6‐(6).清く正しく美しく
明け7の刻を過ぎたばかりの早朝、城下町を囲む塀の外側から巨大な正門を見上げる門外広場には、多くの剣士や魔術師、そして冒険者などの、戦闘を生業とする者たちが集まっていた。
今日が、神聖国首都周辺区域の大規模モンスター掃討作戦の開始日だ。
ここに集められて全体集会を行ったあと、参加者たちはあらかじめ割り振られている担当地域に、明け9の刻までに向かうこととなる。
流石、国ぐるみの任務だけあって、今ここにはもの凄い人数がいる。参加者でごった返す門外広場は、芋洗い状態だった。広場に集まりきれなくて、はみ出ている人もちらほら見かけるくらいだ。
そんな状態だと、思う様に動けない。現に、最初固まっていたはずの仲間たちとは早々にはぐれた。今一緒にいるのは、ニーファだけだ。集会が終われば人が流れ、自然とみんな集まるだろうとのことなのでいちいち探したりはしない。
風属性の拡声魔法を使った偉い人のお話が、途切れ途切れにもようやく聞こえてくる。一生懸命耳を傾けていたのだが、そのうち気分が悪くなってきた。
(うえ……人が多すぎて酔ってきた……)
こうも人が密集していると、人酔いもしようというものだ。最初は我慢していたものの、だんだんと目眩までしてくる。
意地を張らずに人混みから外れていればよかったのだが、なんとなく無理をしてしまった。校長先生の長いお話中に貧血で倒れる、みたいな現象が頭を過ぎる。
私はそんなヘマはすまい、と思ってはいたのだが……頭がくらくらとして、今にも後ろにぶっ倒れそうだ。
後から後からやってくる大きな目眩の波に、視界がぶれた。足に力を入れて踏みとどまるも、少し失敗してよろけてしまう。
「おっ、と」
ふらりとよろめいた拍子に二、三歩後退してしまったらしく、すぐ後ろにいた人にぶつかってしまった。驚いたような声が聞こえ、慌てる。
ぐらぐらする頭を必死に抑え、急いで謝った。
「……え、あ……あ! す、すいません」
「大丈夫ですよ。どうしました?」
振り返った先には、爽やか、という言葉を体現したようなイケメン様がいらっしゃった。
(うひえーすげぇ好青年だ。爽やかぁ……)
一瞬、目眩も忘れて見惚れる。
栗色の髪とブラウンの瞳を持つ彼は、見れば、この国の騎士の証である白い鎧を身につけているではないか。若々しく溌剌としていて凛々しい、これぞ騎士様、と教科書に載せたくなるような青年だ。
健康な状態であればもっと見惚れていたかったが、如何せんまだふらついていたため、それは断念した。自分の足だけで立つことに最大限意識を向けなければ、立っていられない。
「少し、人酔いしちゃいまして」
やっとのことでそれだけ返して、俯く。ああもう、どこか脇に外れて座ってしまおうか。思い通りにならない自分の体にイラつき始めてそう思ったところで、爽やか騎士様がびっくりするようなことを言った。
「ああ、それは大変だ。少し外れて、木陰に行きましょうか」
(……はい?)
ちょっと、いきなりすぎるだろう。見ず知らずの人酔い人に掛ける言葉ではないんじゃないだろうか。
「えっ、あの、大丈夫、ですので……」
若干引き気味に断る。初対面の人とはちょっと。だが、そんなことは気にもせずに騎士様は話を進めてしまう。
「顔色が悪いですよ。隊長に許可を取ってまいりますので、お待ちください」
「ええっ……」
言うが早いか、身を翻して行ってしまった騎士様。その背中を呆然と見つめた。
そんな私に、無感情に声を掛ける人が1人。
「……随分古典的なナンパに引っかかったわね」
「ええっあれナンパなの!? っていうか、見てたなら助けて……」
ニーファだ。いきなり変なことを言われ、思わず大声を出してしまった。そのせいでくらくらと大きな目眩に襲われ、ついに地面に座り込む。
彼女が少し離れたところで傍観を決め込んでいたのは、面白がっていたからだろうか。ひどい。
座り込んだ私を見た彼女は、あら、と意外そうな声を出して覗き込んでくる。
「本格的に酔ったわね。立てる?」
「ちょっと、無理かも……あー、情けない」
大きな作戦初日の朝っぱらから、この体たらくだ。泣きたくなる。
しばらく座り込んだまま俯いていると、爽やか騎士様が戻ってきた。
「お待たせしました。おや、お連れの方がいらしたんですね」
「ええ。……申し訳ないけど、立てないようだから運んでやってもらえないかしら」
「わかりました。失礼」
掛け声もなく、いとも簡単にひょいと抱え上げられ……って、この抱え方は……お姫様抱っこ……!?
