第322話 王都奪還⑩
――ドリム城内・王妃私邸。
「――民には手を出すなと何度も申し上げた筈ですよ?! なのに貴方自ら民への攻撃を推奨していたとは一体どういうことですか?! これは命令違反です!」
レナから叱責される強面サングラスの中年男は――マーク元帥だ。彼は悪びれた様子も見せず、ソファーで踏ん反り返りながら、口角を上げて返答する。
「――甘いですよ? 王妃殿下。ある程度の武力行使は必要です。民たちに良からぬ考えを起こさせないためにも、早い段階で我々の怖さを教えておかねばなりません。クーデターの直後に革命が起こるような展開は避けたいですからね――」
マークはそう言うと、第二王子を真似て人差し指でサングラスを掛け直す。一方のロルフは不快な表情を見せながら元帥に反論する。
「お前の考えは間違っている。その怖さ――その恐怖が革命の引き金になりかねない。だからこそ我々は民たちの信頼を得るために尽力してきたわけだが――」
レナが息子の後に言葉を続ける。
「貴方はそれをブチ壊してくれました。貴方のお陰で民からの信頼は失墜したに等しいでしょう。いいですか? マーク元帥。もう一度言いますよ? 民は王国の宝、傷一つ付けることなく守り抜かねばならない存在なのです! それなのに貴方は身勝手な持論を展開して、民を傷付けた……その責任は重いですよ?」
王妃の言葉に元帥は嘲笑。
「フッ、宝ねえ……民が傷付くのは駄目で、実の息子が拷問を受けて傷付くのは平気なんですね? 普通逆でしょう? まったく血も涙も無い母親だ……」
「なっ?! なんですって……!」
元帥の失礼な発言と態度にレナが激昂。処分を言い渡す。
「いい加減にしなさい! 貴方は今回の作戦から外します! いえ……主君の命令を聞けない臣下などこの国には要りません。国外追放とします!」
ところが、マークは余裕の笑みを見せる。
「それならそれで、私は構いませんよ? 但し――多くの将兵が王妃殿下の元から去ることになりますが……」
「なんですって?」
「多くの部下たちが私に忠誠を誓っておりましてね。私が王国を離れると言ったら、恐らく死地まで一緒に付いてくることでしょう。いや、もしかしたら――」
マーク元帥が不敵に顔を歪める。
「私の地位を取り戻そうと、新王政に反旗を翻すかもしれません」
ロルフが声を震わせる。
「我々を脅しているのか?」
「いいえ。私はあくまでも可能性を申し上げたまで。ロルフ王子と王妃殿下を脅す気などさらさらございません。――話を戻しますが、此度のクーデターを成功させるためにも多少の犠牲は致し方ないこと。玉座を奪う為には、血縁者や味方、大切な民の返り血を浴びる覚悟も必要です――」
マークは前かがみになると諭すように言う。
「――明るい新王政の為に助言します。今一度、私の力を頼ってみてはいかがでしょうか? 今この王都にはリゲル閣下も居ません。国王派勢力を抑え込むには我々王国軍の力は必要不可欠。今ここで私を切り捨てるということは――言わなくてもわかりますね?」
「くっ……マーク元帥……」
悔しそうに唇を噛み締める王妃に、元帥が返事を求める。
「民への攻撃は極力控えますゆえ――賢明なご判断を……」
レナは瞳を閉じて思案する。
(確かに……現在私たちは王国軍の力に頼り切っています。彼らの存在が無ければ国王派を抑え込むことはできないでしょう。
元帥を切り捨てて、多くの将兵が離脱するような事態に陥れば――王都は瞬く間にネビュラによって奪還されてしまいます。父上を呼び戻すにしても、相当な時間が掛かる事でしょう。
ここは元帥の言うことを大人しく聞いておいた方が無難ですね。元帥は後で父上に頼んで抹殺してもらいましょう。それまでの間は利用させてもらいますよ? マーク元帥……)
レナはゆっくりと瞳を開く。
