第295話 青光の鉄拳VS赤光の拳骨(前編)
イタプレス王都・闘技場。
バトルグラウンド目掛けて隕石の如く、急降下してくる閃光を発する謎の物体。
「みんな身構えろっ!」
角刈りの絶叫を聞いた護衛兵たちが姿勢を低くして、物体が墜落した際の衝撃に備える。
その様子を馬車の中から眺めるケニーが、不敵に口角を上げる。
「フフッ、何が護衛だよ。自分の身を守ることしか考えていないようだな。まあいい――頼むぞ、お前ら」
そうこうしているうちに閃光が地上に接近。闘技場は眩しい光に覆われた。
眩耀で瞼を開けるのも困難な中、地面を蹴り駆ける男の姿。
「――流れ星だか何だか知らねえが、夜空に打ち返してやるよ!」
ヨネシゲだ。
角刈りは自慢の鉄拳に青光を纏わすと、自ら閃光へ向かって飛翔。突撃する。
鬼の形相を見せる彼の瞳は閃光の中を捉えていた。
「想人なんだろ!? 光の中に隠れてないで出てきやがれってんだい!」
ヨネシゲは見抜いていた。閃光の中に隠れているものが想人であることを。
角刈りの言葉が耳に届いたようだ。急降下中の閃光から人面――青髪のゴリラ顔が現れる。
「よくぞ見破ったな! ヨネシゲ・クラフト!」
「何故俺の名前をっ!?」
青髪ゴリラは角刈りの名前を知っていた。
困惑するヨネシゲに青髪ゴリラが赤光を放つ拳骨を突き出す。一方の角刈りも青光の鉄拳を放った。
「おらああああっ!!」
「ぐおおおおうっ!!」
――刹那、青と赤が激突する。
その威力は凄まじく、ぶつかり合う拳を起点に爆発が発生。衝撃が、闘技場、プレッシャー城、イタプレス王都に走る。
「くっ……なんて衝撃だ……! お前ら! 飛ばされるんじゃねえぞ!」
ノアと護衛兵たちは膝を落としながら爆風に耐え凌ぐ。
やがて、爆風も、闘技場を覆っていた閃光も収まる。
一同視線を向ける先には仁王立ちしながら睨み合う中年男が二人――ヨネシゲと青髪のゴリラ顔だ。
青髪ゴリラは漆黒のゲネシス帝国軍の軍服を身に纏う。黄金色の肩章と左胸部に付けられた数々の勲章が位の高さの象徴だろう。
青髪ゴリラは自分の胸を両拳で叩きながらニヤリと口角を上げる。
「グワッハッハッ! ヨネシゲ・クラフト、イイ拳だったぜ!」
「何故俺の名前を知っている? 随分と手荒い挨拶じゃねえか。先ずは名前くらい名乗ったらどうだ? 将軍さんよ!」
角刈りから凄みを利かせた声で訊かれると、青髪ゴリラが名乗り始める。
「俺はゲネシス帝国軍『モールス』少将だ。よく覚えておくんだな」
「それで、何故俺の名前を知っている?」
「グハハ。それはお前の嫁さんから聞いたんだよ」
「ソ、ソフィアから!?」
お前の嫁さん――青髪ゴリラ『モールス』の口から発せられた言葉にヨネシゲの顔が一気に強張る。
「おい! ソフィアは無事なんだろうなっ!? 彼女を傷付けたらタダでは済まさねえぞ!」
怒鳴り声を上げる角刈り。
直後、モールスとは別の男声が闘技場に響き渡る。
「――クラフト男爵。お前は何か勘違いをしているようだな」
「!!」
ヨネシゲは瞳を見開く。
角刈りが視線を向けた先――正面の観客席の最上段には銀髪の長身青年と、彼の腕に抱かれる金髪女性の姿があった。
「ソフィア……ソフィアっ!」
そう。銀髪青年に抱かれる金髪女性こそ――ヨネシゲの愛妻「ソフィア・クラフト」だった。
そして、角刈りの愛妻を抱く銀髪青年の正体は――
「――オズウェル・グレート・ゲネシス……」
「あの男が……ゲネシス皇帝オズウェル……!」
ノアが漏らす言葉を耳にしたヨネシゲは額から冷や汗を流した。
オズウェルはバトルグラウンドの角刈りを冷たい眼差しで見下ろす。