周囲のどよめきが聞こえる。そりゃそうだ、いきなり人混みのど真ん中で、男が男をお姫様抱っこしたのだから。すごい、恥ずかしい。今すぐ降ろしてほしい。
ニーファは無表情だが、肩が小刻みに震えている。
(くそう、笑ってるな!?)
背中と膝裏に回された大きな手がむず痒い。お姫様抱っこなんて一生のうちに体験すると思っていなかった。こういうのは、可愛いお姫様か可愛い受けにやってあげてほしい。
「あ、あの……抱き上げていただかなくても、大丈夫だったのですが……」
「ああ、申し訳ない。こちらの方がはやそうでしたので……少し我慢してくださいね」
「あ、はい……」
せめてもの矜持を保つためしてみた口答えは、あっさりと流されたのであった。
「『雫』……ほら、飲みなさい」
パシャン、という軽やかな水音と共に、偶像召喚で作られた器が水で満たされる。それを手渡されたので、お礼を言って一口飲んだ。お水がおいしい。
今私たちは門外広場から良く見える場所の木陰にいた。
草地の上に座り込んで、人混みから離れられたという安心感に溜息をつく。もう既にだいぶ人酔いは解消されていた。
「御二方は、どちらかの魔術師ギルドの方ですか?」
「いえ? 冒険者ギルドよ。コロナエ・ヴィテっていえばわかるかしら」
「ああ……! ご高名はかねがね。毎年の作戦参加御苦労さまです」
ニーファと騎士様が世間話を始める。
こんな騎士様にも知られているくらいだから、コロナエ・ヴィテは有名なのだろう。
「そっちもね。神聖騎士団の……第3隊か。エリートじゃないの」
「まだまだ若輩者です。しかし、コロナエ・ヴィテですか。私の隊が担当地域を同じくさせて頂いてますので、また後でお会いすることになそうですね」
「あら、そうなの。楽できそうね」
襟元の徽章で彼の身分が判断できたようなのだが、私にはよくわからなかった。
だが、神聖騎士団とか、第3隊とか、そういう単語は聞いたことがある。確か、神王様直属の騎士集団が神聖騎士団で、隊ナンバーが小さいほど、精鋭が集う隊なのだ。
見たところヒューマンでしかない彼は、外見通りに年齢を重ねているのであれば20代前半ほど。その若さで第3隊なんて場所にいるのであれば、将来有望株間違いないだろう。やはり、天は二物を与えずって、嘘だな。
心の中で悪態をつきそうになったその時、騎士様が私の額に手を当てて前髪をかき上げ、顔を覗き込んできた。
「……少し、顔色が良くなりましたね。人混みは苦手ですか?」
……悪態ついてごめんなさい、と言いたくなるような優しい頬笑みだ。ああ、これじゃ、もてるだろうなぁ。
老若男女問わず人望がありそう。初対面の人にいきなり親切を実行できてしまう行動力と善意がある時点で、相当頼りになりそうだし。
「あ、はい……あまり人の多いところは得意じゃなくて」
「そうですか……無理はしない方がいいです。女性なのだから、体を大切にしないと」
「……はい……え?」
女性……? 聞き間違えたのだろうかとも思ったが、文脈から察するにそういうわけではなさそうだ。
……ということは、間違えられている。いや、中身なら間違ってないのだけれど。
「……勘違いしてるとこ悪いけど、そいつ男よ」
ニーファが明らかに面白がっている声色で言った。
それを聞いた騎士様はたいそうびっくりしたようで、ブラウンの瞳を大きく見開いている。おとこ、と言葉の意味を理解していないような呆然とした単語のみの呟きが彼の口から漏れた。はい、そうなんです、すいません。
「……は!? え、あ! も、申し訳ない! あまりにも美しいので、少しハスキーボイスな女性かと……」
「い、いや……そんなこと、ないですよ……あ、気にしないでください」
驚きがてら、率直に褒められてしまった。一応謙遜はしておくが、その気持ちはよくわかる。
(めちゃくちゃ綺麗だもんね、この体)
しかし、誤解していたというのであれば、先程の態度も納得いった。お姫様抱っこやあの甲斐甲斐しさは、私のことを女子だと思っていたからだったのか。
「だから抱き上げた時に体を硬くしてらっしゃったのですね……いや本当に、申し訳ない」
それは男女関係なくその反応だと思うのだが。この人の周囲はああやって運ばれるのが当たり前の女性ばかりなのだろうか。どんなお姫様が……ああ、騎士さまだからそういうものなのかな?