「――わかりました。マーク元帥の言う通りですね」
「は、母上っ?!」
王妃の返事に王子は驚きを隠しきれない様子。だが彼女は息子に瞳で訴え掛ける――『ここは私に任せなさい』と。一方のマークはニヤリと口角を上げる。
「英断ですぞ! 流石は王妃殿下!」
「この際多少の事は目を瞑りますが……元帥、わかっていますね? くどいようですが、これ以上民たちに――」
「わかっておりますよ。これ以上民たちには危害を加えません。早速、各指揮官に命じましょう」
「お願いしますよ。できればもっと早くにそうしていただきたかったですね……」
レナが嫌味で締めくくったその時――慌ただしい足音が部屋の外から聞こえてきた。やがて扉を開いて部屋の中に入ってきたのは――ネコソギアだ。彼は息を切らし、血相を変えながら、主君の前で膝を落とす。
「王妃殿下! ロルフ王子! 大変です!」
「ネコソギア、一体何事だ!?」
透かさず王子が要件を尋ねる。レナとマークもネコソギアの次なる言葉を待った。そして大臣が早口で――
「ノエル殿下がっ! シュリーヴ男爵に連れて行かれました!」
「な、何だと?!」
「ノエル殿下を連れ去らったのはシュリーヴ男爵で間違いありません!」
「して? シュリーヴ男爵は今どこに!?」
「はい。現在シュリーヴ男爵は城内を逃げ回っております! ですが兵士たちが奴の退路を断っているので脱出は不可能かと……」
レナが大臣に命じる。
「ルッコラ閣下! シュリーヴ男爵は絶対に逃がしてはなりません! 全力をあげてノエル殿下を救出するのです! トロイメライとゲネシスの安寧と繁栄のためにも、彼女にはオズウェル皇帝陛下に嫁いでもらわないと困るのです!」
「かしこまりました!」
王妃の命令を聞いたネコソギアが立ち上がった直後――マーク元帥がソファーから腰を上げる。透かさずレナが訊く。
「マーク元帥、どちらに?」
「命令違反のお詫びです。私がルドラの息子を制圧し、ノエル殿下をお救いしましょう――」
元帥がニヤリと歯をむき出した刹那――その身体を閃光に変えて姿を消した。
――その頃、ドリム城内・庭園。
兵士たちから追われる男は――ドランカドだ。その腕にはノエルが抱かれていた。
しかし既に真四角野郎の退路は兵士によって断たれており、城外への脱出は極めて厳しい状況である。今は兵士たちに捕まらないように城内を全力疾走することしかできない。
「――くそっ! こっちも封鎖されちまっている!」
次第にドランカドの表情から余裕が消えていく。そんな彼の顔を見つめながらノエルが申し訳無さそうに謝る。
「ごめんなさい……ドランカド殿……私がもっと注意していれば……こんな事にはならずに……」
「ノエル殿下、謝らないでください。言ったでしょ? ノエル殿下は何一つ悪いことをしていないって。ノエル殿下は、俺が必ず守り抜きますから!」
「ドランカド殿……」
真四角野郎の言葉に、王女は頬を赤く染めながら小さく頷いた。
だが現実は無情だ。ドランカドの言葉とは裏腹に、二人は次第に追い詰められていく。
「くそっ! こっちにも兵がっ!!」
「ドランカド殿! 後ろにもっ!」
「畜生……囲まれちまったか……」
気付くと真四角野郎は兵士たちに完全包囲されていた。とある庁舎の壁際まで追い込まれてしまう。
集団の先頭に立っていた王国軍将校がドランカドに投降を促す。
「シュリーヴ男爵、大人しく投降しろ。さすれば命は救ってやろう」
(クソッ……奴らをぶっ飛ばすのは容易いが、これだけの人数相手にノエル殿下を守りながら戦うのは無理がある。下手をしたらノエル殿下が敵に奪われちまう……この状況、どう打開すればいい?!)
ドランカドは兵士たちとの戦闘も考えたが、ノエルを守りながら戦うのは至難の業だ。
――万事休すか?
