第312話 静寂切り裂く者たち 【挿絵あり】
「おい、戻ってくるぞ! 隠れろ!」
「お、おう!」
玉座の間へと続く長い廊下。
トンデモ親子が慌てた様子で近くの部屋に身を潜める。
程なくすると部屋の前をとある集団が通過。親子は僅かに開いた扉の隙間から集団を覗き見る。
「――王妃殿下とその貴族たちか。一体、玉座の間へ何の用だったのだ?」
集団の先頭にはトロイメライ王妃レナ。彼女の背後を王妃派の貴族や将校、兵士たちがぞろぞろと続く。
王妃たちは玉座の間に何らかの用があったみたいだが、兵士たちによる厳重な警備体制が敷かれていた為、親子はその様子を窺うことができなかった。
額から汗を流して集団を見つめるトンデモ親子。
一方、レナが背後の緑髪中年大臣にある事を尋ねる。
「ネコソギア。随分と良い飛び道具をお持ちなのですね?」
そう。その中年大臣はネコソギア。彼は壮大なアホ毛を一回転させながら得意げな表情で返答する。
「ええ。このような事態を想定して準備しておりました」
「流石ですね。お陰で連行が楽に行えます――」
意味深な会話を交わす王妃と大臣。
親子は、口角を上げながら闊歩する大臣ネコソギアの横顔を疑いの眼差しで睨む。
「相変わらず胡散臭い野郎だぜ」
「ロルフ王子の側近であるが、昔から何を考えているのかわからない男だ」
そもそも、ドランカドとルドラがこの場に居る理由――それはこのネコソギアを尾行していた為である。というのも行方不明になっているノエルの香りを彼から感じとったからだ。恐らく大臣は何らかの事情を知っている筈――現役保安官と元保安官の勘がそう訴えかけているのだ。
集団が通過すると、ドランカドが透かさずネコソギアの後を追おうとする。しかしその肩はルドラに掴まれてしまう。
「何するんだ?! 離せよ、オヤジ!」
「待て! 誰か来る!」
「え?」
父の言葉を聞いた真四角野郎の顔が強張る。再び扉の隙間から廊下の様子を窺っていると、レナ一行と入れ替わるようにして、ある男が慌てた様子で部屋の前を駆け抜けていく。
「あ、あれは……バンナイ様だ……!」
トンデモ親子の前を通過していく老年貴族――それは、王弟メテオの側近にして南都五大臣の一角『バンナイ・ディグニティ』だった。
「――ノエル殿下の捜索を急がねばならぬが、玉座の間の様子も気になる。ディグニティ閣下の後を追うぞ」
「ああ。ノエル殿下発見の手掛かりがあるかもしれねえからな」
ここで初めて意見が一致。
親子は互いに見つめ合い、力強く頷くと、部屋を飛び出しバンナイの後を追った。
――ドリム城・城門。
一台の金塗り馬車が護衛の騎士たちと共に到着する。その馬車を赤髪巻き毛の少女が出迎える。
「ロルフ王子、お帰りなさいませ」
「ボニー、起きていたのか……」
馬車から降りてきたのは第二王子ロルフ。その彼の元へボニーが不安げな表情で駆け寄っていく。
「――ロルフ王子、教えてください。今、この国で何が起きようとしているのですか?」
「………………」
恐る恐る尋ねるボニー。一方のロルフは人差し指で眼鏡を掛け直しながら視線を逸らす。
「只今、城内ではゲッソリオ閣下と王国軍大将が激戦を繰り広げております。王都の各所も王国軍や保安隊に制圧されたと聞き及んでおります。そして私の屋敷も領軍が包囲――」
そしてボニーが単刀直入に訊く。
「これは……王妃派によるクーデターなのでしょうか?」
するとロルフは彼女の両肩に手を添えると、落ち着いた口調で告白する。
「正直に言おう。落ち着いて聞いてほしい。これは――私と母上が計画した謀反だ」
「謀反……?」
言葉を失う赤髪令嬢に王子が静かに頷く。
「そうだ。私は、父ネビュラと兄エリックをトロイメライから追放し、この国の王となる!」
「ど、どうして……また……?」
「トロイメライのより良き未来の為だ。害悪な存在は……排除せねばならん……」
顔を青くさせるボニーに、ロルフが力強い眼差しで訴える。
「ボニーよ、君も覚悟を決めてほしい。この先、私に付いてくるとなると、間違いなく君の兄ウィリアムと対立することになる。下手をすれば――彼の命を奪わなければならない……」
「そ、そんな……」
「もし、君に兄と争う覚悟が無いのであれば……私の元から今すぐ離れろ。だが――」
ロルフは彼女の手を優しく握る。
「できれば、私をそばで支えてほしい――私の妃にならないか?」
「ロルフ王子……私は……」
困惑した様子で視線を落とすボニー。ロルフはそんな彼女を静かに見つめる。
――その時。
ある少年の声が城門前に響き渡る。その声は二人が聞き慣れたものだった。
「兄上!」
「ヒュバート!?」
「ヒュバート王子!?」
二人が視線を向けた先――そこには白馬に跨る金髪の華奢な少年、第三王子『ヒュバート・ジェフ・ロバーツ』の姿があった。
「兄上、お話しましょう。トロイメライの――未来について」
――王都最北部・国境付近。
王国軍の兵士たちが住宅街を巡回する。
この近辺の住民はゲネシスの進軍に伴い、王都外へと避難しており、辺りは静まり返っていた――そう、人など居ないはず。
「ふわ〜、眠いぜ。わざわざこんな所を巡回したって、何も起きやしねえよ」
「おい、気を抜くな。国王派が潜伏している可能性だってあるんだぞ?」
「大丈夫だって。国王派の屋敷は既に王国軍が包囲してるんだからよ」
言い合いする兵士たち。すると一人の兵士が突然足を止める。
「お、おい! 静かにしろ!」
「なんだぁ?!」
「何か……聞こえないか?」
「ん?」
耳を凝らす兵士たち。
静寂の住宅街――彼らの耳に、聞こえないはずの『ある音』が届いてきた。
「足音……か?」
「ああ。それも一人じゃない。十人、二十人……いや、もっと居る……!」
顔を強張らせる兵士たち。
やがて彼らの前にとある集団が出現する。
「お、おい! あれを見ろっ!」
「なっ?! あ、あれはっ!?」
動揺する兵士たちの視線の先――
「ヨネさん忍法・分身の術!」
「大星雲・幻影!」
兵士たちの前に現れた集団。
それは――数百名の『ヨネシゲ・クラフト』と『ネビュラ・ジェフ・ロバーツ』だった。
「オラオラ! 道を開けろっ! 陛下のお通りだ! 頭が高いっ! 控えおろう!」
「俺の進路を妨害する者は全員島流しにしてくれる!」
轟く中年たちの絶叫。
つづく……




