第310話 役目
――トロイメライ王都・国境関所。
物見台からイタプレス王国側の地上を見下ろすトロイメライ兵たち。彼らは真っ赤に燃え盛る馬車を瞳に映しながら言葉を交わす。
「――今頃、陛下たちは灰だろうな……」
「ああ……これでトロイメライの歴史が大きく変わる。新しい夜明けがやって来ることだろう……」
「なあ……これで……本当に良かったんだよな?」
「それは……わからん……少なくとも暴君と呼ばれていた男を排除したのだ。トロイメライは良くなる……筈だ……」
顔を俯かせる兵士たち。
その時、別の兵士が燃え盛る炎を指さしながら大声を轟かせる。
「お、おい! あれを見ろっ!」
「あ、あれはっ!?」
兵士たちが見たもの。それは先程まで燃えていた国王の馬車が――キラキラとした虹色の煙霧へ形を変えて、次第に消滅していく様子だった。
――イタプレス王都郊外・国境。
周囲は人気がなく閑散。見上げる程高い塀が国境に沿って聳え立つ。この塀の先には隣国トロイメライ王国の王都が広がっている。
両国の王都が隣り合っているなど世界的に見ても珍しい光景だ。これは長年両国の関係が非常に良好であることを物語っている。
そして、国境の塀の前にとある集団の姿が――
「フッハッハッハッ! どうだ?! 俺の『大星雲・幻影』の力は!?」
「父上、流石でございますな! 見事ロルフたちの目を欺くことができました!」
誇らしげな様子のネビュラをエリックが褒め称える。その様子を遠目からヨネシゲ、ソフィア、ノアが見つめる。
「――ノアさん。陛下ってあんな凄い空想術を使えたんですね」
「俺も驚きましたよ。まさかあの陛下に救われるとは――」
国境関所前で兵士たちから火炎の矢を放たれたネビュラ一行。応戦しようとヨネシゲとノアが戦闘態勢に入ったが、それよりも先に一行を救ったのはネビュラの空想術だった。
国王は咄嗟に『大星雲・幻影』を発動。その刹那、ネビュラ一行の身体は、突如発生した虹色煙霧に飲み込まれて夜空へ浮上。と同時に、一行と入れ替えるようにして、煙霧で作り出した彼らの幻影を地上に出現させた。その結果、見事兵士たちの目を欺くことに成功したのだ。
角刈りはネビュラの活躍を称える。
「――やればできるじゃんか。見直したぜ」
「ちょっとあなた、失礼ですよ……」
ヨネさん、上から目線の発言。透かさずソフィアが注意するも、彼の声は漏れなく国王に届いていたようだ。
「随分と偉そうではないか、ヨネシゲ・クラフトよ」
「こ、これは……し、失礼しました!」
慌てた様子で頭を下げるヨネシゲ。ネビュラはニヤリと口角を上げながら角刈りの元へ歩みを進める。
「仮にも俺はトロイメライのトップだぞ? 幼い頃から英才教育を受けてきたのだ。人並み以上の空想術は扱える――」
得意げな表情を見せるネビュラ。そんな父にエリックが尋ねる。
「父上、これから如何いたしましょう?」
息子の質問に国王の顔が一気に険しくなる。
「――このまま黙って追放されるほど俺は大人しくない。ロルフとレナをとっ捕まえてやる! それに……ノエルを見つけ出さねばな――」
ネビュラは聳え立つ国境の壁を見上げる。
「幸いにも王都を覆う結界はオズウェルによって破壊されたままだ。関所など通過せずとも、この塀を乗り越えれば容易く王都に入ることができる……」
「しかし父上。既に王都はロルフと母上の手の内でしょう。そんな所に飛び込んでしまったら――格好の餌食ですよ?」
「わかっている! わかっているが……」
ネビュラは悔しそうに歯を食いしばる。
謀反を企てたロルフとレナ。当然彼らは王都を手中に収めている筈だ。敵陣と化した王都にネビュラが足を踏み入れたら――結果は目に見えている。
途方に暮れる国王だったが――直後、角刈りの力強い声が響き渡る。
「陛下!」
「なんだヨネシゲ?」
「私に一つ考えがあります!」
「考えだと?」
考えとは何か?
