5‐(5).いのちをだいじに
なんだか口数が多くなったソルが焦ったように喋りまくっている。
そんな彼の様子に戸惑いながらもピンクキノコを食した。
先程これを噛み切れなかったのは大きさのせいであり、『風刃』で一口サイズに切り落としながらであれば食べられなくもない。しかし、ゴムを食べているような気分になるキノコだ。正直、あまりおいしくない。早く食べ終わりたい。
ソルが教えてくれたのだが、名称を“モモイロサオダケ”と言うそうだ。若干言い辛そうにしていたのはどうしてだろうか。
やっと最後の一欠片をごくりと飲み込み、一息つく。
(もう一個は、食べたくないなぁ……)
横では、ソルがこの会話中だけでも三度目くらいになる天気の話題を早口で喋っていた。
(うん、今日は天気がいいのにこんな辛気臭い森に来るなんてやんなっちゃうよね、ほんと。しかし君さっきからマジでおかしいぞ。大丈夫か?)
「ソル……大丈夫?」
「なっ何が!? 俺大丈夫だよ! 元気、ちょー元気!」
尻尾がぶんぶん揺れている。挙動不審だ。追及すると泥沼化しそうなので、それ以上は止めることにした。彼は彼なりに動揺するようなことがあったに違いない。私にはイマドキの男の子の思考はよくわからない。
とりあえず、今度は通算五度目になる森の癒し効果についての話題にいい加減突っ込みを入れるのだった。
この時の私はとても平和な心持で、少し後にあんな大変な出来事が起こるだなんて、予想もしていなかったのである。
◇ ◇ ◇
ドクトルマッシュの群生地にそろそろ到着する、といったあたりで、異変は起こった。
――ピギィィィッ!!!
聞こえたのは、耳を貫く音割れしたホイッスルのような響き。自然に発生する音ではない。生き物の断末魔のような壮絶な声。
モンスターかと予想して、少し前にいたニーファたちに小走りで追いつき、周囲を警戒する。だが、辺りを見回しても何もない。
「……こちらへの敵意は感じないわね。どっかで動物が喧嘩でもしたのかしら」
ニーファが付近を確認しながら言う。モンスターではないのか? と警戒を解きかけた瞬間。
――ぽとっ
(!?)
私の頭の上に、軽いものが落ちてきた感触。たいした衝撃も与えずに私の頭上に着地したそれは、静止したまま動かなくなった。
森での落下物にはいい思い出がない。
(虫とか虫とか虫とか)
みんなから注目が集まる中、恐る恐る震える手で頭上を確かめると、ふわふわな感触が当たった。たくさん足のある生き物ではなかったことに安心したが、ふわふわな虫である可能性も考え油断も忘れない。ともあれ、いきなり叩き潰すわけにもいかないので、なるべく優しく掴んで頭から降ろした。
一応警戒しながらも手中の物に視線を移す。中身は……。
「……と、り?」
「うわっ、ちっちゃいね」
「青っ」
いち早く注目したエナとソルが、思い思いの感想が漏らす。
私の手の中にいたのは、瑠璃色の体毛を持つ小さな鳥だった。柔らかそうな羽毛でできた鶏冠から、長い尾羽にいたるまで、全身が真っ青。目の縁だけが黒くなっており、瞳の色は閉じられているせいでわからない。体長は雀ほど……片手に乗せてちょうどくらいの大きさだ。……しかし、この鳥、体中傷だらけだった。何かに襲われたのだろうか?
傷だらけの体をぐったりとさせたままあまりにも動かないので、死んでしまっているのかと思ったが、ピクリと動いたことからそれは誤解だとわかる。だが、気を失っているのか、目を開くことはない。少し心配になってきた。いくら今出会ったばかりといっても、小さな命が失われるのは悲しい。でも、どうすればいいのか。
困惑していると、私の手に包み込まれた青い小鳥をみんなと同じように覗き込んだニーファが、げ、と嫌そうな声を出した。
「どうしたの?」
「……それ、捨てなさい」
衝撃的な言葉を聞いた私は思わず目を見開いて言葉の主を凝視する。目線の先にいる彼女は先程発した声の三倍は嫌そうな表情を浮かべたまま、ほら早く、と私に掌中の小鳥を地に捨てるよう促した。
だが、そんなことを言われても実行に移せるわけがない。ニーファの冷酷ともいえる態度に困惑して逡巡する。
何か理由があるのだろうか? 彼女は、時折意地悪くなる時もあるがなんだかんだで心優しい女性だ。こんな小さな、しかも傷ついている鳥を問答無用で見捨てろと強制するような鬼畜ではないはずだった。
「何やってるの、いいから、早く捨てなさい!」
「だって、こんなに怪我してるのに」
「あのね、そいつは……」
言いかけて表情を一変させるニーファ。次の瞬間、パキィンと高い音が辺りに響いた。この音、聞きおぼえがある……これは。
(『氷弾』……!?)
