6‐(5).男の嫉妬は女の三倍
イクサーさんの訪問が終わったところで、そろそろ夕飯時だ、という話になった。どうやら、私のスイートルームでテンション最高潮、は自分が思っていたよりも長時間行われていたらしい。扉の開いているジェネラルさんの部屋を失礼して覗き込んで見れば、時計が暮れ6の刻を指し示しているではないか。
この世界の時計は、時の術式を刻み込まれた魔石を核とするマジックアイテムのことを言うため、正確にじりじりと進む長い針一本しか針を持たない。文字盤に書いてある数字は元の世界と同じ。だが、呼び方が多少違う。午前1時から11時までを、明け○の刻と表し、午後1時から午後11時までを暮れ○の刻と表す。そして、正午12時のことを日盛、深夜零時のことを深更と呼ぶのだ。私の世界での1時間という単位は1刻と表現され、30分は半刻となる。
最初は針が一本しかないことでだいぶ戸惑ったが、それ以外は元の世界の時計となんら変わりはなかったため、簡単に慣れることが出来た。
つまり、暮れ6の刻、と言ったら、18時だ。まさにお夕飯時。解散する前言われたように、外通りの酒場に集合しなければならない。
探検するつもりだったから手ぶらで部屋を出ていた私は一旦自室に戻り、外出のための最低限の荷物だけ持って部屋の前で待っていたジェネラルさんと合流した。
他のみんなはもう集まっているだろうか、そんなことを思いながら自動昇降魔導器の扉の前まで行き、魔石の前に手をかざす。自動昇降魔導器は、それほど間を開けずに今私たちがいる9階に到着した。
フォンと軽い音を立てて扉が開く。
そこには、まさかの人物がいた。
青色のふんわりとしたツインテール、金色の瞳、小柄なとても見覚えのある少女。
(どう見ても、ジェーニアさ……)
「あ、これ上に行きますんで下に行くなら次乗ってくださーい」
私の思考を遮り、かつて見たことがないほど“いい”笑顔で、楽しそうに彼女が言った。呆然としたまま返事もできなかった私の目の前で、扉が閉まる。
「!?」
あまりの驚きに声も出ない。コロナエ・ヴィテのギルドハウスで留守番をしているはずの彼女がここにいるわけはないのだ。ということは……生き霊か何かの類だろうか。
(あまりにこのホテルに来れないことが悔しすぎて、強い思念が自動昇降魔導器に……!?)
私は霊感ゼロだったはずなのだが。もしや、この世界に来て魔力なんてものを持ってしまったせいで、霊感が生まれてしまったのか。すごく嫌だ。
「……ジェーニアだったな」
しかしそんなわけはなかった。ジェネラルさんにも彼女の素晴らしい笑顔が見えていたらしく、確認のような言葉を掛けられる。2人で顔を見合わせた。
「不法侵入とかだったら……まずいですよね」
「……やりかねないな」
直後私たちは、上に向かったらしい自動昇降魔導器を追いかけて慌てて階段を駆け上ったのだった。
◇ ◇ ◇
「もう! なんですかもう! 私と魔法技術の邂逅を邪魔するなんて! 信じられません! ほんとに今度邪魔されないようにゆっくり有給取って泊まってやるんだから! 私がいないと困りますよ!? 料理も洗濯も掃除も買い物も、誰もする人いないんですからね!」
「ごめんなさいねぇ2人とも。少し目を離した隙に走り去られちゃって……」
ぶりぶりと怒りながら強い酒を流し込むジェーニアさんを無視し、エデルさんが申し訳なさそうに言う。
幸い、ジェーニアさんは不法侵入者ではなかった。
神聖国ホテルを見るだけなのであればわざわざ宿泊しなくても宿泊している人を訪ねるという形をとればいいのだと気付いた彼女は、思い立ったら即行動、エデルさんを訪ねて来たらしいのだ。
