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Trans Trip!  作者: 小紋
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9‐(6).セクハラ厳禁

 自らの頭部から血が下がっていくのを感じる。手に残るのは肉を斬った確かな感触。


(なんで!? 斬るつもりはなかった、武器を弾くだけのつもりだったのに……!)


 フレーミアはうつ伏せに倒れ込んだままぴくりとも動かなかった。

 数カ月剣を握り続けても、私はまだ人を傷つけるのが怖い。だから毎日する剣の訓練でも、相手から武器を奪い無力化することばかりを練習してきた。

 それ故に、今の一撃には自信があった。対峙した彼女を傷つけずに、武器だけを奪う自信が。あの一振りでは彼女自身を傷つけることはなかったはず。

 そう、あの予想外の動きさえなければ。

 意味がわからない。どうして彼女は自ら剣閃の軌道上へと飛び込んできたのか。

 いや、それも意味がわからないが……それ以上におかしなところがあった。


「血が……で、ない?」


 今はうつ伏せで傷自体が見えないにせよ、私の手に伝わった手ごたえは浅いものではなかった。だが、フレーミアからは血が一滴も出ていなかった。握っている剣にすら、一片の血痕も残ってはいない。


「っとまあ、実際見てもらった方が早いと思ったから斬ってもらったけど、ご覧のようにその子普通とは違うんだよね」


 愕然としていたところに突然声を掛けられ、私は体を揺らした。

 レヴィはおそらく仲間であろう少女が斬られたというのに、平然としている。いや、言葉をそのまま受け取るならば、彼女が斬られるよう指示をしたのがレヴィなのか?


「有り体に言っちゃえば死体。俺の傀儡。維持によけいな魔力使うから、血と内臓は全部抜いちゃってあるの。しいて流れているものを挙げれば、俺の魔力くらい」


 レヴィがフレーミアに近寄り、彼女の腕を取って持ち上げた。体の前面が私の視界に晒される。

 斬撃の手ごたえは確かだった。フレーミアの腹から胸にかけてがぱっくりと開いている。開いた傷から覗く中身は、どす黒い肉がある以外は空洞が広がるのみ。あるべきものがない。

 動く死体。ゾンビ。不死者アンデッド。たびたび耳にすることもあった、ファンタジーにはつきものであるその存在。いざ目にしてみると言い知れない気持ち悪さを感じた。思わず口元を手で押さえる。


「俺、屍傀儡師ネクロマンサーってやつでね。わかるかな?」


 さっきまで動いていた少女の首を掴んで持ち上げたレヴィは、その小さな唇に愛おしげにキスをする。

 ネクロマンサー……ゲーム知識をそのまま当て嵌めるならば、死者や霊を介して魔術を使う者たちのことだ。死体を操る、なんてことを言っていることから考えれば、それはそのまま正解で間違いない。そしてどう考えても、敵にいても味方にいても歓迎するべき人ではない。

 持ち上げられたことで自重に耐えきれなくなったのか、フレーミアの傷から下がぼとりと落ちた。


「ほら、生き物みたいに汚い血は流れてないし、醜く老いることもない。すごくいいでしょ? 魔力を流して操るんだから当たり前だけど、逆らうこともないしね」


 体半分になっても少女は何も語らない。濁った瞳はただ虚空を見つめている。


「ま、これはもういらないかな」


 先ほどまで少女の死体に愛おしげに接していたにもかかわらず、一瞬で全くの興味を無くしたかのように唐突に無表情になったレヴィが死体を放り投げた。


「俺は、使う死体にはこだわりがある方なんだよ。メルディアムは数が多ければそれでいいなんてロマンのないこと言うけど、半分腐ったやつになんて魔力を通したくないじゃない? 俺は、なるべく綺麗なの、それも潜在能力も高いのが欲しくてさ」


 メルディアムとは、人の名前だろうか。推測するしか術がないが、今この場で考えるべきことではない。

 私は完璧に場に飲み込まれた自分を自覚していた。異常が立て続けに起こりすぎて、言葉も容易に発せられない。レヴィがぺらぺらと一人で喋り続けるのを阻止することもできなかった。

 いけない、これではいけない。だが頭を振ってなんとか我を取り戻そうとするも、なかなかうまくいかない。

 レヴィがにやりと笑う。


「だから小鹿ちゃんが欲しい。俺のものにする」


 レヴィがやたらと私に執着するのはそういうわけか。

 考えてみれば、体を貰うと言っていた。彼はネクロマンサーだから、私の死体が欲しいんだ。何か使い道があるのかそれとも屍体性愛ネクロフィリアかと推測していたのは、前者が正しかったようだ。いや、フレーミアにした愛おしげなキスからして、後者も多少あるのかもしれないが。