真四角野郎は、震える王女の身体を抱きかかえながら――敗北を悟った。
その時である。
頭上から――とある庁舎の屋上から、王国軍の軍服を身に纏った大男が悲鳴を上げながら転落してきた。それを見た兵士たちが慌てふためく。
「お、おい! 城内本部の屋上から誰か落ちてくるぞ!」
「あ、あれはっ!? た、大将殿!」
「大将が屋上から落ちてくるぞ!」
突然の出来事に顔と身体を硬直させる兵士たち。助ける間もなく大将は地面に墜落――大の字の状態で意識を失っていた
一同呆然と立ち尽くす中、城内本部庁舎屋上から一人の男が降り立ってきた。
「とうっ!」
倒れる大将の隣に着地した男は中年。上半身裸で両手を構えながら咆哮を轟かせる。
「アタアアアアアッ!!」
「「「「「ぐはっ!!」」」」」
その咆哮は衝撃波――兵士たちは折り重なるようにして倒れ、失神した。
ドランカドたちを守る防護壁となった中年男。その名をノエルが口にする。
「ゲッソリオ公爵!?」
「ノエル殿下、ご無事で何よりです――」
そう。その中年男は城内本部の長――『モーダメ・ゲッソリオ』だった。彼は背を向けたままドランカドに声を掛ける。
「――何があったかは知らぬが……シュリーヴ男爵よ。ここは私に任せて、ノエル殿下と共に城外へ脱出するのだ!」
「で、ですけど! 出口は全て兵士たちによって封鎖されています!」
ドランカドが現状を訴えると、モーダメが指を鳴らす。
「――ゲッソリオ奥義『ゲッソリオ体操・強制』! 24時間働けますか?!」
その刹那。城内にはどこからともなく壮大なメロディとオペラ歌手のような歌声が聞こえてきた。すると城内の兵士たちが突然『ゲッソリオ体操』を始める。
「な、何だこれはっ?! 身体が勝手に?!」
「何で俺たちこんな時にゲッソリオ体操をしてるんだ?!」
勝手にゲッソリオ体操を始めてしまう自分の身体に、兵士たちは酷く困惑した様子だ。
呆気に取られるドランカドにゲッソリオが命じる。
「さあ、今のうちに! ノエル殿下を城外へ退避させるのだ!」
「了解しました!」
真四角野郎は力強く頷くと、王女を横抱きにしたままその場から移動を始める。
その矢先の事だ。辺りは閃光に支配される。
突如、真四角野郎の前方から光線の如く迫る赤色は――稲妻。目の前の状況に理解が追い付かない二人は、顔を強張らせる事しかできなかった。
襲い掛かる稲妻。
ドランカドとノエルの窮地を救ったのは――あの男だ。
「アターっ!!」
「「ゲッソリオ閣下!」」
ゲッソリオは素手で赤色の稲妻を上空へと弾き返した。
モーダメが稲妻に向かって怒号を上げる。
「――マーク元帥っ! ノエル殿下を焼き殺すつもりかっ!?」
「クックックッ……焼き殺すだって? それはとんだ勘違いだぜ。俺はノエル殿下を助けに来たのだよ――」
赤色の稲妻から発せられるのはマーク元帥の声。龍の如く上空に居座っていた稲妻がモーダメたちの目の前に落下すると、轟音と共に強烈な閃光が一帯に走る。やがて閃光が収まると彼らの視界に映り込んだのは、腕を組み仁王立ちするマーク元帥だった。
透かさずゲッソリオが手刀を構える。
「行けっ! シュリーヴ男爵! 元帥は私が制圧する!」
「――お願いします!」
真四角野郎は申し訳無さそうにしてモーダメに一礼すると、ノエルを抱えながら、城外を目指した。
「――この俺を制圧するだと? 王国軍元帥も舐められたもんだぜ」
「フッ……成り上がりの青二才元帥が、粋がっていられるのも今のうちだぞ――」
ゲッソリオは右手をピンと伸ばすと、挑発するようにして手招き。
「掛かってきなさい――アターっ!!」
「フン! 丸焦げにしてやるぜ――」
青色のオーラと赤色の稲妻がぶつかる。
――同じ頃、ドリム城外でも兵士が慌ただしく行き交っていた。
「何!? シュリーヴ男爵がノエル殿下を!?」
「ああ。ルドラの息子は姫を連れて逃げ回っているらしい。俺たちも城内へ応援に向かうぞ――」
不穏な会話を交わす兵士たち。その様子を物陰から窺う父娘は――マロウータンとシオンだ。二人は王妃側に拘束されたメテオたちを救出するため、ドリム城前まで駆け付けた次第だ。
兵士が離れたことを確認した親子が小声で言葉を交わす。
「――よし、行ったようじゃのう……」
「ええ。それでは早速『潜水の空想術』を施しましょう」
「頼むぞよ――」
その刹那。シオンが囁いたと同時に父娘の身体が一瞬だけ淡い光に包まれた。
「参るぞ!」
「はい!」
父娘は力強く頷くと――城内へと続く水路に飛び込んだ。
「――ウッホホ〜! まるで魚になった気分ぞよ!」
「お父様……はしゃいでいる場合ではございませんよ……」
「ウホッ?! すまぬすまぬ、ついな……それにしても不思議なものじゃ。水の中じゃが呼吸もできるし、会話もできるし、服も濡れておらぬ! こんなの初体験じゃ!」
「ええ。これがお魚さんのように自在に水中を泳ぎ回ることができる『潜水の空想術』です。よくこの空想術を使って友達と一緒に南都の海を潜ったものです――」
シオンは得意げな表情で語りながら父を先導する。
「お父様、こちらの――人が一人通れるくらいの穴が入口です」
「ほよ? ――ほほう。本当にギリギリじゃのう!」
「この入口から先が――王族と一部の者しか知らない秘密通路となっております」
「うむ! 案内は任したぞよ。そなたを連れてきて正解じゃった」
「はい、お任せください――」
そして父娘は、限られた者しか知らない、城内の秘密通路へと進んでいく。
(――ヒュバート王子。あの時教えてもらった秘密通路、早速使わせていただきますわ。貴方を、多くの人々を、そして王都を救うために……!)
