5‐(6).うちはうち、よそはよそ
「ニヴルバード……縄張りはかなり奥地のはずでしょ? なんでこんなところに」
緊迫した空気の中、ニーファが口を開く。その表情は硬い。
ニヴルバード、縄張りは奥地。その言から考えると、目の前のビジュアル系の彼は、ニヴルバードという種族で、この森の奥地に縄張りを持っているようだ。
暇を見つけては本を読み漁っている私は、魔獣についてのある記述を以前目にしたことがあった。曰く、魔力を持つ土地で育った獣は、魔獣へと変化することがあるということ。そして、稀に存在する、極めて強い魔力を持つ土地では……同種の魔獣がどんどんと増えていくそうだ。そうすると彼らは群れ、高い知能から集落を作り出す。それが人の目に触れることで、名前をつけられ、どういった特徴を持つ魔獣の集団であるかが知られることとなる。
ニヴルバード、という名前も目にした覚えがある。青い羽毛と、強い水属性の魔力を体に宿す鳥の形をした魔獣だ。私が読んだ本では、それ以上は書いていなかった……いや、書いてあったじゃないか、あとひとつ。あの本には今知られている限りの魔獣がランク付けされていた。第一級から第十級まであるランクの中で、ニヴルバードは第二級……かなりハイランクだった。
思い出した事実に、青褪める私。
(い、いやいや! ニーファもソルもエナもいるし、大丈夫でしょ!)
そう考えてしまってから、他力本願過ぎる自分が情けなくなった。
手の中の小鳥はぐったりしたままだ。多分、この子も特徴からしてニヴルバードなのだろう。ということは、ヴィジュアル系青年の仲間だ。
考えてみたら、私が怪我をしたこの子を持っていたから、彼は仲間を傷つけられたと思って攻撃してきたのだろうか?
だとしたら、誤解を解かなければ。
「あっ、あの! この子、怪我して落ちてきたんです! ちょうど俺の頭の上に……」
「それは知っているよ。……見ていたし」
ヴィジュアル系青年は、氷のような冷たい、だが気だるげな声で事も無げに言った。
見ていた? それならばなぜ、と不思議に思う。わけがわからないといった表情をした私を見て一瞬面倒そうな顔をした彼は、ニーファに向き直った。
「……お嬢さん、人間たちが我々を呼ぶ時の音を知っていたなら、我々について詳しく知っていたりする?」
「もちろん、知ってるわ。……あんたらのクソッタレ具合は、一度聞いたら忘れられないもの」
ニーファの言い草に、思わず慌てる。そんなことを言っては、丸く収まるものも収まらなくなるではないか。
だが、目の前のヴィジュアル系青年はそんなことは歯牙にもかけず、むしろほっとしたような様子だ。
「そう……良かった。説明するのは面倒。……子供を渡してくれないかな。……さっきは、君ごと屠ろうと思ったのだけど、避けただろう? ……粛清の途中で逃げ出しちゃって……困ってるんだ」
心底困った様子で言う彼だが、私には言っている意味がわからなかった。どういうことだ? 私の耳が確かならば、彼は、この手の中の小鳥を殺そうとしている? こんな小さな生き物を? 仲間なのではないのか?
黙ってしまった私に焦れたのか、透明な爪ののった指先が、それなんだけど。と小さな青い羽毛を指差す。思わず、青い魔獣から隠すように小鳥を抱きかかえた。
「……渡してくれないの? 困った……」
「何庇ってるのよ……!」
残念そうに眉を顰める青年、隣のニーファから叱責が飛んだ。
「だ、だって! ……あ、あの、粛清って言いましたよね。この子が何をしたんですか?」
どう見たって子供だ。いくらなんでも、こんな子供を殺すなんて。
私の質問に少し逡巡した様子を見せたヴィジュアル系青年だが、少ししてなんの感情もこもっていないような瞳で言った。
「その子供は、成鳥の儀を拒否した。だから、粛清される」
「成鳥の、儀?」
成人式のようなものなのだろうか。聞き返しても彼から答えが返ってくることはない。かわりに、隣にいるニーファが答えた。
「ニヴルバードはね、ある程度力を持つと、“魔獣らしい心”を持つ者に成長したことを証明するために一番親しい者を殺すの。それが掟。掟を何より重視する種族だから、拒否することも許されない」
「……そうだよ。よく知っているね、お嬢さん」
青い魔獣が感心したように言う。
一番親しい者を殺す、なんて。それがどれだけ過酷なことなのかは想像もつかないが、掟を何よりも重視する種族だということは、この手の中の小さな鳥はその掟を破ればどうなるのかはわかっていて拒否をしたのだろう。
親しい誰かを殺すよりも、自分が殺されることを選んだのだ。
しかし生きたいという気持ちが勝ったのか、途中で逃げ出してここまでたどり着いた。
(こんなにボロボロになって……)
悪いことをしていない、むしろ心の優しいこの子がどうしてこんな目にあわなければいけないのだろうか。
確かに、大きな厄介事だ。ニーファが関わりたくないというのもわかる。だが、ここまで知ってしまったら放っておけなかった。
この子を助けたい。
そう、そしてこれは私の意思だ。他の人に頼るわけにはいかない。
(剣も多少やれる、魔法もある、刺し違えたとしても……!)
決意を胸に、一歩前に歩み出ようとした、その瞬間。
「あたしはニヴルバードが大嫌いだけど……この小鳥は多少まともみたいね」
そう言ったニーファがすたすたと歩み出て、戦闘態勢を取った。へ? と気の抜けた声が出る。
「……あたしも鬼じゃないわよ」
誰に向けた呟きか、なんていうのは愚問だった。
「ニーファ、ありがとう」
私の礼の言葉に、ふん、と鼻を鳴らしてこたえるニーファ。
そんな姿に、嬉しくなる。やっぱりニーファは優しい。事情を聞いてしまったら優しい小鳥を放っておけなくなって、捨てろ捨てろと言っていたにも拘らず結局面倒事を背負い込んでしまうくらいには優しい。「猫なんか飼わないぞ」と言いつつ一番面倒を見てしまう一家のお父さんに通じるところがある。
「……敵対行動? ひどいな、きちんと話をしてあげたのに」
「キチガイがまともな子供殺そうとしてるのを黙って見てるわけないでしょ」
言葉を選ばないところが玉に瑕だが。
「……もっと、ひどい。おかしいのはその子供なのに……まあいいや。相手はお嬢さんでいいの?」
嘆きの動作を見せていたかと思ったら、すぐ直後には冷たい双眸を煌めかせる青年。もう直前までのやる気のない気だるげな様子はなく、敵を屠らんとする獣の顔になっていた。
「ええ。……ほら、あんたらは下がってなさい」
短剣を抜き放ち、そう言ったニーファ。私はせめてもの応援にと、彼女の短剣に向けて水属性に有効である地属性の『付加』、そして彼女自身には『防壁展開』と『鋭敏』をかける。
それに対して、短く「ありがと」と呟いた彼女は、ツインテールを揺らして青い魔獣へと躍りかかっていったのであった。




