第317話 王都奪還⑤【挿絵あり】
――王都クボウ邸。
屋敷の外を国王派の王国軍兵士や保安隊が警備する中、応接間にはネビュラ、エリック、そしてコウメの姿があった。彼らはソファーに腰掛けながら水晶玉が置かれたローテーブルを囲む。
程なくすると老年執事のクラークが三人の前に用意した茶を並べる。国王は婦人に促されると早速茶に口を付ける。
「――それで? その生配信はいつから行えるのだ?」
ネビュラの問い掛け。コウメは優雅に茶を味わいながら返答する。
「今、カエデちゃんとヨネシゲさんたちが、王都奪還作戦を実行中です。
まずは国王派貴族の救援と、人質になっている王国軍将校の家族の救出、そしてクーデターに参加している兵士や保安官を『魅了の煙霧玉』を使って味方に引き込みます。
流石に全員を味方に付けるのは無理だと思いますが、王妃派の王都完全制圧は難しくなることでしょう。
ある程度王都の奪還が進んだところで陛下の出番です」
コウメの言葉を聞き終えたネビュラがゆっくりと頷く。
「――王都の全官民、全貴族に演説を行う……であるな?」
「ええ。陛下の想いを官民と貴族に伝えていただき、信を問います。もしこれで官民と貴族の心を掴むことができなければ――陛下はそれまでの男だったということです……」
「………………」
コウメが突き付けた厳しい言葉にネビュラは顔を強張らせる。そんな父に代わりエリックが作戦が滞りなく進んだ場合の行動について尋ねる。
「クボウ夫人よ。仮に官民と貴族が我々に味方したとして、その先はどう動くつもりだ?」
「王子、ここからが肝心です。よく聞いてください。我々は陛下の演説が終了次第、王都北東部の『リアリティ砦』に向かいます」
「『リアリティ砦』?! あんな寂れた廃城なんかに向かって何をするつもりだ!?」
『リアリティ砦』――それは王都北東部の国境付近にひっそりと佇む、現在は使用されていない廃城だ。
突然出てきた『リアリティ砦』というワードにネビュラとエリックが目を丸くさせる。
そしてコウメが更に予想外の言葉を放つ。
「籠城です」
「「籠城?!」」
絶叫を轟かせるロバーツ親子にコウメが続ける。
「ええ、籠城して有志を集うのです。もし演説で多くの官民と貴族を味方に付けることができれば――寂れたリアリティ砦が鉄壁の要塞に早変わりすることでしょう。ドリム城の王妃殿下とロルフ王子にとって大きな圧力になる筈です」
ネビュラが額に汗を滲ませながら訊く。
「もし……官民と貴族たちを味方に付けることができなかったら?」
「おーほほっ! それは愚問というものですよ? リアリティ砦は王妃派に付いた官民と貴族に攻められ落城する事でしょう。恐らく陛下のお命も……」
夫人の言葉に王子が声を荒げる。
「駄目だ駄目だ! 父上を危険に晒す策など容認できん!」
一方のコウメは茶をひと啜りした後――
「――命が惜しいのであれば、今すぐ大人しく追放された方が宜しいでしょう」
「な、何だとっ?!」
「覚悟の無い王など……誰も付いていきませんよ?」
きっぱりと言い放つ夫人に王子は怒りを滲ませる。
「黙って聞いていれば、先程から生意気な口ばかり――」
「やめろエリック!」
「ち、父上……」
エリックを制したのはネビュラだった。
国王はコウメに真っ直ぐとした眼差しを向ける。
「覚悟はできている。民や役人、貴族が俺を受け入れなかった時は――大人しく投降し、レナとロルフにこの身を委ねよう」
そしてネビュラが夫人に頭を下げる。
「お前たちに責任は負わせない。この俺に力を貸してくれ」
一方のコウメは透かさず膝を折る。
「陛下、頭をお上げください。我々クボウは全力で陛下をお支えします。死地までお供いたしましょう」
「安心しろ、元より俺は死ぬつもりはない。此度の謀反に打ち勝ってみせる!」
「おーほほっ! それでこそ陛下でございます。勝利の暁にはカジノ爆破の件を帳消しにしてもらいましょうか?」
「クックックッ。それはまた別の話だ……」
見つめ合う二人の口角が上がる。
