第320話 王都奪還⑧【挿絵あり】
『いかなる場合であっても、王都民に危害を加えてはなりません』――これは王妃レナが最重要事項として王国軍トップのマーク元帥に命じた言葉だ。しかしその約束は守られず、王国軍は一部暴徒化した王都民を殺害。無関係の王都民も巻き添えを食らい、多くの負傷者が出ている。その情報を知ったレナは激昂。ロルフに元帥を連れ戻すよう指示を出した。
(――まったく、マークは一体何を考えているのだ!? やはり元国王派の人間は信用ならんな……)
ロルフが大きく息を漏らしながら城内の庭園を移動していると、物陰から赤髪巻き毛の少女が姿を見せる。
「ロルフ王子!」
「ボニー嬢!? 部屋に戻っていなかったのか!?」
その少女はボニーだった。彼女はロルフの元まで駆け寄ると不安げな表情で尋ねる。
「ロルフ王子、ヒュバート王子とのお話は終わったのですか?」
「………………」
ボニーから尋ねられたロルフの顔が強張る。それもその筈、弟ヒュバートの身柄は拘束――水晶玉の中に閉じ込めて、マーク元帥に持ち出させているのだから。
「ロルフ……王子……?」
「っ!?」
心配そうに王子の顔を覗き込むボニー。一方のロルフはハッとした様子で彼女に言葉を返す。
「すまない……君は私の妃となる女だ。故に隠し事はしたくない……」
「ロルフ王子……急に……どうされたのですか……?」
困惑する赤髪巻き毛に王子が言う。
「君には知ってもらいたい現実があるのだ。無理にとは言わぬが――現実を受け入れる覚悟はできているか?」
真剣な眼差しで返事を求めるロルフ。ボニーはゆっくりと首を縦に振る。
「ええ。私はロルフ王子……ロルフ新王の妃として、全てを受け入れる覚悟ができております!」
「――ついて来い」
ボニーの返事を聞いたロルフは彼女を連れて、ドリム城の地下入口に向かって歩みを進めた。
――その頃、ドリム城・地下監獄。
マーク元帥から拷問を受けている少年は――ヒュバート王子だ。鎖で縛られた王子は意識を朦朧とさせながら倒れ伏す。一方のマークは嘲笑を浮かべながら言葉を吐き捨てる。
「おやおや? この程度の電流でダウンですか? 我が軍の新米兵士ですら耐えきれますよ? 情けないですね……ヒュバート王子」
元帥はそう言うと、桶に入った冷水をヒュバートに浴びせる。
「くっ……」
「クックックッ。さあ王子、大人しく王妃殿下とロルフ王子……いや、俺に従ってください。さすればヒュバート王子直属の部下になってあげてもいいですよ?」
「断る……お前の傀儡などに……なってたまるか……!」
力を振り絞りながらマークを見上げるヒュバート。その瞳には確かな覇気が宿っていた。
「いい面構えだ……正直、すぐに泣き出して音を上げると思ってましたが、予想以上に芯が強いお方だ……」
するとマークは懐から二つの水晶玉を取り出す。その中には王弟メテオと宰相スタンが閉じ込められていた。
「では王子、少し休憩をしましょうか。休憩しながら叔父が痛みつけられるところを眺めててください」
「や……やめろ……」
ここで初めて顔を青くさせる王子を見つめながら、元帥が不敵に顔を歪める。
「クックックッ。ではお望み通りメテオ殿下の拷問はやめておきましょう」
「……え?」
予想外の言葉にヒュバートは拍子抜けした様子だ。しかし次のマークの言葉で戦慄することになる。
「――その代わり、王子のフィアンセのお命を頂戴しましょう」
「ま、待て……そ、それだけは……頼むから……やめてくれ!」
マークは、取り乱すヒュバートの前でしゃがみ込むと諭すようにして言う。
「――シオン嬢の運命は、王子の返事一つで左右されます。もしシオン嬢のことを本当に大切に思っているのであれば……おわかりですね?」
「くっ……」
