第315話 王都奪還③【挿絵あり】
クボウ邸の前で正座する集団は――王国軍の兵士たちだ。彼らの正面にはヨネシゲたちの姿があった。
王妃のクーデターが実行されたことにより、傘下の王国軍は王都内の制圧に乗り出す。そして王国派貴族の屋敷も制圧の対象となっており、このクボウ邸も例外ではなかった。
しかし、駆け付けたヨネシゲたちやグレースの活躍により、兵士たちはご覧の通り、地に膝を着ける結果となった。
その王国軍兵士たち――今は息を荒げて、不気味な笑みを浮かべながら、正面のグレースを見つめていた。彼女の『魅了の煙霧』により漏れなく全員洗脳されている模様だ。ただ一人、王国軍の少将だけが洗脳を免除され、ネビュラからの尋問を受けていた。
「貴様っ! 俺と弟の側近の屋敷を襲うとは、ただで済むと思うなよ?」
「も、申し訳ありません! ど、どうかお許しを!」
平謝りの少将は国王に許しを請う。一方のネビュラは呆れた様子で息を漏らす。
「覚悟もないのに、何故レナのクーデターに加担した? 仮にもお前は『国王派』と呼ばれる将校だった筈だが……やはりお前も腹の底では俺を憎んでいたということか……」
ネビュラの言葉を聞いた少将が顔を俯かせる。
「――陛下のことを憎んでいないと言ったら……嘘になるでしょう……」
「………………」
険しい表情を見せる国王に少将が続ける。
「陛下がゲネシスの領土を侵そうとする度に、我々は駆り出され、多くの仲間を失った。にも拘わらず得られるものは何一つ無かった。悪戯に隣国を蝕もうとする陛下のお考えに、少なくとも私は賛同できませんでした……」
「それがクーデターに加担した理由か?」
少将は首を横に振る。
「とはいえ、我々は陛下に仕える軍人です。陛下の剣となり、盾となり、陛下の為に戦うのが我々の役目。私はそれを承知で王国軍に留まり続けていました。もしそれが嫌なら、とっくに軍を去っております」
「要するに……レナに加担した理由が他にあると?」
ネビュラが尋ねると少将は悲痛に満ちた表情を見せる。
「人質を……取られているのです……」
「人質だと!?」
「はい……私の家族や親族が囚われています……いや、私だけではない……大半の将校が身内を人質に取られています。特に『国王派』と呼ばれる将校は……」
少将の言葉にネビュラの顔が青くなる。
「これも全てレナとロルフの仕業か?! 俺も人のことを言えないが……なんと卑怯な……」
「いえ……王妃殿下とロルフ王子ではありません……」
少将は否定。ネビュラが問い掛けると、ある人物の名前が彼の口から出てきた。
「マーク……元帥です……」
「何? マークが?」
「はい。二日前にマーク元帥主催の『将校たちとその家族を労う』と称したパーティーが行われました。私は何も疑うことなく家族と共にパーティーに参加したのですが……そこで家族はマーク元帥に拘束されてしまったのです……」
「何だとっ!?」
「『二日後にクーデターを決行する。家族を殺されたくなかったら、クーデターに加われ』と、脅されました……」
少将は絶望の表情で頭を押さえる。
「ああ……私は任務をしくじってしまった……マーク元帥に知られたら……家族たちが……!」
少将は両手を地に着けながら、子供のように泣き出す。その彼の肩にネビュラが手を添える。
「――案ずるな。お前たちの家族は俺が救ってやろう」
「へ、陛下……?」
顔を見上げる少将に国王が言う。
「妻や子供に罪はない。殺めるのは間違いだ。それに……元を辿れば此度のクーデターの原因を作ったのは俺だ。その責任はしっかりと取らせてもらう。だが、お前にも協力してもらうぞ?」
「は、はい! 家族を救うことができるなら、何でも協力します! 例えこの命が失われようとも!」
「よく言った。頼もしい限りだぞ――」
ネビュラが少将に訊く。
「それで? 家族はどこに連れて行かれた?」
「はい。メルヘン港にある海軍施設に監禁されています。目撃者や海軍関係者から聞いた情報なので間違いはないかと。ただ……警備が厳重で助け出そうにも……」
顔を青くさせる少将を横目に、ネビュラがある人物に尋ねる。
「おい女、そういう事だ。その能力で海軍施設を落とし、人質を救出してこい!」
