第300話 重圧のプレッシャー城
ヨネシゲたちはイタプレス王の居城『プレッシャー城』の城門前に到着する。
現在この城を含むイタプレス王国はゲネシス帝国軍に占領されている――が、それは表向きのこと。ゲネシスによるイタプレス侵攻がトロイメライ王妃レナが主導する猿芝居だとは――ヨネシゲたちは知る由もなかった。
その城門を固く守るゲネシス兵たちだったが、角刈りの姿を見た途端、恐れをなした様子で一歩、二歩と後退する。
「うわっ?! ヨ、ヨネシゲ・クラフトだっ!」
「あんな角刈りの中年オヤジが、モールス少将とキース大佐を退けるとは信じられん!」
「神格想素の力を借りて怒神オーガに化けたらしいぞ? 只者じゃねえ……」
既に闘技場内の出来事はゲネシス軍内に知れ渡っている様子だ。ヨネシゲは身構えるゲネシス兵たちを見つめながら不敵に口角を上げる。
(――どうやらこの俺に怖気づいているようだな。ヨッシャ! 少し脅かしてやるか)
どうやらヨネさんの悪戯心が擽られたようだ。
角刈りは突然四股を踏むと、両腕を大きく広げて絶叫を轟かせる。
「ガアアアアアアオッ!」
「「「「「ヒイィィィっ!!」」」」」
鬼の形相で威嚇のポーズを見せるヨネシゲに、ゲネシス兵は腰を抜かしたり、城内へ逃げ込んだりしていた。その様子を見つめながらノアは苦笑。ソフィアは恥ずかしそうに額を押さえながら夫を注意する。
「あなた……恥ずかしいからやめてください。下手をしたら争いの火種になりかねないよ?」
「ガッハッハッ! ドンマイドンマイ。挨拶代わりのつもりだったが、ちょっと調子に乗っちまったな」
「もう……あなたは……」
ヨネシゲは頭を掻きながら高笑い。ソフィアは呆れた様子でため息を漏らした。するとノアが城門を見つめながら角刈りに声を掛ける。
「ヨネシゲ殿、あちらをご覧ください」
「ん? あれは……?」
ヨネシゲが城門へ視線を移すと、城内からイタプレス兵に護衛される小太り中年男の姿が目に飛び込む。その服装や装飾品、恰幅を見て角刈りはすぐに察しがついたようだ。
「ノアさん、あの佇まいを見る限り、あの方はイタプレスの貴族でしょうか?」
ノアが頷く。
「ええ。あのお方はイタプレス王国の大臣『ぺッタンコラス』閣下です」
そう。中年男の正体はイタプレス王国大臣『ぺッタンコラス』だった。
穏やかな表情を見せるペッタンコラスは、ヨネシゲたちの元まで歩み寄る。
「おお、待っておったぞ。トロイメライの戦士たちよ。話は我が主君から聞いている。色々と大変だったな……」
「初めまして! 私はトロイメライの男爵、ヨネシゲ・クラフトと言います! 貴方様はもしかして……?」
角刈りに訊かれるとペッタンコラスはハッとした様子で名乗り始める。
「おっと、申し遅れた。私はイタプレス王国大臣『ペッタンコラス』と申します。以後お見知りおきを」
続けてソフィアとノアが挨拶。
ペッタンコラスがヨネシゲたちの来城を歓迎する。
「ようこそプレッシャー城へ!――と言いたいところだが、今はこの様な状況。盛大にお出迎えできずに申し訳ない。ですが貴殿たちのご来城、心より歓迎しますぞ」
ニコニコと笑みを見せる大臣にヨネシゲは神妙な面持ちで言葉を返す。
「大変な状況の中、お出迎えいただき感謝いたします。その……心中お察しします」
自国を他国に占領されているのだ。ペッタンコラスも大臣として非常に厳しい立場に立たされているに違いない。だが彼は笑顔を浮かべながら自分たちを出迎えてくれる――ヨネシゲたちは頭が上がらなかった。その彼らをイタプレス大臣が気遣う。
「ヨネシゲ殿。ソフィア殿もノア殿もそう暗い顔をされるな」
「しかし……」
「確かに今この国はゲネシスの手中にあるが、酷いことは何一つされていない。それに此度の和平が締結された暁には、ゲネシス皇帝陛下は大人しく兵を引くと申されておられる。少し我慢をすれば直ぐに平穏が訪れることだろう――」
