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Trans Trip!  作者: 小紋
92/122

10‐(3).悪夢再び

 暗い闇の中、たった一人で、歩いていた。

 ここはどこだ? わからない。

 このまま歩いて行ってもいいのか? わからない。

 この先には何かあるのか? わからない。

 度々立ち止まっては、自問自答を重ねる。まともな答えはでてきやしないが。

 歩けども歩けども、闇は深くなるばかり。真っ暗闇に体を覆われ、自分が本当にここに存在しているのかすらもわからなくなった。

 振り返る。戻ろうにも帰り道は闇に失せた。行く道と同じく、背後も真っ暗闇だ。どうにもならない。

 だが私は冷静だった。

 この真っ暗闇は知っている気がする。


(どこで知ったんだっけ?)


 首を傾げる。よくわからない。首を傾げる、という動作が本当にできているのかすら。

 変に既知感がある真っ暗闇に体を囚われたまましばらく考えたが、答えは出なかった。

 こうなると、なんだか何もかもが億劫になってくる。

 私は足を止めた。


(もう、なんでもいいや。歩くのもつかれた)


 とりあえず、思考を放棄し体の力を抜く。

 地を覆う闇に膝をついて、掌をついた。重力なんてものがここにあるのかわからないが、体に掛かっている重さに従うままくたりと倒れ、真っ暗闇に横たわる。

 最初はうつ伏せ。闇に顔を埋めていると、すぐに息苦しくなった。態勢を変える。

 そうして横向きに寝転ぶ態勢を取った私の耳が、地を覆う闇に密着した時、今まで感じていた闇とは違った感触を受けた。


(熱い)


 他はすべてひやりと冷たい闇が、何故か耳に当たる部分だけ熱い。

 我慢できないほどではないのでそのままでいたら、少しして、声が聞こえはじめた。

 ぼそぼそと潜められたトーンのそれは不明瞭で、途切れ途切れにしか聞こえない。

 耳を澄ませてみる。


「……なりごえ……どうしたの……んなことになって……」

「え……」

「……んこうそく……もしかした……たぶん……」

「……のこえだった……じゃなかった……」

「……くんも……ちゃんも……の子だけなんか……」

「……ないし」

「……うちで……ない?」

「わかるわ……にしてもおに……よねえ……」


(あれ?)


 内容はほとんどわからないが、知らない声ではなかった。聞いたことがある。

 だけど……思い出しちゃいけない気がする。

 そこまで考えたところで、上から伸びてきた大きな力に思い切り体を引っ張られた。






◇ ◇ ◇






「う……」


 自分の呻き声で目を覚ました私の目にまず映ったのは、清潔感のある白い天井だった。

 頭の中から、「知らない天井だ……」と呟くべきだと騒ぐ声が聞こえたが、別に汎用人型決戦兵器に乗った記憶はないのでとりあえずスルー。乗れるのなら大歓迎だけど。

 内容は覚えていないが変な夢を見たせいでぼんやりとする頭を振る。気を取り直して状況を確認すると、どうやら私はベッドに横たわっているようだった。


「……どこだ、ここ」


 首だけを動かして、辺りを見回す。

 白い部屋だ。天井、白。ベッド、白。家具、白。壁、白。床、白。

 辛うじてある色が、ベッドサイドの花瓶と、緑いっぱいの中庭が見える小さな窓の外の景色、そして、ベッド脇の椅子に座り、ベッドに突っ伏して寝ている金髪の虎耳頭と銀髪の豹耳頭だけだった。

 ソルとエナだ。この二人の頭が横に並ぶと金色と銀色でバランスがいい。


(うーん、シチュエーション的には……病院?)


