4‐(1).何事も諦めが肝心
早朝のギルドハウスの廊下、ニーファはカツカツというヒールの音を速いテンポで響かせ、高く結いあげたライトブラウンのツインテールを揺らしていた。
ニーファの歩調は常に速い。これは彼女のせっかちな性質により自然と身に付いたものであるが、他者と歩くたびに歩調を緩め合わせてやらなければならず、些か面倒に感じることが難点だ。
目的地に到着し歩みを止めた彼女の目の前には、ジェネラルの私室であるギルド長室の扉がある。いつも通り、形ばかりのノックと同時に扉を開けて中に入った。
「……なんでいるのよ、サフィール。神王って暇なの?」
だがいつもならすぐに返ってくるはずのノックに対する兄の返事はなく、しかもそこに兄の姿はなかった。
いたのは、真っ白な髪に真っ白な瞳を持つ少年、サフィールだ。彼は、ギルド長室のソファに座って寛いでいた。
サフィールとは、アスタリア神聖国を治める神王の名前である。目の前の少年がその名前を持つと聞くと、ただ同じ名前なだけだと思う人間が大半。
だが彼は“正真正銘の”サフィールだった。
神聖にして冒すべからざる存在である神王。その姿は、国の式典であっても民の目に触れることはない。表出って指導者としての姿を見せるのは、王佐や宰相などの、王に近しい者達だけだ。神王の姿を知る者は、世界でもそう多くはない。だから、民衆は自分たちの国を導いている神王の姿を勝手に思い描いている。こんな小さな少年が神王であるとは、露にも思わない。
世界でも知る者が少ないような神王のことを知り、あまつさえそんな彼が部屋を訪ねてきたり彼に尊敬の欠片もない口を利いたりする人間がいるのはこのギルドだけであろう。
「おはようございます、ニーファ。ジェネラルに用事ですか?」
のんびりとした口調で質問には答えず挨拶を返す彼に、ニーファの眉間に皺が寄る。彼女はサフィールのこういったところがあまり好きではない。
「どうやらいないようだから、出直すことにするわ」
そう言って踵を返す彼女だが、サフィールに呼びとめられ、なんだか面倒臭いことになったと感じながら思い切り嫌そうな顔をして振り返った。もしも神王に仕えている人間が傍にいたならば、不敬罪であると声高に叫ぶことだろう。
「なんなのよ」
「そんな顔しないでくださいよー。お話したくて待ってたんですから」
彼女からしてみれば、嫌な顔もポーズ程度のものであったが、こうも効果が出ないと溜息もつきたくなる。その通り、軽くため息をつきながらも応対をしてやることにした。
「っていうか、兄貴は?」
「ちょーっと、お仕事を頼みました」
「折角の休日なのに……兄貴も大変ね」
ただの嫌味だ。ジェネラルに休日というものはほとんどない。良くも悪くも有名人な彼は、毎日毎日様々な場所を飛び回っている。時間は不規則で、ギルドハウスにいることも多いが、明確な休日というものはなかった。
だが、そう、他の人間にとっては今日は休日。
ギルド『コロナエ・ヴィテ』は、週に一日だけ任務を入れない日を作っている。火、水、地、風、木、光、闇と属性の数と同じだけある曜日が一週間でローテーションする中で、闇曜日がその日に当たった。もちろんギルドとして仕事をしている以上それは絶対的なものではなく、依頼主からどうしてもと言われてしまえば消えてしまう休日だ。必ず毎回全員で任務に当たるわけではないから、闇曜日以外に休日ができる週もある。
ニーファがヤマトに剣を買い与えた日は全員揃っての休日だったので、先週の闇曜日。ちょうど一週間が経っている。ニーファやヤマト、ソーリス、エナなんかはその一週間毎日任務があったから、今日は一週間ぶりの休日だ。
昨夜は任務が夜遅くまで長引き、ジェネラルに報告する間もなかったので、今朝はそれをしようと直々に出向いた。報告は口頭かそれができなければ報告書を出すのがこのギルドの決まりだ。報告書なんてものを書くのは面倒なので、口頭で報告したかったのだが……目の前の男に先を越された、とニーファは苦々しく思った。
「耳が痛いですねぇ……でも僕が動いたと知れると面倒なことになるから、大目に見てください」