その直後、コウメが何故か悩ましい表情を見せる。
「あ、そうそう。一つ重大な問題が発生しておりましてね……」
「重大な問題だと?!」
問題発生とは穏やかではない。ネビュラが恐る恐る尋ねると、コウメが事情を説明する。
「ええ。陛下の演説を王都全域、また隣領に避難した民たちに放映するとなると膨大なエネルギーが必要でしてね。今その対応に追われているところなのです。最悪の場合、陛下の演説を王都全域に放映できないでしょう……」
「おいおい困るぞ。何とかしろ」
焦る国王。だが夫人に秘策あり。彼女はニヤリと笑みを見せる。
「でもご安心を。今スペシャルなコンビが助っ人を探しに街へ向かっておりますので……」
「「スペシャルなコンビ? 助っ人?」」
スペシャルなコンビと助っ人とは一体何なのか? ネビュラとエリックは互いに顔を見合わせながら首を傾げた。
――王都東部・郊外。
一人の中年男が相棒の想獣と共に王都外部へと脱出しようとしていた。
「急げ、テカポン! 王妃派の連中、俺たちを武力で押さえつけようとしている! お前も見ただろ!? 兵士たちに楯突いた市民たちが問答無用で連行されてく様子を!」
「テカテカっ!」
「王妃と第二王子は民第一を掲げているようだが、兵士たちを制御できない新たな君主に未来はねえ!」
「テカテカっ! テカテカポン!」
「お前にしては随分と怒りを露わにしてるな」
「テカっ!」
「ヨッシャ! 想獣マスターの頂きを目指す俺たちがこんな所で行動を制限される訳にはいかねえ! ひとまずフィーニスへ逃れるぞ! 守護神のお膝元なら安全だろう!」
「テカポンッ!」
そう言葉を交わしながら東部関所を目指す一人と一匹。しかし関所には多くの王都民が押し寄せており、関所通過には相当な時間を要する事だろう。
「ちっ! 埒が明かねえ……よしっ! テカポン! 回り道だっ! 塀を乗り越えて王都を抜けるぞ!」
「テッテカっ?!」
「大丈夫だって! 幸いにも王都の結界は破壊されている。関所を通らずしても、結界の影響を受けずに王都から抜け出せる筈だ!」
王都には強力な結界が張られている。それは外部からの悪意ある攻撃を防ぐだけではなく、関所以外の場所から想人が出入りできないようになっている。しかしその結界も魔王らの襲撃により破壊されてしまった。つまり今の王都は関所以外の場所から自由に出入りできるのだ。
「こっちだ! テカポン!」
「テッカー!」
一人と一匹は住宅街の路地裏を疾走。やがて彼らの前に見上げる程高い塀が見えてきた。
「よし! あの塀を乗り越えれば――」
中年男は空想術で脚にエネルギーを送り込み、飛翔しようとする。
――しかし、彼らの行く手を阻む者たちが現れた。
「――君たちが想獣使いの『マサル』と、その相棒想獣『テカポン』だな?」
「!? だ、誰だ、お前は?!」
想獣使い『マサル』と想獣『テカポン』の前に現れたのは――ドーナツ屋ボブと珍獣イエローラビット閣下だった。
ドーナツ屋が不敵に口角を上げる。
「悪いが、ちょいと俺たちに付いてきてもらうぞ」
「な、なんだとっ?! 俺たちはお前らの相手をしている場合じゃ――」
身構えるマサルとテカポン。対するドーナツ屋は一人と一匹に水晶玉を向ける。
「お、おい、お前! 何をするつもりだ?!」
「君たち二人ともゲットだぜ!」
「俺たちを捕まえるつもりか?! そうはいかねえ! ゆけっ! テカポン! あのスキンヘッド野郎に痺れる雷撃を食らわせてやれ!」
「テカポンっ!!」
戦闘態勢に入るマサルとテカポン。想獣使いの命令で、たぬき型想獣がドーナツ屋目掛けて突っ走っていく。
――だがしかし。ボブが握る水晶玉から放たれた光線が一人と一匹に命中。彼らの身体は水晶玉の中に吸い込まれてしまった。
「な、なんだ?! これは?! 出せよ! 出してくれ〜!」
「テ〜カ〜!」
水晶玉の中で小人と化したマサルとテカポンが暴れ回っている。ドーナツ屋と珍獣はそんな彼らを見つめながらニヤリと微笑んだ。
つづく……




