表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Trans Trip!  作者: 小紋
88/122

9‐(7).求む豊かな人生経験

 あんな状態で目を瞑ったらどうなるかなんて、予想がつきそうなものを、強い混乱のさなかにいた私は、とにかく集中しようとそればっかりで、他のことを考える余裕などなかったんです。

 ……その結果、集中を粉々に砕かれたのだが。


「ん……っ!?」


 言葉にならない呻きは吸い込まれた。麻痺が蝕む中頑張って閉じたはずの瞳をその甲斐なく見開けば、至近に迫ったバーミリオンアイが、驚愕に塗れているであろう私の瞳を愉快げに覗き込む。

 覆いかぶさられている。これはさっきから変わっていない。問題は顔の位置だ。首筋に吸いついていたはずの魔人の顔が、いつの間にか額同士がぶつかるほどの近くへ移動していた。

 そして特筆すべきは、唇を塞ぐ柔らかい感触。これはどう考えても。


(え、何、この……この!? えっ、これって、まさか)


 接吻、という、やつでは。

 状況を把握するなり私に襲い来る、先ほどの比ではない大混乱の波。心の中は絶叫の嵐。いや、腹とか胸とか舐められたり、首筋にちゅーされた時点でも十分絶叫するべきだったのかもしれないが、唇と唇を合わせるという行為はやはり特別衝撃的で。

 混乱のあまり停止していると、角度を変えてより深く口づけられる。そのまま舌がぬるりと入り込んできた。


「はっ……んむぅっ」


(ちょぉっ! ちょっちょっ……待てよおい待ってくれ! 何、何やって……何やってるう!)


 突っ込み地獄な精神を置いたままで、私の喉は苦しげな声を上げるばかりだ。

 大きな舌のぬめりを帯びた感触が、水音を立てながら口内を舐め上げる。口壁を撫でられては背筋を震わせ、舌を絡められては呻き、強く唇を吸われては鼻から抜けるような声を漏らし、もうぐちゃぐちゃだった。

 『麻痺パラリシス』の効果が、感覚も麻痺させてくれていたのならここまでしっちゃかめっちゃかにはならなかったかもしれない。しかし生憎『麻痺パラリシス』が麻痺させるのは動作に関連する諸々のみだ。感覚はそのまま。都合のいい魔法である。エロゲーに使えるんじゃなかろうか。

 それからしばらく、私の咥内を舐りに舐りまくって満足したらしいレヴィが、べろりと唇を舐めてから顔を離す。キスの最中、息の仕方もわからなかった私は久々に酸素を取り込むこととなり、それが変なところに入って盛大に咽こんだ。あ、涎垂れてる。拭いたくても拭えない。


「拙いね。……もしかしてはじめて?」


 咽ているせいで乱れた呼吸をただすこともできない。精一杯睨めば、レヴィはくすりと笑う。


「奪っちゃった」


(お茶のCMでそんな台詞ありましたね! くそっ、嬉しそうな顔をするなこのホモ)


 腐女子の私が“ホモ”を罵り文句にするのは自らの存在を否定しているような感があるが、罵らせていただきたい。非リア充街道を爆進していた私には、この出来事は刺激が強すぎだった。相手を罵るでも何でもして処理しないと頭が爆発する。

 言っておくがはじめてではない。幼稚園の時子供の戯れで近所の男の子としたことがある。……十数年前の出来事だ。まあ正直覚えちゃいない。初めてと言っても差支えはないかもしれないのがイラつく。


(……ああくそ、何考えてるんだ私は。人のことならきゃーきゃー言えても、自分のことになるとこれなのか)


 考えるばかりで言葉が出てこないうえに手も足も出ない。言葉も手も足も出ないのは麻痺のせいもあるが、ぐるぐる混乱しながら苦しい息を整えることしかできない自分が情けなかった。

