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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第六部 明暗の夜 (イタプレス王国編)
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第291話 越境の夜(前編)

 ドリム城の廊下を急ぎ足で移動するのは――第二王子ロルフだ。彼は父ネビュラと兄エリックと合流するため、北門を目指していた。そこから馬車に乗車し、和平交渉の地――隣国イタプレスへと向かう――台本の1ページを演じる役者の一人として。


 ロルフは先程母と交わした会話を思い返していた。


『――母上。ノエルの事、ゲネシス皇帝陛下に何とお伝えしましょうか? 正直に『行方不明』とお伝えしても不信感を抱かれるだけです』


『――そうですね。皇帝陛下には『ノエルは体調不良』とお伝えしてください。但し、お伝えするのは和平調停が交わされた後にですよ?』


『はい……しかし、皇帝陛下はそれで納得するでしょうか? 本来であれば和平が交わされた直後に双方の姫(ノエルとエスタ)の交換――政略結婚の手続きを行う予定になっております。直前になってノエルが居ないと知ったら(さぞ)お怒りになられることでしょう。やはり今からでもお伝えした方が――』


『いえ、それはなりません。ただでさえ、トロイメライ側はケニー殿下を拘束しております。そこに『ノエルを引き渡せない』などとお伝えしたら――下手をしたら此度の計画は頓挫してしまいます。少なくとも陛下とエリックが越境するまで、ノエルの件を皇帝陛下にお伝えする訳にはいきません』


『――わかりました……』


『ロルフ。私たちの悲願達成の為には多少狡猾でなければなりません。言い方は悪いですが……例え相手がゲネシスであっても欺く覚悟も必要です。これは私たちにとっての頂上戦争なのですから――』


