後日談9話:何か騙されてる気分になる食感
カキ氷を堪能し、一行は宿泊先のホテルへとやって来た。
皆でぞろぞろと廊下を進み、部屋へと向かう。
「エイラは今日から2日間、カズラさんと一緒の部屋ね。それじゃ、また明日」
ジルコニアが部屋へと入って行く。
ジルコニア、リーゼ、バレッタは同じ部屋で、エイラと一良は2人部屋だ。
「エイラ、手加減してあげなきゃダメだよ? カズラ、お疲れなんだから」
「な、何を言ってるんですかっ! 私を何だと思ってるんですかっ!」
ニヤニヤしながら言うリーゼに、エイラが顔を赤くして憤慨する。
「あ、あはは……カズラさん。明日はあっちに戻るんですよね?」
苦笑しながら言うバレッタに、一良が頷く。
「その予定です。村の皆にお土産を渡したら、ナルソンさんにもリーゼのことを報告しないと」
「あ、そっか! 私が妊娠したこと、お父様に言ってなかったね」
リーゼの妊娠が判明した後、その勢いのまま日本に来てしまったので、報告し忘れていたのだ。
村の皆には言ってあるので、ひょっとしたら伝わっているかもしれないが。
「後で、イステリアにも顔を出したほうがいいかな?」
「そうだな。ちゃんと顔を合わせて報告しようか」
そう言うと、ではまた明日、と一良とエイラが部屋に入る。
リーゼは笑顔で手を振り見送ると、閉まった扉に即座に耳を当てた。
「り、りっちゃん。何してるんですか?」
「んふふ、エイラ、きっと……おっ、やっぱり! バレッタもほら!」
「わわっ!?」
リーゼに引っ張られ、バレッタも扉に耳を当てる。
扉の向こうでは、バタバタした物音と、「カズ君!」と興奮した様子のエイラの声と、「うわあ!?」という一良の悲鳴のような声が響いている。
バレッタは顔を赤くすると、リーゼの首根っこを掴んで自分たちの部屋へと引っ張るのだった。
翌朝。
ホテルのレストランで朝食を済ませた一行は、車を走らせて群馬の屋敷に向かっていた。
今日は助手席にはエイラが座っており、とてもご機嫌な様子だ。
「カズ君、イステリアに行ったら、私の実家にも寄っていいですか?」
エイラがニコニコしながら一良に話しかける。
カズ君呼びは、定着したようだ。
「もちろん。お義父さんたちにも、お土産を渡さないとですし」
お土産はそれぞれの実家と、グリセア村用に用意してある。
内容は、スーパーで買った食器と焼き菓子の詰め合わせだ。
「カズラ、宿場町の件って、これからどう進めていけばいいかな?」
運転席の後ろに座っていたリーゼが口を挟む。
宿場町建設は着々と進んでおり、今は村の守備隊の老人たちの家族が引っ越すための家を建てているところだ。
店舗としては、飲食店、雑貨屋、裁縫店(衣料品の修繕が主)、鍛冶屋、皮なめし店、宿屋が内定している。
基本的に守備隊の者たちの家族が優先的に場所取りできることになっているが、彼らのなかにない職業は募集をかけているところだ。
守備兵全員が移住するわけではないが、ほぼ全員が様子を見て引っ越しを検討したいと言っていた。
「街のレイアウトが完全には決まってないからなぁ。宿場町っていうからには、宿屋をもっと斡旋したほうがいいのかな」
「それもですけど、名物を何か考えたほうがいいんじゃないですか?」
バレッタも話に加わる。
「例えば、前に言ってた――」
「カキ氷でいいんじゃない? 村に大型製氷機を置いて、超デカ盛りのカキ氷を出したら大人気になると思うわ」
口を挟むジルコニアに、バレッタが苦笑する。
「いえ、カキ氷はイステリア名物にしておくのがいいかと。住み分けしたほうがいいですよ」
「んー、それもそっか。天然氷のほうが美味しいだろうし、それがいいかもね」
