第318話 王都奪還⑥
国王ネビュラによる王都奪還作戦が始まった。
その第一段階が、王妃軍に屋敷を包囲されている『国王派貴族たちの救援』と、人質に取られている『国王派将校たちの家族救出』だ。同時に王妃軍を魅了の煙霧玉で籠絡し、敵方の戦力を削ぐことも作戦に盛り込まれている。
クボウ邸から最寄りのとある貴族の屋敷に急行する二人の男は――王都のヒーローにしてクボウ家使用人の『鉄腕ジョーソン』と、サンディ家臣『ノア』だ。
快速靴で疾走する二人は横に並びながら言葉を交わす。
「まさか貴方が『鉄腕ジョーソン』だったとは驚きましたよ」
「へへっ。サンディ閣下の家臣様が『鉄腕ジョーソン』の事をご存知とは、光栄ですね〜」
「ええ。数年前に突如現れた王都のヒーローは、フィーニス地方でも話題になりました。特にちびっ子たちからの人気は絶大でしてね。絵本にもなっているんですよ」
「そいつは知らなかったぜ……」
まさか自分が絵本の登場人物として描かれているとは――鉄腕は驚きつつも照れくさそうに頬を赤く染める。
「絶対的なヒーローが味方に居るとは心強い限りです」
「そんなことないッスよ〜。俺なんか、王都の守護神様に比べたら大したことは――」
ここでジョーソンがある事実に気が付く。
「そういや、ノア様。ウィンター様の姿が見当たりませんでしたが……別行動でもされているんですか?」
鉄腕の質問にノアの表情が一気に曇る。
「いえ……その……実は――」
――主君はゲネシスの皇妹に連れ攫われた。
ノアがその事実を告げると、ジョーソンが静かに口を開く。
「――まさか、ウィンター様が……気が気じゃないでしょう……?」
「ええ……」
暗い表情で顔を俯かせるノア。一方の鉄腕がある事を尋ねる。
「でも、ノア様がこうして俺たちと行動してくれてるってことは――ウィンター様の意思を汲み取ったって事でしょう?」
「え?」
思いがけない質問に呆然とするノア。その彼を横目にしながら鉄腕が語り始める。
「俺も奥様との付き合いも長いですからね、あの人の思考回路は理解しているつもりです。ノア様だってウィンター様の頭の中は大体読めるでしょう?」
「ええ……まあ……」
「ヒーローをやらされていて色々と判断を迫られる場面がありますが、そんな時は『きっと奥様ならこうする筈だ』って思いながら行動してますよ。今回のノア様もそうだった筈です」
「お察しの通りです……」
「何だかんだ言っても、奥様は俺のことを信じてくれますからね。だから俺も奥様のことを信じています。長年付き合っている仲だ。たとえ離れていても、意思の疎通ができてるっていうか……すんません、上手く言えなくて。ただ……少なくともノア様は、ノア様が知っているウィンター様を信じて行動している筈です。それはウィンター様も同じことでしょう――」
ジョーソンは自慢の鉄腕でガッツポーズを見せながら、力強い言葉で伝える。
「今はウィンター様を信じて、このクーデターをとっとと鎮圧しましょう! その暁には一緒にウィンター様を助けに行きましょう!」
「ジョーソン殿……かたじけない……」
ジョーソンの熱い台詞にノアは瞳を潤ませた。
――そうこうしているうちに、二人の視界には国王派貴族の屋敷を囲む王妃軍の姿が映り込む。
「ヨッシャ! 『魅了の煙霧玉』、一発ブチかましてやりますか!」
「了解!」
ジョーソンとノアは、薄紅色に輝くガラス玉を王妃軍に投げ付けた。
――その軍勢が包囲する国王派貴族の屋敷。
窓から外の様子を窺う人物は――細い瞳が特徴的な、長い茶髪を持つ、年齢不詳の美しい女性だった。
「――旦那様とあの子たちは無事かしら……」
細い瞳の女性は両手を組みながら家族の無事を祈るのであった。
――王都西部メルヘン港・海軍施設前。
物陰から施設入口を見つめる二人の女性の姿があった。
一人は橙色ツインテールの活発的な少女――王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』だ。
そしてもう一人。真珠色のアーマーに身を包む、金髪お団子ヘアの女性は王都のヒーロー『ビューティー』こと、グレースである。
普段から妖艶な微笑みを見せるグレース。今は凛々しい表情で施設入口を睨む。それは女性のカエデも見惚れてしまう程だ。
(――グレースさんって……こんなカッコいい表情もできるんだ……リップクリームの効果半端ないわ……)
頬を赤くしながら見つめてくるカエデにグレースが言う。