「どうお詫びをしたらいいのか。……名乗るのが遅れましたが、私は神聖騎士団第3隊所属、リビルト=シャールと申します」
「あ、俺は、ヤマトといいます……お詫びとか、気にしないでください、本当に。……な、慣れてますから」
「あたしはニーファよ」
リビルト=シャール……爽やかそうな名前だ。
「ヤマトさんに、ニーファさんですね」
自らに言い含めるように復唱したリビルトさんに、よろしくお願いしますと返した。
気が収まらないのか、この後もお詫びがどうのとかを繰り返す彼を宥め続ける。そうしていると、おーい、と遠くからこちらを呼ぶ声がして、もう一人、オレンジ色の髪をした騎士さまがやってきた。
「リビルト。隊長がそろそろ戻って来いって」
「ああ、今行く。……申し訳ない、そういうことですので……」
「あ、はい。わざわざありがとうございました」
「いえ。これも騎士の務めですから。……では、また」
呼び出しを受けたリビルトさんは、彼を呼びにやってきたオレンジ色の髪の騎士様と一緒に門外広場へと戻って行った。
「……ナンパ不発に終わる、か」
彼らの姿がだいぶ小さくなったところで、ニーファが呟く。
「あれナンパじゃないでしょー。善意にしか見えなかったけどなぁ」
最初は何だこの人と思ったが、結局、善意だけだったように感じる。あの人は、限りなく爽やかで、いい人で、騎士を地で行く人なのだ。きっと。
だが、ニーファはそう思ってはいなかったようだ。
「そう? 意外とああいうのに限ってむっつりスケベなのよ。あんたが男だとわかってその気はなくなったかしら?」
「……あははは」
半ば言いがかりのような言葉に、力無く笑った。
それからしばらくして門外広場の全体集会も終了し、はぐれた仲間たちとも集合できた。だが、ヴィーフニルがぶすくれた顔をしている。どうかしたのだろうか?
「……ヤマト、さっきのやつ、誰」
ああ、どうやら先程の一幕を見られていたようだ。意外と人見知りのこの子のことだから、知らない人を警戒しているのかもしれない。であれば問題ない。あれはいい人だ。
「あ、神聖騎士団の人らしいよ。俺が人酔いしちゃって、介抱してもらってたんだ……」
だが、ヴィーフニルは事情を説明したにもかかわらず、尚もおもしろくなさそうな態度を取った。
困惑して、どうしたの? と聞いてみると、彼はぽつりと小さく呟く。
「介抱だったら、僕がしたのに」
……なんだか可愛いことを言われたような気がするのは気のせいだろうか。
子供に懐かれるっていい! それが美少年なら、なおさらだ。
「あんたあの場にいなかったじゃない」
「……うるさい、ド年増」
間髪いれずにニーファの平手が飛んだ。ばしんという痛そうな音が響いて、叩かれた頭を押さえながら私の背後に隠れるヴィーフニル。
うん、今のは叩かれてもしょうがない。だが、凄まじい度胸だとそこだけは称賛しておこう。
不機嫌そうに黙りこむヴィーフニルの頭を撫でる。さらさらとした青い髪の感触が気持ち良い。
「騎士に介抱された?」
「あ、うん」
私たちの会話を聞きつけたらしいソルが、入り込んできた。
……何故だかはわからないが、彼の表情も、私の手に頭を撫でられ続けているヴィーフニルと同じく、随分不機嫌そうなものだ。
「……え、……あ、な、なんか怒ってる?」
「ああ、いや、ごめん。そういうんじゃなく……」
何か悪いことをしてしまったのか、とたじろぐ。だが、ソルは自らが不愉快そうな表情になっていたことに今気付いたというような感じで、雰囲気を和らげてくれた。
「……なんか変なことされてない?」
「変なこと……!? されてないよ。されるわけないじゃない。……あ、抱き上げられたのにはびっくりしたけど」
「だっ」
腰のあたりから大声が聞こえた。ヴィーフニルが驚いて叫んだようだ。彼の驚きにはまったくもって賛同したい。
まあ、あれは女子だと思われていたからなのだが。
「……ヤマトさ、もうちょっと警戒心持とうよ」
「えっ!?」
ソルに、はーやれやれ、みたいな雰囲気で言われる。
(あれは私が悪いというのか!?)
人酔いを起こしたのは私だが、性別も確認せずに問答無用で抱き上げたのはリビルトさんだ。……性別がわかりづらい時点で、少々の過失は認めざるを得ないが、しかしそれも私自身が原因ではないのだから、やっぱり責められるいわれはない。
いや、別に誰かが私を責めているというわけではないのだけれど……というか、介抱していただいたというだけの話で、何故2人がそんなに過剰反応するのが不思議だった。




