第311話 王弟VS王妃
ドリム城・玉座の間。
睨み合う二つの集団は――王弟メテオと王妃レナ、その臣下たちだ。
玉座に深く腰掛けるメテオは王妃を見下ろし、アーロンとダンカンが手勢と共に主君と玉座を守る。
対するレナは玉座の王弟を真っ直ぐと見つめ、兵士たちをじわりじわりと前進させる。
緊迫した状況。
メテオが額に汗を滲ませながらレナに尋ねる。
「――此度の謀反、いつから計画されていたのですか?」
王妃は口角を上げながら返答。
「ずっと前からですよ。あの人が……国王になって間もない頃からずっと――」
「約20年も……野心を抱き続けていたということですか……」
「野心とは人聞きが悪いですね。私はずっと我慢していたのです。陛下が敷いてきた暴政の数々を……メテオ殿下だってお心当たりがあるでしょう?」
「……っ!」
ネビュラが敷いてきた暴政の数々――メテオはその一つ一つを目の当たりにしてきた。しかし――止めることができなかった。
表情を曇らすメテオに王妃が謀反に踏み切った経緯を語る。
「――ですが、私の怒りも我慢の限界。先の戦――『南都の戦い』が決定打となりました。陛下は頑なに我が父タイガーを頼ろうとせず、徴兵令を発動しました。オジャウータン殿や屈強な南都兵を容易く討ち取ってしまう敵相手に、戦経験のない民たちを送り込んだとて結果は目に見えております。その場しのぎの愚策に民の尊い命が利用されてしまったのです」
「そ、それは……」
「もし、陛下に民を慈しむ心があれば、今回の愚策には至らなかったことでしょう――」
レナは声を震わせながら言葉を続ける。
「私は、幼い頃から『民は宝』だと父から教えられてきました。民あっての貴族や王族であると。
私は父の教え通りに民たちを慈しんでまいりました。ですが……あの人は違った。あの人にとって民は隣国を侵すための道具に過ぎなかったのです。
領土拡大の私利私欲を満たすため、民を戦に送り込み、高額の税を巻き上げていました。果たして……どれほどの血と涙が、民から流れたというのですか?
私は……民の生命と財産を蔑ろにしてきたネビュラが許せないのです!」
メテオはレナの言葉に理解を示しつつも、反論に転じる。
「確かに……兄上が過去に行ってきた事は決して許されるものではありません。義姉様が申される通り、此度の徴兵令は浅はかな判断だったことでしょう。ですが――その徴兵令によって私は命を救われた……」
メテオは思い返す。
自分たち南都勢を守るために、命を賭して戦ってくれたカルム男児や多くの民たちの勇姿を。
「結果論と言われてしまったらそれまでの話ですが、此度の徴兵令で失われた命がある一方、多くの命が救われたのもまた事実。何より民たちが自らの意思で、トロイメライのため、強大な脅威に立ち向かっていく姿に私は感銘を受けました。まさしく彼らは我々の宝です――」
そして王弟が自身の考えを王妃に伝える。
「私は南都の戦いを経て一つ考えを改めました」
「考えを改めた?」
「ええ。私も義姉様と同じで『民は王族の宝』だと思っております。全力で守らなければならない存在です。ですが――我々も民たちに守ってもらわねば生きてはいけない存在であります。そのことは此度の戦いで痛感させられた次第です。ですから……もしこのトロイメライに……再び未曾有の危機が訪れた際は――私は民の力を頼りたい!」
だが、メテオの言葉を聞いたレナが声を荒げる。
「まさかメテオ殿下! この先も徴兵令という愚策を行使されるお考えなのですか!?」
一方の王弟は落ち着いた口調で投げかけるようにして言う。
「勿論、闇雲に徴兵令を行使するわけではありません。ですが……未曾有の危機を乗り越えるため、王族と民が手を取り合うことは……いけないことなのでしょうか?」
「……っ!」
「私は大切な民を一人でも多く守りたい。そのためには民との協力が必要不可欠。お互いに手を取り合うことができなければ、守れるものも守りきれない……」
メテオが訴える。
「民第一を掲げる義姉様にお聞きしたい。何故、このタイミングで謀反なのですか?
