幕間 5‐(4.5).情熱と冷静の狭間
「な、んか毒々しいんだけど。大丈夫なわけ?」
ソーリスはエナを詰問する。だが、目はヤマトに釘付けだ。正確には、彼の口元と口におさめきれずにいる物に。
(よりにもよって、モモイロサオダケ……!)
エナが生食できるから大丈夫だと言ったが、そういう問題ではないのだ。
ソーリスは知っていた。あのキノコは、“アレ”に似ていると悪名高い“モモイロサオダケ”だ。名前の中に隠語が隠されているのは言うまでもない。
そう、問題なのは、あのキノコの色と形。どぎついピンク色と、あまり凹凸のないフォルムのキノコが……“アレ”を彷彿とさせて仕方がないということだ。
キノコを口いっぱいに頬張り、不明瞭な言葉で舌っ足らずに喋るヤマトから目が離せない。噛み切れないのか、何度も何度も顎を上下させているのが甘噛みをしているかのようにも見える。
そこまで考えて、はっと我を取り戻した。
(いやいや待てよ俺。成人迎えた立派な大人が、なんでこんな10代中盤みたいな思考で悶々としてるんだよ。男はいつまでも少年だっつっても、こんなところで適用されるべき言葉じゃねーだろっ! ……うわー! そこじゃねぇよ! 目の前のヤマトは、男! 友達!)
だが、いくら我を取り戻してまともな考えを取り戻せと自分に呼びかけても、全く脳が言うことを聞く気配はない。なんてことだ。
(おいおい勘弁してよ俺。想像力過多な童貞のガキじゃないんだよ? イイ女が科作ってこっちを煽ろうとしてんじゃないんだよ!? 年下の男友達が、他意もなく食い物食ってるだけでマジかようわうわうわ)
そうやって混乱しているうちに諸悪の根源であるエナがさっさと立ち去ってしまい、ソーリスからの視線に気づいたヤマトが振り向いた。
(!!!)
悪いことに、ヤマトはソーリスよりも身長が低いため、こちらを見る動作が自然と上目遣いだ。彼がピンク色の大きなキノコを銜える様を正面から見たソーリスの背筋に鳥肌が走った。
普段ならば意識しないようなことにまで目がいってしまう。内側からキノコがあたるのか時折形が変わる真っ白な頬、いっぱいに開かれた唇は桜色で、オリーブ色の宝石をそのまま嵌め込んだような、美しいという言葉すら陳腐だと言いたくなる瞳は不思議そうにこちらを見つめる。
ただ残念なことに、俗でいっぱいになったソーリスの頭の中では、絵画の天使を思わせる外見も背徳感を湧きあがらせる材料になっていた。
(うわっだめだ、良くない! 絶対!)
沸騰してしまった頭で、やっとのことで言葉を出す。
「……お、おいしい?」
顔は赤くなっていないか、声は上ずっていないか。いや、ポーカーフェイスには自信がある。大丈夫なはずだ。
ヤマトは、先程と同じく不明瞭で舌っ足らずな言葉をもごもごと喋っている。そのたびに上下に揺れるピンクキノコ。いっぱいに張った柔らかそうな唇が蠢く。……卑猥だ。
無邪気でこちらの考えていることなど何もわかっていなさそうな顔。同じ男だというのに、今自分が銜えているキノコが何を彷彿とさせるだとか、噛み切れずに銜えたままの行動が何かに結び付きそうだとは考えないのだろうか。
(俺が盛りすぎなだけなの!?)
混乱が極み、仕舞いにはイラつきすら感じるようになってきた。
とにかく、この状況を変えよう。
「……何、言ってるか、わかんないよ」
なるべく冷静に、落ち着いて、彼の口元に手を伸ばす。幸いにも手は震えていない。
万が一にも唇に指が触れてしまうことがない様に、慎重に悪の権化であるピンクキノコをヤマトの口から抜き取ろうとした。
しかし、それが良くなかった。
あまりにも慎重にやりすぎたため、作業中ヤマトの口元を注視しすぎてしまったのだ。
キノコを抜き取った瞬間、ギリギリ凪いでいた思考が大荒れになった。
(した、が)
そこに在ったキノコが突然消えたことで、ぽかりと開いたままの口。
驚いたのか、唾液を零すまいと反応したのか、小さな舌がちろりと動くのが見えた。
(やわらかそう)
だなんて。
考えてしまった時点で、もう駄目だった。
必死に抑えつけていた熱が一気に頭部に集まる。
(う、わ……っ)
慌ててヤマトの手元にキノコを返すと、すごい勢いで視線を反らし前方に向けた形で顔を固定する。これ以上彼の顔を見続けたらいけない。頭以外のところに熱が集まりそうだ。
少々の沈黙が下りる。
「……どうしたの?」
「は!? な、何が?」
怪訝そうな声色で尋ねられて、不審としか言えない態度しか取れなかった。
先程のポーカーフェイスへの自信はどこへいったのか。跡形もない。残ったのは、ぐらぐらと煮え立つ湯に必死で息を吹きかけて冷やそうとしているかのような事態になっている思考と、熱でもあるんじゃないかと思うほど真っ赤になった顔だけだ。
そこからはなんとか不信感を与えまいと必死になりすぎて、喋り通しだった。何を喋ったかはあまり記憶にない。
ただ、ヤマトが『風刃』を使ってモモイロサオダケの先端を切り落とすシーンだけは、背筋が寒くなったので明瞭に記憶されていたのだった。