「ウフフ、お安い御用ですよ」
その女とは、グレースのことだった。彼女は魅了の煙霧を腕に纏わせながら妖艶な笑みで応えた。
その最中、屋敷からある人物たちが出てきた。
「おーほほっ! ヨネシゲさん、ソフィアさん。お見事なお手並みだったわよ」
「「奥様!」」
クラフト夫妻の前に姿を現したのは、マロウータンの妻コウメとその使用人たちだった。夫妻は透かさずクボウ夫人の元へと駆け寄る。
「奥様、ご無事で何よりです!」
「本当、お怪我もなくて安心しました!」
「二人とも、心配してくれてありがと。ダーリンよりも先には死ねないからね――」
コウメはそう言いながら角刈りたちの背後へと視線を移す。そこには顰めっ面でこちらを睨むネビュラの姿があった。
「おーほほっ! ご無沙汰しております、陛下」
「くっ……俺はまだ許してはおらぬぞ? 俺の直営のカジノを爆破したことを……!」
「おーほほっ! あれは不可抗力というものですよ。それにあんなインチキカジノ、遅かれ早かれ潰れていたことでしょう」
「お、おのれ……言わせておけば……!」
睨み合う国王と夫人。
雲行きが怪しくなったところで角刈りが割って入る。
「ドンマイドンマイ! 積もる話もあると思いますが、今はこの状況を打開せねばなりません」
「むう……そうであるな……」
「おーほほっ! そうですね、ドンマイですよ? 陛下」
「ぬう……」
ネビュラはコウメの一言に怒りを滲ませつつも、ぐっと堪えながらヨネシゲの言葉に耳を傾ける。
「陛下。例の作戦、奥様にお伝えしますね」
「ああ。此奴の手を借りるのは不本意だが、仕方あるまい……」
不貞腐れた様子で頷く国王。角刈りもゆっくりと首を縦に振って応えると、例の作戦をコウメに伝える。
「奥様。このクーデターを鎮圧するために、お力をお借りしたいのです!」
「あら、私の力を? 申してみて」
「はい。先日私たちが西保安署前で改革戦士団と交戦した際に、ソフィアの映像を夜空に映し出しましたよね?」
「ええ。私自慢の生配信技術だけど……それが?」
コウメに尋ねられた角刈りは、真っ直ぐとした瞳で願い出る。
「――陛下の演説を王都全域に配信したいのです! 王都の夜空に陛下のお声とお姿を!」
角刈りの願いを聞き終えた婦人はニッコリと口角を上げた。
――場面変わり、ドリム城・玉座の間。
部屋に到着したドランカド、ルドラは、その酷い光景に絶句。
「ひ、酷すぎるぜ……」
「なんということだ……」
全身を斬り刻まれて血だらけ、或いは肌を焼かれ、炭のように黒焦げとなった兵士たちが倒れていた。恐らく大半の者が絶命していることだろう。
そして親子の視線の先には、床に倒れた血塗れの同輩を抱きかかえる、老将バンナイの姿があった。
「ダンカン! ダンカンよ! しっかりせい!」
バンナイに揺さぶられるダンカン。息はあるようだが、老将がいくら呼び掛けても反応はなく。
「目を覚ませ! ダンカンよ! こんな老いぼれより先に逝くなど絶対に許さんぞ!」
バンナイは目に涙を溜めながら意識を失う同輩に訴える。すると彼の傍らからもう一人の同輩のうめき声が漏れ出す。
「う……うう……」
「ア、アーロン?!」
苦悶の表情で蹲る中年はアーロンだった。
ボロボロの衣服を纏う彼の上半身は赤く焼きただれており、更には電紋が残っていた。恐らく空想術による電撃を受けたに違いない。
バンナイは抱えていたダンカンを一度床に寝かせると、すぐさまアーロンの元へ駆け寄る。
「ア、アーロン! 大丈夫かっ?! しっかりしろっ!」
老将が呼び掛けると、アーロンが苦痛の表情で答える。
「すまない……バンナイ……メテオ様を……守り切れなかった……」
「!!」
彼の言葉にバンナイの顔が一気に青ざめる。
「メ、メテオ様は……どうなってしまわれたのだ?!」
「王妃殿下に……連れて行かれた……うぐっ!」
「お、おい! 大丈夫かっ!?」
同輩を抱き寄せる老将。一方のアーロンはバンナイの手を力なく握りしめる。
「バンナイよ……元帥には……気を付けろ……」
「マ、マーク元帥のことか?!」
「ああ……忠告……したからな……」
アーロンが引き攣った表情で口角を上げる。
「メテオ様を……必ず……救って……く……れ――」