 普段男同士の色恋沙汰を食い物にしているというのに、キス一発でこれだ。攻撃魔法を放ってやると強い意志を持って瞼を閉じたはずだったのだが、それどころではなくなった。痺れが深くなったような気さえする。

 まだ呼吸は整わない。せめて呼吸を落ちつけないと、魔法を唱えることもできないのに。


「……っくく、可愛いなあ小鹿ちゃん!」


 私が自らの人生経験の無さのせいで必要以上に動揺していることを後悔しているうちに、魔人のボルテージがどんどん上がっているようだった。

 レヴィは興奮で上気した顔を隠しもせずにいる。


「小鹿ちゃんのはじめての男として責任取らなきゃ。……責任もって、俺のものにしてあげなきゃね」


 しかも変な責任感まで持たれてしまった。いや、いいです。いいですからそういうのは。


「殺すのも、苦しくないようにしてあげる。あ、でもルイカが言うには小鹿ちゃんは絶望したまま死ななきゃいけないらしいから、やっぱり苦しいかも。ごめんね?」


 さらに悪いことに、嫌過ぎる方向へと話が進む。そんなのは初耳だ。壮絶に止めてほしい。


「ああ、可哀想。でも、絶望した小鹿ちゃんは、とっても綺麗だろうなあ……。泣いて、鳴いて、啼いて……これならいっそ、と死を望むようになるまで、世界を憎むようになるまで、とことん虐め抜かれるんだよ、小鹿ちゃん」


 目の前の魔人は興奮しすぎて目つきがヤバい。私は今この状況から予想される展開が絶望しか無さすぎて虚ろがヤバい。

 っていうか話をまともに聞いてしまった。レヴィの話を完全に無視して、話を聞く時間を精神を落ちつける時間にあてれば魔法の一つくらい唱えられたかもしれないのにと後悔しても後の祭りである。


「可哀想な小鹿ちゃん、すごく可愛い。ああ、そうだ。今日はプレゼントがあるんだよ」


 話の流れからして、まあ良いものではないだろう。これでかわいい花束とか貰ったらびっくりしてしまう。……まさかプレゼントに股間のマグナムをぶち込んでやるぜとか言われないだろうな。突然すぎる尻穴の処女とのさよならは力強く遠慮したい。

 疑問を帯びた声で、プレゼント? とオウム返しをしたつもりだったが、私の言葉は赤ん坊が喋る喃語のように意味を成さない音となって落ちる。くそ、麻痺め。これさえなければそれなりに萎える罵詈雑言を言い募ってやるものを。

 ろくに言葉を発することも出来ない私をくすくすと笑うレヴィ。

 むかっ腹を立てると、べろり、と首筋を舐め上げられた。


「ひっ」


 掠れた悲鳴を上げる。さっきからべろべろべろべろと、この男、口唇期なのだろうか。


「プレゼント、前もささやかに残したんだ。でもすぐ消されちゃった。だから今度はそう簡単に消えないように刻み込んであげる」


 レヴィはわけのわからないことを言っている。プレゼントを前も残した? そんなもの残された覚えはない。それに、すぐ消されたって……っていうか、プレゼントって一体なんなんだ?

 私が困惑するのを構いもせずに、話は進む。


「歯を食いしばっていてね。舌を噛んだら血が出て痛いよ?」


 その言葉に嫌な予感はした。だって、舌を噛むとかそんな話は、よっぽどものすごい衝撃を受ける時の話で。なんて、思考を巡らせたのだが。


 普通に考えることができたのはそこまでだった。


 ぞろり、と首筋の皮膚を舐られたかと思ったら、間髪いれずに鋭い痛みが走る。


「――――ッ!!」


 私はあまりの痛みに、声のない悲鳴を喉から迸らせた。

 的確に、一撃で、首筋の薄い肉を切り裂かれたのだ。

 ぐちゃぐちゃと音がする。歯と舌を使って傷を抉り、広げているようだった。それだけでも悶えるほどの激痛なのに、次の瞬間、今まで感じたことの無いような痛みの感覚がさらに加わった。