 白い部屋、花瓶、小窓、ベッドに突っ伏す仲間たち。当たりじゃなかろうか。

 少し身を起こして、自分の衣服を見下ろしてみれば、まごうことなき病衣だった。大当たりです。

 なんで私はこんなところにいるのだろうか。特に病気な覚えも、とそこまで考えたところで、ずきんと軽い頭痛がする。

 ……そういえば、大聖堂で大変なことがあったような気がしなくもない。

 だけど、大変なこと? ……それってなんだっけ。

 大聖堂を見学して回ったり、噴水の近くでソルに抱き締められたり、大聖堂のミサに参加して歌を歌ったり、そこまでは覚えている。

 そこから先が、思い出せない。

 大変で、すごく大変で、めちゃくちゃ大変だった気がするのだけれど、内容が一切思い出せない。


「……ん……」


 頭の上にひたすらハテナマークを出現させていると、私の右手側にいたソルが身動ぎした。虎耳がぴくぴくと動いている。

 考えていたことも忘れ、起きるかな? と動向を見守った。すると、少しもぞもぞしたあと、ベッドに伏せていた金色の頭がゆっくりと持ち上がる。

 ぼけっとした顔で正面を見ていたソルは、少しして私の方に視線を巡らせた。

 すごい寝起きの顔だ。ソルってけっこうかっこつけだから、こういう顔を見られるのは珍しい。可愛いなあ、と思わず目尻を下げて、寝ぼけ眼のソルに声を掛ける。


「ソル、おはよう」

「……ヤマト!」


 挨拶をすると、みるみるうちにソルの表情が変わった。

 切羽詰まったような顔と声で私の名前を叫んだソルは、椅子を倒すような勢いで立ち上がり、ベッドに手をついて私の方へと身を乗り出す。

 なんだなんだと思いつつも動かずにいたら、自由な方の手が伸びてきて頬を触られた。


(えっ、なんだよ寝起きにスキンシップ?)


 ちょっとびっくりしたが、ソルの碧眼が必死すぎて茶化せる雰囲気でもなかったため、そのまま受け入れる。確かめるように私の頬を撫でたソルが、ほっと息を吐いた。


「……良かった……!」


 そして、脱力したように椅子へと座る。


「ヤマト、気分悪くない? 傷……痛くない?」


 なんだか、随分心配されているようだった。


「気分は大丈夫。……傷って?」

「ここ、首」


 傷、というのがよくわからなくて聞いてみれば、指で首筋を指し示された。

 触ってみると、ごわごわしている。病衣では首元まで隠れないため、本来ならそこにあるはずはない布の感触だ。


「あれ、包帯と、ガーゼ……?」


 なんだかわからないが、手当てされている。しかも結構大怪我っぽい。

 私、いつの間にこんな怪我したんだろうか。記憶がない関連だとすると、大聖堂での大変なこと、が原因かもしれない。……一向に思い出せないけど。

 変な顔をしている私を不思議に思ったのか、ソルが尋ねた。


「痛くないの?」

「……うん」


 痛いとかそれ以前の問題で、そもそもなんでこんなとこに傷があるのかわからないのだ。

 それを言おうとしたら、私の左手側から声が上がった。


「うう~……何ぃ……?」


 声色そのままに、エナの豹耳が不機嫌そうにぴんぴんと動く。ソルが起きた時と同じようなゆっくりした動作で、むくりと起き上がる。

 しかし目が開き切らないようだった。体は起こしても目を瞑ったままのエナにソルが話しかける。


「エナ、ヤマト起きたぞ」

「……えっ!」


 途端に、バチリと目を開けたエナがすごい勢いで私の顔を見た。さっき起きた時のソルと同様、切羽詰まったような顔だ。


「やっ」


 その一文字を発した途端、エナの顔がくしゃりと歪む。次の瞬間明るい青色の瞳からぶわっと涙が溢れた。

 私にぎょっとしたりおたおたする間も与えないほどのスピードだ。


「や゛ま゛と゛ぉお~~~! よ゛がっだぁああ~~~!!」


 一回飛びつこうとしたが、どうやら怪我人の私にそれはいけないと踏みとどまった、みたいな動きをしたエナに左手を握られて、大号泣される。銀色の睫毛が縁取る大きな瞳が溶けてしまいそうだ。

 困ってしまってソルに視線で助けを求めたら、苦笑しつつも嬉しそうな顔をしていた。


「や゛ま゛と゛、い、いじに゛じだっでも゛おぎな゛いし……え、エナ……うわああああん……」


 エナがぐずぐずの状態で言い募る。ごめんエナ、何を言っているのかほとんどわからないです。

 二人共、私が起きたことをすっごく喜んでいるようだ。

 ……私は全く状況が掴めないので、困惑することしかできない。


(一体、私に何があったんだよ……)


