後日談3話:日本での拠点
小一時間後。
ショッピングモール内のカフェで、一良たちは一息ついていた。
女性陣はそれぞれ、買ってもらったアクセサリーを眺めてニヤニヤしている。
一良の両隣がバレッタとジルコニアで、対面がエイラとリーゼだ。
「すごく綺麗です……」
バレッタは首から下げた虹色に輝くオレンジ色の石が付いたペンダントを、指先で摘まんでうっとりとしている。
石はファイアオパールで、見る角度によってオレンジ色の中に虹色の光がキラキラと反射して見え、とても美しい。
「それ、いいですよね。オパールって、他の宝石と違って、色合いが独特で素敵です」
「はい。私、見た瞬間に心を掴まれちゃいました」
「ほんと、すごいお店だったよね」
リーゼがガーネットのペンダントトップを摘まんで言う。
最初に店員に説明してもらったものを、結局購入したのだった。
ルースも1つだけ購入し、バッグに入れてある。
「これ、イステリアだったら、たぶん値段が付かないよ。こんなに綺麗に加工された宝石なんて、見たことないもん」
「技術力が違いますもんね。石のカット技術を学んであっちで加工したら、ものすごく儲かりそうです」
「バレッタ、やってみたら? あっちで原石をたくさん集めてさ、加工してボロ儲けするの」
「楽しそうですけど、ガラスをバーナーで適当な大きさに焼いて売るだけで十分だと思いますよ。あっちでは最高品質扱いですし」
「あー。まあ、それもそっか」
話す2人に、ジルコニアがくすりと笑う。
その耳には、透明なキュービックジルコニアのイヤリングが輝いていた。
「あくどい話してるわねぇ。宝石だってことにして、騙して売るってことじゃない」
「お母様、そんなことないですよ。色付き黒曜石なのは確かなんですから」
「ああ、それもそっか。何だか、こっちでいろいろ見てから感覚が……エイラ、ちょっとニヤニヤしすぎじゃない?」
エイラは左手に着けた紫色の宝石が付いたブレスレットを、とろけた顔でニヤニヤと見つめている。
石はアレキサンドライトで、当てる光によって数種類に色が変わる不思議な宝石だ。
「だって、すごく嬉しくて。こんな素敵なものをいただけるなんて、夢みたいです。カズラ様、ありがとうございます!」
「どういたしまして。でも、呼びかたは直してくださいね」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
わいわいと話していると、注文した料理を店員が運んできた。
女性陣の瞳が再び、ぱっと輝く。
「お待たせいたしました。デラックスチョコレートパフェのお客様」
「はい!」
でん、と目の前に置かれたフルーツマシマシのチョコレートパフェに、ジルコニアは満面の笑みだ。
バレッタはヨーグルトパフェ、リーゼはストロベリーパフェ、エイラは抹茶パフェである。
ジルコニアのものはデラックスと名が付いているだけあって、他のものより一回り大きい。
一良はパフェではなく、ホットケーキだ。
「これこれ! これがずっと食べたかったの! いただきます!」
ジルコニアが大喜びでスプーンを手に取り、バニラアイスに生クリームを絡めて口に運ぶ。
「んー! 美味しい! また夢が1つ叶っちゃった!」
「よかったですねぇ。お代わりしてもいいですからね」
「さ、さすがにそんなには食べないですよ。でも、ホットケーキ、一口ください」
「はいはい」
そうしておしゃべりしながら、食事を続けたのだった。
その後、カフェを出た一行は、ショッピングモール内を散策していた。
気になる店を見つけては寄り、を何度も繰り返している。
かれこれ2時間は、こんな調子だ。
「カズラさん! あそこも見て行きましょう!」
「ええ……チョコレートの店なら、さっきも見たじゃないですか」
「あそことは違うお店ですよ。ほらほら!」
「うあー」
一良を引きずるようにして、ジルコニアが店に向かう。
「お母様、元気だなぁ。私、ちょっと疲れちゃった」
リーゼが2人を見送り、通路にあったソファーベンチに座る。
「あはは。初めて来たんですし、仕方ないですよ。リーゼさ……りっちゃんは、他に見たいお店はないんですか?」
「服とかじっくり見たいけど、カズラが疲れちゃってるじゃん。また今度来ればいいよ」
「ですね。2人が戻ってきたら、そろそろ……あれ? エイラさんは?」
エイラの姿が見えないことに気付き、2人がキョロキョロする。
すると、エイラは2人の背後にある店舗の前で、壁に貼られている張り紙をじっと見ていた。
2人も、彼女の下へと向かう。
「エイラさん、何を見てるんですか?」
「ん? 賃貸マンション?」
見ると、それは賃貸物件の広告だった。
広告はいくつも貼られていて、値段も部屋の広さもバラバラだ。
「はい。借りられる物件、すごくたくさんあるんだなって」
「ほんとですね……あっ。これ、りっちゃんが泊りたいって言ってたビルですよ」