 ずるりと、体の中に、何かが、入ってくる。


 びくん、と体がひとつ大きく痙攣する。体を捩って衝撃を散らしたくても、麻痺魔法のせいで微塵たりとも動けず。

 感じるのは嫌悪感と拒否。これを身体の中に入れてはいけないと、脳の全ての感覚が警告してくる。だが、抵抗できない。

 傷口を入口に入り込むのは、蛇のようにうねる意思を持った何かだ。それがずるずる這って体の奥を目指していた。

 そうして何匹かの蛇が体に入り込み、喉元に圧迫感を覚え始めた頃、レヴィが唐突に食い破った箇所から口を離す。そのままぎゅっと抱き締められ、満足げな溜息が耳元に届いた。


「っふふ、ハァー……。全部入ったよ」


 乱れた息が戻らない。浅く短い息を続けていると、いつの間にか目尻に溜まった涙がぼろりと落ちた。悲しいのではない、強すぎる衝撃によりもたらされた生理的な涙だ。

 体中に違和感があった。皮膚の下を黒い蛇が縦横無尽に駆け巡っている気がする。気持ち悪い。そのうち腹部を食い破って出てくるのではないかという恐怖感が湧いてきた。

 最初に流れ落ちた涙を追うように落ちる涙たちを止めるすべもない。痛い、気持ち悪い。そんな二重苦に苦しめられていると、私を抱き締めていたレヴィが身を起こし、顔を覗き込んでくる。


「……小鹿ちゃんが、俺の呪いに犯されてる……」


 艶然、陶酔。聞こえるのはそんな色を含んだ声色。

 歪む視界の中で、口元を赤い液体で真っ赤に染めたレヴィが、頬を上気させ悦楽に眉を寄せている。

 その真っ赤は、私の血だろうか。意識してみれば、斬り裂かれた服が何かの液体にびっしょりと濡れ、体に張り付いていた。少しだけ粘性のあるその液体はおそらく血だ。首を食い破られたのだから、血くらいはでているのだろう。

 顎を持ち上げられた。レヴィの顔が降りてくる。またか、と。その先の出来事は私も予想できたが、動けはしなかった。


「ん、むぅっ」


 唇が重なり、声が漏れる。べとりと、レヴィの唇を濡らしていた血が私にもついた。生臭い鉄に味覚が支配される。


「ふっ……ぅ、ん」


 すぐに入り込んできた舌に口内を掻き回される。ねっとりと口壁を舐め上げられ、鼻にかかった声が漏れた。

 抵抗したくても、麻痺魔法に蝕まれた体がそれを許さない。

 撫でられ、なぞられ、絡められ、しゃぶられ、散々嬲られて舌の感覚がなくなっても、キスは終わらない。息ができない苦しみに顔を歪めれば、至近にあるバーミリオンの瞳が興奮に爛々と輝いた。

 体を弄られる。血を纏ったぬるつく手が直肌に触れ、腹のあたりを滑った。


「……や、ぅぅっ……」


 次々と襲い来る感覚に、頭がキャパシティオーバーを起こす。

 これ以上何かされたら、どうなるか。


 恐怖を覚えながら弱々しく呻きを漏らしていると、突然ガラスの砕けるような音が聞こえた。


 その途端、ほぼ無音だった静寂の空間が破壊され、周囲の音が聞こえてくるようになる。

 怒号、悲鳴。足音や剣戟、打撃音などの雑多な暴れる音も。

 レヴィが私から唇を離して舌打ちをした。


「ヤマトッ!!」


 知っている声に名前を呼ばれる。この声は、ソル?

