第304話 不調和
プレッシャー城から遠ざかっていく一行。
孔雀をあしらった紋章が刻まれた、白銀の鎧兜を身に纏う集団は――トロイメライ王室直属『王室騎士団』である。その中でも彼らは『第三騎士団』と呼ばれており、第二王子の護衛が主な任務となっている。
そして――第三騎士団が護衛する金色馬車の中にはその人の姿があった。
銀縁眼鏡を掛けた、金髪ポニーテールの知的な印象の青年は――トロイメライ王国第二王子『ロルフ・ジェフ・ロバーツ』だ。
彼は疲れた様子で椅子にもたれ掛かりながら大きく息を漏らすと、憶測を巡らす。
(――不味いことになったぞ。ノエルの一件で皇帝陛下があそこまで怒りを露わにするとは予想外だった。それにしても――ノエルがこのタイミングで行方不明になるとは怪しすぎる。恐らく彼女は何者かによって監禁されているのだろう。しかし一体誰が? 我々王妃派の中に裏切り者が居ると言うのか?!)
ロルフは右手で額を押さえる。
「――この件は後回しだ。今は王都を制圧し、実権を握る方が優先……」
王子は人差し指で眼鏡を掛け直すと、車窓の遠くに見える王都のネオンを見つめる。
「――間もなく私が……トロイメライの王に……!」
ロルフは緊張の面持ちで拳を力強く握りしめた。
――同じ頃、プレッシャー城。
ゲネシス皇妹が使用している客間の扉前には皇弟ケニー、モールス少将、キース大佐、ゲネシスの騎士たちの姿があった。
彼らは、この部屋でエスタから治癒を受けているウィンターの身柄を拘束するよう、オズウェルから命じられていた。
ケニーが扉の向こうに居るであろう姉に声を掛ける。
「姉様、ケニーです!」
彼が呼び掛けるも姉からの反応は無く――
「姉様! 入りますよ!」
皇弟たちはエスタの返事を待たずに部屋の中へと雪崩込む。
部屋の中は明かりが灯されておらず。モールスに指示された騎士が照明のスイッチを入れる。
鮮明になった室内をケニーたちが見渡すが――もぬけの殻のようだ。
「調べろ」
「「「「「はっ!」」」」」
皇弟に命じられたモールスたちが部屋の中を調査。その様子を見つめながらケニーが額に汗を滲ませる。
(――まさか守護神の野郎、勘付きやがったか!? いや……だとしても首輪を装着された状態で姉様の束縛から逃れることは不可能だろう。そもそも姉様はどこに行った?)
するとモールスが何かを発見したようだ。
「ケニー様! テーブルの上にこのような置き手紙が!」
「置き手紙だと!?」
ケニーはモールスの元に駆け寄り、置き手紙を受け取ると、確かに姉の字で書かれたそれに視線を落とす。
「――な、なんだと?! 姉様は一体何を考えている?!」
「ケ、ケニー様……置き手紙には一体何と……?」
困惑を隠しきれない皇弟。青髪ゴリラが尋ねるとケニーは背を向けながら答える。
「姉様に連れ出された」
「え?」
「俺は兄様に報告してくる。お前たちは姉様とウィンターの足取りを探れ!」
「はっ!」
ケニーは臣下にそう命じると部屋を後にした。
――イタプレス王都の上空を二体の魔人が飛行する。
一体は女夢魔の姿をした銀髪三つ編みお下げ――ゲネシス皇妹エスタだ。彼女が両腕で抱えているのは、今尚眠り続ける銀髪の少年――ウィンターである。
そして女夢魔エスタの隣。頭部から無数の『蛇』を蠢かす女の魔人――メデューサが居た。その正体は、エスタ専属の使用人「テレサ」だ。
エスタが愉快そうに言葉を漏らす。
「――ウフフ、今頃お兄様たちは血相を変えていることでしょうね。私のフィアンセに手を出そうとした報いです」
一方のテレサは険しい表情のまま皇妹に尋ねる。
「エスタ様。これからどちらに向かわれるのですか?」
「そうですね。ひとまずイタプレス南部の山中に身を潜めましょう。あの辺りは山小屋が多いですからね。そしてこの子がある程度回復したら、嫁ぎ先へ向かいます」
エスタの言葉にテレサは驚いた表情を見せる。
「フィーニスへ!? し、しかし……ウィンター様がそれをお許しになるでしょうか?」
皇妹がニヤリと微笑む。
「安心なさい。この子に拒否権はありません。私に服従を誓っておりますから――」
二体の魔人は飛行速度を上げると夜空に姿を消した。
――プレッシャー城の一室。
ゲネシス皇帝オズウェルは、弟ケニーから受け取った妹の置き手紙を読みながら身体を震わせる。
「――エスタよ……一体何を考えている……俺の許可無しに勝手な真似は許さんぞ!」
兄が読み終えた置き手紙をケニーが再び読み返す。
「『私は予定通りウィンター殿の元に嫁ぎます。両国の橋渡し役としての責務は果たしますゆえ、今は邪魔をなさらずに……』か。相変わらず強引だな、姉様は……」
呆れるケニーを横目に、オズウェルがソファーから立ち上がる。透かさず皇弟が問い掛ける。
「兄様、どちらに?」
「不快だ。帝都へ帰る」
「え?」
突然オズウェルの口から出た『帰る』というワードにケニーは困惑しながら訊く。
「き、帰国ですか?! 宜しいのですか? 姉様を連れ戻さなくて?」
「フン! 好きにさせろ。その代わり、何かあっても助けてやらんからな!」
「そうですか。ですが、ロルフにデカいツラをさせたまま帰国するっていうのも――結局美味しい思いをしているのは奴らだけですよ?」
不満を漏らす弟にオズウェルが言う。
「弟よ、安心しろ。帰国前に一矢報いてやる」
オズウェルはケニーにそう告げると、マントを翻して部屋を後にした。
つづく……