南都の戦いが決定打と申されましたが、民たちの活躍で乗り切ったあの戦いの何が気に入らないのです?
民たちは兄上――いえ、我々王族の意向に応えてくれました。私はそんな民たちに心から敬意を表しています。ですから私は……民たちが命を賭して戦った聖戦を、謀反の口実にする義姉様が許せません!
民たちは平穏を掴み取るために命懸けで戦ったのです。それなのに義姉様はトロイメライをさらなる混乱に陥れようとしている!
民たちはこれ以上王国が揺らぐことを望んでいない!」
透かさず王妃が反論。
「殿下の方こそ何もわかっていませんね。民たちが真に望んでいることは暴君の玉座転落。あの男が王国の頂点に君臨する限り、平穏など訪れません!」
「そのことは……兄上は痛いほど理解されている。ですからここ最近の兄上は過去の過ちを反省して、驚くほどの改心ぶりを見せているではありませんか!
義姉様もその光景を目の当たりにしている筈だ。なのに……何故今? 水を差すような真似をされる?!
本当に民のことを思っているのであれば、即刻謀反を中断すべきだ! でなければ王族は更に弱体化――トロイメライは破滅を迎えることになりますぞ?!」
睨み合う両者。
その様子を双方の臣下たちが固唾を呑みながら見守る。
するとレナが静かに口を開く。
「残念ながら……もう後戻りはできません」
「何故です!?」
半ば諦めに近いような王妃のセリフ。メテオが理由を尋ねると彼女の口から耳を疑うような言葉が出てきた。
「――此度の謀反は……ゲネシス帝国とイタプレス王国の協力の元、実行しているからです」
「ゲネシスとイタプレスが? そ、それは……どういうことなのですか!? 説明してください!」
レナが企てた謀反に隣国が関わっているとはどういうことだろうか? メテオが問い詰めると王妃が不敵に口角を上げる。
「まだお気付きになりませんか? 此度の和平交渉が私たちが演じている猿芝居であることを……」
「ま、まさか……!」
王弟は全てを察した様子。
レナが今回の『ネビュラ追放作戦』の全容を語り始める。
今回の作戦がトロイメライ、ゲネシス、イタプレスの三カ国で極秘に計画されていたこと――
ゲネシスの進軍、トロイメライに対する和平交渉の要求が全てレナの描いたシナリオであること――
そして和平交渉はネビュラを誘き寄せる為の罠であったこと――
その他に両国間で政略結婚が計画されていたこと――
事実を知ったメテオの顔が青ざめる。
「――他国を巻き込むとは……貴女は……なんと恐ろしいことを……」
「ゲネシスもイタプレスも、ネビュラの追放を望んでいたということですよ」
レナは悪びれた様子もなく淡々と語る。
「暴君は追放され、長年対立が続いていたゲネシスとは和平を結びます。更にはトロイメライとゲネシスの間で政略結婚が行われ、両国の関係は親密なものになることでしょう。良いこと尽くめではありませんか? まあ、ノエルに関しては行方不明となっておりますので、直ぐに見つけ出して皇帝陛下の元へお届けせねばなりませんが……」
王妃は両腕を広げると自信に満ちた笑みをメテオに向ける。
「殿下が思われているような結末を迎えることなんてありませんよ? 王国の混乱は新王ロルフが鎮めます。あの子は優秀です。何しろ私が手塩にかけ育て上げた――」
「無理だな」
「なんですって?」
否定。
メテオは王妃の言葉を遮る。一方のレナは瞳を大きく見開くと無の表情で王弟を見つめる。
「確かにロルフは申し分のないほど優秀な男です。だが……それが王となれば話が違う。正直、今のロルフはこのトロイメライの頂点に立つほどの器ではない」
