4‐(2).マイノリティは悪なのか
「んで、あの女はどうしてるわけ?」
上質な皮によって作られたソファにどっかりと腰をおろしたニーファは、組んだ足を不機嫌そうに揺らしながら肘掛に頬杖をついた。そして話題に出すのも忌々しいとでもいうような苦みが混じった顔つきで聞く。あの女、などと遠称で言われて一瞬首を傾げたサフィールだが、そういえばニーファがこう呼ぶ人物は1人しかいなかったことを思い出した。
「ルイカですか?」
今回の騒動の根源にいる少女、ルイカ。彼女が行動することがなければ、異世界から召喚された少女ヤマトがモンスターの血に塗れながら虚ろな目をすることもなかっただろうに。
「そう、それ」
それ、とか、あの女、とか随分な言い様だと思わず苦笑するサフィールだが、それも致し方ないとも思う。ルイカのことを誰よりも嫌っているのは、ニーファだ。
白い髪と白い瞳、そして自分とまったく同じ顔を持つ少女ルイカ。元の世界で平和に一生を終えるはずだった少女の運命を歪め、道具として使うために自らの手元に呼び寄せたルイカ。世界に災禍を与えるために存在するルイカ。
行動する度に災厄を作り出しこちらの手を煩わせる存在は、存外面倒臭がりな目の前の彼女にとっては鬼門だ。
「……うーん、今は色々策を練ってるんじゃないですかねぇ。僕に先手を打たれたことが結構予想外だったみたいですから、相当機嫌悪いと思いますよ」
サフィールはルイカとは長い付き合いだ。彼には、ブツブツ文句を言いながらそこかしこに当たり散らしているルイカの姿が容易に想像できる。
「いい気味だわ」
常日頃の無表情ではなく、珍しく笑顔を見せて言うニーファ……といっても、可愛らしくにっこりなんてものではなく、ニヤリとしか擬音がつけられないどう見ても悪役の笑みだ。昔から可愛げがあったわけではなかったが、年齢を重ねるに従ってどんどん外見とのギャップが開いていく彼女に、サフィールは乾いた笑いをこぼす。
「あはは……はあ。……また、嫌われてしまったかな」
肩を落とすサフィール。嫌われてしまった、というのはルイカに、だ。サフィールはどんなに彼女が自分を嫌っても、彼女のことは妹のように思っていた。最近は、彼女が自分を殺しにかかってきているとわかっていても。
それを見たニーファは、理解できないとでもいう風に首を振る。
「は? なんでそんなこと気にしてんの? 今更過ぎない?」
「そうですけどね。……ちょっと寂しいです」
「全く理解できないわ。それに、もうそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。あの女は“道”を外れた」
たっぷりとした沈黙が落ちる。
そうなのだ、サフィールもわかっている、ルイカはやりすぎた。これからやらなければいけないことも、十分把握している。自分がそんな感傷を抱いている場合ではないことだって、承知している。
「……わかってますよー。それがあるから、今回だけは負けられないってことも」
わかってますから。
直前までの寂しそうな顔はすべて消し去り、笑顔に戻るサフィール。それを見て、ニーファは些かホッとした気分でもあった。総大将が弱気になっていては、勝てる戦も勝てない。
「油断しないで頂戴よ」
「しませんよー油断なんて。今回は相手が相手ですから」
厳しい口調で釘を刺すニーファだが、サフィールの言葉に戸惑うことになる。
「何、どういうこと?」
相手が相手とは、どういうことだろうか。ルイカが頭の弱い指導者を持つ国を裏から操るのはいつものことだが、今回は別ということか。
「マナがですねー、ルイカについたらしくてですねー」
溜息混じりに告げられた国名を聞き、驚愕に目を見開くニーファ。
マナ……魔族が統治する国だ。そのことから、魔国とも呼ばれる。だが、この国は正常な国としての体を成していない。その理由として、国を構成している国民が全て魔族だということが挙げられる。
魔族。魔人という種族と魔獣という種族を一括りにしてこう呼ぶ。この2つの種族は、異種族がひしめき合うこの世界でも、特別異端な種族として他種族から忌避されている。
魔人は、ヒューマンと良く似た形をしてはいるが、まったく違う存在だ。彼らは青白い肌と尖った耳を持ち、体のどこかに生まれた時から紋章を持っている。繁殖力が低く個体数は少ないものの、身体能力や知力、魔力など、多くの能力において他の人型種族を上回る。しかしこれだけならば、他種族から嫌われることなどない。彼らが異端たる理由はその思想にあった。魔人は、魔を好み、闇を好み、混沌を好む。他種族が嫌い避けるものを、喜んで欲するのだ。
