第324話 王都奪還⑫
――ドリム城・玉座の間。
バンナイは深手を負った同輩――アーロンとダンカンの治癒を行っていた。その甲斐があり、二人の傷はほぼ完治。そして今は亡骸となった兵士たちの血液を――『輸血の空想術』を使用して同輩たちの身体に移す。
「――すまぬ……すまぬ……お前たちの血を……同輩たちに分け与えてくれ……」
老将は瞳から涙を零しながら辺りを見渡す。そこには、元帥マークに惨殺された貴族や兵士たちが横たわっていた。――奇跡的に一命を取り留めたのは、アーロンとダンカンだけだった。
「お前たちの命は決して無駄にはせぬ! このクーデターを鎮め、お前たちが守ろうとした大切なもの全て、ワシらが取り返してみせる!」
同輩への輸血を終えたバンナイは、羽織っていた上着を兵士の身体にそっと被せた。
「――安らかに眠ってくれ……」
黙祷を捧げるバンナイ。
――その時である。
突然玉座の裏から物音が響き渡る。
バンナイが咄嗟に音がした方向へ視線を移すと――壁の一部が引き戸の如くスライドする光景を目にする。
「な、なんだ?! ま、まさか、あんな所に隠し扉が?!」
呆気に取られる老将。
程なくすると壁があった場所――その奥から二人の男女が姿を現す。それを見たバンナイが絶叫を轟かす。
「マロウータン!! シオンよっ!!」
「バ、バンナイ!?」
「バンナイ様っ!」
顔を見合わせた両者が駆け寄る。
そう。その男女とは同輩マロウータンとその娘シオンだった。
老将が瞳を輝かせながら父娘の登場を歓迎する。
「マロウータン! シオン! よく来てくれた!」
一方の白塗り顔は表情を曇らせながら同輩に訊く。
「これは酷い有り様じゃな……そなた、よく無事じゃったの」
「いや……ワシが玉座の間に来た時には既にこの有りだった。助かったのはアーロンとダンカンだけだ。少しでもタイミングがずれていたら――ワシも命を落としていたかもしれん……」
「そうじゃったか……」
沈痛の面持ちで語る同輩に、白塗り顔は静かに相槌を打った。その後も老将は状況を説明。
メテオが王妃たちに拘束されてしまったこと――
マーク元帥が貴族や兵士たちを惨殺したこと――
一時、シュリーヴ親子が玉座の間に駆け付け、ドランカドは王女ノエルの捜索、ルドラは保安局本部の奪還に向かったこと――などをマロウータンに話した。
バンナイの言葉を聞き終えた白塗り顔が力強い声で伝える。
「――あいわかった! 先ず優先すべきはメテオ様の救出じゃ! 儂とシオンが秘密通路を使ってメテオ様を救い出してみせるわっ!!」
意気込む白塗りに老将が疑問を投げ掛ける。
「頼もしい限りだが……肝心のメテオ様の異場所がわからん。そのような状況でどうやってお救いするつもりだ? まさか虱潰しに各部屋を探し回るつもりか?!」
するとマロウータンは『ちっちっちっ』と人差し指を振る。
「安心せい。目星は付いておる。恐らくメテオ様は――地下監獄に幽閉、若しくは私室か、王妃殿下私邸に軟禁されている筈じゃ。じゃが……王妃殿下たちが強硬手段に出ていることを考えると――恐らくは前者の方じゃろう。当然メテオ様も激しく抵抗している筈じゃろうからな……メテオ様を力尽くで封じ込めるなら、地下監獄がうってつけじゃろう。儂じゃったらそうすると思う……」
語り終えた白塗りにバンナイが訊く。
「マロウータンよ。お前の行先は決まったようだな?」
「ああ。これより儂らは――地下監獄へ向かう!」
すると老将がある事を申し出る。
「マロウータン。ワシも連れて行け!」
一方の白塗りは慌てた様子で拒否。
「ならぬならぬ! 気持ちはわかるが……そなたにはアーロンとダンカンの救護が残っておる。メテオ様の救出は儂らに任せるのじゃ……」