――クボウ父娘が城内へ潜入する中、王都各所では国王派による王都奪還作戦が進行していた。
メルヘン港の海軍施設では――二人の女性ヒーローが、マーク元帥に囚われた人質を救出するため、海兵たちと交戦。
「受けてみなさい、魅了の斬撃を! うおおおおおおおおっ!!」
「「「「「ぐはっ!! ――ウヘッ……ウヘヘヘへ――」」」」」
女騎士ビューティーの光剣から繰り出された斬撃は、海兵たちの武器や防具を一撃で粉砕。そして衣類までもが切り裂かれてしまった彼らは、喜悦の悲鳴を漏らしながらその場に倒れ伏す。
その様子を見届けたビューティーがカエデに言う。
「空想少女カエデ! 後は任せたぞ!」
「うっ……どうして私が仕上げなのよ……でも今はそんなこと言っている場合じゃないわね。仕方ない――大人しく縛に就きなさい! 正義の鉄鎖『ジャスティスチェーン』!」
カエデが放った正義の鉄鎖が、一糸纏わぬ姿の海兵たちを縛り上げていく。だがしかし――
「「「「「き、効く〜っ! カエデちゃん! これイイ! もっと! もっと!」」」」」
「げっ?! こ、これは貴方たちを喜ばせるための技じゃないよっ! ――ってか?! なんで私に魅了されているのよ?!」
その様子を横目で見つめながらビューティーが口角を上げる。
「フッ……これもまた一興だな――」
その後、囚われていた人質は彼女たちの手で無事に保護された。
――時同じくして。ジョーソンとノアも、とある貴族屋敷を包囲していた王妃軍を『魅了の煙霧玉』で制圧。
「「「「「兄さん! 何処までもお供します!」」」」」
「参ったな。俺は支えられるより、支えるほうが性に合っているんだが……」
ノアは、瞳を輝かせて跪く兵士たちに包囲されながら、困り果てた様子で頭を掻く。
一方の鉄腕は、とある伯爵夫人を保護していた。
「――シュリーヴ伯爵夫人。お怪我はありませんでしたか?」
「はい、お陰様で。助けていただき本当にありがとうございます――」
深々と頭を下げて謝意を伝える、細い目を持つ年齢不詳の女性は――保安局長官ルドラ・シュリーヴ伯爵の妻にして、ドランカドとトウフカドの実母である『プリモ・シュリーヴ』だった。
――すると突然、王都の街に強風が吹き荒れる。と同時に降り出す雨。
「ありゃ?! おかしいですねえ……さっきまで晴れてたんですが……」
不思議そうに空を見上げるジョーソン。その隣でプリモが静かに口を開く。
「――この風と雨は……恐らく夫の空想術によるものでしょう……」
「なるほど――『暴風雨のルドラ』ですか……」
――真夜中の王都に頑固親父の嵐が吹き荒れる。
つづく……
【補足】
シオンは先日、ヒュバートから城内の秘密通路を教わっています。(詳細は、第267話『黄昏の図書室』のシオンとヒュバートの会話を参照。)