「ア、アーロンっ!!」
力尽きた同輩を号泣しながら抱き締める老将。
そこへルドラがゆっくりと歩み寄っていく。
「失礼……」
「シュ、シュリーヴ卿?! 何故ここに?!」
驚いた様子のバンナイ。ルドラは彼に抱かれるアーロンの首元に手を伸ばす。
「閣下、ご安心を。アーロン殿はまだ生きておられる」
「ほ、本当かっ!?」
絶命したかと思われたアーロンは、どうやら意識を失っただけのようだ。その事実を知ったバンナイは安堵した様子で全身を脱力させる。その彼にルドラが伝える。
「閣下、まだ安心はできません。メテオ様の救出には、閣下のお力が必要です!」
「わかっておる! 儂にできる事ならなんでもする!」
老将の言葉を聞いた頑固親父は力強く頷くと、早速仕事を依頼する。
「ひとまず、閣下には息がある者たちの救護をお願いしたい」
「あいわかった! だ、だが、儂一人では……!」
「そこで伝書想獣を飛ばし、外部の者に救援を依頼してください」
「救援だと? だが……誰に頼めば?」
「居るではありませんか? 今も尚、敵の手に落ちていないであろう、閣下が一番信用しているあのお方が……」
「あい……わかった……!」
ルドラの言葉を聞き終えたバンナイが力強く頷いた。
次にルドラは背後の息子へ視線を向ける。
「おい! よく聞け、バカ息子!」
「ちっ……何だよ? 頑固ジジイ!」
ルドラは、歯を剥き出しながら睨む真四角野郎に向き直ると、静かに言葉を口にする。
「俺は……これから外堀を埋めてくる」
「外堀を埋めるだぁ?」
「ああ。トウフカドと共に保安局本部をゴードンから奪還し、王国軍本部も制圧してくる」
「できるのかよ?」
「わからん! だが――やるしかなかろう!」
力強くガッツポーズを見せる父にドランカドが申し出る。
「そんじゃ、俺も行くぜ!」
「何?」
「俺も行って、老いぼれジジイのサポートをしてやるって言ってるんだよ!」
力強い言葉で訴える真四角野郎。ところが頑固親父は呆れた様子で両手を広げる。
「本当にお前はバカ息子だな。呆れて物も言えん……」
「な、何だと?!」
今にも父親の胸ぐらを掴もうとする勢いのドランカド。だが次のルドラの言葉で真四角野郎は冷静さを取り戻す。
「お前には他の仕事が残っているだろ?」
「他の仕事?」
「まだ気付かぬか?! お前にはノエル殿下の捜索が残っているだろうがっ!!」
「!!」
そう。トンデモ親子がこの玉座に辿り着いたのも、ノエルの行方を追ってのことだ。しかしメテオは王妃たちに拘束され最悪の展開。ルドラは状況打開のため王都奪還に乗り出そうとしていた。一方でノエルの捜索に関しては息子に全て委ねるつもりのようだ。
「――恐らく、大臣ネコソギアが何らかの情報を握っている筈だ。お前は大臣の部屋に忍び込んで情報を探ってこい。場合によっては手荒な真似をしても構わん!」
「マジで言ってんのか?」
「ああ。責任は俺が取る!」
父の言葉にドランカドはニヤリと口角を上げる。
「フン! 格好つけやがって……まあ安心しろって。老いぼれに重たい責任を背負わすほど、俺も落ちぶれちゃいねえからよ!」
「フン! 鼻垂れ小僧が偉そうに――」
ルドラは何処か嬉しそうに微笑むと、全身を金色に発光させる。その様子を見たドランカドの表情が強張る。
「マジかよ……親父……王都を滅ぼすつもりか?!」
突如ルドラの足元に出現した黒色の雲がその周りを旋回、頑固親父の下半身を覆う。一方の上半身は衣類を消失させて代わりに電流を纏うと、その筋肉質の肉体を曝け出す。彼の身体は次第に浮遊。ドランカドは、腕を組みながらこちらを見下ろす頑固親父を見上げた。その姿は、神話などに登場する魔人『ジン』そのものだった。
同じく、ルドラを見つめるバンナイが言葉を漏らす。
「――これが……王都保安局の長官にして、『暴風雨』の異名を持つ……シュリーヴ卿の空想術か……?!」
ルドラはニヤリと歯を見せながら息子に言う。
「王都を滅ぼすだと? 笑わせるな。俺はバカ息子と違って加減ができる男なのだ――」
「お、おい?! 待てよ、オヤジ!」
ドランカドの呼び掛けには応じず。ルドラは窓から飛び出し、王都の夜空に消えていった。
つづく……




