後日談2話:街に出てみよう
一行はそのまま雑木林を進み、石造りの通路の前にやって来た。
リーゼたちが通路を見て、「おー」、と声を漏らす。
「この先が、日本に繋がってるの?」
「うん。通路の中は薄暗いから、転ばないようにな。エイラさん、手、繋ぎましょうか」
「あ、はい!」
エイラが大喜びで、一良の手を取る。
リーゼたちも割り込むような真似はせず、2人を先頭にして通路へと進んだ。
「おー。ぼんやり光ってる。綺麗ですね」
ジルコニアが壁面に生えている苔に近寄り、指で触れた。
ふわふわとしているかと思いきや、カリッ、と爪に当たる硬い感触に、怪訝な顔になる。
「あら? ずいぶんと硬い苔なのね。まるで石みたい」
「あ、ほんとだ。ヒカリゴケじゃないのかな?」
一良も苔に触れ、小首を傾げた。
思えば、今まで触れたことは一度もなかった。
リーゼとエイラも苔に触れ、不思議そうにしている。
「あの、あまり触らないほうが。何かの拍子で通路が使えなくなったら大変ですし」
バレッタに言われ、それもそうだ、と触れるのを止め、奥へと進む。
曲がり角を曲がって真っ直ぐ進むと、突き当りに石造りの部屋が現れた。
「あれ? 行き止まりじゃん。あの部屋に、何かあるの?」
「いや、あの部屋に入ろうとすると、日本に転移するんだ。さあ、行こう」
一良がリーゼに答え、エイラと手を繋いだまま部屋へと向かう。
そのまま部屋に入った瞬間、2人の姿が部屋への敷居を境に、溶けるように消えた。
「う……わ……」
「何あれ。怖すぎるんだけど」
たじろいでいるリーゼとジルコニアに、バレッタが苦笑する。
「大丈夫ですよ。行きましょう」
バレッタにうながされ、3人で敷居をまたいだ。
途端に景色が切り替わり、こちらに振り返って待っている一良とエイラの姿が現れた。
エイラは一良にしがみつき、頭を押さえている。
「エイラさん、大丈夫ですか!?」
「あ、頭の中に何か……うう」
「う、頭が……」
「あ……ぐっ」
リーゼとジルコニアが同時に頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
今まで聞いたこともない大量の言語の情報が一気に頭に入り込み、目がチカチカして吐き気が襲う。
しかしそれも数秒で、吐き気は綺麗に消え去った。
「リーゼ様、ジルコニア様、大丈夫ですか?」
バレッタが後ろから2人の肩に手をかける。
そこで、2人は違和感に気が付いた。
「あっ! バレッタ! それ、日本語だよね!?」
リーゼが目を見開いてバレッタを見る。
「はい、日本語ですよ。リーゼ様も、こちらでは日本語で話してくださいね」
「うわ、何これ。いろんな言葉が分かるようになったんだけど。What a surprise!(びっくりした!)」
リーゼが完璧な日本語で、ジルコニアが日本語と英語を交えて話す。
2人とも、発音はばっちりだ。
「えっ。ジルコニアさん、英語も話せるようになったんですか?」
「Le japonais et l'anglais sont parfaits!」
「は?」
「フランス語で、日本語も英語も完璧ですって言いました」
「ええ……」
得意げなジルコニアに、一良が愕然となる。
そして、いまだにしがみついているエイラに目を向けた。
「エイラさんも、いろいろ話せるようになってるんですか?」
「は、はい。ぱっと思い浮かべるだけで、いろんな言語が頭に浮かびます……E tipo isso(こんな感じです)」
「それ、何語ですか?」
「ポルトガル語です」
「すげえ……勉強いらずじゃないですか」
「あはは。何か、すごくお得ですね! 文字も書けるようになってるみたいですし」
いいなぁ、と一良はエイラを見てから、そういえば、とバレッタに目を向けた。
「バレッタさんは初めて日本に来た時に、3人みたいにならなかったですよね?」
「ですね。でも、私もいろんな国の言葉が話せるようになってますよ。2カ月前にエリシスさんたちに言われて、初めて気付きましたけど」
「あれか。脳の容量的に、いろいろ入っても気付かなかったんですかね。バレッタさんの記憶容量、とんでもなさそうですし」
一良の意見に、ジルコニアたちが頷く。
「私たちの脳みそとは、バレッタのは格が違うものね。別の生き物みたい」
「確かに。同じ人間とは思えないよね」
「頭の中、パソコンが詰まってるかもしれないですね」
「うう、その言いかた、あんまり好きじゃないです……」
ジルコニアたちの言いざまに、バレッタが苦笑する。
「で、ここが日本なの?」
リーゼがきょろきょろと部屋を見渡す。
床は鉄板が敷き詰められていて、部屋の外に続く廊下にはブルーシートが敷かれている。