バレッタが広告の1つを指差す。
どれどれ、とリーゼとエイラも見てみると、それは外で見たマンションの物件だった。
煽り文句で「駅近の超人気物件!」と書かれている。
「28階の部屋で3LDK、賃料45万円。バレッタ、LDKと敷金って何?」
「LDKは、居間・食堂・調理場のことです。敷金は入居する時に払う一時金ですね。退去時に、その中からお部屋の修繕費とか清掃費用が出されるんです」
「へー……って、他の物件に比べて、ここってめちゃくちゃ高くない? こっちの約5倍じゃん」
リーゼが別の物件の広告を見る。
そちらは8万5千円で、2階建てアパートの2階で2LDKだ。
「新しい建物で広い部屋ですし、場所もいいですから。それに、共用施設がたくさんついてるみたいですよ。スポーツジムとか、プールもあります」
「ほんとだ。いろいろ書いてあるね。でも、5人で住むには部屋が足りないか」
「す、住む気なんですか?」
「あ! ここは1部屋多いよ!」
リーゼが別の広告を指差す。
それは、隣町のタワーマンションの物件だった。
来月竣工なのだが、まだ入居者募集中らしい。
「駅のすぐ傍で最上階の4LDK! 地上32階だって! カズラは毎晩、誰かの部屋で過ごすことになるんだから、4部屋でぴったりだよ!」
「家賃が80万円……諸費用込みで年間1000万円超えちゃう……」
「他の物件と比べると、かなり高いですね……」
ここがいい、と騒ぐリーゼとは違い、バレッタとエイラは高額な賃料に圧倒されている。
すると、ジルコニアと一良が戻って来た。
ジルコニアは一良と腕を組んでニコニコ顔で、ストローでチョコフラペチーノを吸っている。
「おっまたせー! 皆も、これ買ってきたら? すっごく美味しいわよ!」
「はあ。絶対に夕食に響くと……ん? 物件を見てるのか?」
3人が見ていた広告に目を向ける一良に、リーゼが笑顔で頷いた。
「うん! カズラ、私、ここに住みたい!」
「へえ、タワーマンションか……って、家賃80万!?」
驚いている一良に、バレッタが苦笑する。
「高いですよね。いくらなんでも、お金がもったいないです」
「えー? でも、カズラって30億円以上持ってるんでしょ? 10年住んだって、たったの1億だし余裕じゃない?」
「りっちゃん、そういう考えかたはさすがに――」
「まあ、確かにリーゼの言うとおりか」
「「えっ!?」」
真面目な顔で言う一良に、バレッタとエイラの声が重なる。
「それに、新築最上階の4LDKでこの値段って、東京に比べたらかなり安いなぁ。超お買い得物件だよ」
「でしょでしょ? カズラ、ここ借りちゃわない?」
「いいかもな。あの屋敷に住み続けるわけにはいかないと思ってたし、ここを新居に――」
「ちょ、ちょっと一旦落ち着きましょう!」
乗り気な一良に、バレッタが待ったをかける。
「カズラさん、1カ月で80万円ですよ!? 水道光熱費抜きでですからね!?」
「そうですね」
「さすがに高すぎですって! こんな高いところにしなくても、もっと安くて広い部屋を探したほうがいいんじゃないですか?」
「でも、こういうところってセキュリティがしっかりしてますし、俺としてはいい物件だなって思うんですよ」
「セキュリティ……ですか?」
「うん」
小首を傾げるバレッタに、一良が頷く。
「ほら、バレッタさんたち、皆美人だし。変な人に目を付けられたりしたらって心配で。安全のためにも、こういう場所に住みたいんです」
「う……わ、分かりました」
一良なりの考えがあることが分かり、バレッタが引き下がる。
そこまで考えてくれていたのかと、嬉しくなってしまった。
リーゼは「やった!」とガッツポーズをキメている。
「エイラさんは、この物件どう思います?」
あわあわしながらやり取りを見ていたエイラに、一良が話を振る。
「い、いいと思います!」
「よかった。ジルコニアさんは?」
「カズラさんと一緒に暮らせるなら、私はどこでもいいですよ」
ちゅーちゅーとチョコフラペチーノを飲みながら、ジルコニアが微笑む。
よし決まった、と一良はジルコニアと腕を組んだまま、店に入って行ってしまった。
リーゼもうきうきしながら、その後を追う。
「うー……やっぱり、高すぎると思うんだよなぁ。それに、賃貸ってもったいない気が……」
ぼやくバレッタに、エイラが苦笑する。
「まあ、いいじゃないですか。カズラ様……カズラさんの財力なら、あれくらいは余裕に思えますし」
「でも、お金は大切ですよ。あるからいいやってどんどん使っちゃうのは、これから先のことを考えるとよくないなって。散財癖がついたら大変です」
「それは確かに。あまり無駄遣いしないように、私たちで注意しないとですね」
「おーい! バレッタ、エイラ! こっち来なよ! 物件の説明してくれるって!」
「「はーい!」」
リーゼに呼ばれ、2人は店に入って行った。