「さあ、お返事をお聞かせください」
悔しそうに唇を噛みしめる王子に、元帥が愉快そうな表情で返事を求める。
――その時。
廊下から複数人の足音が聞こえてきた。
やがて王子が幽閉されている監獄に現れたのは、彼らが良く知る人物たちだった。
マークは不気味なほど満面の笑みで出迎え、ヒュバートは困惑の表情でその人物たちを見つめる。
「――これはこれはロルフ王子。それにボニー嬢。わざわざ監獄までお越しいただき……何用でございましょう?」
「……兄上……それに……ボニー嬢……!?」
そう。兵士たちに護衛されながら監獄に現れた二人の男女は――第二王子ロルフと王都領主の妹ボニーだった。
ロルフは険しい表情で弟を見下ろし、一方のボニーは変わり果てた嘗ての想い人の姿に酷くショックを受けた様子だ。
「ロ、ロルフ王子……こ、これは……一体……!?」
「これが君に知ってもらいたい現実だ。此度の謀反を成功させるためにも、歯向かう者は実の弟であっても容赦はしない」
「そ、そんな……あんまりですわ……」
「これが私――ロルフ・ジェフ・ロバーツという男だ。もし……私が嫌いになったと言うのであれば――今すぐ私の元を去った方がいいだろう……」
「わ……私は……」
言葉を失う令嬢。そんな彼女を横目にロルフが元帥に要件を伝える。
「マーク元帥、母上がお呼びだ。話がある」
「話ですか?」
「ああ……母上はさぞお怒りだ。無論私もな」
元帥は態とらしく首を傾げる。
「ん? 私、何か悪い事でもしましたか?」
「話は後で聞く。今すぐ母上の私邸に戻るぞ」
「よくわかりませんが……わかりましたよ。――と言うことです、ヒュバート王子。お返事は後ほど聞かせていただきます」
「くっ……」
ロルフがマークを連れて監獄を後にしようとしたその時――ボニーが彼を呼び止める。
「ロルフ王子!」
「どうした? ボニー嬢?」
「ロルフ王子。一つお願いがあります」
「お願い?」
お願いとは何か?
不思議そうに尋ねる王子に、令嬢がその願いを申し出た。
――同じ頃、ドリム城内『城内本部』庁舎屋上。
国王派と王妃派――激闘を繰り広げる男たちの姿があった。
「燃えて消えちまいなっ!!」
灼熱の火炎を両掌から放射する、濃緑の軍服を着た丸刈りの大男は王妃派――王国軍大将だ。
対する上半身裸の国王派の中年公爵は、絶叫を轟かせながら、大将が放った灼熱の火炎を素手で往なしていく。
「アタタタタタタっ! アターっ! この程度の火炎、眠気覚ましにもならんわ! 悔しかったらこの私を24時間働かせてみろ!」
「クソッ! この俺の灼熱の火炎を簡単にあしらいやがって……冗談じゃねえぞ!」
王国軍が悔しそうに睨む先――城内本部長『モーダメ・ゲッソリオ公爵』が鬼の形相で両手を構えていた。
「これ以上の狼藉、断じて許すわけにはいかぬ! 我が奥義をもって沈めてくれる! 大将閣下よ、覚悟せい!」
「フン! げっそり野郎が……灰にしてくれる!!」
大将は怒号を上げると、渾身の火炎をゲッソリオに向かって放射。その灼熱はレンガの床を溶かしながら公爵に迫る。
――だが、更に熱いのはゲッソリオの方だった。
「仕方あるまい。愚か者に見せてやろう――」
モーダメが絶叫を轟かせる。
「――ゲッソリオ奥義『地獄の痛勤快足』! 敵が倒れるまで止まりませ〜ん。アターっ!!」
ゲッソリオが地面を蹴る。
目にも止まらぬ快足で、迫りくる火炎に突撃。手刀の乱れ打ちで灼熱を切り裂き、大将との間合いを一気に詰める。
――そして、モーダメの一撃が大将の腹部を捉える。
「通過しま〜す――アターっ!!」
「ぐはっ!!」
ゲッソリオの拳を食らった大将は腹を押さえながら前かがみ。だが倒れるに至らず。一方、そのまま走り去ったかと思われたゲッソリオがUターン――再び大将を襲う。
