフィアだった。
これもコウメの生配信技術による現象であり、彼はそこから今回の作戦のヒントを得たのだ。
「あの時……夜空に現れた君を、皆が注目して、耳を傾けていた。この大事な局面で陛下が全王都人に訴え掛けるには、もってこいの技術だと思う」
「私もそう思うよ。例え離れていても、声と表情を届けられるって、物凄い武器になるって実感したわ」
「ああ。君の声と表情は俺に勇気を与え、そしてサラの戦意を削いで、大きな武器となった。――もし、陛下の声と表情を全王都人に届けることができれば……このクーデターを鎮める大きな武器になるだろう」
「ええ。きっとそうなる筈よ」
クラフト夫妻が言葉を交わしていると、長方形に人影が映し出された。それは次第と鮮明となり、現れたのは色黒スキンヘッドの――ドーナツ屋だ。
「あ、あー……王都の諸君、そして貴族の方々……ご静粛に!」
ボブの低い声が轟くと、地上の者たちが一斉に天を見上げる。
避難中の王都民たちからどよめきが起こる。
「おい! 見ろ! 夜空に人の顔が映し出されてるぞ! おまけに声まで聞こえるぜ……」
「嫌だ〜、怖いよ〜。もしかして……また改革戦士団が襲ってきたんじゃ!?」
「いや……違う……あの親父は確か……ドーナツ屋の店長じゃなかったか?」
「「「「「ド、ドーナツ屋?!」」」」」
その王都民たちを避難誘導していたクボウ家臣の大男も呆気に取られた様子で――
「あの男は確か……奥方様に仕える情報屋だった筈……奥方様は何をされるおつもりなのだ?」
王都保安局を奪還した伯爵親子が――
「ち、父上! ドーナツ屋の親父さんですよ!?」
「何をするつもりだ……あの男は……!」
救出した国王派貴族たちと共に、クボウ邸に急行する鉄腕とサンディ家臣が――
「げっ?! ドーナツ屋!? 何やってんだアイツは?!」
「ジョーソンさん。もしかしたら……例の作戦が始まったのでは!?」
「そうかもしれませんねぇ……しかし、ドーナツ屋が出てくる必要があるのか?!」
海軍施設から囚われていた人々を救出し、護衛しながら移動中の空想少女と女騎士が――
「うわっ?! ドーナツ屋……何やってんのよ……」
「あの男は時折姿を現すお前のお友達だったな?」
「と、友達じゃないわよ! あれはただの仕事仲間だよ!」
「では……相棒ということか?」
「それも違う!」
ドリム城内の庭園で激闘を繰り広げる城内本部長と王国軍元帥が――
「むむっ?! 何だ? あの男は?」
「見るからに胡散臭い野郎だな……」
同じく、ドリム城内のバルコニーでは王妃と第二王子が――
「なんですか? あの男は?」
「わ、わかりません……初めて見る顔ですね……」
「くっ……国王派の者でしょうか? いや、改革戦士団と言う可能性も――ロルフ! すぐに調べさせなさい!」
「はっ!」
ドリム城から脱出してきた第三王子と南都伯父娘が――
「「ド、ドーナツ屋?!」」
「シオン嬢、クボウ閣下、あの男を知っているのかい?」
「え、ええ……とても……」
「ここまで神出鬼没じゃったとは……」
王女を横抱きにしながら駆ける真四角野郎が――
「なっ?! ドーナツ屋のオヤジ?!」
「ドーナツ屋……ですか?」
「え、ええ……俺が保安官時代に通い詰めていたドーナツ屋の店主なんですが……」
王都内を飛行するメデューサが――
「何か始まるみたいね。エスタ様から頼まれたお使いを早いところ済ませたいですが……ここは少し様子を見ましょう……」
王都北部の屋敷では、王兄とドミノマスクの青年、黒尽くめの中年男が――
「お、おい! ソード! あの男は一体何者だ?!」
「わかりません。まあ少なくとも貴族や軍人ではなさそうですが……」
「オッホッホッホッ! これは面白い事になってきましたな」
「マスターよ! 笑っている場合ではないぞ!?」
「スター殿下、この程度のことで狼狽えてはなりません。貴方様はこの国の王となられる方なのですから、ドンと構えていればよいのです」
「しかしだな……」
「ご安心ください。ネビュラ……レナ……どちらに転んでもバックアッププランは完璧ですから」
「ぬう……」
「見守ろうではありませんか……明暗を分ける夜を……」
そんなこんなで、地上の者たちの視線を釘付けにしたボブが――突然歌い出す。
「――ドーナツ買うならドーナツ陛下? ドーナツ買うならドーナツ陛下?! ドーナツ買うならドーナツ陛下!! 買ってちょうだいYO! ご来店お待ちしております!」
抜かりなく宣伝を終えたボブがマサルにバトンタッチ。
「押忍っ! 俺は想獣使いのマサルだ! 今この王都で『未来の想獣マスター』も見過ごせない出来事が発生している! この国難、俺たちが力を合わせて何としても乗り越えなければならない! そこで、陛下から重大なお話がある! 耳の穴かっぽじってよく聞いてくれ! ――陛下、よろしくお願いします!」
――マサルの役目はこれで終わりである。
そして――あの男の姿が王都の夜空に映し出される。
「皆、騒がせてすまなかった。ネビュラ・ジェフ・ロバーツである」
その瞬間、彼の姿を見た全ての者たちが息を飲んだことだろう。
国王が言葉を続ける。
「これから、全ての民、全ての臣下に聞いてほしい話がある。少しで良いから俺の話に耳を傾けてほしい」