 ――回想を終えたロルフは大きく息を漏らす。

 直後、前方からある少女の声が聞こえてきた。


「ロルフ王子!」


「――ボニー嬢?」


 ロルフの前に姿を現したのは、赤髪巻き毛の公爵令嬢――「ボニー・サイラス」だった。

 ボニーは駆け足でロルフの元まで駆け寄っていく。


「ロルフ王子……間もなく出国ですね……」


「ああ、行ってくる」


 不安げな表情を見せるボニーにロルフが微笑み掛ける。


「案ずるな。無事、ゲネシスと和平を交わし、明日の朝までには戻って来る。君は城で待っていてくれ」


「はい。お気を付けて……」


 瞳を伏せるボニー。するとロルフは彼女の両肩に手を添える。


「ボニー嬢」


「はい、何でしょうか?」


 不思議そうに顔を上げる令嬢に王子が真剣な眼差しを向ける。


「無事、ゲネシスとの和平が交わされた暁には――私と交際してほしい。結婚前提にな」


「え?」


 突然の求愛。

 ボニーは困惑と疑いの表情を見せる。


「ロルフ王子……それは……私がヒュバート王子に振られたから……同情なさっているのですか?」


 ロルフは否定。


「違う、これは私の真心だ。君が愛おしい。君をもっと愛でたいのだ」


 だがボニーは表情を曇らす。


「お気持ちはとても嬉しいですけど……私の兄が……」


 王子は令嬢が懸念することを瞬時に理解する。


「兄ウィリアムが国王派で、私が王妃派だからだろう?」


「ええ……」


「そんなのは関係ない。君の兄は国王派だが、これからは共に手を取り合って、より良い国造りをしていくつもりだ。啀み合う時代は――もう終わりだ」


 そしてロルフがボニーに答えを求める。


「して――私との交際、前向きに考えてくれないか?」


「――はい。私でよろしければ……」


 ボニーは頬を赤くしながら答えるのであった。






 ――王都特別警備隊基地・総司令官室。

 二人の少年がテーブルを挟んで向かい合う。


「はい、解熱剤だよ。これでいいかい?」


「ありがとうございます」


 王都特別警備隊・総司令官を務める第三王子「ヒュバート・ジェフ・ロバーツ」から解熱剤を受け取るのは、王都守護役「ウィンター・サンディ」だ。

 ウィンターは解熱剤を早速服用。その様子を見つめながらヒュバートが尋ねる。


「風邪かい? きっと疲れが溜まっているんだろう……」


「はい……陛下の護衛を終えたら、しばらくの間休養を取らせてもらいます」


「その方がいい。それにしても――君が僕を頼るなんて珍しいね」


「――解熱剤など、ノアたちには頼めません。余計な心配を掛けてしまいますからね……」


 表情を曇らせながら俯くウィンター。一方のヒュバートは鼻で笑う。


「フフッ。僕なら心配しないと思ったかい?」


「い、いえ。そういう訳では……!」


 慌てた様子で顔を上げる守護神に王子が言葉を続ける。


「わかっているさ。立場上、君は部下に弱みを見せる訳にはいかない。部下に不安を与えることは、部隊全体の士気に関わってくるからね――僕も特別警備隊の総司令官を任されて、君の気持ちが少し理解できたよ――」


 ヒュバートはウィンターの肩に手を添えながら訴え掛ける。


「だけど、友として言わせてもらうよ――無理だけはしないでくれ。君はそこまで身体が強い方ではないからね」


「王子……お気遣い痛み入ります――」


 ウィンターはヒュバートに一礼。別れの挨拶を交わした後、時を凍てつかせて瞬間移動。その場から姿を消した。


 直後、部屋の扉をノックする音。

 ヒュバートが応答すると扉の外から姿を現したのは――彼の秘書シオンだ。


「ヒュバート王子、お茶をお持ちしました――あれ? サンディ閣下は?」


「たった今、城に戻ったところだよ」


「そうでしたか。サンディ閣下も大変ですね――」


 シオンはそう言いながらヒュバートに茶と菓子を差し出す。


「さあ、王子も多忙な夜が待っております。今のうちに一息入れてくださいな」


 微笑みかけるシオン。

 するとヒュバートは突然立ち上がり――フィアンセを抱き寄せる。


「ヒュ、ヒュ、ヒュバート王子?!」


 突然のことにシオンは顔を真赤にしながら困惑する。ヒュバートは彼女の耳元で囁くようにして言う。


「――間もなく父上と兄上、ウィンターたちが越境する。母上と叔父上が残っているとはいえ、王都――いや、トロイメライはかつて無いほど手薄な状況に陥ってしまう。何かあってからでは遅いからね。そうならない為にも僕がしっかりしないといけない――」


 ヒュバートはシオンから身体を離すと、その瞳を真っ直ぐと見つめる。


「だけど僕一人だけでは力が足りない。マロウータン殿やバンナイ――そして、君の力が必要不可欠だ。今夜は眠れない夜になると思うけど、僕に力を貸してほしい!」


 シオンは微笑みを浮かべながら言葉を返す。


「ウフフ、安心なさってください。元よりそのつもりですわ。私も、父も、各小隊長たちも、全身全霊をかけて王子をお支えする所存でございます。愛する民を、王都を、私たちの手で守り抜こうではありませんか!」


「うん、そうだね――」


 見つめ合うシオンとヒュバート。


「シオン嬢……」


「ヒュバート王子……」


 次第に二人の顔が引き寄せられていく――



 ゴーン。


『ホッホー、ホッホー、ホッホー……――』


 それは振り子時計の時報。

 壮大な鐘の音と共に鳥の鳴き声が響き渡る。

 その音を耳にしたシオンとヒュバートはハッとした様子で身体を離す。


「そ、そろそろ、父上たちが出国する時間だ。け、警備を強化しないと!」


「ご、ご安心ください! 既に各小隊とクボウの兵が王都全域に展開しております! 警備体制に抜かりはありません!」


「そ、そうだったね! 僕たちは各小隊と連絡を取り合って、不測の事態に備えておかないといけない。どんな些細な情報も重要だ。シオン嬢、早速伝令の準備を!」


「かしこまりました!」


 頬を赤く染める二人。互いに力強く頷くと各々の仕事に取り掛かった。



つづく……

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