 さっぱり思い出せなかった。なんか、どうしよう。






 あの後しばらく泣いていたエナだが、ふと思い出したようにお医者さんを呼びに行くと言って、ぱたぱたと去っていった。

 私はその後姿を見送って、ソルへと向き直る。

 エナがお医者さんを呼んでくるまでに情報を得ることにしたのだ。何しろさっぱり状況が掴めない。ここがどこだかすら知らないし。


「ねえソル。ここ、どこ?」

「え? えーとね、エニマ療施院ってとこ」

「りょうせいん」


 なんだそれ、と思ってそのままの顔をしていたのだろう。ソルが苦笑しながら尋ねる。


「わかる?」

「……病院じゃなく?」

「びょういん?」

「……あ、いや、お医者さんがいて怪我や病気を治してくれるところって認識であってるよね?」

「あ、うん。そうそう。そんでここは一番すごいとこなの。国立だし……医療の研究機関も兼ねてるみたい」

「国立……」

「療施院自体はどこにでもあるんだけど、国立があるのは大都市だけなんだ。で、国内の療施院で一番大きいのがここ」


 私の認識からすれば病院で間違いないが、この世界では病院というものが全て療施院という名前に置き換わっているようだ。そしてここはすごいとこ、と。大学病院みたいなものだろう。


「へえ……すごい。でも俺、そんなに大きい怪我してるわけじゃないのに、なんでこんなとこに運ばれたの?」


 それが疑問だった。傷らしい傷は、包帯ぐるぐるで見えないが首筋にあるらしきこれだけだし。

 私の疑問を聞いたソルが変な顔をする。何言ってんだこいつ、を少し柔らかくしたような顔だ。


「……俺、さっきからなんかおかしいと思ってたんだけどさ」

「え? うん」

「ヤマト、もしかしてさ、大聖堂でのこと覚えてない?」


 見事に言い当てられて、ちょっと躊躇した。

 そう、「私記憶がありませーん」って。最初はすぐ言おうと思ってたんだ。でも、言えなくなった。どうやら大変な目にあったらしい私が生還したことをとっても喜んでくれている二人を見てたら、申し訳なくて「私に何があったんですか」なんて聞けなかった。

 しかしばれてしまっては仕方がない。


「うん、覚えてない……」

「……やっぱり」


 正直に答えれば、ソルは深刻そうな顔になった。いや、これは深刻っていうか、痛ましげな顔、だろうか。

 私が申し訳なく思った、その時。


「記憶の混乱はよくあることよぉ」


 見知らぬ女性が、突如として部屋に入ってきた。ついでに会話にも。

 背の高い女性だ。水色のストレートロングヘアが真っ先に目に付く。その髪からは尖った耳が覗いていた。エルフさんだろうか。そしてあと特筆すべきは……首から下。


(爆乳! そして白衣!! しかもミニスカート!!!)


 私の視線が釘付けになる。はち切れんばかりの豊かなバスト、それが押し上げる適度に着崩された白衣、さらに際どいミニスカートと、どこのエロい映像だってくらいの配置だ。

 カルテを持って聴診器らしきものを首から下げているので、きっと女医さんなんだろう。


(爆乳水色セクシーエルフ、職業:女医って、すごいな!)


 不健全な男性の夢をいろいろ詰め込み過ぎて暴発した感じだ。さっきまでの重い空気を一切忘れ、私は見惚れた。


 そして、爆乳水色エルフさんに続いて入ってきた人には、さらに視線を奪われてしまった。

 紺碧の髪と瞳を持つ、強面で筋骨隆々なむくつけきヒューマンの大男だ。大股で、効果音をつけるのならば“のしのし”といった具合に歩いていた。武骨、という言葉がこれほど似合う人もいなかろうという感じである。部屋に入ってきた彼は無言のまま爆乳水色エルフさんの背後に控えた。

 彼、看護師服らしきものを着ているのだが、腕も足も丸太のように太いせいでどこもかしこもぱんぱんだ。


(この人、ほんとに看護師さん……? 気の弱い人だと泡吹いちゃいそうなんだけど)


 現に私は泡吹きそうだった。多分凄まれたら失禁する。


「せんせーたちつれてきたよぉ」


 爆乳水色エルフさんと筋骨隆々強面さんにわくわくしたりがくがくしたりしていたら、更に続いてエナが戻ってきた。そして、そのうしろにはパーシヴァルさんも。


「よう、起きたか」


 いつもより若干、声色と眼差しが優しい気がする。……これもやはり、ソルたちと同じように喜んでくれているのだろうか。どっか行ってた申し訳なさが舞い戻ってくる。

 どうしよう、と思っていたら、パーシヴァルさんが目線で爆乳水色エルフさんを示した。それにつられて目線を移せば、爆乳水色エルフさんがにっこりと笑む。


「ヤマトくん。私は医者で、名前をリュミエレンナといいます。貴方の主治医を務めさせていただくので、よろしくねぇ。こっちはウォスト。私の助手よぉ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 水色爆乳エルフさんは、深い青色の垂れ目気味の大きな瞳と肉厚な唇を微笑ませて自己紹介をしてくれた。のんびりとしつつも、色っぽい不思議な声だ。