ジルコニアは背後を振り返り、その先に見える畳部屋を見て「おー」、と声を漏らしていた。
「うん。外に出ようか」
一良に連れられ、皆で部屋を出る。
リーゼたちは「はー」だの「ほー」だの言いながら、きょろきょろしていた。
玄関から庭に出ると、リーゼ、ジルコニア、エイラが「おー!」と喜びの声を上げた。
天気は快晴。
そよそよと吹く風に家の脇の竹林が葉を揺らし、ホーホッホー、と山鳩の鳴き声が響いている。
「自動車がある! それに、道路も!」
「あっ! 竹が生えてます!」
リーゼが道路に、エイラが竹林へと走る。
ジルコニアは口をあんぐりと開け、空を見上げていた。
遥か上空を、飛行機雲がゆっくりと伸びていく。
「す、すごいですね。本当に別の世界に来ちゃったんですね……」
そう言って、屋敷を振り返る。
事前に聞いてはいたものの、実際に体験すると驚きすぎて唖然としてしまった。
「全員が無事に来れてよかったです。さっそく、街を見に行きません? そこの車で」
「行きます! リーゼ、エイラ! 戻ってらっしゃい!」
延々と続く道路の先を眺めていたリーゼと、感激した様子で竹林を見つめていたエイラが「はーい!」、と戻って来る。
そうして皆で自動車に乗り込み、街に行くことになった。
よく晴れたのどかな田舎道を、街に向かって車で進む。
初めて見る景色に、リーゼたちは興奮気味だ。
助手席はバレッタで、リーゼとジルコニアが手前の後部座席。
エイラは1人で、一番後ろの席だ。
「すごいですね! どこまでも道路が続いてます!」
エイラが、窓から少し顔を覗かせて目を輝かせる。
道路脇には畑が広がっていて、土を耕しているトラクターが1台見えた。
「この自動車、全然揺れないんだね。トラックと全然違うよ」
「ほんと、いい乗り心地ね。座席の座り心地も、すごくいいし」
リーゼとジルコニアも、わくわくした顔で窓から外を眺めている。
皆、とても楽しそうだ。
「カズラ、街に行ったら、どこかお店を見てみたいな」
「うん、いいよ。リーゼは行きたい店はあるか? 本屋とか、服屋とかさ」
「えっとね。私、ルース屋さんに行ってみたい!」
「ルース?」
知らない単語に、一良が運転しながら聞き返す。
「カズラさん、宝石のことですよ。アクセサリーにする前の、裸石のことです」
バレッタの補足に、なるほど、と頷く。
「宝石かぁ。ジュエリーショップにあるかな?」
「スマホで検索してみましょうか?」
「うん。お願いしますね」
バレッタがポシェットからスマートフォンを取り出し、検索をかける。
リーゼとジルコニアが座席から身を乗り出し、スマートフォンを覗き込んだ。
「それ、バレッタのスマホ?」
「はい。少し前に、買ってもらいました」
「いいなぁ。カズラ、私も欲しい!」
「カズラさん、私も欲しいです!」
「こらこら。危ないから、座ってシートベルトを締めてくれ」
一良が顔をしかめ、リーゼとジルコニアに注意する。
「えー? いいじゃん。安全運転してくれれば、大丈夫だって」
「警察に見つかったら捕まっちゃうの。ダメなものはダメ。それに、シートベルト無しで事故ったら大変なことになるぞ」
「あら、それは大変ね。リーゼ、ちゃんと座りましょ」
「はーい」
「見つけたら、リーゼ様たちにも見せますから」
バレッタが慣れた様子で、ポチポチとスマホを操作する。
「んー……あのさ、バレッタ」
しばらく無言の時間が過ぎた後、リーゼがバレッタに話しかけた。
「あ、はい。何ですか?」
「その、『リーゼ様』っていう呼びかた、こっちだと目立つでしょ? 別の呼びかたにしてくれない?」
「う、た、確かに……じゃあ、『リーゼさん』でいいでしょうか?」
「そんな他人行儀な呼びかたじゃなくてさ。もっと、砕けた呼びかたがいいな」
「砕けた、ですか……」
うーん、とバレッタがスマートフォンを操作する手を止めて考える。
「『りっちゃん』とかどうだ? あだ名って感じだろ」
「それいいね! バレッタ、そうしようよ!」
一良の提案に、リーゼが嬉しそうな声を上げる。
「は、はい。では、それで」
「うん! さっそく呼んでみて?」
「え、えっと……りっちゃん?」
「……えへー」
にへら、とリーゼがデレた顔になる。
「うん、いいね! すっごく気に入った!」
「そ、そうですか。よかったです」
リーゼが後部座席のエイラに振り向く。
「エイラも、皆の呼びかた変えたほうがいいよ。これからは、主従関係はなしでいいからさ」
「は、はあ……では、さん付けで呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん。あと、敬語も使わなくていいからね?」
