第十三話「行く末」
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「――わよ! ほら、起きて!」
お母さんの声がする。ゆっくりと重い瞼を上げると、お母さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、起きた。ほら、もう着いたわよ?」
そう言って、お母さんが遠ざかっていく。
何たるコピペ力。
記憶が残っていると言うのはやっかいなことで、前回までのことを覚えているから、何だか会話に飽きてしまう。
一度、崖から落ちてから数回、繰り返してみた。
それの全てが八月三十日であり、始まりが夜であり、何故か根元の顔も見れず、彼女の顔も見れていなかった。
――私は《光》が嫌い。暗いのも嫌い。でも、光は《光》を殺せる。
彼女があのとき言ったことはどう言うことなのだろうか。
今回は窓の外が曇りだった。家に入ろうと思い、車から出ると「がたんごとん」と何とも、気持ちの良い電車の音が聞こえた。
……ん? 電車?
と言うことは、どこかに電車が走っている?
そのことがわかると、俺は途端に走り出し、ガラガラと玄関を開ける。
「や、はろはろー!」
「おい姉貴、駅はどこだ」
「坂を下りきったところにあるけど……どしたの?」
首を傾げる姉貴に旅行鞄を放り投げる。財布はポケットに入っているだろうから、大丈夫だ。
「え、何?」
困惑する姉貴に「家に帰るって伝えといて」と言いつけ、玄関を乱暴に閉めて走り出す。
かなり遠かったようで、駅で野宿もして着いたのは夕方。
駅を降りてすぐの橋を渡ると、彼女と出会った住宅街、俺の家がある。
橋を渡っていると、何やら人だかりができているようだった。パトカーも止まっている。
「――よっ! ――いでっ!!」
彼女が、叫んでいた。
橋の手すりの上で。
それを見て、俺は駆け出した。ずっと寝ていたからか、体は思うように動かない。
数十mを走りきり、人集りを掻き分けて最前列にいく。
回りには警察や、騒ぎを聞いてやってきた野次馬がわらわらと集まっていた。
「君っやめなさい! そんなことしたら、お父さんやお母さんが悲しむぞ!!」
若い警官の怒鳴り声を彼女は遮る。
「親なんてもういないわっ! あんなのどうだっていい。あの人が死んだのよ。あっち行ってよ」
どんどんと語尾が小さくなっていく彼女の言葉は、刺刺しかった。
わが身を引き千切られたような、悲痛な声が響く。聞いているだけでも胸が苦しくなるような声。
まわりの野次馬が他の警察官によって捌かれていった。
若い警官に背を向け、遠くまで流れる川を見つめる。
そして清らかに流れる川の方へ、体重を傾けた。
その夕焼けが、彼女のこげ茶色の髪を更に輝かせている。
俺は彼女の細い手を掴み、ゆっくりと引き寄せた。
「俺が死んだのに、君もまた死ぬの?」
壊れ物を扱うように、ゆっくりと、大事に抱きしめる。最初、彼女に入っていた力は抜け、俺に体を預けてくれる。
甲高い声が更に大きくなり、そして、川の流れがとまる。
《へへへっ! 何でわかった? お前》
世界は、さっきまでの明るさがなくなり夜へと変わった。
《光》が俺に話しかける。
「何でって……。まあ、彼女が教えてくれたかな?」
《ああ。やっぱりあれは駄目だったか。へへへへ! 失敗失敗!》
《光》がお茶目に笑って、彼もニヤリと笑う。
「でもさ、このループも終わりにしないか? もう飽きたろ――?」
そこで、俺はとびきりの悪い笑みを浮かべてやった。
「俺」
《あっららー? 気付いちゃった?》
光の柱と喋るとか、何か変な感じ。
「え?」
彼女は驚いたように、俺を見る。
《てゆーか、大体お前が悪いんだかんな》
「……は?」
思わず、低くて怖い声を出してしまう。彼女はまだ腕の中だと言うのに。
《いや、お前が望むから悪いんだって》
「意味わかんねーよ」
《おっまえさー、初めて彼女ができて嬉しかっただろ?》
「ま、まあ」
彼女が目の前にいるから気恥ずかしい。
《光》は話を続ける。
《そんでさ、お前が夏の終わりに思ったわけ。『この夏が終らなければいいのに』ってな。そこにたまたま、暇潰しを探してた俺が通りかかったってわけ》
……!
確かに、俺はそう思っていた。初めてできた彼女だ。幸せで、終わりたくない時間だった。
しかしそれが彼女を苦しめた? 何百回も、何千回も?
《まあ、最後の方は俺の力がなくなってきちゃったかんなー。最後の方は前回の自分が今回の自分に殺しにいったんだよ。お前は気付いてなかったみたいだけど》
「はあ? 俺は記憶を覚えてたぞ? そんなことあるわけないじゃねーか」
時間が止まっていると言うことは不思議だ。自分達は動けるのに、他は動けない。
けれど、何だか止まっている自分達が取り残されているような感覚がする。
《俺がそこの記憶だけとったんだよ。そっちの方が面白いだろ? お前の姉貴を操ったのも俺だし》
「でも」と、《光》は続けた。
《天気までは操れないわー》
何だそれ。
そう思いながら、俺はポケットから懐中電灯を取り出し、《光》へ向けた後、カチッとスイッチをオンにした。
たちまち、その《光》は姿を消す。
何も、声もなく消え去る。
「なんだったんだよ」
自分でも怖いくらいの、低い声だけがその空間に溶け込む。
そしてまた、世界が動き出す。
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次回、最終回。