 確かにこんなにいい物件はない。顔よし、体よし、能力よしだ。これ以上にない良物件といえる。……中身が私じゃなければ、本当に素晴らしいんだ。本当に。


「安心して。大事に大事に使ってあげる。つがいもちゃんと決めて、幸せにしてあげるから」

「つがい、って……!? ぁっ」


 突如出てきた異様な単語に驚いて意識を散らした時、突如距離を詰められた。突然のことに判断が遅れ、そのまま長椅子の上に引き倒される。

 引き倒されると同時に剣を持った手を長椅子の背もたれにしたたかに打ちつけ、その衝撃で剣を取り落とした。

 未だ静寂が満ちる礼拝堂の高い天井に、がしゃんと音が響く。


「離せっ」


 びっくりして一瞬呆けてしまったが、短く言って強く押しかえすとレヴィはすぐに離れていった。

 慌てて体を起こすと、にやにやと笑う魔人が何かを持っている手を掲げた。その手の中にあるものを見て、思わず、あっと声を上げる。

 腕輪だ。自分の腕を見てみると、肌身離さず身に着けていたはずの腕輪が無くなっていた。あの一瞬で奪われたんだ。


「この前はこれがけっこう邪魔だったね。壊してしまおう」


 間髪入れず、レヴィが手の中にある腕輪を握りしめた。魔人の握力で潰された腕輪は、ひとたまりもなく砕け散る。

 私はそれを、見開いた目で見つめた。


(ニーファからもらったものなのに……! この……っ!)


 ショックは大きい。勿論それだけでは終わらない。大事なものを奪われ壊されたことで怒りが湧く。それが今は会えない大切な友人から貰ったものだということが、拍車をかけた。

 憤りにまかせて、『光矢サンクトアロー』を収束させる。数本の輝く矢を鋭く磨きあげ、出来得る限りのスピードで、目の前の嫌な笑いを浮かべる魔人に放った。


「おっ、と!」


 あっさりと避けられ、礼拝堂の磨き上げられた床に光の矢が突き刺さる。

 元々その程度の魔法が魔人に当たるとは思っていなかった私は、レヴィの意識が逸れた隙に先ほど落とした剣を拾い上げ、構えた。

 矢は数瞬して消え、その本数の分だけ床に穴が開いていた。レヴィはそれを感心したような顔で見つめる。


「光属性……すごいな。魔力が高いのは知ってたけど、適性の資質もあるなんて。嬉しくなっちゃうなあ」

「あなたを嬉しがらせるために攻撃したんじゃない……っ!」

「……ああ、ヤバい。小鹿ちゃん、超可愛い」


 精一杯怒りを込めて叫べば、レヴィは身震いして喜ぶ。


「見れば見るほど、知れば知るほどいいなあ……早く欲しい」

「俺はあなたのものになんかなりません!」


 もしかしたら、反応すればするほど喜ばせるだけなのだろうか。魔人の態度に腹を立てて睨みつければ、くすくすと嬉しそうな笑いが返ってきた。これは駄目だ。


「そうだな……内臓は抜き取っちゃうつもりでいたけど、止めようか。どこも欠損させたくない。ああ、オルドラとつがいにしてもいいかも……すごくお似合いになりそう。妬けちゃうなあ」


 しかも、先ほどからそうだがレヴィはこちらの話など何も聞いてはいない。自分の言いたいことを言い募るばかりだ。

 私は対話を中止し、構えた剣をそのままに腰を落とした。

 人を斬るのは怖い。怖いが、今はさっきのように不意打ちで“斬らされた”のとは違い覚悟がある。今まで訓練してきたのは、この魔人に対抗するためなんだ。

 私が黙って戦闘態勢に移行したのを確認したレヴィが、異空間から鞭を取り出し、笑う。


「お手並み拝見しようかな」


 その言葉を合図に、私は地を蹴った。






 その身直前まで肉迫する斬撃が鞭によってすれすれで弾かれる。これで数度目になる惜しい一撃に私が舌を打つと、レヴィが口笛を吹いた。


「この短期間で成長したね、小鹿ちゃん」


 肉弾戦と魔法を交えながらの戦いは、以前のように一方的なものではなかった。魔人のその表情は、数ヶ月前路地裏で対峙した時のような余裕しか存在しないものではない。自らの成長の手ごたえを確かに感じながら、魔人を追い詰めるべく魔法を詠唱する。

 数発の『炎弾ファイアバレット』を順々に発射し、レヴィが後退したところに『聖槍サンクトランス』を打ち降ろした。

 頭上から真っ直ぐ降ろされるだけの槍は簡単には当たらず、レヴィが避けたせいで抉られた床が土煙をまきあげる。それが目くらましとなってしまい標的を見失った私は、舌打ちして気配に意識を集中させた。

