7‐(5).待つのが祭り
前夜祭の夜を越えて迎えた火の女神祭の朝、自室の窓からリグを見渡すと、街が真っ赤に染まっていた。
「うおー……ニル、起きて起きて見て見て」
「ん~……?」
不機嫌そうに呻るヴィーフニルは起きてはくれない。仕方が無く一人で真っ赤な街並みを堪能する。
火の女神祭の飾り付けのテーマは、炎と灯だ。
真っ赤な布と、炎の魔導器、キャンドル、ランタン、カンテラ、魔光灯……窓から見下ろしただけでも、飾り付けに使用されている様々なそれらが確認できた。
(今日はこんな中街を回るわけか……うーわー、楽しみ!)
人混みは嫌だが、祭の楽しさのためなら我慢できる。
一人胸を弾ませ、全く起きる気配のないヴィーフニルを放って着替えを始めたのであった。
祭の朝でも絶やすことはない朝練を終え、汗を流すために入った大浴場で早速獣人さんたちと遭遇したりと事件はあったものの、いつも通りやってきた朝の食堂で私は驚いた。
(……席に、空きが無い……)
こんなにも賑やかな食堂を見るのは始めてだ。
獣人さんたちが集まり、ワイワイガヤガヤと。ジェーニアさんたち厨房班が忙しそうに料理を作っては、ウランカちゃんたちホール班が飛び回って料理を届けている。
考えてみればこのだだっ広い食堂の中10人弱で食事を取るいつもの光景の方が異様なのだが、それに慣れてしまっていた私にとってはとてつもなく新鮮な光景だった。
しかし、こう知らない人だらけの空間に放り出されると……私の人見知り根性が如何なく発揮される。
まだ自室で寝ているヴィーフニルを無理やりにでも起こして連れてくるべきだった。あの子は最近睡眠時間のために朝食を抜いてばかりいるから、それを是正するという目的のためにも。
引き攣った顔で知り合いを探す。しかし、知らない獣耳や獣・トカゲっぽい頭、鱗の生えた顔、大きな羽根に遮られてままならない。
しばらく目線をあちらこちらに彷徨わせると、自らを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ヤマト、こっちこっち」
ソルだ。助かった。暗雲の中の一筋の光、天から垂らされた蜘蛛の糸。
微妙に大げさな例えをしながらもまさにそんな気分で小走りに近寄ると、ヴィーフニルとジェーニアさん以外のコロナエ・ヴィテのメンバーが集まっていた。だが、いつもより集団の規模が少しばかり大きい。どうやら、アーラ・アウラの幹部陣の方々も一緒のようだ。挨拶をしながらソルの隣に座る。
うむ……レティシアさんと隣、ガドさんの正面になってしまった。どうしよう。見ればガドさんの隣にルプスくんたちもいるではないか。彼はだいぶしぼられたからか昨日のように睨んでくることはなかった。兎耳少女とウィオーネの少年と会話をしている。
……すごいアウェイ感だ。席を取っておいてくれたソルに言うべき文句でもないかもしれないが、コロナエ・ヴィテ側の一番端っこが良かった。
「おはようヤマトくん。騒がしくてごめんなさいね」
「あ、いえ。いつもと違って新鮮で、いいと思います」
レティシアさんが眼鏡の奥の瞳をにこりと笑ませながら挨拶をくれる。人見知りにとって、穏やかににこやかに話しかけてきてくれる人ほどありがたい人はいない。
それで少し緊張がほぐれたため、既に運んできてもらってあったのか目の前に用意されていた朝食を食べ出した。
世間話が賑やかに続くのを、デミグラスソースっぽいもので煮込まれた肉を咀嚼しながら聞く。率先して会話に混じることはない。だって、人見知りだし。
そんな中、レティシアさんがソルをしげしげと眺めて言った。
「それにしても、3年顔を合わせないと男の子って変わるものよね」
「あ、何レティさん、俺に惚れた?」
「うーん、及第点ではあるけど……惚れたかどうかと言われると否ね」
「冷静に言われるとすげえ傷つくんだけど」
項垂れるソルに苦笑を向ける。うん、今の返しは傷つくな。ポンポンと彼の頭を叩いていると、この話題を聞きつけたエナが身を乗り出して尋ねた。
「レティさん、エナはエナは!?」
「エナちゃんはもうちょっと落ち着きがあればねー」
同じく項垂れるエナ。レティシアさん、悪気は無さそうだ。正直な人なのだろう。
「でもね、一番最初に2人と会ったときは本当にお貴族様って感じだったから……リンドのお坊ちゃんとコールテンのお嬢様がここまで成長したかと思うと、感慨深いわね」
「ちょっ、止めてよレティさん」
「照れちゃうー」
しみじみと昔を思い出すように発された言葉に嫌そうに顔を歪めるソルと、頬を包んで嬉しそうに身を捩るエナ。正反対の反応だった。
その反応の違いも気になりはするが、一番気になるのはあの単語だ。
「お貴族様?」
人見知り条約も忘れて思わず口を挟んでしまった。
(……お貴族様? それって、やんごとなき御身分の?)
更に言えば、お坊ちゃんとお嬢様って。そんなに昔からの付き合いなのだろうか。
「そうそう、リンド家とコールテン家っていったら、イェルビートではそこそこ有名な貴族の家系なのよ」
イェルビート、というと、アーラ・アウラが本拠を置く獣人の国だと聞いたことがある。
ソルとエナがその国の出身だということも初めて知ったが、しかも貴族とは。アーラ・アウラの皆さんと面識が深いのもそういう事情があってのことなわけだ。
バックグラウンドを少し知ってから改めてソルとエナを眺めてみると、どことなく気品があるような気がする。……情報に影響されすぎ?
