第326話 王手
――ドリム城から延びる水路。
その水面から顔を覗かすのは……マロウータンだ。彼は周囲の様子を確認すると、水中に身を潜ましている娘と王子、同輩たちに合図を出す。
「ほよ? 敵は居らんのう――ヒュバート王子、今がチャンスです。水路からお上がりください。シオン、バンナイ、アーロン、ダンカン。王子をお守りするのじゃ」
白塗り顔が合図を出すと、シオンたちがヒュバートを護衛しながら、水中から姿を現す。水路から出てきた彼女彼らだが、『潜水の空想術』の効果で髪や衣類などは全く濡れていない。王子は初めて体験する感覚に感嘆の声を漏らす。
「お〜、これは凄いね。水中を呼吸しながら移動できて、おまけに服まで濡れないなんて驚いたよ」
だがシオンはあっさりと言葉を返す。
「ヒュバート王子。お気持ちはわかりますが、今は感心している時間はございません。一刻も早くここから離れましょう!」
「うん、そうだね。早速屋敷まで案内を頼むよ!」
「お任せください!」
と、シオンが自信満々の笑みで胸を叩いた刹那、背後から大きな衝撃音が轟く。一同振り返ると、ドリム城内から激しい閃光が幾度となく漏れ出していた。
マロウータンが険しい表情を見せる。
「――どうやら、城内で激しい戦闘が行われているようじゃな……」
「戦闘?! 一体誰と誰が?!」
王子が困惑した様子で尋ねると、バンナイが白塗りに代わって答える。
「恐らく、ゲッソリオ閣下と王妃派の猛者――マーク元帥辺りが激突しているのでしょう……」
「ゲッソリオ閣下とマーク元帥が……」
不安げな表情で城を見つめるヒュバートの手をシオンが引く。
「ヒュバート王子。ここはゲッソリオ閣下を信じて、私たちは屋敷へ急ぎましょう」
「わかった」
令嬢の言葉を聞いた王子は力強く頷くと、爆音轟く城を背に、クボウ邸へと急いだ。
――そのドリム城内。
二人の中年男が激しいバトルを繰り広げていた。
「――ゲッソリオ奥義『恐怖の抜き打ち監査』! 不正は絶対に許しませ〜ん! アタタタタタタタタタターっ!」
ゲッソリオは絶叫を轟かせると、両掌から衝撃波を連続で放つ。
「ゼェ……ゼェ……ジジイが舐めるなよっ! 喰らえっ!」
対するマークは電流を纏わせた衝撃波『雷撃波』を繰り出して応戦。二つの衝撃波が激突すると爆音と爆風が発生。戦いの様子を見守っていた兵士たちが吹き飛ばされていく。
一方で衝撃波の影響を受けずに、バルコニーから激闘を静観する男女の姿があった。
「――母上。私の結界も何処まで持ち堪えられるかわかりません。そろそろ退避を……」
そう母親に訴え掛ける青年は――第二王子ロルフだ。今は彼が発生させた結界が爆風を防いでおり、状況を見守る事を可能としている。しかしその結界もそろそろ限界を迎えているようだ。
息子の言葉を聞いた母親――王妃レナがゆっくりと頷く。
「ええ、わかっております。そろそろ避難しましょうか――」
彼女はそう言いながら唇を噛む。
(――マーク元帥、何を攻めあぐねているのですか?! 何としてもゲッソリオ閣下を食い止めなさい。ドリム城を国王派に奪われてしまってはお終いですよ!)