一同、ヨネシゲの言葉に耳を傾けた。
――王都特別警備隊基地・作戦室。
険しい表情を見せるヒュバートとシオンは、マロウータンから王妃たちの謀反について報告を受けていた。
「――トウフカド卿の話では、既に王都の各機関は王妃派貴族の手に落ちている模様です。更には王妃派貴族の重鎮たちが城内の王妃殿下私邸に集結――恐ろしいことが起きようとしてますぞ!」
「母上と兄上は正気なのか……?」
顔を青くさせるヒュバートに白塗りが険しい表情で言葉を続ける。
「ここ最近、ロルフ王子は頻繁に王妃殿下の私邸を出入りしておりました。恐らく綿密に計画を練られていたのではないかと……」
「和平交渉のため出国した父上をそのまま追放、ウィンターたちが出払った手薄の王都を一気に制圧……これが母上と兄上の策だというのか……」
衝撃的な事実だ。
動揺を隠しきれない王子の隣、シオンが声を荒げながら父に尋ねる。
「そんな、あんまりですわ! お父様、なんとかならないのでしょうか!?」
マロウータンはゆっくりと首を横に振る。
「既に国境関所も封鎖されている筈じゃ。陛下たちの足止めは避けられんじゃろう。かと言って関所を無理に奪還しようものなら――」
ヒュバートが額に汗を滲ませながら声を震わせる。
「激しい戦いになるだろう。下手をすれば――王都は火の海だ……」
俯く三人。
だが、まだ希望はある。
白塗りは顔を上げると力強い声で二人に伝える。
「――ドリム城にはメテオ様がいらっしゃる。きっとメテオ様が玉座を守ってくださる筈じゃ! こうしてはいられぬ!」
突然、作戦室を飛び出そうとするマロウータン。透かさずシオンが呼び止める。
「お父様、どちらに!?」
「決まっておろう。メテオ様の元じゃ! 既にバンナイも城へ向かっておる。儂もメテオ様をおそばでお支えせねばならぬ!」
メテオに忠誠を誓うマロウータン。
その主君が強大な脅威に立ち向かおうとするならば、隣で支えるのが臣下の役目。白塗りは居ても立っても居られなかった。
――その白塗りを王子が制止する。
「――閣下、待ってほしい」
「ヒュバート王子?」
マロウータンの視線の先には――真剣な眼差しをこちらに向けるヒュバートの姿があった。
王子が静かに口を開く。
「僕が行くよ」
「「!!」」
ヒュバートの言葉に驚きの表情を見せる父娘。一方の王子は思いを語る。
「母上と兄上を止めるのは肉親である僕の役目だ。二人を説得できるのは叔父上の他に僕しかいない。僕は……父上と母上の問題からずっと目を背けてきた。だけど……向き合わなければならない時がきたんだ――」
王子は力強く拳を握りしめる。
「この問題は――僕が必ず解決してみせる。家族の一員として……!」
「「ヒュバート王子……」」
決意を言い終えた王子を静かに見つめる父娘。
そしてヒュバートはマロウータンに代役を依頼。
「――閣下、頼みがある。閣下には僕の代役――王都特別警備隊総司令官の代務を行ってほしい。そして万が一に備えて民たちを全員王都外に退避させてほしいんだ。お願いできるかな?」
白塗りは力強く首を縦に振る、
「承知仕りました! このマロウータン・クボウ、ヒュバート王子に代わって王都特別警備隊総司令官の役目を果たして見せましょう!」
「宜しく頼むよ」
マロウータンの返事を聞いたヒュバートの口元が緩んだ。
直後、シオンの勇ましい声が作戦室に轟く。
「ヒュバート王子、私もご一緒させていただきます!」
「シオン嬢?!」
シオンの台詞を聞いた王子の声が裏返る。一方の令嬢は誇らしげな表情で言葉を続ける。
「例え火の中、水の中。生涯の伴侶として、私はヒュバート王子をお支え――」
「ダメだよ、シオン嬢。君は父君とここで待っていてほしい」
「な、何故ですの?!」
シオンの同行を拒否するヒュバート。透かさず理由を尋ねる彼女に王子が答える。
「君を危険に晒すわけにはいかない……」
だが令嬢は諦めない。
「ご心配には及びませんわ! こう見えても私は数々の修羅場を潜り抜けてきた女子です。その経験はきっとヒュバート王子のお役に――」
「ダメだ! 君が居たらリスクが上がる!」
「!!」
シオンの言葉を強い口調で遮るヒュバート。令嬢は呆気に取られた様子だったが、直後王子が優しい声を掛ける。
「ごめん……言い方が悪かったね――」
するとヒュバートはシオンの身体を抱き寄せた。
「ヒュ、ヒュバート王子……」
「君は間違いなく僕の強みだ。君が隣に居るだけで勇気が湧いてくる……」
「で、でしたら……!」
「だけど……同時に僕の弱みでもある。もし……その弱みを母上と兄上に握られてしまったら――僕は勝てる気がしない……」
ヒュバートはシオンから身体を離す。その代わり彼女の瞳を真っ直ぐと見つめる。
「シオン嬢。僕を……僕を信じてくれないか? 必ず母上と兄上の愚行を止めて、君の元へ帰ってくる!」
シオンは頬を赤くしながらゆっくりと頷く。
「はい……ヒュバート王子を信じましょう。必ず帰ってくると約束してください」
「約束するよ――」
二人はお互いの小指を絡める。
そしてシオンがニヤリと口角を上げる。
「もし約束を破るようでしたら――私、全力で王子を助けに行きますからね!」
ヒュバートも嬉しそうに笑いを漏らす。
「フフッ、君らしいや。でも、約束は必ず守るよ」
「はい……信じていますわ……」
見つめ合う男女。
ヒュバートは頷いて応えると白塗りに視線を移す。
「では閣下、あとは頼んだよ」
「お任せくだされ!」
王子は親子に微笑みを見せたあと作戦室を後にした。その後ろ姿を令嬢が見つめる。
「ヒュバート王子……どうかご無事で……!」
シオンは両手を組みながらヒュバートの無事を祈った。
つづく……