「お下がりくださ〜い――アターっ!!」
「ぐわっ!! くっ……お……おのれ……ぐはっ!!」
その後もゲッソリオ公爵のノンストップ攻撃が続けられた。
――ドリム城内・大臣ネコソギアの私室。
その室内を物色するある人物の姿があった。
「ちっ……ノエル殿下の手掛かりになるものは無さそうだな……」
そう言いながら悔しそうに歯を食いしばる真四角野郎は――ドランカドだ。
行方不明となったノエルの捜索を父ルドラから託されたドランカドは、ノエル失踪に関与してると思われるネコソギアの部屋を捜査していた。
元保安官の勘が『この男が何らかの証拠を握っている』と訴え掛けているのだ。しかし証拠を発見することができず。
真四角野郎に焦りの色が見え始めた――その時だった。
「マズイ! 誰か来る?!」
部屋の外から足音。
もしかしたら部屋の主が帰って来たのかもしれない――ドランカドに緊張が走る。真四角野郎は咄嗟にベッドの下に身を潜めた。
程なくすると予想通り――部屋の主であるネコソギア・ルッコラが姿を見せた。
相変わらずの薄ら笑いを浮かべるネコソギア。彼はベッドの向かいのソファーに腰掛けると独り言を漏らす。
「クックックッ……王妃の作戦も順調に進んでいるようだ。明日の朝にはロルフの新王政が発足することだろう――」
(独り言が多い野郎だぜ。それにしても、王妃派によるクーデターは本当みたいだな……)
真四角野郎はそのままネコソギアの独り言に耳を傾ける。
「――だがロルフの王政も短命になる筈だ。何しろゲネシスとの和平は早々に破棄され、民たちの信頼を大きく失墜させる予定なのだからな」
(どういうことだ? とても王妃派の側近が口にする言葉とは思えないぜ……)
「その為に重要となってくるのが――コレだ」
(――あ、あれは?!)
ネコソギアが懐から取り出したのは水晶玉だった。
ベッドの下から水晶玉を凝視するドランカドは、その中に浮遊する青髪の小人を見て、細い瞳を大きく見開いた。
(あれは……ノエル殿下だ!)
そう。水晶玉の中で意識を失いながら浮遊する、小人と化した女性は――ドランカドが捜索していたその人『ノエル・ジェフ・ロバーツ』だった。
(やっぱりコイツがノエル殿下を……!)
「此度のネビュラ追放作戦と和平合意はゲネシス側との政略結婚が絶対条件だ。ノエルをオズウェルに嫁がす事ができなければ――クックックッ。両国の関係は更に悪化することだろう。仕上げに改革戦士団の連中が国内に悪い噂を流せば――クックックッ。ロルフは民からの信頼を失い、スター殿下に容易く玉座を奪われる事だろう」
ネコソギア・ルッコラは壮大なアホ毛を一回転させた。
(政略結婚? 改革戦士団? スター殿下? 一体コイツは何を考えているんだ?)
顔を強張らせるドランカド。
直後、扉をノックする音と同時に、部屋の外から男の声が聞こえてきた。
「――ルッコラ閣下。お休みのところ申し訳ありません」
「何用だ?!」
「臨時の作戦会議を行います。会議室までお越しください」
「――わかった。すぐに向かう」
「お待ちしております」
ネコソギアは部屋の外の者にそう答えると、ノエルを閉じ込めた水晶玉をローテーブルの上に置く。
「ちっ……どうせ出席する価値もない、自己主張の強い連中の罵声大会だ。少しは俺を休ませてくれよな……」
大臣はぶつぶつと文句を垂れ流しながらソファーから立ち上がると、部屋の外へ――扉を施錠し、会議室へと向かった。
ドランカドは耳を凝らしながら、ネコソギアの足音が聞こえなくなるのを待つ。そして大臣の気配が無くなると真四角野郎は口角を上げた。
「チャンスだぜ……」
言うまでもなく、ドランカドの視線は机の上の水晶玉に向けられていた。
つづく……