「ああ……わかってはおるが……」
悔しそうに拳を握りしめるバンナイ――その直後、あの男たちの声が白塗りと老将の耳に入る。
「――バンナイ、マロウータンよ。救護はもう必要ない……」
「「アーロン!」」
先程まで意識を失っていたアーロンがゆっくりと上半身を起こす。そして――
「アーロンの言う通りだ。私たちは見ての通り回復したぞい……」
「「ダンカン!」」
続けて意識を取り戻したダンカンがアーロンと共に立ち上がった。老将が驚いた様子で同輩たちに尋ねる。
「お前たち! もう大丈夫なのか?! 無理するではないぞ!」
「バンナイよ、安心しろ。君のお陰で俺たちはもう元通りだ」
「バンナイ殿の想素を全身に感じるぞ……バンナイ殿、治癒していただき、礼を申す……」
深々と頭を下げるアーロンとダンカンにバンナイが瞳を潤ませる。
「礼など無用だ……お前たちが生きていてくれて……本当に良かった……」
「フフッ……老いぼれを置いて先に逝けると思うか?」
「そうだな。私たちにはバンナイ殿の葬儀に参列するという大仕事が残っているからのう! まだ死ぬわけにはいかん」
「ククッ……言わせておけば……」
互いに顔を見合わせる南都の同輩たち――その顔からは自然と笑みが溢れていた。
その光景を微笑ましく見つめるクボウ父娘にバンナイたちが向き直る。
「マロウータンよ。もう一度言うぞ。ワシらも一緒に連れていけ」
「ああそうだ。囚われているのはメテオ様だけとは限らない。囚われた者を解放するには、人数が多いに越したことはなかろう?」
「バンナイとダンカンの言う通りだ。俺たちを連れていけば百人力になること間違いなしだろう。それに、あまり嫁入り前の愛娘に負担は掛けるなよ」
同輩たちの言葉に白塗りの顔が綻ぶ。
「ウホホ。頼もしい限りじゃ……」
どうやら一同の意見が一致したようだ。白塗りが愛娘に指示を出す。
「それではシオン。早速案内を頼むぞよ」
「はい、お父様! お任せください!」
ここでバンナイがシオンに質問。
「それにしてもシオンよ。どうしてそなたが城内の秘密通路の事を知っているのだ? 王族と一部の者しか知らない情報だぞ?」
老将の問い掛けにシオンが元気よく答える。
「はい! ヒュバート王子から教えていただきました!」
「なるほど……ヒュバート王子がか……」
彼女の返答を聞いたバンナイ、アーロン、ダンカンは互いに顔を見合わせると――シオンの前で膝を折る。
「――シオン殿下。我々に秘密通路の使用を許可していただき、ありがとうございます!」
「え? ええっ?!」
バンナイたちの突然の行動。困惑するシオンに老将が言う。
「シオン殿下。王族と城内本部長しか知ることが許されない秘密通路を、ヒュバート王子が貴女様に教えたということは――つまりそういうことなのです」
「つ、つまりとは?!」
「ヒュバート王子が貴女様を正式に妻として認めた証拠でございます!」
「せ、せ、正式に?! そうでしたのっ?!」
顔を真赤にして絶叫を轟かすシオン。その肩に父が手を添える。
「そういうことなのじゃ。そなたとヒュバート王子の明るい将来の為にも……このクーデター、何としても食い止めねばならぬ。――そして、恐らくヒュバート王子はメテオ様と一緒に囚われている可能性が非常に高い。今、お二人を救うことができるのは――儂らだけじゃ。お二人を救い出すことができなければ、トロイメライに未来はない」
「はい」
言葉を終えた白塗り顔が一同の顔を見渡す。
「――取り戻そうではないか。秩序を、玉座を、メテオ様とヒュバート王子を、そして明るい明日を――」
一同力強く頷くと、秘密通路の入口へと足を踏み入れた。
つづく……




