第321話 王都奪還⑨【挿絵あり】
ドランカドがベッドの下からゆっくりと顔を出す。
真四角野郎はそのまま匍匐前身でローテーブルまで接近。身体を起こすと卓上に置かれた水晶玉――小人化したノエルが閉じ込められたそれに手を伸ばす。
ドランカドは水晶玉の中で意識を失う王女を見つめながら、彼女を監禁したであろうネコソギアに対して怒りを露わにする。
「ネコソギアの野郎! ノエル殿下になんてことしやがる! 絶対に許さねえ!」
とはいえ、今ここで感情的になっても何も進展しない。先ずはノエルを水晶玉から解放することが最優先である。
「ノエル殿下、今お助けしますからね――」
ドランカドはそう言いながら、右手に持った水晶玉を床に向かって構える。
(――水晶玉に閉じこられた人の救出方法は保安官学校時代に習っている。ロックが掛かっていなければ――)
ドランカドは水晶玉を握った右手に想素を送り込む。この『解放』の指令を宿した想素は、水晶玉に触れることによって、内部に閉じ込められた者を外部に放出する事ができるのだ。但しこの方法は何の細工も施されていない水晶玉に限る。
「――畜生! ネコソギアの野郎、やっぱりロックを掛けてやがったか! ムカつくぜ!」
案の定、水晶玉にはロックが掛かっており、ドランカドが何度想素を送り込んでも、ノエルが解放されることはなかった。
ロックを解除するためには、ロックを掛けたネコソギア本人の空想術、若しくはロック解除を専門に行う鍵屋や凄腕の空想術師の力が必要だ。しかし一刻を争う状況。鍵屋など呼んでいる余裕はない。
「仕方ねえ。こうなったら最終手段だ――」
真四角野郎は床の上に水晶玉を置く。
どうしてもロックが解除できない場合、とっておきの方法がある。
一般的に空想術を用いたロックの技術は、日常の汎ゆる場面で使われている。例えば玄関扉や金庫の鍵、見られたくないタンスの引き出しだったりと――
緊急時等、どうしてもロックが解除できない場合、強制的解除する方法がある。それは――『破壊』するだ。水晶玉の場合、叩き割って中の者を救い出すことができるのだ。
ドランカドは水晶玉に向かって手刀を構える。
「――慎重にやらねえとノエル殿下が怪我をしちまう。集中集中……」
真四角野郎は右手に全神経を集中させる。
ただ単に水晶玉を割って、ノエルを解放することは誰にでもできる。だが、彼女を傷付けずに救出することは至難の業だ。力任せに手刀を繰り出せば、水晶玉の破片や、鈍器と化した自身の右手でノエルを傷付けてしまう可能性がある。
ドランカドは大きく深呼吸。
空想術でエネルギーを送り込んだ右手――手刀を頭上まで振り上げる。
「行くっすよ……!」
真四角野郎が瞳を見開いた刹那――水晶玉目掛けて素早く手刀を振り下ろした。
「ていっ!!」
手刀が水晶玉に触れたと同時に、ドランカドは腕の動きを停止。するとその右手を起点に、水晶玉を一周するようにして一筋のヒビが入った。直後、水晶玉はパカッと二つに割れ、まばゆい白色の光が漏れ出す。
「くっ……眩しいぜ……」
たまらず真四角野郎が腕で目を覆う。
室内は白光に支配されるが、程なくするとその光も次第と収まる。代わりに水晶玉に閉じ込められていたノエルが、床に横たわっていた。
「ノエル殿下!」
ドランカドは慌てた様子で彼女の元へ駆け寄る。
彼女には目立った外傷はなく、小人化していた身体も元の大きさに戻っていた。しかし依然として意識を失ったままだ。真四角野郎は王女を抱き上げると、その身体を大きく揺さぶる。
「ノエル殿下! 大丈夫っすか!? しっかりしてください!」
「……ん……うぅ……」
「ノ、ノエル殿下?!」
ノエルが真四角野郎の必死な呼び掛けに反応を見せた。彼女はゆっくりと瞳を開くと、ボーッとした様子でドランカドを見上げる。
「……ドランカド……殿……? 私は……一体……?」