「はい。宿場町ならでは、のものがいいかと」
「温泉掘ろうよ! 前に約束したじゃない!」
リーゼが期待を込めた声色で言う。
「それで、昨日入ったみたいなスーパー銭湯を作るの!」
「温泉かぁ。あそこを掘って出るのか、かなり怪しいな……」
一良が以前調べた井戸掘り技術について思い起こす。
上総掘りという手法なら、人力で500メートル以上掘ることができる。
しかし、あの場所は何の変哲もない平地なので、温泉を出すとなると厳しい気がする。
湧き出た地下水を加熱するというのなら、十分可能だとは思うのだが。
「でも、もし温泉が出たら大評判になると思うよ?」
「ふふ、そうですね。きっと皆、喜びますね」
「うーん……いっそのこと、山で掘ったほうがいいんじゃないかな? 村の傍よりは期待できると思うし」
「確かにそのほうがいいかもですね。でも、そうなると宿場町の売りを何にすれば……」
「琥珀糖は? すごく綺麗だし、美味しかったよ?」
「あれは寒天が必要なので、一般の訪問客に出すと身体能力が強化されてしまうのでダメですよ」
「むむぅ……じゃあ、お饅頭とか大福は? あんこの代わりに、ミャギのミルクで作った生クリームと果物を入れてさ」
「それはいいですね! お饅頭なら簡単ですし、大福は芋から片栗粉を作って、炊いたパン麦で生地を作ればお餅が作れますからできそうです」
そんな話をしながら、山道を走る。
しばらくして屋敷に到着し、荷物を持って車を降りた。
「そういえば、この屋敷に泊まりたいってエイラさん言ってましたよね?」
玄関をくぐりながら言う一良に、エイラが頷く。
「はい。後で、お掃除できればと」
「なら、こっちに戻ってきたら、大掃除がてら一泊しますか?」
「そうさせていただけると嬉しいです」
屋敷に入り、奥の部屋の敷居をまたぐ。
石畳の通路を通り抜け、雑木林に出た。
「たった2日しか経ってないのに、何だかひさしぶりに帰って来た気がするわ」
ざくざくと落ち葉を踏みしめながら言うジルコニアに、エイラが頷く。
「ですね。日本での体験が濃密すぎて、すごくひさしぶりに感じます」
「エイラは昨日の夜、特に濃密だったもんねぇ?」
「な、何を言ってるんですかっ!」
ニヤけながら茶化すリーゼに、エイラが顔を赤くする。
実際問題、確かにそうだったのだが。
あれこれ話しながら雑木林を抜け、村に戻って来た。
畑仕事をしている村人たちや、ウリボウたちと遊んでいる子供たちの姿が見える。
すると、畑で草むしりをしていたターナが、一良たちの姿に気付いて歩み寄って来た。
「皆さん、お帰りなさい」
にこりと微笑むターナに、皆も「ただいま」と返す。
「皆にお土産を買ってきたんです。お皿なんですけど、使ってもらえたらなって」
一良が手にしたビニール袋を揺らす。
「まあ、ありがとうございます。皆を呼んできますね」
「あ、いや、わざわざ来てもらうのもアレなんで、自分たちで手分けして配りますから」
「なら、私も手伝いますね」
お土産をターナにもいくらか託し、それぞれ配って歩くことになった。
「それでね、沖縄の海を見ながら、レインボーカキ氷を食べられたらなって」
村の中を歩きながら、ジルコニアがバレッタに言う。
レインボーカキ氷とは、複数種類のシロップをかけたカキ氷のことだ。
少し離れたところでは、一良がターナと、リーゼがエイラと、それぞれ住宅群に向かっている。
「あはは。ジルさん、本当にカキ氷が好きですね」
「だって、最高に美味しいじゃない。バレッタも好きでしょ?」
「はい。でも、デザートならどっちかっていうと、ケーキとかパフェのほうが好きですね」