「我々は負傷した彼女を保護しただけだ。怪我も治癒し、ボロボロになった服も交換してやった――」
皇帝の言葉を聞いた角刈りが愛妻に視線を移す。
確かに彼女には目立った外傷は見受けられず、高価そうなドレスを着せられていた。
オズウェルの言うことは本当なのか? ヨネシゲはソフィアに尋ねる。
「ソフィア、皇帝陛下が言うことは本当なのか?」
愛妻が静かに頷く。
「ええ。皇帝陛下が仰ることは本当よ。怪我はエスタ殿下に治していただき、服も新しい物に交換してもらったわ……」
オズウェルが言ったことは紛れもない事実。ソフィアは否定することもなく肯定。彼女の返答を聞いた角刈りの勢いが無くなる。一方の皇帝は畳み掛けるようにして言葉を続ける。
「――何でも無ければ、此度の和平交渉に合わせて彼女を引き渡すつもりだった。だが――お前らは過ちを犯した。我が弟を不当に拘束するとは何たる愚行。我々は敵国の男爵夫人を手厚く保護してやったというのに、貴様らは単身使者として訪れた我が弟に縄目の屈辱を与えた――恩を仇で返すのがトロイメライのやり方か!?」
手厚く保護――確かに事実かもしれないが、少なからず打算的な考えはあった筈だ。しかし、それを証明する証拠がない。
ヨネシゲは返す言葉が見つからずに口を噤んでいると、背後からあの少年の声が響き渡る。
「兄様! コイツですよ! 俺のこと拘束したのはこの角刈り野郎です! 背負投げされた挙げ句、絞め技まで食らわされましたよ」
ケニーだ。
皇弟は馬車の扉を開きながら兄に訴え掛ける。
「弟よ、辛い思いをさせたな。今直ぐ助けてやるから、そこで待っていろ――」
オズウェルは弟にそう告げると片手を振り上げる。
その刹那、バトルグラウンドを囲む観客席にゲネシス兵たちが雪崩込む。観客席はあっという間に漆黒で埋め尽くされた。
ゲネシス兵に完全包囲されたヨネシゲたち。
恐れをなした一部の護衛兵たちがバトルグラウンドから逃れようとするも、出入口の鉄扉は鎖錠されており、脱出不可能となっていた。
ヨネシゲとノアは背中を合わせながら周囲を警戒。護衛兵たちも剣を抜き、ゲネシス側の攻撃に備える。
だが直後、闘技場に響き渡ったのは、風を切る音と「パシン!」という打撃音。その音が聞こえる度に護衛兵たちはうめき声を漏らしながら倒れる。気付くと百名近く居た護衛兵たちは、気絶した状態で地面に横たわっていた。
「何が起きた!?」
動揺を隠しきれないヨネシゲとノア。
すると、記憶に新しい青年の声が二人の耳に届く。
「フフッ……ヨネシゲ殿、ノア殿。罠に掛かってくれて、お礼を言わせていただきますよ。これで私も准将に昇格だ」
「「キース大佐……!」」
ヨネシゲたちの前に現れたのは、先程トロイメライ一行をこの闘技場まで誘導したゲネシス帝国軍の若き大佐「キース」だった。
満面のスマイルを浮かべるキースの右手には漆黒の鞭が持たれていた。
そしてオズウェルが不敵に顔を歪めながら角刈りたちに告げる。
「見事その二人を制圧することができれば、彼女を解放してやろう。だが、お前らが敗れた場合――彼女はモールスに娶らせる」
「な、何だと……!」
顔を青くさせるヨネシゲをモールスが嘲笑う。
「グワッハッハッ! ヨネシゲ・クラフト! ソフィアちゃんはお前には勿体ねえ! 俺が貰ってやるよ!」
「ふざけた事抜かすな!」
青髪ゴリラの言葉に角刈りは怒りを露わにした。
一方、キースはニコニコと鞭を鳴らしながら、ノアの元へ歩み寄っていく。
「ノア殿。守護神の側近の実力――お手並みを拝見させていただきます」
「いいでしょう。サンディ家臣の名にかけて、貴方をここでねじ伏せてやりますよ」
――戦いの火蓋が切られる。
つづく……