ペッタンコラスはそう言い終えると、角刈りたちを城内へと招き入れる。
「――さあ、城内へ入られよ。早速貴殿たちにはトロイメライ国王陛下の護衛に加わってほしい。我々だけでは心もとない……」
悩ましい表情を見せる大臣にノアが言う。
「ペッタンコラス閣下、ご安心ください! 既に我が主ウィンターが陛下の護衛に当たっています。例え不足の事態が起きても――」
「それが……ノア殿……」
「どうかされましたか?」
ペッタンコラスはノアの言葉を遮り、険しい表情で顔を俯かせると、重たい口を開く。
「実は……ウィンター殿が……高熱を出して倒れられてしまったのです」
「何ですって!?」
一同の顔が強張った。
――プレッシャー城に入ったヨネシゲたちは、ペッタンコラスの案内で長い廊下を移動。その最中、ウィンターの状況について説明を受ける。
どうやら彼はエスタから看病を受けているようだが、詳しい容態はまだ把握できていないとのこと。
ノアがウィンターとの面会を申し出るも『ウィンター殿はエスタ殿下の部屋で看病を受けている。面会にはエスタ殿下の許可が必要だ』とのことで却下された。
そうこうしているうちに角刈りたちは、今まさに和平交渉が行われている議場前に到着。大臣は小声でヨネシゲたちに伝える。
「――貴殿たちには議場入口の警備をお任せしたい。既に和平交渉が始まっているので私語は厳禁。お静かにお願いしますぞ」
「「「お任せください」」」
ヨネシゲたちは小さな声で返事。ペッタンコラスはゆっくりと頷くとその場を後にした。
大臣の姿が見えなくなると夫婦は小声で言葉を交わす。
「ソフィア。今俺たちの背後で行われているのはトロイメライの明暗を分ける大事な交渉だ。何も起きないことを祈るが、無事に交渉を終えるためにも、俺たちの手でこの扉を守りきらないとな」
「ええ。もしもの時は『女神』に変身して死守するわ」
「おいおい。死なれたら困るぞ?」
「フフッ……わかっていますよ」
「ヨッシャ。くれぐれも気は抜くなよ」
互いに力強く夫婦。
その様子を微笑ましそうに見つめるノアは――ウィンターの身に起きた不運で頭がいっぱいだった。
(もし旦那様に……万が一のことがあったら……俺は……)
主君を想いながら、押し潰されそうな不安と格闘する。
――時は少しだけ遡る。
ヨネシゲたちがプレッシャー城に足を踏み入れる少し前のことだ。
間もなく和平交渉が行われる議場の長テーブル席にはトロイメライ王族――国王ネビュラ、第一王子エリック、第二王子ロルフが着座。その向かい側、ゲネシス皇族の席には誰も座っておらず。そして長テーブルの端、両者を見守るようにして鎮座する青年はイタプレス国王ケンジーだ。
静まり返った議場の中、ネビュラは苛立ちを隠しきれない様子で足を揺する。
(ぬう……遅い! いつまで待たすつもりだ? トロイメライも舐められたものだな!)
その隣では第一王子エリックが父に倣い、ブツブツと文句を垂れ流す。一方、この猿芝居のストーリーを知る第二王子ロルフは、落ち着いた様子で珈琲を啜る。その様子を目にしたエリックが嫌味を口にする。
「フン! キザな野郎だぜ。気楽でいいよな、第二王子殿は!」
「………………」
だがロルフはエリックの挑発には乗らず。澄ました顔で珈琲を味わう。
(――言っていろ。そうしていられるのも今宵限りなのだからな)
そんなトロイメライの王族たちをうっとりとした表情で見つめる青年は――ケンジーだ。
(ワイルド系のトロイメライ国王陛下――ちょいワルな感じがたまらん。そして武勇に秀でたエリック王子の荒々しさ――僕の心を乱してほしい。知的な印象のロルフ王子はミステリアスなお方だが――惑わされるのもありかもしれない。可愛い少年枠のウィンター殿が退場してしまったのは残念だが、ここに愛しのオズウェル殿とケニー殿下が加われば――この議場は天国じゃないか!)