フロントからエデルさんに連絡があって、いきり立つジェーニアさんを仕方なく観光させることにしたのだが、エデルさんが少し目を離した隙に忽然と姿を消したらしい。
自動昇降魔導器で登って行った彼女を追いかけた私たちが追い付く頃には、ジェーニアさんはひゃっはー! とばかりに壁に頬擦りをしていた。何か珍しい術式でも刻んであったのだろうか。あまりの異様な光景に他の客たちが遠巻きに見つめるのを見て、すごく申し訳ない気持ちになった。
仕舞いには、他のお客様のご迷惑になりますのでと従業員さんに泣き付かれ、手足に吸盤が存在するかのように建物にへばり付いて離れない彼女をジェネラルさんが担いで連行したのだった。
そして今現在、酒場まで連行されたジェーニアさんがぶりぶりと怒っているというわけ。
いたる所にへばり付くジェーニアさんを引っぺがして引き摺ってくるのに、かなり時間を浪費した。そのせいで、だいぶ遅い夕食となってしまった。
だがそんなこと知るかとばかりにぶつぶつ文句を言いながら飲んで食べるジェーニアさん。怒り心頭といった感じだ。悪いのはむしろ彼女なのだが、なんだか私たちが悪いことをしたような気分になってきた。
(まあ、いいや。飲も飲も。そんで食べよ)
皆そうしているし、気にしたら負け、というやつだろう。そう思った私は、カクテル片手に料理に手を伸ばし始めたのだった。
(この店、トイレ綺麗だったなー)
催して用を済ませた帰り、臭いどころかいい匂いすらしたトイレを思い出しながら席に戻るための道を歩く。流石、神聖国一番のホテルが目の前にあるだけあって、設備が整っている広くて綺麗な店だ。いつものジーンさんの酒場も悪くないが、たまにはこういう大きな店に来るのも悪くない。
ただネックなのは、店内が広すぎてトイレまでが遠いってことだ。しかも迷いそうになったくらいだったので、もう少し案内板を親切にした方がいいと思う。漏らしたら困るじゃないか。
微妙なことに憤りを感じていると、若者の大きな笑い声が耳を劈いた。
(うわ、うるさいなー……ああいうのって、どこにでもいるんだよなぁ……)
明らかに迷惑だ。他のお客さんも、ちらちらと視線を送っている。だが、見ればかなりガラの悪い若者たちだということもあって、みんなすぐに視線を反らしてしまっていた。
(……いいよねぇ、リア充は、でかい態度取ってても許されてさぁ)
ああでも、私は今もしかしたらリア充かもしれない。だが、精神的にはまだまだ非リア充だ。僻み根性も抜けていない。あちらはあちらで楽しんでいるのだから、視線なんて合うはずもないと思って剣呑な目付きで観察する。
その行動が、いけなかった。
目が合うはずはないと思っていたのだが、まさかは起こる。
思い切り、ガラの悪い人のうちの一人と目が合ってしまった。
やばい! と思って慌てて視線を反らしたが、時既に遅し。目が合ったガラの悪い人が、立ち上がった。
まずい、可及的速やかにこの場を離れなければ。今のは、がんをつけたと思われても全く反論できない。しかし元の席まで戻ってしまえばこっちのものだ。私の属している集団の顔ぶれを見たら、絡んでこようとか思わないよね! なんて、姑息な寄らば大樹の陰精神を発揮する。ああ、姑息だ。
すごく自己嫌悪に陥りつつ、速足で元の席に戻るべく歩こうとしたのだが……。
「ねえ、なんか視線感じちゃったんだけど」
やっぱり、少し遅かった。
「俺ら男所帯で退屈してたんだよねー。お姉さん、こっち来て一緒に飲もうよ」
しかも、女と間違えられている。
(間違っちゃいないけどさ!)