地上の者たちは彼の言うことを聞くようにして次なる言葉を待った。
最初に国王が口にした言葉は謝罪である。
「先ず初めに……皆に謝りたい。此度の騒動では多大な迷惑を掛けた。王族の……家族同士の大喧嘩で皆を巻き込んでしまい、本当に申し訳ないと思っている……」
ネビュラが頭を下げる。
暴君と呼ばれていた男の意外な行動とセリフ。多くの者たちが驚いたことだろう。
次に国王は自分の置かれた現状を語り始める。
「知っての通り、此度のクーデターは俺とエリックを追放することが目的だ。実際、俺たちがイタプレスでの和平交渉を終え、国境関所に到着した際、ロルフに追放を宣言されてしまった。
臣下たちが動き回ってくれたお陰で、再び王都の地に足を踏み入れることができた。だが……居城は既に王妃とロルフの手の内。なので今はマロウータン・クボウ南都伯の屋敷で世話になっている――」
半信半疑だったクーデター。しかしネビュラから告げられた真実でそれも確信に変わったことだろう。
更なる国王の言葉に事態の深刻さを実感させられる。
「事態はあまり思わしくない。謀反以外に俺の周りで不穏なことが起きている。それはこのトロイメライにとっても凶兆となる出来事だ。俺はその対応に当たりたい……」
ネビュラは思い出す。ゲネシス皇帝オズウェルから伝えられた不穏なニュースを。
(我が娘ノエルは突然の行方不明……ウィンターも皇妹に連れ攫われてしまった……このクーデターが決行されたタイミングでだぞ? あくまで憶測だが……レナとゲネシスは結託しているに違いない……いや間違い無いだろう……)
ネビュラが力強い声で訴える。
「自分のことを棚に上げるつもりはないが、その凶兆を自ら引き起こしたのは――我が妻レナと息子のロルフだ。
その凶兆とやらを具体的に教えることはできないが……一つ言えることは、身内や臣下を大切にできない君主……新王政に明るい未来はない!」
直後、ネビュラは何処か悲しげな笑みを見せる。
「クックックッ……だけどなあ、俺も人の事を言えん。俺も散々王妃たちと同じような事をやってきた。俺は……レナやロルフを責める立場にはない……」
そう。何を隠そうネビュラも長年暴政を敷いてきた男。当然、民や臣下、身内までも傷付けてきた。彼が人の事を非難する立場にはないのだ。
だからと言って立ち止まる男ではない。彼は後悔の言葉を口にした直後、ある決意を述べる。
一方の全王都人が固唾を呑みながら彼の言葉を聞く。
「だが先程も申した通り、俺は自分の過ちに気付いた。本当に自分の行いを後悔している。もし時を遡れるなら――当時の俺をぶん殴ってやりたい。
今のレナとロルフはまるで当時の俺を見ているようだ。『暴君ネビュラの追放』の大義名分を振りかざし、後先の事など考えず、民の気持ちを無視して、欲望のままに突き進む……このまま猛進を続ければ、迎える結末は――トロイメライ王国の崩壊だ。
俺を追放して簡単に玉座を手に入れるつもりだったらしいが……実際はどうだ? 各勢力各派閥が混戦し、収集がつかなくなっている。
そんな状態で戦いが終わった時、待っているのは……大国トロイメライの終焉だ。トロイメライは幾つにも分断されてしまい、新たな国盗り合戦が幕を開けることだろう。
我が一族が200年以上守り抜いてきたトロイメライを……このような形で終わらせたくはない……
最悪の結末を回避するためにも――レナとロルフを止めねばならぬ。
その為には皆の力が必要不可欠だ。官民、貴族、そして我々王家の者が一丸となって、王妃たちの暴走を食い止めねばならん!
とはいえ……幾ら人が集まろうと、俺を信頼してくれる者たちでなければ意味がない。この俺……ネビュラ・ジェフ・ロバーツに、大国トロイメライを預けたいと思う者たちでなければ……」
そしてネビュラは、地上の者たち一人一人に訴えるようにして、真っ直ぐとした眼差しを水晶玉に向ける。
「そこで……皆に信を問いたい。
この俺がトロイメライの玉座に座るに相応しい男かどうかを。
もし……思うように皆からの協力が得られなければ……俺は大人しくこの国を去ろう。いや……皆が望むなら、この首を差し出す覚悟もできている。
どうか俺に……もう一度チャンスをくれないか? 決して同じ過ちは繰り返さない。
それでも俺を信用できないのであれば……王妃とロルフに力を貸してやってくれ。この王国が正しき道を歩めるように――」
国王の命をかけた宣言に、地上の者たちが騒然。そんな中、ネビュラが今後の行動について説明する。
「俺はこれからリアリティ砦に向かう。
俺に力を貸してくれる者が居るならば、そこまで赴いてほしい。城門を開けてまっている。息子と二人、丸腰でな――」
少し間を置いた後に――
「――これが……俺たちの……最上級の覚悟だ。
俺たちの王政に未来がないと言うならば、その場で首を刎ねてもらっても構わない。まあ、そうならない事を願っているがな。
それはネビュラの誠心誠意。自らの命をかけて全王都人と向き合おうとしているのだ。
国王が言葉を締めくくる。
「さあ、集え! リアリティ砦に!」
全王都人は見た。
それは決して映像に映し出されているわけではない。だが――今のネビュラからは虹色の輝きが放たれているように見えた。彼の名前の由来となった星雲のような輝きが。
つづく……