 反応したくてもできない。体を動かせないので、声の方向を振り返って見ることもできない。

 床に耳が近いせいで、足音が頭に響いた。無数の足音が床を乱打している。そのたびに頭にいる黒い蛇がぐるりと動くような気がして、気分が悪くなる。

 次の瞬間、見覚えのある影が視界に映り込んだ。と思うと、体が軽くなる。

 レヴィが大剣の一薙ぎを避けるために、私の体の上から飛びずさったようだった。


「避けてんじゃねェッ!!」

「避けるに決まってんでしょ。……あーあ、いいところだったのに」


 そんなやり取りが聞こえたかと思ったら、すぐさま抱き起こされた。大剣を持っていない方の片腕で力強く私を抱き起こすのは、ソルだ。


「ヤマト……ヤマト!」


(ソル……助けに来てくれた)


 嬉しい。だが、必死に名前を呼ばれているのに、返事もできないのが申し訳ない。

 辛うじて視線は動いたため、のろのろとソルの方を見た。悲痛な表情の彼が目に映る。私と目があったことでよりいっそう痛々しい表情になったソルは、一言悪態をついてレヴィをギッと睨みつけた。


「おっ、まえェ……! ヤマトに何しやがったぁっ!!」

「虎男には関係ないね。俺と小鹿ちゃんの秘密」

「ふざけんじゃねぇぞッ!」


 激昂しすぎて半分震えてるソルの声。こんなソルは初めて見る、とか尻尾が逆毛立ってる、とか今考えるべきではないだろうことを考えていると、エナとパーシヴァルさんもやってきた。


「エナ、ヤマト頼む」

「えっ、ちょっとソルぅっ!」

「あいつ、殺してやる……ッ!」

「待て、ソル!」


 ソルが私をエナに預ける。物騒なことを呟きながら大剣を構えたソルは、エナとパーシヴァルさんの制止する声も聞かずにレヴィへと向かっていった。どうしよう、ソル、魔人となんて戦ったら無事じゃ済まない。

 私の不安感に呼応するかのように、黒い蛇が蠢く。


「う……ぐっ……」

「……あっ、ヤマト?! しっかり、しっかりしてよぉ!」


 おろおろとソルの挙動を追っていたエナが、私の呻きに気付いて泣きそうな声を上げた。


「パースぅ! ヤマトが!!」


 パーシヴァルさんがやってきて、私の傷口に触れようと手を伸ばした。彼の指が露出した肉に触れる直前、電流のようなものが発生し、私はその痛みに体を痙攣させる。なんだよこれ。


「まずいな、呪傷だ。相当深くやられてやがる。クソッ」


 その状態からすぐに思い当ったらしいパーシヴァルさんが、忌々しげな様子で舌を打つ。じゅしょう、ってなんだ。


「……進行が速い……止むを得ねぇ、応急処置する。ちょっとばかり痛ぇぞ。……エナ、手ぇ握るの止めろ。砕かれる」


 言うが早いか、革手袋をした指が数本、口に突っ込まれた。

 パーシヴァルさんが何かを唱える。知らない魔法だ。炎属性と光属性が動いた気がする。……パーシヴァルさんて光属性使えたのか。なんて、場違いなことを考える。

 やがて詠唱を完了させたパーシヴァルさんは、右手を赤々と光らせ、厳しい顔で私に言った。


「楽しいこと考えとけ。……いくぞ」


 楽しいこと、なんていきなり言われても咄嗟に何も考えつかない。

 だが、楽しいことを考えさせるのが目的ではなく、気を反らさせるのが目的だったようだ。

 意識が逸れた一瞬の隙に、赤く光る彼の掌が傷口に押し当てられる。正直、気を反らす作戦はあまり功を奏さなかった。


 じゅっ、と本来人の肉からしてはいけないだろう音が耳に届いた。

 痛い。熱い。壮絶な痛みだ。

 暴れ出すにも力が足りず、熱と痛みを全身で受け止めた。体が跳ね上がる。制御の利かなくなった喉から掠れた悲鳴を迸らせる。口の中に突っ込まれたパーシヴァルさんの指を噛みしめる。


 そう長くないだろう時間が永遠に感じられるくらいには痛かった応急処置が終わる頃には、私は意識を失っていた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