 彼女はリュミエレンナ先生。そして筋骨隆々強面さんは、ウォストさん。ウォストさんはむっつりと黙ったまま軽く会釈をしてくれた。

 自己紹介もそこそこに、リュミエレンナ先生がカルテを取り出す。


「ヤマトくん、覚えていないのは大聖堂での出来事だけかしら?」


 そう聞かれて、自らの記憶をざーっと遡ってみる。とりあえず、変なふうに思い出せない記憶は大聖堂の出来事以外にない。大聖堂の出来事も、ある一部分だけが抜けているのだ。


「あの、全部覚えてないってわけじゃなくて。ミサに参加して聖歌を歌っていたあたりまでは、思い出せるんです。そこから先だけが、全然思い出せなくて」

「そう……。ちょうど呪傷を受けた事件のあたりね」

「じゅしょう……?」


 聞いたこともない単語だった。

 困惑する私に向かって、リュミエレンナ先生が軽く微笑む。


「記憶がないのは防衛反応のひとつだと思うから、今思い出す必要はないわぁ。そして呪傷というのは、呪いの受け口になった傷のこと。その首筋の傷がそうなの」

「呪い? 首筋の傷が呪傷、って……え、俺呪われてるんですか!?」


 なにそれこわい。

 変な装備を拾って装備した覚えもないのに、どうして呪われたりしているんだ。もしかして大聖堂で何か装備したのだろうか。呪われた装備。いやでも、今特に装備してる物ないし、外せないものもないし。


(今身につけてるのなんて病衣と包帯くらい? まさかこれが呪いの装備? ひいっ!)


 一瞬で頭が大混乱に陥る。病衣を脱ぎ捨てて包帯を毟り取りたい気持ちに駆られたが、さらに一瞬後、多分これ呪いの装備じゃない、と気付いてことなきを得た。というか、呪傷、とかそういう単語が出てきてるのだから呪いの媒体が呪いの装備じゃないことくらいわかっているだろうに私よ。冒険の書が消える時と同じ音楽なんて流れるわけないのに。

 リュミエレンナ先生がなんだか微笑ましげにこっちを見ている。


「その治療のために、ここにいるのよ。あと数日もすれば完璧に解呪できるから安心して」


(……なるほど! だからこんな傷一つで、聞いたところによるとすごい病院にいるのか!)


 納得と共に思う。お医者さんの笑みと力強い言葉は偉大だ、と。安堵の息が零れる。


「よ、よかった……」


 リュミエレンナ先生の微笑みが深くなった。……みっともなく一喜一憂しすぎただろうか。


「うふふ、すっごく綺麗な子だからもっと冷たい感じかと思ったけど、ヤマトくんは可愛らしいのねぇ」

「え、い、いやそんな」


 私がおろおろすると、パーシヴァルさんがうんざりしたような顔で会話に入ってきた。


「おい、そんなことより説明責任を果たせ」

「はいはぁい。それでね、ヤマトくん。さっきあと数日で解呪ができると言ったでしょう?」

「はい」

「それまでは呪いの進行を抑えなければいけないの。このエニマ療施院の解呪療棟には解呪に関する設備が整っているし、呪いの進行を抑える結界もあるから、数日ほど入院してもらいます」

「あ、はい。わかりました」


 一も二もなく頷いた。リュミエレンナ先生は申し訳なさそうに言うが、入院の話は逆にありがたい。呪いとか怖すぎるし。

 お医者さんがすぐそばにいてくれる環境の方が安心できる。


「それでね……通常、人間の体の中には全ての属性がバランスよく巡っているものなのだけれど、今の貴方は呪いによって闇属性の因子が膨れているのぉ。そのせいで、気分が悪くなったり不安になったりすることがあるかもしれません。その場合、お薬を飲んだり処置をしたりすれば少し良くなります」