チンピラは嫌な目つきで私を見て、馴れ馴れしく肩を抱こうとしてくる。ひょいとそれを避けると、ムッとしたらしい彼はなんだよ、と低い声で言った。ぐっ……これを言えば退散してくれるとも思えないが、一応、言っておこう。
「あ、の……俺、男なのでお役に立てないかと」
私がそう言うと、チンピラは一瞬ぽかんと口を開けて呆気にとられる。直後、忌々しそうな顔つきになった。
「……は!? マジで?! うっわ、ほんとだ。喉仏あるじゃん。あーなんだよ、貴重な時間無駄にしちまった」
んなこと言われても、というのが正直な感想だ。だが、コミュニケーション能力に難ありの私がそう彼に言い放てるわけもなく。
「す、いません……」
自分が悪くもないのに謝ってしまった。酒場になんて出入りしていると、絡まれることも少しくらいはあるが、私は万事こんな感じだ。考えてみれば、異世界初日に酔っ払いに絡まれた時もこうじゃなかったろうか。ああ、ほんと成長してない。
「謝んなくていいからさ、責任とってよ。ちょっとその綺麗な顔ぼこらせて鬱憤晴らさせてくれればいいからさ」
そして、久々のマジ絡まれ、だ。しかも、いくら美形でも男には興味ありませんタイプの人。……いや、それが普通なのだが。
古典的にも、指をバキリボキリと鳴らし始めたチンピラを見て、どうしたものか、と逡巡した。多分、この人はそんなに強くない。一人くらいなら絶対勝てる。……だが、そううまくいくはずもなく。なんだなんだどうしたどうしたとガラの悪い連れの人たちがやってきてしまった。
「何お前、すげぇ美人捕まえてんじゃん」
「それが残念なことに、男なんだよなー」
「いや、俺このくらい綺麗な顔してるなら男でもいけるぞ」
「なんだよお前趣味悪ぃー!」
大声で下品な笑い声を上げるチンピラズ。ああ、男でもいけるタイプの人まで来てしまった。
(ああー……5人か……勝てるかなぁ。負けたらボコられ凌辱ルート行きそうで嫌だ……)
こんな大ピンチの状況、まず最初に考えることが“勝てるかな”になったあたりは、けっこう成長してると言えるかもしれない。
(とりあえず、狭い場所でやろう。広い場所で四方から袋にされたら死ぬし……死にそうになったら、最悪コロナエ・ヴィテのギルド名だしちゃえば……ああ、この人たちがコロナエ・ヴィテを知らなかった時、どうしようかなぁ)
いかにして狭い場所へと彼らを導くか考え出す。このあたりに路地裏はあっただろうか。
だが、それを思い出す前に、この大ピンチの状況は破られた。
「……貴様ら、何をしている」
後ろから、怒気の籠った冷たい声が掛けられた。意表を突かれて、背後を振り返る。
そこに立っていたのは、青味がかった黒髪を持つ、黒コートの青年……イクサーさんだ。表情を不愉快に歪めた彼は、大股で近寄ってくる。
そして驚いたことに、先程までニヤニヤしていたチンピラたちは一様に居心地悪そうに姿勢を正し、いや、その……などと歯切れ悪くもじもじしていた。
(……どゆこと?)
この態度の差はなんだろうか。今さっきまで、好き放題の偉そうな態度を取っていたというのに。
「カヴァリエの品位を貶める気か? それならば、俺も容赦はしない」
「……もっ……申し訳ありませんでした!!」
怒気を強め、腰に提げた江刀の柄に手をやったイクサーさんに、チンピラたちが絶叫して逃げた。
私は目を白黒させてその後ろ姿を見送る。カヴァリエの品位、ということは、もしかして。あ、いや、その前にお礼だ。
「……すいません、ありがとうございました」
「いや、こちらこそすまない。あいつらはカヴァリエのギルド員だ」
なるほど、そういうわけであれば、あのチンピラたちがイクサーさんに逆らえるわけもない。彼は、やれやれといった様子で溜息を吐く。
「昔からうちには、ああいった虎の威を借る狐共が多くてな。大規模ギルドに所属しているだけだというのに、それを自らの権威だと思っている。頭の痛い話だ」
「……なんか、大変なんですね」
若干20歳の悩みとは思えない。大きいギルドの一番上の人ともなれば、末端の質が悪くなっていくことにも頭を悩ませなければならないらしい。
中二病でぼっちなのに、リーダーシップと知略権謀発揮しなきゃいけないとは。
(……難易度高くね? 無理ゲー!)