「よ、良かった……」
ドランカドは、意識を取り戻した王女を見つめながら安堵の息を漏らした。続けて彼は困惑する彼女に状況を説明。ノエルは自分が水晶玉に閉じ込められていた事実に酷くショックを受けた様子だ。
「――そ、そんな……ルッコラ閣下が私を……? 一体何の為に……? 私どうなっちゃうの……? 怖い……怖いよ……助けて……」
とても恐ろしい思いをしている事だろう。ノエルはその小柄な身体を小刻みに震わせる。真四角野郎は怯える彼女の肩に優しく手を添えた。
「ノエル殿下。怖がらなくても大丈夫っすよ」
「……ドランカド……殿?」
「ノエル殿下は俺が全力でお守りします! 例えこの命に替えても守り抜いてみせますよ! だから……安心してください」
「……はい……」
キメ顔で訴える真四角野郎。一方の王女は頬を赤く染めながら、涙を溜めた瞳で彼を見つめた。
「――あんまりゆっくりもしてられません。ネコソギアが戻って来る前にここから脱出しましょう! ノエル殿下、立てますか?」
ドランカドが尋ねると王女は首を小さく横に振る。
「あの……その……身体に全然力が入らなくて……ごめんなさい……」
彼女は全身を脱力させていた。恐らく何らかの薬を盛られているのだろう。申し訳無さそうな表情を見せるノエルにドランカドが優しい微笑みを見せる。
「謝らないでください。ノエル殿下は何一つ悪い事してないんですから――」
「ありがとうございます……」
真四角野郎の気遣いの言葉――王女の顔からも自然と笑みが溢れる。
だがしかし――二人の表情が一瞬で強張る。
部屋の外から聞こえてきたのは慌ただしい足音。その足音が二人の元に迫ってきた。
「ど、どうしよう?!」
「ノエル殿下! 隠れるっすよ――」
ドランカドはノエル殿下を横抱き――お姫様抱っこすると、クローゼットの中に身を潜めようとした。
だが――それよりも先に部屋の扉が開かれた。
「――うわっ?! えっ?! 貴様はルドラの息子?! 何故私の部屋に?!」
足音の主は――ネコソギアだった。
大臣は自分の部屋に侵入するドランカドと水晶玉に閉じ込めていた筈のノエルの姿を見て、酷く混乱した様子だ。
「ってか?! えっ?! ノエル殿下?! どうやって水晶玉から出てきたのだ?!」
ドランカドが怒鳴る。
「ノエル殿下を攫ったのはお前だな?! ネコソギア・ルッコラ!!」
「わ、わ、私は何も知らんぞ!」
しらを切るネコソギアを真四角野郎が一喝。
「黙れっ!! 嘘なんか聞きたくねえんだよ! ぶっ飛ばすぞっ!!」
「ひいぃぃぃっ!!」
ドランカドの気迫に圧倒された大臣が腰を抜かす。その様子を横目にしながら真四角野郎が王女に囁く。
「――本当はあの野郎をぶん殴ってやりたいところですが、今はここから脱出する方が優先です。ノエル殿下……しっかりと掴まっててくださいね!」
「え?」
刹那――真四角野郎は床を蹴ると、王女を横抱きにしたまま部屋を飛び出す。透かさずネコソギアが大声で兵士たちを呼び寄せる。
「お、おい、待て!――大変だ〜っ! 誰か来てくれ〜っ! ノエル殿下を攫った犯人が見つかったぞ! ルドラの息子を――ドランカド・シュリーヴを捕まえるのだっ!」
なんとルッコラはドランカドに自分の罪を擦り付けたのだ。その声を聞いて集まってきた兵士たちが、真四角野郎の後を追い掛ける。
「あの男を捕まえろっ!!」
「ノエル殿下をお救いするのだ!!」
「おい待てコラっ!! 逃げるんじゃねえ!」
怒号を上げながら迫りくる兵士たち。
その気配を背に感じながら、ドランカドは城内の廊下を全速力で駆け抜ける。
その腕に抱かれるノエルは――彼の顔をじっと見つめていた。
(……ドランカド殿……カッコいい……)
彼女が自分に見惚れているとは知らず、ドランカドは無我夢中で走り続けた。
(ノエル殿下は俺が絶対に守るっすよ!)
つづく……




