第296話 青光の鉄拳VS赤光の拳骨(中編)
角刈りが地面を蹴る。
青光の鉄拳を構えながら青髪ゴリラ顔――モールスとの間合いを一気に詰める。
「お前なんかにソフィアは渡さねえ!」
咆哮を轟かせながら迫る鬼面――だが、モールスは嘲笑気味に口角を上げる。
「フン! リアル種の分際で俺たちバーチャル種に勝とうってか?! 考えが甘過ぎだぜ!」
バーチャル種。
それはゲネシス人の九割を占める、空想術の使用に長けた種族のことだ。
同じ想人でもリアル種とバーチャル種では身体の造りが異なり、同一の空想術を使用したとしても、その威力や効果に倍以上の差が生まれることがある。故にバーチャル種を『魔族』と呼んで恐れる者も決して少なくはない。
『バーチャル種の能力はリアル種を上回る』――これが世界の定説となっている。
そして、モールスもバーチャル種の一人。その能力は通常のリアル種とは一線を画す。
モールスはゴリラの如く両拳で胸を叩きながら、全身から赤光を放つ。腕をクロスさせて防御の体制――角刈りの攻撃を受け止めるつもりだ。
「さあ来いっ! ヨネシゲ・クラフト!」
「おらあああああっ!!」
角刈りは赤光纏う剛腕の盾目掛けて青光の鉄拳を放った。
目にも止まらぬ速さの拳を受け止めたモールスは――
「ぬはっ?!」
ヨネシゲの拳撃を受け止めきれず。青髪ゴリラの巨体は吹き飛び、赤い砲弾の如く背後の壁に激突。悶絶の表情で膝を落とす。
一方の角刈りは突き出した拳を下ろすと、モールスの元へ歩みを進める。その光景を目にした観客席のゲネシス兵が静まり返る。
「――ほほう、少しはできるみたいだな。だが、この程度でくたばるモールスではないぞ?」
オズウェルは愉快そうに微笑。その腕に抱かれるソフィアは、険しい顔で夫の戦いを静観していた。
座り込んだまま動かないモールスに、角刈りが降参を促す。
「おい、将軍さんよ。悪いことは言わねえ。大怪我したくなかったら、今のうちに白旗を上げておくんだな――」
「舐めてんのか? 角刈り野郎……」
「何だと?」
モールスの目付きが変わった。
青髪ゴリラは鋭い眼差しを向けながら角刈りに言う。
「たった一回、俺を吹き飛ばしただけでいい気になるなよ? 確かにお前の能力は常人の域を超えている。そこら辺のバーチャル種を凌駕する程だ。だが――上には上が居る。お前はそんな強敵と渡り合ったことがあるか?」
「あるさ。どんな強敵もこの拳で退けてきた――」
ヨネシゲは思い返す。
この世界に来てからは戦いの連続だった。
魔物使いのキラー、カルム学院の巨大骸骨、怪物のトンカチのボアラッシュ、そして改革戦士のロイド、グレース、ソード、サラ、ダミアン――この手で数々の強敵を退けてきた。例え相手が自分の力を上回る化け物であっても必死に食らいついた。全ては大切なものを守るために――
「それで? だったらどうした? 俺は相手が誰であろうと、大切なものを守る為だったら全力で戦うまでだ。当然相手の命を奪う覚悟でな! だから忠告している。俺は本気だ。命が惜しかったら今すぐ大人しく降参しろ!」
角刈りの言葉を聞いたモールスが笑いを漏らす。
「グワッハッハッハッ! おめでたい野郎だぜ。お前が勝ち抜いてこれたのは相手が良かっただけの話――だが、それは今夜でお終いだ。お前は真の強敵を知ることになる。絶望を味わうんだよ!」
青髪ゴリラのセリフに顔を強張らせるヨネシゲ。すると観客席から男たちの声が響き渡る。
『ウホッホ〜♪ 角刈りを倒っせ〜♪ 畳み掛けっろ〜♪ ウホッホ〜♪ 角刈りを倒っせ〜♪ 畳み掛けっろ〜♪ ウホッホ〜♪ 角刈りを倒っせ〜……――』
(クソっ! ウホッホーじゃねえ!)