私がかなり失礼なことを思っているとはいざ知らず、イクサーさんは続ける。
「……すまない、突然愚痴のようになってしまったな。……だが、君もあの程度の連中は簡単に退けられるようにならなければまずいのではないか?」
暗に、コロナエ・ヴィテのギルド員だろう? と言われているのだろう。耳の痛い話だ。これに関しては、返す言葉もなかった。
多分、先程の奴らくらいなら、ヴィーフニルだって楽々撃退できたはずだ。私もそうしようとは思ったものの、自信はなかった。ああ、もしかして、ジェネラルさんは私の質が悪いのに頭を悩ませていたりはしないかなぁ。ネガティブな考えが浮かぶ。
「そ、そうですよね……すいません」
反省、この一言だ。そもそも、すごく危なくなったらギルド名を出してしまえ、なんて思っていた私も、虎の威を借る狐という点ではあのチンピラたちと変わらない。
鬱々とした気分になり、項垂れて落ち込む。
「……ここには、誰と来ているんだ?」
そんな私を見たイクサーさんは、それを叱咤するでもなく、無表情に聞いた。……何故だろう、なんでそんなことを聞くのか。とりあえず、答える。
「あ、コロナエ・ヴィテのみんなとです」
「……席まで送ろう。あいつらが報復のために戻ってこないとも限らん」
「えっ、そんな、悪いですよ」
「いや、送る」
「……は、はい」
真意が掴めず、定型文で遠慮をしたものの、有無を言わせないという感じで押し切られてしまった。
無言で混み合う店内を移動する。前を歩く彼の背中を盗み見るものの、考えていることは一切わからない。真正面から見ても、無口で無表情だからわからないだろう。そのうち、コロナエ・ヴィテの面々が座っている席が見えた。
そこまで来ると、それじゃあな、と短く別れの言葉を告げ、彼は去っていく。……結局、最後まで真意は掴めなかった。店の奥へと去っていく彼を見て、誰かと一緒に来てたのかな、などと考えた。
首を捻りながらも席へと戻り、なんとなく、おしぼりで手を拭いた。ふー、と息を吐くと、隣の席のソルがこちらを向いていた。話しかけられる。
「……ねぇ」
「あ、ただい……」
たったの一言だというのに、振り向いた先のソルの顔がものすごすぎて言いきることが出来なかった。うわっ、と悲鳴を上げなかったことが救いだ。
ソルは、無表情だ。無表情な上に……目に光がない。
(っていうか、怖い!)
「なんで、イクサーといたの」
(見られていたというのか!?)
どうやら、だいぶ席から離れたところでイクサーさんと別れたというのに、ソルにはばっちり見えていたらしい。
「あ、はは……えーとね……」
ゴゴゴ……なんていう効果音が聞こえてきそうな顔で睨むのをやめてください。
(ああ、人間関係めんどくせぇ!!! ……あ、こんなこと思っちゃいけないよね、すいません)
「あのね、トイレから帰る時、絡まれちゃって……絡んできた人たちがカヴァリエの下っ端さんだったみたいで、偶然通りかかったイクサーさんが助けてくれたんだよ」
「……それだけ?」
「……あ、うん……」
情けなさを怒られちゃった云々は、言うのをやめておこうと思う。わざわざ波風立てる必要はない。なんとなく納得の言っていないような顔をしていたソルだったが、とりあえず気持ちを治めたのか、怖い顔を止めて溜息を吐いた。
それに、私もほっと息を吐く。だが、直後にねめつける様に言われた。
「…………今度から外でトイレ行く時は、俺が絶対一緒に行くから」
(絶対連れション宣言、きました……)
ただ単に友人が嫌いな人物と一緒にいたのが気に入らないだけであろうが、腐女子の願望的には、イクサーさんと一緒にいたのが実は羨ましくて私に嫉妬してくれているのなら嬉しいな、と思ったのであった。