愛息子を否定されたレナの表情に怒りが宿り始める。だが王弟は批判を続ける。
「義姉様、貴女もそうですよ! 身内や臣下を道具のように扱う貴女に誰が付いていくというのですか!? 『民第一』を掲げる前に、目の前の者たちを大切にしなされ!」
レナは血走った瞳で怒声。
「殿下、貴方の目はお飾りですか!? 目の前をご覧なさい! 私たちにはこれだけ多くの臣下がおります! 彼らが私たちの手と足となり、新たなトロイメライを築き上げることでしょう!」
王弟は冷たい眼差しで疑問を投げ掛ける。
「果たして……その中に真の忠誠を誓う臣下が何人いるでしょうか?」
「なっ!?」
「所詮、我が兄を見限り、対抗心を剥き出しにする寄せ集めの連中に過ぎません。彼らが望むのは我が兄の玉座転落であって、貴女たちが築き上げる新王政に興味はないでしょう」
「言わせておけば……!」
すると突然、メテオが玉座から立ち上がり、王妃派貴族たちに訴える。
「おい聞け! 王妃派の貴族たちよ! お前たちが、我が兄から酷い仕打ちを受けてきたことは理解している。だからと言って、王妃殿下に付いていっても同じことだ。彼女も臣下を駒のように扱う酷いお方である。以前の兄上と何ら変わりない。お前たちもいずれノエルやウィンターのように政治の道具として扱われることだろう!」
王妃派貴族たちから沸き起こるどよめき――王弟が諭すように言葉を続ける。
「少なくとも……今の兄がお前たちを無下にすることはない。この私が約束しよう。どうか……考えを改めてほしい。さすれば、お前たちの身の安全は私が保証しよう!」
互いに顔を見つめ合う王妃派貴族。直後、レナの怒号が玉座の間に轟く。
「そのような綺麗事に惑わされてはなりません! 所詮、殿下は暴君の弟! 信用するに足りません! 思い出すのです! ネビュラから受けた屈辱の数々を!」
王妃は上段のメテオを指差す。
「さあ皆さん! メテオを捕らえるのです!」
レナの言葉を合図に王妃側の兵士たちが一斉に戦闘態勢に入る。
「させるかっ!」
「メテオ様をお守りするのだっ!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
対する王弟側。
南都五大臣アーロンとダンカンが勇ましい声を上げると、その手勢たちの雄叫びが轟いた。
「――下がれ。俺に任せろ」
「マ、マーク元帥!?」
王妃側の兵士たちを手で制止する、金髪ツーブロックの中年男。
ほうれい線がハッキリとした強面には金縁のサングラス。金の肩章と数々の勲章が付けられた濃緑の軍服と外套を身に纏う、二メートルはあろう長身のマッスルは――トロイメライ王国軍・元帥『マーク・キャニオン』だった。
マークは迫りくるアーロン、ダンカン、王弟側の兵士たちに向かってゆっくりと歩みを進める。
「フン。南都の死に損ない共が、王都でデカいツラしてるんじゃねえよ……」
やがて、アーロンとダンカンが剣を振り上げて元帥に襲い掛かる。
「マーク元帥! 覚悟っ!」
「メテオ様に楯突くものは何人たりとも許さんわい!」
「雑魚が――」
次の瞬間、アーロンとダンカンは己の瞳を疑う。
何故ならマークは二人が振り下ろした剣を両方の素手で受け止めているのだから。
「「なっ!?」」
「いい加減気付けよ。ネビュラの時代は終わったんだ――」
刹那。
マークの身体から放たれた赤色の稲妻がアーロンとダンカンの身体を斬り刻む。
「「ぐはっ!?」」
全身から血液を噴き出す二人は絶叫の表情を見せながらその場に倒れる。
「アーロンっ! ダンカンっ!」
メテオの悲痛な叫び声が玉座の間に響き渡った。
つづく……