「カエデよ、何をボーっとしている?」
「え?! いや、その――」
「間もなく敵陣から大勢の人質を救出するのだ。決して生温い仕事ではない。気を引き締めろ」
「わかっていますよ。私も王都のヒーローですから!」
「フッ……それでいい」
空想少女の返事にビューティーは涼しげに口角を上げる。そこにいつもの妖艶美女の姿は無かった。今は敵陣に切り込もうとする戦士そのもの。そんな新ヒーローの表情を見るだけで、カエデの気持ちも自然と引き締まる。
カエデは気持ちを切り替えたところで作戦内容を再確認。
「――それじゃあビューティーさん。作戦内容を確認しますよ。まず兵士さんと保安官さんたちが入口前に布陣します。これはあくまでも、施設内の海兵たちの注意を引く囮です。その隙に私とビューティーさんは裏口から施設内に潜入。人質が監禁されていると思われる多目的倉庫へ――」
「生温い」
「へ?」
ビューティーの突然の言葉に首を傾げるカエデ。そして女騎士は耳を疑うセリフを口にする。
「生温いぞ、空想少女カエデ。ここは正面突破あるのみ!」
「ちょ?! しょ、正面突破って?! そんなの危険過ぎですよ!」
「小難しい策など不要。一気に敵を切り裂き、人質を救出する!」
「ビューティーさん、落ち着いて! 慎重にならないと!」
「全軍! 私に続けっ!」
「「「「「はいっ! 姐さんっ!」」」」」
「ちょっと! 待ちなさいよっ!」
ビューティーはカエデの制止を振り切ると、味方兵を引き連れて施設入口へと突撃していく。
「て、敵襲だ!」
迫りくるビューティーたちを目にした門番の海兵たちが慌てた様子で戦闘態勢に入る。
対する女騎士。水平に右腕を伸ばすと、その手に薄紅色の光剣が出現。彼女は光剣を構えるとそれを大きく振り抜く。
「はあああああああっ!!」
「「「と、止まれ〜!!」」」
その剣身から繰り出された薄紅色の斬撃の威力は凄まじく。入口ゲートを破壊し、海兵たちを襲う。
「「「ぐはっ!」」」
海兵たちは絶叫を轟かせながら吹き飛ばされた。不思議なことに、倒れた海兵たちに目立った外傷はなさそうだ。その代わり――不気味な笑みを浮かべていた。
「や、やられたぜ……ウヘッ……ウヘヘヘヘヘ……」
そのまま意識を失う海兵たち。その様子を見届けたビューティーが味方兵たちと共に施設内部へと足を踏み入れた。
「も〜う! 目茶苦茶だよ!」
作戦を無視したビューティーの行動。カエデは怒りを滲ませつつも、彼女たちの後を追うのであった。
――王都各所でネビュラの王都奪還作戦が始まる中、王妃レナと第二王子ロルフの元にある情報が舞い込む。
「王妃殿下、ロルフ王子。至急お耳に入れたいことが……」
「一体何事ですか?」
「はい。実は――」
王妃派貴族から受けた情報にレナと王子の顔が強張る。
「――王都内にネビュラの分身が現れたですって!?」
「ええ。陛下とクラフト男爵の分身が複数体現れたそうです。そして関所前で火矢を受けた陛下ご一行ですが……遺体が何処にも見当たらないのです……」
ロルフは人差し指で眼鏡を掛け直しながら声を震わせる。
「そんな馬鹿な……確実に仕留めた筈なのに……逃げられたというのか……?!」
透かさずレナが貴族に指示を出す。
「作戦に影響が出ます! 見つけ出し直ちに排除しなさい!」
「ははっ! それと、王妃殿下……」
「まだ何か?」
続けて耳にした情報に王妃と王子の顔が青ざめる。
「それが……一部暴徒化した王都民たちが……王国軍によって殺害されました……」
「な、何ですって……? 民たちに危害を加えるなと……何度も伝えた筈ですよ?!」
王都民への攻撃――それはレナが最も禁じていた行動だ。
「どうやら王妃殿下のご命令が、下級の兵まで伝わっていなかったようでして……現在も王都外へ退避しようとする王都民に、兵士たちが危害を加えているとの情報も入っております……」
「そのような蛮行! 直ちにやめさせなさい!」
「ははっ!」
レナが怒鳴りながら命じると、貴族は慌てた様子で部屋を飛び出していった。
レナは頭を押さえながら落胆の息を漏らす。
「――マーク元帥にはあれ程口酸っぱくお伝えしたというのに……どうして約束が守れないのですか……!」
「母上。民たちの信頼を失墜させてしまったら……後々大きな影響が出ますぞ?」
「わかっていますっ!! ――マーク元帥を呼んでください。事情を説明していただきましょう……」
「はい……」
――どうやら、王妃の計略に陰りが見え始めたようだ。
つづく……