「あー、確かにそっちもいいわねぇ。ショッピングモールで食べたパフェ、本当に美味しかったなぁ」
話しながらニィナの家の前に着き、バレッタはジルコニアと別れて家の戸をノックした。
すぐに返事があり、戸が開いてニィナが顔を出す。
「バレッタ! 帰って来たんだ!」
「うん、さっきね。お土産持ってきたの。お皿とクッキーだよ」
「おー! ありがと! 入って入って!」
ニィナにうながされ、おじゃまします、と家に入る。
中では、囲炉裏の前でニィナの母親がパンを食べていた。
イチゴジャムとピーナッツバターの容器が置いてあり、コーヒーの香りが漂っている。
どうやら、昼食中だったようだ。
「あら、バレッタちゃん。帰って来たのね」
「はい。お土産を持ってきて。お昼ごはん中にごめんなさい」
「いいのいいの。お土産、ありがとうね! 上がって!」
ニィナと一緒に、居間に上がる。
ニィナの母親が木のコップにインスタントコーヒーを淹れて、バレッタに差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
「バレッタもパン食べる? 私が焼いたんだよ」
「うん、もらおうかな」
ニィナが白みがかった楕円形のパンを1つ、木皿に取り分けてくれた。
バレッタはニィナの家族用に分けられたお土産の袋をビニール袋から出し、彼女に渡す。
「はい、これニィナたちの」
「ありがと……おおっ、これかわいいね!」
ニィナが皿を取り出して眺める。
各家への皿はバラバラで、ニィナに買ってきたものは猫の絵が描かれている皿だ。
他にも、カエル、犬、ブタといった絵柄のものを買ってあり、どの家にどの絵柄の皿が行くかはランダムだ。
「そういえば、おじさんは留守なの?」
「うん。昨日の昼頃から、バリンさんとロズルーさんと一緒に、イステリアにお酒を買いに行っちゃった。バルベールとかエルタイルからの輸入品が入ってくる頃なんだってさ」
「えっ、お父さんも?」
「うん、皆で馬車に乗って、前に買ってきたお酒の残りを飲みながら行っちゃった」
「そ、そう。行きながら飲んでるんだ……」
バレッタが苦笑する。
バリンはかなりの酒好きなので、ハメを外して飲みすぎないか心配だ。
基本的に、村の男たちの大半は酒好きである。
「あと、村で作った野菜をナルソン様のところにお裾分けするって言ってた。使用人さんたちに配るんだって、山ほど持って行ったよ」
「そうなんだ。きっと喜んでもらえるね」
村の野菜は常識外れに大きく、味もすこぶる良い。
定期的に輸送隊がイステリアに運んでいるのだが、「グレイシオール様のお膝元で作られた野菜」だとありがたがられて、店に並ぶと飛ぶように売れるらしい。
収益は村に還元されており、村人の収入源となっている。
普通の野菜に比べて値段はお高めで販売されているので、タダで貰えるとなれば使用人たちは大喜びだろう。
「ねえ、リーゼ様たち、神様の国に行ってどうだった?」
興味津々といった様子で聞くニィナに、バレッタが微笑む。
「大騒ぎだったよ。何を見ても、すごいすごいって」
「そっかぁ。あー、いいなぁ。私も行ってみたい」
「ニィナもカズラ様の側室にしてもらっちゃえば?」
急にそんなことを言う母親に、ニィナがぎょっとする。
「ちょ、何言ってんの! そんなのダメに決まってるでしょ!」
「そんなことないでしょ。ねえ、バレッタちゃん?」
「あ、あはは。これ以上増えるってなると、カズラさんの体が持たないような……」
苦笑しながら言うバレッタ。
母親は「確かにそうかも」、とケラケラと笑った。
ニィナもとなると、他の娘たちも全員志願してきて収拾が付かなくなるかもしれないので、彼女には悪いが阻止したいところだ。