妄想に耽るケンジー。
一同、それぞれの感情を胸にゲネシス皇帝らの到着を待つ。
それから程なくして――議場の扉が開かれる。
ネビュラたちが扉に視線を向けると長身の銀髪青年――ゲネシス皇帝オズウェルの姿があった。彼は部屋に入るなりトロイメライ王を見る。
「――待たせたな。トロイメライ国王陛下よ」
僅かに口角を上げるオズウェル。
魔王の異名を持つ彼から放たれる威圧感は、先程まで怒りを滲ませていたネビュラとエリックを萎縮させる。
(途轍もない威圧感だ。流石は魔王と言ったところか。だが――タイガーの爺さんに比べたら大したことはない)
ネビュラは不敵に顔を歪ませる。
「待ちくたびれたぞ。ゲネシス皇帝陛下は随分と時間にルーズなのだな。腹でも下して便所に籠もってたか?」
もはや挑発。
ネビュラの言葉にオズウェルは眉間にシワを寄せる。エリック、ロルフ、ケンジーは顔を強張らせながら二人のやり取りを見守る。するとオズウェルに続き銀髪三つ編みおさげの長身女性――皇妹エスタが姿を見せる。
エスタから放たれる尋常じゃない色気。トロイメライの男たちが呼吸を乱す。その様子をケンジーが心配そうに見つめていた。
ネビュラはエスタから視線を逸らし、手で胸を押さえる。
(――くっ! 何をしやがった皇妹!? あの女を直視したら魅了されてしまうぞ……!)
ネビュラは、心を奪われそうになっていたエリックの頬を平手打ち。ロルフもケンジーに身体を揺さぶられて正気を取り戻した。と同時に皇妹から放たれる色気も次第に弱まる。
エスタは妖艶に微笑みながら兄に代わって謝罪。
「トロイメライ国王陛下。大変お待たせいたしました。遅くなって申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、このあとの晩餐会でゲネシス自慢の女子たちが接待させていただきますゆえ――どうか怒りを鎮めてください」
トロイメライ王は平静を装いながら皇妹に言葉を返す。
「――案ずるな、決して怒ってなどいない。ただ……あまりにもゲネシス皇帝陛下の到着が遅いものだからな、気になっていただけだ」
「なら、安心しましたわ」
「そういえば、エスタ殿下よ。ウィンターの容態はどうだ?」
「ご安心ください。今は――お薬の効果でぐっすりと眠っておりますよ」
「そうか……」
「トロイメライ国王陛下。心配なさらずに、ウィンター殿のことは私にお任せください」
「うむ。我が臣下をよろしく頼む――」
ネビュラがエスタと会話を終えた刹那――ここに居ないはずの緑髪おかっぱ頭の少年が議場に姿を現す。
「ケニー……殿下……!?」
そう。姿を見せたのは、トロイメライ側がソフィア解放の交渉カードとして拘束した――ゲネシス皇弟ケニーだった。
皇弟の身柄はヨネシゲとノア、百名以上の護衛兵に守らせていた筈。なのに何故ここに居るのか? この短時間の間に一体何があったのか?
ネビュラは驚愕の表情を見せ、エリック、ケンジー、ロルフまでもが驚きを隠しきれない様子だ。
ケニーが憎悪の眼差しでネビュラを睨む。
「世話になったな、トロイメライ国王陛下」
続けてオズウェルがドスの利いた声を議場に響かせる。
「俺の可愛い弟に随分な真似をしてくれたな。トロイメライ国王陛下よ。これは――宣戦布告と捉えても宜しいか?」
「!!」
議場に緊張が走る。
つづく……




