後日談10話:出世したくないです
その日の夕方。
こちらの世界の衣服に着替えた一良たちは、バイクを走らせてイステリアへと向かっていた。
護衛として、ティタニアとオルマシオール、十数頭のウリボウたちが同行している。
「おっ。アイザックさんたちだ」
先頭を走っていた一良が、道の先に騎兵と荷馬車の集団を見つけた。
バイクでイステリア市街へと入ってしまうと騒ぎになってしまうので、いつものように途中で荷馬車にバイクを載せて移動することにしたのだ。
ゆっくりとそれに近づき、バイクを停める。
「カズラ様、お疲れ様でした」
アイザックがラタから降りて、一良に頭を下げる。
「アイザックさん、おひさしぶりです。元気でしたか?」
「はい。カズラ様のおかげで、毎日充実した日々を過ごさせていただいております。ハベルは少々疲れているようですが」
そう言って、一歩後ろにいるハベルを見やる。
何やら、少しやつれているようだ。
「ん? ハベルさん、だいぶお疲れみたいですね?」
「ええ。ナルソン様に、『次期領主はお前だからよろしく』と申し付けられてしまいまして……」
ハベルが酷く疲れた顔で薄い笑みを返す。
一良を含めて、皆が「えっ!?」と声を上げた。
「ハベルさんが領主に!?」
「自分にはとても無理だとお断りしたのですが、『適任だから』と言って聞いてくれないのです。カズラ様からも、何とか言ってやってください」
「俺は向いていると思うぞ。そういう役割、得意そうじゃないか」
「だからもう、アイザック様、勘弁してくださいよ……」
何を嫌がっているんだ、といったふうに言うアイザックに、ハベルがげんなりとしたため息をつく。
「びっくりした……まあ、ハベルなら適任といえば適任かもね」
「アロンドの弟ですし、確かにいい人選に思えますね」
ジルコニアとリーゼが小声で話す。
部族同盟の族長であるアロンドの弟であるハベルがイステール領の領主になるなら、将来的にもやりやすくなる気はする。
上官であるアイザックを差し置いて、と考えると、アイザックが不憫にも感じるが、当の本人は気にしている様子はなさそうだ。
元々、地位にはこだわらない人柄なのだろう。
「ということは、ハベルはイステール家に入るってこと?」
ジルコニアがハベルに聞く。
「いえ、ナルソン様が言うには、ルーソン家のまま引き継げとのことで。兄上も、そのほうが喜ぶだろうとのお考えのようでして」
「あー、なるほど。アロンド、家の名誉にすごくこだわってたものね」
「はい。家の再興で恩を売れるから、ちょうどいいだろうと言われました」
「ならいいじゃない。一士官から領主になるなんて、大出世どころの話じゃないわよ?」
「私は余生を平穏に過ごせればそれでいいので。領主なんて面倒な役割はご免被りたいんですよ」
心底疲れたため息をつくハベル。
彼としては、マリーの幸せを見届けられればそれでよく、自身の出世などどうでもいいのだ。
現状、欲しいものはすべて手に入っているので、領主の地位など厄介ごとが増える以外の何ものでもない。
それに、上官であるアイザックが臣下になるというのも、やりにくくて仕方がないだろうと頭を痛めていた。
「年寄りみたいなこと言って……領主になれば、今よりずっと贅沢できるしいいじゃない。マリーだって、縁談がそこらじゅうから来るようになるわよ?」
「べつに贅沢なんてしたくないです。それに、そんな縁談、マリーの幸せに繋がるとはとても思えません」
「そう? 選び放題になるんだから、そこからいい人を探せばいいんじゃないの?」
「地位目当ての連中ばかり寄ってきたら、それこそ不幸になりかねませんよ。再来月でマリーも成人(15歳)しますし、カズラ様がマリーを貰ってくだされば、私としては一番安心できるのですが」
本人のいない場で勝手なことを言うハベルに、一良が困り顔になる。
「いやいや、本人を差し置いて何を言ってるんですか。マリーさんに怒られますよ?」
「そんなことないですよ。この間マリーに……あ、そうだ」
ハベルが言いかけ、思い出したように言葉を止める。
「マリーの勤め先なのですが、カズラ様の従者というのはまだ継続中なのですよね?」
「あー、そういえば解除してなかったですね。手は足りていますし、もう普通の侍女として働いてもらっても大丈夫ですよ」
「いえ、できればグリセア村で、カズラ様の従者としてまた働かせていただければと」
「いやいや、せっかくお母さんと一緒にいられるようになったんですし、それはかわいそうですよ」
現在、マリーの母親のリスティルは、ナルソン邸の侍女として働いている。
マリーは幼少期から何年も離れ離れだったのだから、これからはずっと傍にいるべきだと一良は考えていた。
「はい。なので、リスティルも一緒にグリセア村に置いていただければと。ナルソン様の了解は得ていますので」
「カズラ様、私からもお願いいたします」
アイザックが口を挟む。
「リスティルは昔、体が弱かったと聞いております。カズラ様がご滞在なされているグリセア村で生活したほうが、安心かと思いますが」
「えっと……リスティルさん、体調を崩すことがあるとか?」
「あ、いえ、えーと……最近は、すこぶる調子が良いと聞いていますが、それでも万が一がありますから」
アイザックが言葉を選びながら話す。
「それに、グリセア村の宿場町の件に、マリーは興味を持っているようなのです。こういう造りにしたらいいかも、といった話を、私もよく振られるんですよ」
「へえ、マリーさんがそんなことを……」
「はい。興味のある分野のお手伝いができれば良い刺激になるでしょうし、彼女も楽しく過ごせるのではと」
「ふむ……まあ、お二人がそこまで言うなら、マリーさんたちの意見を聞いてから決めるとしますか」
一良が答えると、アイザックとハベルはほっと息をついた。
「というか、アイザックさん、ずいぶんとマリーさんと仲良くなったんですね。そんな話をするなんて」
その言葉に、アイザックが苦笑して頭を掻く。
「はい。以前、私の勘違いでハベルを殺しかけたことがあったじゃないですか。あの後、マリーに土下座して謝罪したのですが、それからは徐々に話してくれるようになりまして」
「そ、そうですか。まあ、仲良くなれてよかったです」
「あ、それと、フィレクシアさんが昨日やって来て、足踏み式ミシンの――」
「……ねえ、バレッタ」
話す一良たちの背後で、リーゼがバレッタに小声で話す。
「はい?」
「何か、側室がもう1人増えそうじゃない?」
「う、うーん。カズラさんにその気はないように見えますけど」
「そうだけどさ、もしマリーが本気になったら……ねえ?」
「うう……でも、マリーちゃんなら、まあ仕方ないかなって思えます。今までの不幸の密度が高すぎですし」
「だよねぇ……にしても、アイザック、どうしてあんなにマリーを推すんだろ?」
「うーん……」
うーむ、と一良たちを見つめるリーゼとバレッタ。
その脇では、ジルコニアとエイラが、「早く話終わらないかな」、とぼやきながら、木の棒で地面で○×ゲームをしている。
ティタニアとオルマシオールは心底つまらなそうに地面で伸びており、他のウリボウたちは丸まって眠りこけていた。