私もよく使用する攻撃魔法の、氷塊が生成されるときに発生する音だ。しかも、近い。
音源を探すために辺りを見回そうとした途端、隣にいたソルが私に飛びかかり、突き飛ばして引き倒した。驚く間もなく、尻餅をついて呻く。そしてそれと同じくらいのタイミングで、ずどん、と何かがすごいスピードで落ちてきたような低い音が空気を振動させた。
私を庇うように覆いかぶさったソルの肩越しには、先程まで自らが立っていた場所が見える。
そこには、鋭い『氷弾』が地に深々と突き刺さり、冷たい光を放っていた。
あれが直撃したらどうなっていたのか。思わず顔が青褪める。
「大丈夫?」
耳元と言っていいほど間近で彼が聞いた。声色は真面目だ。普段であればあまりの距離の近さにどぎまぎして赤面するところだが、生憎血の気が引きすぎて顔に血を集める余裕がない。
「あ、りがとう、大丈夫」
まさに危機一髪で助けてくれた彼に礼を言って、手を借り立ち上がった。今更心臓が大きく鼓動を打ちだす。あまりに突然のこと過ぎて、驚くタイミングが遅れたようだ。
「上だよっ」
言いながら、エナが投擲用のナイフを上空に向けて放った。それにつられて上を向くと、青い影が見えた。投げナイフをひらりとかわしたその影は、羽ばたきを弱めながら降りてくる。
「……と、鳥?」
私たちがいるところからは少し距離を取った場所に舞い降りたのは、今私の掌中にいる小鳥をそのまま鶏くらいの大きさにしたような真っ青な鳥だった。
真っ青な鳥は一声鳴き、全身から光を放つ。その光が形と体積を変え、人の形をとったとき、嫌な予感がした。
以前魔族についての文献を読んだときに書いてあったような気がする。魔の力を持つ獣……魔獣は、魔力量に比例して知能が高くなり、上級のものになると人語を理解するわ人型になるわで大変なのだ、と。
そしてさらに、本来純粋な獣であった存在を魔によって歪められた彼らは、個体差はあれど思考や思想がぶっ飛んでしまっていることが多いそうだ。魔人と同程度か、それ以上に。
そんな存在が、今目の前にいる。しかも魔法をこちらに向けて放ったということは、敵対した状態で。
ニーファたちといる以上大惨事にはならないと思うが、今まで遭遇したことのない魔獣という存在は私を大いに緊張させた。先ほどの『氷弾』も、私を狙っていたし。
心の中で焦り発汗しているうちに、目の前の鳥さん……もうすでに完璧な人型となった魔獣から、光が消える。
その時私たちの目の前にたっていたのは、真っ青な髪と瞳を持った青年だった。
おそらく獣型のときの名残であろう、目の周りがアイラインを引いたように黒い。
いきなりぶちかましてくれたのだからさぞかし敵意まんまんだろうと思っていたのだが、アイスブルーの瞳からは敵意どころか何の感情も窺えなかった。虚ろだ。
一種世捨て人のような雰囲気を漂わせている彼。
……私には、俗に言う、ビジュアル系にしか見えなかった。
あの濃すぎるアイラインが全ていけない。もしこのうえ彼が口紅を塗っていたら、シルバーアクセを装着していたら、彼の背後に黒い羽根が舞い散る十字架で飾られた舞台が見えてしまっていたところだ。
私のビジュアル系へのイメージがだいぶ偏っていることは否定しないでおこう。
「魔獣……」
まさかのビジュアル系青年の出現で悶々としている私を余所に、エナが緊張した面持ちで呟いた。
ニーファとソルはこちらに背を向けて剣を構えているので表情は見えないが、空気がピリピリしているので怖い顔をしているだろう。
こんな真面目な雰囲気であるのに自分一人だけが暢気なことを考えているのを反省し、気を引き締めてビジュアル系青年に目線を向けたのだった。