「そうだったんだ……」
「あー……うん、でももう家は出たから。あんま関係ないよ」
「エナはたまに里帰りしたりしてるよぉ」
「お前はいいよなぁ……」
ほぼ忘れかけていたが、ソーリス=ディー=リンドというミドルネームを持つ名前も、貴族だからこそなわけか。
そういえばシビルちゃんのマシンガン噂話で張られた弾幕の中にあったエナのフルネームにも、ミドルネームが入っていた気がする。あとはエデルさんにも。
なるほど、コロナエ・ヴィテには貴族出身者が3人もいるわけか。うーん、思い切り小市民な私からするとわからない世界だ。
しかしミドルネームの話を誤魔化されてから感じていたことではあるが、この話題がでるとソルは歯切れが悪くなる。さっきの反応や、家は出たという言葉から考えると、あまり触れて欲しくない話題なのだろうか。
「あっ、そういえばさ……ギルド長元気? カーマインさん」
そう思った途端の強引な話題の転換に、私は確信を強くした。
(うーん、当たり前だけど、それぞれ過去があるもんなんだな……しかし、きぞくのこども、か)
綺麗な衣服に身を包み、育ちの良さそうな貴族オーラを全開で放出するソルとエナの子供時代を想像し、少しばかり滾って興奮してしまった私であった。
◇ ◇ ◇
朝食が終われば、もうあとはお祭りに向かうのみ。
昨日はソルとしか約束しなかったが、エナもついてきた。本来であればヴィーフニルとジェネラルさんも来る予定だったのだが、ヴィーフニルはギルドハウスを出た瞬間あまりの人混みのひどさに踵を返し、ジェネラルさんは急に会わなきゃならない人が来ちゃったとかで泣く泣く仕事という運びになった。
他のみんなは、気が向いた時にゆっくり回るそうだ。私は四六時中祭に出没する気でいるため、誰かが外に行く時は迷わずついていくことにする。
炎の魔導器なんかもあるからジェーニアさんはてっきり喜び勇んでいくと思っていたのだが、「興味ありません」とずばり言っていた。なぜかというと、「今年はめぼしいのがないんですよぅ、あれをわざわざ見に行くのなら、こもって研究したいです」だそうだ。流石チェックも早い。
(財布大丈夫! すり対策に風属性の魔法『帯電』もかけたし完璧! でもこれ、すられたときに私まで感電するんだよね、こえー! まあいいか! ひゃっほーお祭りだ! 朝っぱらからお祭りだ!)
既に振り切ったテンションメーターを抱えながら歩く。
目の前に広がるのは真っ赤に色づいた街。明るい陽光の下で行われるこの祭は縁日とは違うけど、躍ったり歌ったり演奏したり騒いだりしてる人が路上にいっぱいで楽しい。
人の数自体がものすごいことになっているのだが、それにプラスして、普段はあまり見かけないような人種も多く見られた。
「すごい人出だねぇ!」
興奮してそれだけ叫ぶ。エナもテンションが上がっていて、気合いを入れ出した。背後ではソルが苦笑している。丸っきり、引率のお兄さんだ。
(さあ行くぞー! うおおお!)
俺たちのお祭りはこれからだ!
「……なんか、振り返るたびに装備が増えてたよね」
一通りお祭りを回った後一息ついたガーデンバーにて、ソルが半笑いで言う。
誰のことだと疑問符を飛ばしてみたのだが、今の私の状況――頭にお祭り用の花飾り、頬にはフェイスペイント、右手には串もの4本、左手にはお菓子の袋とおかずの袋――から考えて私のことですね。
エナですら、フェイスペイントと串もの2、3本で留まっているというのに。
「いや、なんか……目についたもの片っ端から買ってたらこんなことに」
「だろうね。そのかわいい花飾りどこでもらったの」
「なんかお姉さんがつけてくれた」
「えーエナも欲しかったー」
「花飾り付けてる人けっこう見かけるし、そこらへんにいるんじゃないかなぁ」
もしかしたら私があまりにも楽しそうにしているから、お祭りのイベンターを惹きつけてしまうのかもしれない。そうだったら嬉しい。
それにしても、楽しいお祭りだと思う。
路上の至る所に音楽を奏でる楽団、踊り狂う人、大騒ぎをする人がいる。食べ物、飲み物、お祭りグッズ、そんなありとあらゆる屋台が出ているし……触ることができる炎だとか一級工芸品のランプだとかの炎と灯の飾りも見応えがあった。
おまけに広場などの広いところでは、規模の差はあれどだいたいキャンプファイアー的なことをやっている。中には芋が焼ける程度の小さな炎しか上がっていないところもあるが、それはそれで乙だ。
これからしばらくすると、今一息ついているこのガーデンバーから見えるところで火の魔法の美しさを競う大会が行われるらしい。それも見なければなるまい。
しかしこんなにお祭りを楽しいと思うのは、一緒にいる友達の存在がかなり大きく影響しているのだと思う。元の世界でもお祭り縁日大好きだったが、家族くらいとかとしか一緒に行ったことがなかったのだ。それが嫌というわけではないが、なんとなくはしゃぎきれないじゃないか、家族とだと。
そんなわけで、みんなにはすごく感謝していますので、この一週間はいっぱい遊んでください。なぜか心の中で頼んだ。
……一週間といわず、一月くらい続いてくれればいいのに、このお祭り。