その時。
兵士が慌てた様子でロルフの前に現れる。
「ロルフ王子! 大変です!」
「何事だ!?」
第二王子が尋ねると、兵士の口から衝撃的な事実を告げられる。
「地下監獄に幽閉していたメテオ殿下とヒュバート王子、それにスタン閣下が脱獄しました!」
「な、何だとっ?!」
「どうやらバンナイ閣下の仕業みたいです」
切り札とも呼べる人質たちの脱獄――レナとロルフの顔が青ざめた。そしてボニーが襲撃されたことも知らされ、第二王子は動揺を隠しきれない様子だ。
追い打ちを掛けるかのように新たな情報が舞い込んでくる。伝令の兵士が血相を変えながら、バルコニーに姿を見せる。
「申し上げます! 王都内の拠点、半数以上が国王派によって奪還されてしまいました!」
「な、なんですって!? 一体、何をやってるのですか!? 数多の兵士を配置していた筈ですよ!?」
「そ、それが……兵士たちが次々と国王派に寝返っておりまして……我々の戦力が大幅に削がれている状況でございます……」
報告を聞き終えたレナが頭を抱える。
「――やってくれましたね……ネビュラ……」
「母上……いかがしましょう?」
王子から尋ねられた王妃が声を震わせながら答える。
「決まっているでしょう……大将首を……ネビュラの首を取るのです!」
王妃は怒気を宿した眼差しで天を見上げた。
ゲッソリオとマークの激突で、城内の至る箇所が損害を受けている。それは地下監獄も例外ではない。
先程、ヒュバートたちが幽閉されていた監獄よりも更に奥のエリア――大罪人専用の監獄がある。その重厚な鉄扉は度重なる振動でズレてしまい、外れてしまったようだ。――そして一人の大罪人が鉄扉が無くなった出入口から脱走を図る。
「これは処刑を免れるまたとないチャンスだ。何としてもこの城から抜け出してやる!」
その大罪人は中年男。兵士達の目を掻い潜り地下監獄から脱出。やがて辿り着いた場所は城内の船着き場だった。この水路を進めばトロイメライ西海に出られる。
「――トロイメライに俺の居場所はない。国外へ逃亡するぞ……」
中年男は船着き場に留め置かれていた小舟に乗り込む。
(妻子に関しては、ウィンターが面倒を見てくれると約束してくれた。奴に任せておけば心配はいらないだろう……)
そして中年男は小舟の想素機関を作動させる。
「さらばだ! トロイメライ王国!」
小舟はゆっくりと、ゆっくりと、大海原を目指す。
この大罪人の正体――改革戦士団と結託し、南都の大動乱の引き金となったあの男『エドガー・ブライアン』だった。――エドガーの新たな人生が始まる。
――同じ頃。
王都の各所では、国王派の猛者たちが大いなる活躍を見せていた。
王都民たちの避難誘導に尽力する大男は、クボウ家臣『リキヤ』。
「――皆、落ち着いて移動するのだ! お前たちの背中は、このクボウ家臣リキヤが死守してみせるぞ!」
「なんと頼もしい……」
「流石、クボウ様の家臣様だ!」
リキヤの雄叫びに王都民たちは勇気づけられたようだ。
――王都保安局前。
ジン化した保安局長官『ルドラ』とその息子『トウフカド』が保安局副長官『ゴードン』を撃破する。
「これでトドメだ! 」
「豆腐の角に頭ぶつけて跪いてくださいね!」
シュリーヴ親子から繰り出された雨の矢と白色ブロックの嵐がゴードンを襲う。
「ぐはっ!!」
絶叫を轟かせながら大の字で倒れる副長官。その姿を見下ろしながら頑固親父がニヤリと口角を上げる。
「勝負あったようだな。保安局は返してもらうぞ――」
ルドラはそう言うと右腕を高らかに掲げた。
鉄腕『ジョーソン』とサンディ家臣『ノア』は、王妃軍から国王派貴族を次々に救出。
空想少女『カエデちゃん』と女騎士ビューティーこと『グレース』は、救出した人質たちを安全な場所まで誘導。
ノエルを保護したドランカドはクボウ邸を目指していた。
ヨネシゲ、ソフィア、ウィリアムはクボウ邸に帰還したところだった。
角刈りがネビュラが待機する部屋に入る。
「陛下! 只今戻りました! サイラス閣下も一緒です」
「ご苦労。ゆっくり休んでくれ……と言いたいところだが、邪魔が入らないよう屋敷の警備を頼む」
「了解しました! いよいよですな」
「うむ……」
ヨネシゲの言葉にネビュラはゆっくりと頷いた。そして国王がコウメに命じる。
「コウメよ。早速始めてくれ!」
「かしこまりました。――それじゃあドーナツ屋、マサル君。始めてちょうだい!」
「「おうっ!」」
ボブとマサルは雄叫びを上げると、相棒たちに指示を出す。
「頼むぞ、閣下!」
「ゆけっ! テカポン! お前の電力、見せつけてやれ!」
一方の珍獣と狸型想獣が咆哮を轟かせる。
「ぬおおおおおおおっ!!」
「テカアアアアアアっ!!」
その様子を見つめながらネビュラが口角を上げた。
「――さあ、王都に居る全ての者たちよ。俺の話に耳を傾けるのだ」
トロイメライの明暗を分ける演説が始まろうとしていた。
つづく……