何より、一良と2人きりになれる時間がこれ以上削られるのは、バレッタ的には正直しんどい。
皆でわいわいやるのは大好きだが、2人きりの時間はできるだけ確保したいのだ。
「ん……このパン、すごく美味しい!」
イチゴジャムを塗ったパンをひと口齧り、バレッタが目を丸くする。
「でしょ? 昨日、耐火レンガを少し使わせてもらって、パン焼き窯を作ったんだ」
「そうなんだ。ピザも焼けそうだね」
「うん。自分たちでチーズとかソーセージも作って、本格的なピザを焼こうって皆で話してるの。バレッタも一緒にやろうよ」
「ふふ。そうだね。燻製窯も作らないとだね」
そうしてパンを食べながら少し話し、そろそろ行かないと、とバレッタは席を立った。
ニィナも付いて行くとのことで、一緒に家を出た。
「お母さんが変なこと言ってごめんね? 本気にしないでよ?」
家を出てすぐ、ニィナがバレッタに謝る。
「大丈夫だよ。ニィナは、他にいいなって思う人はいないの?」
「うーん。アイザック様とかハベル様はいいなぁって思うけど、どう考えても私なんかじゃ――」
「ワウッ!」
「「ひゃあ!?」」
2人が話していると、突然家の陰からティタニアが飛び出してきた。
背に、コルツとミュラを乗せている。
ティタニアは驚く2人に満足したのか、にやり、と笑みを浮かべた。
「「バレッタお姉ちゃん、おかえりなさい!」」
「びっくりした……コルツ君、ミュラちゃん、ただいま」
「あー、もう。いつもいつも勘弁してよ。すぐに驚かしてくるんだから」
やれやれ、とニィナがため息をつく。
ティタニアが村に来てからというもの、隙あらばこうしてびっくりさせられているのだ。
「俺は止めたよ?」
「私も止めたの。さっきは『分かった』って言ってたんだけど……」
「全然分かってないじゃん。ティタニア様、次やったら一食抜きにしますからね?」
「きゅぅん」
ぺたん、と耳を伏せるティタニア。
これもいつものことで、もう何度目のやり取りか分からない。
「あのね、お姉ちゃんが、『私へのお土産は?』って言ってるよ」
「うん、あるよ」
バレッタがビニール袋を漁る。
ティタニアが期待に目を輝かせ、ぶんぶんと尻尾を振り始めた。
「じゃーん! ティタニア様専用のお皿です!」
犬の絵がプリントされた大型犬用の滑り止め付きステンレス皿を差し出すバレッタ。
犬の絵の下には、油性マジックで「ティタニア」とこちらの世界の言語で書かれている。
ショッピングモールに行った時に、買っておいたのだ。
「オルマシオール様の分も……って、あ、あの?」
しゅん、と耳と尻尾を萎えさせるティタニアに、バレッタが困惑する。
「『食べ物じゃないんですか』って言ってる」
「あ、食べられるものも、ちゃんとありますよ。ほら!」
バレッタが慌てて、今度は骨の形をした歯磨きガム(特大)を取り出した。
ティタニアは、何だこれ、といった表情でガムを見ている。
「これ、歯磨きになるんです。ストレス解消にもいいらしくて」
バレッタが袋を開けて、はいどうぞ、とガムを差し出した。
ティタニアは少し匂いを嗅ぎ、あむ、とかぶりつく。
「どうですか?」
ガジガジとガムを噛んでいるティタニアに、バレッタが尋ねる。
「えーっと……『何かよくわからないけど悲しくなってくる』って言ってるよ」
「えー……」
もの悲しげな表情でガムを噛むティタニア。
お気に召さなかったようだ。
「ティタニア様、ちゃんとお礼を言わないとダメです」
「ウー……」
ミュラに言われても心底不満そうに唸るティタニアに、バレッタとニィナは「はあ」とため息をつくのだった。