「はあ……なるほど」

「だからヤマトくん、何かあったら近くの人にすぐに言ってね」

「はい」


 リュミエレンナ先生の言葉に、パーシヴァルさんが続ける。


「俺でも誰でもいい。どんな小さなことでもいいから報告しろ」

「はい」

「今のところ何かあるか?」


 突如聞かれて、少し悩む。どんな小さなことでも、って言われても……そう簡単に思いつくもんじゃない。違和感があればいいのだろうか。それだったら。


「あの、傷が」

「傷がどうした?」

「けっこう大怪我っぽいのに、まったく痛くなくて。麻酔、とかですかね」


 言ってる途中で思い当たった言葉を繋げながら私がそう尋ねると、パーシヴァルさんとリュミエレンナ先生が難しい顔をした。


「平気な顔してるから不思議だったんだが、なるほどそうか。おいリュミ、麻酔なんてかけたか?」

「いいえ。麻酔は悪影響が出る恐れがあるから解呪中には使えないの。……痛みが無いっていうのは……おかしいわね。何かしら? 調べてみるわぁ」


 リュミエレンナ先生がカルテに書き込む。その間に、パーシヴァルさんがこちらに向き直って質問を重ねた。


「それ以外は?」

「うーん……特にないです」


 いろいろ考えてみたが、それ以外は思い当たらない。

 カルテへの書き込みが終わったらしいリュミエレンナ先生が、小首を傾げて尋ねてきた。


「夢見とかはどう?」

「……夢、ですか。微妙に悪かった、ような」

「そう……夢は精神との結びつきが強いから、影響が出ることが多いの。悪夢を見るようなら言ってね」


 それで問診は終わりだった。とりあえず安静にして経過観察、と言われたので、私は寝ていればいいらしい。

 リュミエレンナ先生とウォストさん(結局一言も喋らなかった……)が去って、部屋に私とパーシヴァルさんとソルとエナの四人になる。

 人口密度が低くなった部屋で私がひとつ息を吐くと、パーシヴァルさんがそういえば、といったトーンで問い掛けてきた。


「お前、腕輪ないだろ」

「……え? ……あれ? ない! なんで……」


 言われて驚き、慌てて腕を確認してみたら、今まで風呂の時と寝る時以外はつけていた腕輪が確かにない。


「大聖堂はだいぶ混乱してたからな、その時失くしたんだろう。新しく作ってあるから、つけとけ」


 パーシヴァルさんはそう言って、前私がつけていたものと寸分違わぬ腕輪を差し出した。


「……あ、ありがとうございます……」


 お礼を言って受け取る。ありがたかったのだが、ショックだった。外見、そしておそらく機能も同じとはいえ、前の腕輪は今は会えないニーファに貰ったものだ。

 そんな簡単に失くすなんて、私って奴は。大聖堂で何があったんだか知らないが、友達甲斐が無さ過ぎるだろう。

 ニーファに申し訳なくなると同時に、自己嫌悪に陥った、その時だった。


(……腕輪、失くしたなんてニーファに伝わったら、どうなる?)


 ぐるっと、体の中で何かが蠢く感触がした。

 それと同時に凄まじい不安感に襲われる。

 自分があげたものを失くされたと聞いて不快に思わない人間なんていないだろう。ニーファは今不在なためバレてはいないけど、もしパーシヴァルさんが報告したら?

 険しい顔で私を睨むニーファが思い浮かんだ。不誠実な人間だと、軽蔑されるかもしれない。……嫌われるかも。

 嫌われたら、冷たくされて、永遠にこっちを向いてもらえないんだ。

 臓腑の底で毒みたいな何かが煮える感じがする。


「あ、の。パーシヴァルさん」

「なんだ?」

「腕輪、失くしたって、ニーファに言わないでください……」


 気付けば、懇願するような声をだしていた。

 パーシヴァルさんが眉を顰めて怪訝な顔をする。そのままの表情で私のことを少し見た彼は、ふと表情を緩めた。


「わざわざ言う必要もねえだろ」

「あ、りがとう、ございます」


 その言葉に、全身の力が抜ける。知らずに体を硬直させていたようだった。

 なんにせよ良かった。これで、ニーファに貰った腕輪を失くしたことがバレない。……嫌われない。

 良かった、本当に。

 痛くなかったはずの首筋の傷が疼いたような気がしたが、一瞬のことだったので安心の陰に隠れて消えた。


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