そして魔獣は、動物やモンスターなどの獣が魔力を持った姿のことを言う。通常、獣は魔力を持たないものだ。だが、魔力を持つ生物を食らったり、魔力が豊富な土地で育ったりした獣は魔力を持つようになることがある。魔力を持った獣は、その力の大きさに比例した知能を身につけ、魔法を操るようになった。ある程度高い魔力を持つものを上級魔獣と呼ぶが、そのくらいになると人型種族に負けずとも劣らない高い知能を有するようになり、人型への擬態も可能となるのだ。だが、魔力を得た獣はかわりに思想を冒された。元来獣が魔力を持って生まれなかった理由がそこにあるのかもしれないが、魔の力が獣に他者から忌避される性質をもたらしてしまったのだ。
混沌を好む魔族は、定められた形式や規律を求める体制を嫌う。その上、良くも悪くも自分に正直にしか生きられない種族であるので、他種族たちが考えるようなまともなコミュニティに所属したいと願うことはない。生きていくうえで、やりたいことをやるだけなのだ。
マナには、国民と領地はあるが、法律はなかった。首都であるウィッケンブルクですらも、王の居城がある以外は人と物が集まるだけの無法地帯と化している。魔族たちにとって、マナを統治する王とは、みんなの集まる場所を提供してくれる人物というだけのものだ。そこには、統治者に対する敬意も従属の意思もない。
そんなこともあり、マナの軍隊は、気まぐれに戦いに参加する少数の魔人たちと、王の膨大な魔力から生まれる数多くの不死者、知能の低い魔獣たちだけで構成されている。
「あの国は変わってますから……未知数な部分が多すぎます。軍隊に関しては統制も取れてないですし、対策さえしっかりすればそこまで脅威とは言えませんが……予想もつかないことをやらかされたらちょっとどうなるか。意図も読めないし、怖いです」
しかも悪いことに、当代の統治者である女王は歴代でも一際強い魔力を持つと言われている。軽く頭痛が走ったような気がしたニーファは、そんな大切なことを世間話のようなテンションで話したサフィールを睨みつけた。
「それが本題ってわけ? 一番最初に言いなさいよ。……あの女、最後の最後に、とんだ爆弾落としてくれたもんだわ」
虚空に向かって毒吐くニーファだが、なぜか目の前の少年から反応が返ってきた。
「最後とか言わないでください。泣いちゃいそうです」
「なんでよ……」
本気で悲しそうな顔をするサフィールに、呆れ返った顔をするニーファ。
「思い入れも一入、ってやつです。……あ、そうだ。ヤマトさん、絶対狙われると思いますのでちゃんと守ってあげてくださいね」
「そんなこと、元より承知して……ッ!?」
――キィン……
当たり前だと返事をしようとしたニーファに、緊張が走る。頭の中に響いた高い音は、ヤマトに与えた腕輪からの緊急の報せを意味していた。同時に流れてきた情報は、ヤマトの座標と、周囲の状況。そう遠くない路地に、ヤマトの反応と明らかに通常の人間とは違う反応が2つ。
ニーファは思い返す。そういえば朝食前の剣の稽古を済ませたヤマトは、朝市を見に行きたいと言っていた。朝食を済ませた後に、1人で向かったようだ。
「おや、早速ですか」
「そうみたいね」
特に慌てる様子もなく興味深そうにしているサフィールに、ニーファは頷いた。武器は常に携帯しているから、取りに戻る必要もない。
そして彼女は、開け放った窓の枠に足を掛けた。
「いってらっしゃーい」
彼女はひらひらと手を振るサフィールを振り返ることなく、地上5階の窓から外へと躍り出たのだった。
「ねーねーソルどこ行くの?」
「えーお前知らないでついてきたの……俺剣士ギルドに顔出すつもりってうわぁッ!」
「ふんぎゃッ!」
どうやら二人で出掛けるところだったソーリスとエナの目の前に、ニーファが着地する。驚いて声を上げた二人を見て、ニーファは言った。
「あら、丁度いいところに。緊急事態よ。ちょっとついてきなさい」
言うが早いか、走り出すニーファ。
「ちょっえっ何!? 俺剣士ギルド行くんだけどッ!」
「ニーファ速ッ! えーちょっと待ってぇー!!」
一応言い分を主張しつつも、ついていかざるを得ないよく教育された二人なのだった。