ゲネシスの兵士たちだ。
彼らは胸を両拳で叩き、重低音の声を響かせながら、上官モールスに応援歌を送る。
「グワハハ……兵士たちの声援に応えてやらねばな……」
モールスはニヤリと笑みを浮かべた刹那、突然雄叫びを轟かす。
「ぐおおおおおおっ!!」
「あいつ……何をするつもりだ!?」
両拳で胸を叩くモールスの身体が赤色に発光。先程までの赤光とは比べ物にならない程の赤い閃光だ。そして闘技場内には彼を起点に烈風が吹き荒れる。
角刈りは一歩後退。姿勢を落とし両拳を構えながらモールスの攻撃に備える。
やがて赤色閃光が収まり、角刈りの視界に映し出されたのは青髪ゴリラ面――ではなく、正真正銘の青髪のゴリラが仁王立ち。そう、モールスはゴリラの姿に変身を遂げていたのだ。
「お前の伸びた鼻をへし折ってやるよっ!」
絶叫を轟かせる青髪ゴリラはヨネシゲ向かって突撃。赤い軌道を描きながら赤光の拳骨が放たれる。
角刈りは咄嗟に全身を鋼鉄化。両掌を前に突き出し青髪ゴリラの拳撃に備える。
「お前に受け止められるか?! この拳骨をっ!」
「かかってこいやっ!」
赤光の拳骨は角刈りの構えた両掌――ではなく腹部を捉えた。
「ぐはっ!」
吹き飛ぶヨネシゲ。
その衝撃は腹部から全身へと伝わり、角刈りは悶絶の表情で口鼻から血を吹き出す。
先程のモールス同様、彼の身体は後方の壁にめり込んだ。
「あなたっ!!」
観客席で一連の様子を見ていたソフィアが悲痛な叫び声を上げる。彼女はオズウェルの腕を振り払い、夫の元へ向かおうとするも、直ぐにその腕を皇帝に掴まれてしまう。
「どこへ行くつもりだ? 勝手な真似は許さんぞ」
「酷いですよ! 夫たちを傷付けないって、さっき仰ったばかりではありませんか!? 今すぐやめさせてください!」
必死に訴えるソフィア。だがオズウェルは鼻で笑う。
「フッ……これはお前の夫が自ら買った勝負だぞ? 無傷で終われると思うなよ」
「くっ……」
オズウェルは剛力でソフィアを引き寄せると、再び彼女を腕の中で拘束。そして皇帝は彼女の耳元で囁くようにして言う。
「お前も奴の妻なら邪魔をせずに最後まで見届けろ。夫に惨めな思いをさせるな」
オズウェルは不敵に口角を上げる。ソフィアは心痛の思いでバトルグラウンドの夫を見つめるのであった。
衝突した壁から崩れ落ちるように倒れ込むヨネシゲ。意識はあるようだが、蹲りながらうめき声を漏らす。
(畜生……なんて威力だ……この世界に来て、ここまで動けなくなるようなパンチを食らったのは初めてかもな……)
今尚動けずにいる角刈りの元へノアが駆け寄ろうとする。
「ヨネシゲ殿! しっかりしてください――」
その時、突如ノアの後方から風切音。危険を察知したノアは咄嗟に身を翻す。その刹那、彼の頬を何かが掠めていく。
「――流石、守護神様の側近。この私の攻撃を直前で回避するとはお見事ですよ」
「フフッ。お褒めいただき光栄です、キース大佐」
ノアが視線を向ける先――そこには満面の笑みで鞭を構えるキースの姿。大佐は間髪入れずに鞭を振り上げるとノア目掛けて打ち付けた――が、サンディ家臣は飛翔、これも直前で回避する。鞭打たれた地面にはヒビが入り、その鞭激の威力が窺える。
ノアはキースとの間合いを取ると、全身に力を送り込む。
「こっちもやられっぱなしじゃ、格好つかないでしょ?」
彼はそう言うと雄叫びを轟かせる。直後、全身に青い炎を纏わせる。次に皮膚をまだら模様――豹柄に変えると、鋭い瞳と鋭い牙、頭部からは豹耳が現れる。
そう、ノアは空想術を使用して豹の姿に変貌を遂げていたのだ。
青炎を纏いながら二足で直立する猛獣を見つめながら、キースが不敵に顔を歪める。
「フッフッフッ。これは調教のしがいがありそうだ!」
大佐は鞭を鳴らした。
一方、青髪ゴリラは蹲るヨネシゲの元へ歩み寄ると、大きな足で角刈りの背中を何度も踏み付ける。
「大口を叩いていた割には、妻一人も救えねぇなんて――無様だな、ヨネシゲ・クラフト!」
青髪ゴリラはしゃがみ込むと、ヨネシゲの頭を鷲掴み。嘲笑を浮かべながら言う。
「お前じゃ俺に勝てねえ。負けを認めろ!」
「まだだ……!」
「往生際が悪いぜっ!」
「!!」
刹那。青髪ゴリラの赤光の拳骨が角刈りの顔面にめり込んだ。その様子を馬車から眺めるケニーが愉快そうに高笑いを上げる。
「フハハハハッ! いいぞ、モールス。その角刈りに絶望を見せてやれ!」
「御意!」
不敵に微笑むモールスは――観客席のソフィアに視線を移した。
つづく……