嫌味に対し、サフィールに大して応えた様子はなく、笑顔も崩れない。嫌な顔と同じく軽く流された。こんな応酬をしていても全く意味はないので、ニーファは本題に入ることにする。
「ま、それはいいわ……話って何?」
「こちらの世界に来たあの子、ヤマト、と言うんでしたっけ? 彼女の様子を聞きたくてですね」
どうです、順応できてますか? そう聞く神王。ニーファはここ一週間のヤマトの様子を思い巡らした。
「それなりに、楽しそうは楽しそうかしら? ソルがよくくっついて面倒見てるわね。楽でいいわ」
「ふむ、冒険者としてこのギルドに所属することになったんですっけ?」
「そうよ。任務の方は、そうねぇ……戦闘以外の簡単な任務は問題なくこなしてる。軽いモンスター退治なんかも、少し剣の指導をしただけである程度はこなしたわね。さすがに“あんたら”が作って与えた体だけあって、能力は高い」
“あんたら”が指し示す人物は、ジェネラルと、目の前にいるこのサフィールだ。彼はジェネラルと共に、ヤマトに術を施して体を与えた人物であり、ヤマトをこのギルドで保護するように依頼した主でもある。
神王である彼は、膨大な魔力とそれを使うための知識を有している。有り体に言えば“非常識”だと言える魔法も、かなりの数使うことができる。“魂からの肉体構築”の術もその一つだ。
だが、きょとんとした様子でサフィールが言う。
「ん? 僕らが作ったとか、能力の高さに関係ないですよ? あの体って、ヤマトさんの魂がこの世界であるべき形を作り上げただけですから」
それを聞いて意外だという顔をするニーファ。
「あら、能力もそうなるわけ?」
彼女は、外形に関しては魂に沿った形になるとは聞いていたが、能力までもがそうなるとは聞いていなかった。
「そうですね。ここはこうしたい、なんていう融通は利きません。だから、性別だけ作り直してくれと言われても、無理なわけです」
その言葉でピンとくる。どうやらジェネラルは、ヤマトが本来女性であったとわかってから、サフィールに直談判をしにいったようだ。それで、初日の飲み会にこなかったわけか、とニーファは納得する。だが、自らも加わって行った術だと言うのに、ジェネラルはそんなことも把握していなかったのだろうか。疑問に思って、ニーファは聞いた。
「ジェネラルは魔力と血を提供しただけですから、術の詳細に関してはほぼノータッチです」
「ふーん……」
その話題はそこで終わる。ニーファも術の詳細なんかは気にならないので、話題が変わることに特に憚りはなかった。
サフィールはまだヤマトのことが気になるようで、もう一息とばかりに質問をぶつけてくる。
「彼女に関して、何か問題とかあります?」
「問題ねぇ……あ、モンスター退治の時に、生き物を殺すのには抵抗があるとか何とか言ってたかしら」
五日前、ヤマトにとっての初めてのモンスター退治となった任務の時だ。大量発生してしまったモンスターが田畑を荒らすということで退治を頼まれたその任務。ニーファが、連日訓練をしていたにもかかわらずへっぴり腰だったヤマトを捕まえて詰問するとそう答えた。
「あらら、そうですか。元の世界は随分安全であったようですから、しょうがないことかもしれません。それで、どうしました?」
その日の討伐対象は、兎に近い形をしたモンスター。外見はただの動物のような形をしていても、気性は凶暴で人を襲う。放っておいたら、田畑が荒らされるだけでなく子供などの弱い者が殺されたりするかもしれない。それを言い含めても、半分納得していなかったように見えた。
だが……。
「あたしは何もしてないけど、あいつ自身の位置取りが悪くて何回も血飛沫浴びたせいで吹っ切れたみたいよ」
途中から極端に動きが良くなって、任務も早く済んだ。モンスターの血に塗れたヤマトが「目標をセンターに入れてスイッチ」という言葉を繰り返していたのはよくわからないが、おまじないのようなものだろうか?
その時のヤマトがほぼ諦めの境地に達していたことは、ニーファは知らない。
「……そう、ですか……」
今までまともに生き物を殺したこともなかった少女になんとも気の毒な荒療治となってしまったようだと、サフィールは少し、同情したのだった。