 次の瞬間、土煙の向こう側で紫の電光が煌めいた。土煙が晴れると共に、バチバチと音を立てながら体積を増していく紫電が視界に映る。

 以前は知らなかった魔法だが、今ならわかる。風属性の上位魔法『電撃弾サンダーバレット』だ。ボルト数がどうだのはよくわからないが、強烈に練り上げられた電気の塊をそのままぶつけるその魔法は殺傷能力も高い。

 シールドを張る暇もなく投げつけられたそれを、間一髪で避ける。

 しかし『電撃弾サンダーバレット』にばかり気が向いていた私は、その裏でもうひとつ魔法が練られていたことに気がつかなかった。


「うん、すっごく強くなったよ小鹿ちゃん」


 パシン、と音がした。


(!? しまった)


 気がついた時にはもう遅い。私はがくりと地に膝をついた。


「あとは、想定外のことにも対処できるようになろうね」


 もっともらしく指導するように言う声を聞きながら、そのまま前のめりに倒れ込む。


「『麻痺パラリシス』~」


 楽しそうに言ったレヴィが指を打ち鳴らす。

 ぬかった。風属性の魔法『麻痺パラリシス』は名前の通り、対象の体を麻痺させて自由を奪う魔法だ。体全体が痺れ、指の一本も自分の意思で動かなかった。意識も半ば痺れて、現状を把握するのがやっとだ。こんな状態ではとても魔法を唱えて抵抗などできない。

 こつこつと、床のすぐ近くにある耳に足音が届いた。うつ伏せに倒れているせいで、状況が窺えない。

 麻痺のせいで、悔しさに歯噛みすらできないまま沙汰を待てば、すぐ近くに魔人の気配が迫る。レヴィは私を見降ろしているようだった。


(やだ、死にたくない……っ)


 悔しさが消え、ふつふつと恐怖が湧いてくる。全ての決定権は魔人が持っているのだ。剣も持てず魔法も使えない私は、煮るなり焼くなり好きにされてしまう。まあおそらく殺される。そうなるだろうなと判断する理性的な自分と、死にたくないと喚く感情的な自分が頭の中に同居していた。

 冷静なような泣きたいような混沌とした気持ちを持て余せば、体に手が触れる。そのまま首でも締められるかと思いきや、何を思ったかレヴィは私を抱き起こした。顔を見ながら殺そうとでもいうのか。悪趣味だ。

 しかし、そうでもないらしい。次の魔人の行動は、私の想像とは全く違うものとなった。


 抱き起こされた私の体は、仰向けに倒される。疑問に思う暇もなく、覆いかぶさってくるレヴィ。


(え?)


「俺の勝ち。ご褒美を頂戴」


 悪戯っぽく笑ったレヴィは、そう言って私の体を撫で始めた。


(え、ちょっ……ご褒美って、え)


 襟元からすうっと指が滑ったかと思ったら、音もなく服が裂かれ、この美青年の真っ白な肌があらわになる。

 ひたり、と手を当てられて、その手の冷たさに身を竦める。……いやいやいや。


(ひゃあ冷たあい、とか、言ってる場合じゃ……! えっ何、“小鹿ちゃんが欲しい”ってそういう意味?! 頂かれてしまうの!? すれすれの発言だのつがいだのは冗談じゃなくマジ!? リアルホモ?! ちょっ、ちょちょちょちょ)


 頭の中は大混乱でも、体も口もぴくりとも動かない。せめて制止の声を上げたい。


「綺麗な体だね……俺好み。カスタマイズしなくても良いくらいだ」


 恍惚とした声が聞こえたかと思ったら、腹から胸にかけて、ぞろりと舐め上げられた。濡れた舌の生温かい感触。


(ぎえっ)


 ぞわわわと凄まじい勢いで鳥肌が立つ。まずい、これは、冗談じゃなくまずい。このまま無抵抗でいたらいろんなものを失う。

 体を強張らせる私を見て、レヴィが耳元で囁く。


「怖い? 大丈夫だよ、優しくする」


 吐息混じりに低く笑う声に、鳥肌総立ち。


(怖いわ! 色んな意味で怖いわ! でも多分あなたの言ってるのとは温度が違う怖いです! ああくそ、恐怖どっかいった。別の恐怖がきてる。シリアスになりきらねー!)


 どうして私はいつもこうなのか。

 そうこうしている間に首筋に口づけられる。胸の尖りを弄られる。さも当然のようにそういう行動をするな。BLじゃないんだから。

 いけない。抵抗しなければ。もう死ぬ気で唱えろ魔法。多少集中できなくても、小さくてもいい、威力なんか二の次。とりあえず、この行動を中止させるんだ、敵を萎えさせるんだ!

 心の中で叫び、強い意志と共に、詠唱に意識を集中させようと目を瞑った。

 ……それがいけなかった。


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