「う……ちょっとそれは、今さら直すのは、違和感がすごくて。今までどおりにさせていただければ……」
「えー? タメ口でいいのに」
「バレッタ。私のことも、呼びやすいように呼んでくれていいからね? エイラも、適当に呼んでね」
「じゃあ、ジルさんって呼ばせていただきますね」
「わ、私もそれで」
そんな具合で、わいわいと話しながら街へと向かった。
山道をひた走り、街へとやって来た。
ネット情報をもとに、駅前のショッピングモールへと向かう。
「うわあ……すごい」
建ち並ぶ商店や行き交う自動車を見て、リーゼは口を半開きにしている。
ジルコニアとエイラも同様で、目を真ん丸にして車外を見ている。
「あんなに高い建物、どうやって建てたんだろ……」
「はは。これから、いろんなところに連れて行ってやるよ。今夜は街に泊っていくか?」
「うん! 私、あの一番大きなビルの最上階に泊まりたい!」
リーゼが30階建てほどの大きさのビルを指差す。
「あれはマンションだから無理だよ。どこか、いいとこを探さないと」
「カズラさん、ショッピングモールの隣、ホテルですよ。あそこでもいいんじゃないですか?」
バレッタが、遠目に見える大きなホテルを指差す。
この街では一番大きな、シティホテルだ。
「あ、ほんとだ。ルース屋さんを見たら、行ってみましょうか」
近くのパーキングに入り、車を停めた。
車を降り、ショッピングモールに向かう。
駅に併設されているタイプのもので、たくさんの人で賑わっていた。
「「「わっ!」」」
ウィーン、と開いた自動ドアに、リーゼたちがびくっとなって立ち止まる。
固まっているリーゼたちをよそに、一良とバレッタがモール内へと入って行く。
「ほらほら、そんなところで立ち止まると迷惑だぞ」
「う、うん」
リーゼが慌てて、小走りで一良たちに駆け寄る。
「すごいわね、ここ……王城どころの騒ぎじゃないわよ」
吹き抜けになっている上層階を見上げながら、ジルコニアがエイラに言う。
「ですね。まるで映画の中にいるみたいで、すごく楽しいです」
「ああ。ゾンビに襲われて、ショッピングモールに立てこもるやつ?」
「はい。人がたくさんいると、こんな感じなんですね」
「この人たちが全員ゾンビになったら、逃げ場なしね」
「そ、その時はジルさんが全部倒してくださいね」
「なんつー話をしてるんだ。ほら、行きますよ」
不穏な話をしている2人に一良が苦笑し、目的の店へと歩き出す。
リーゼたちはきょろきょろしながら、一良とバレッタに付いて行く。
見るものすべてが珍しく、ただただ唖然とするばかりだ。
少し歩き、1階のジュエリーショップに到着した。
ガラスのショーケースに並ぶ数々のアクセサリーに、皆が目を輝かせる。
「うわ! すっごく綺麗!」
「こ、これはすごいわね……」
「あわわ。全部が国宝級に見えます……」
3人がショーケースに顔を近づけ、まじまじとアクセサリーを見つめる。
すると、近くにいた若い女性店員が寄って来た。
「お気に召したものがございましたか?」
「あっ、はい! この真っ赤な宝石が付いてるやつ、すごく綺麗ですね!」
リーゼがショーケース内のペンダントを指差す。
「こちらはガーネットですね」
女性店員はそう言うと、ショーケースの反対側から、ガーネットのペンダントを取り出した。
ガーネットは6ミリほどの大きさで、台座とチェーンはK10(10金)だ。
ペンダントトップを自分の手の甲に載せるようにして、リーゼに見せる。
お値段は24200円である。
「わあ……綺麗ですね。見る方向を変えると、すごくキラキラしてます」
うっとりとした顔になるリーゼに、女性店員が微笑む。
「ですよね! 赤い石がお好きなんですか?」
「んー。どちらかというと、青とか紫が好きです。ルースって置いてますか?」
「ございますよ。少々お待ちを」
女性店員がバックヤードに引っ込む。
「皆、気に入ったのがあったら言ってね」
「えっ! 買ってくれるの!?」
瞳を輝かせるリーゼに、一良が笑顔で頷く。
「うん。何でも好きなのを買っていいよ」
「ありがとう! うわー、どうしよっかなぁ」
「カズラさん。私、これにしようかなって」
ジルコニアがアクアマリンのペンダントを指差す。
小粒の薄い水色の石があつらわれた、かわいい一品だ。
お値段は14800円だ。
「おっ、かわいいですね。こっちにも、いいのがありますよ」
一良がそう言って、隣のショーケースにジルコニアを連れて行く。
そこには、様々な色の宝石の指輪やペンダントが並んでいた。
透明、赤、黄色などがあり、ジルコンとキュービックジルコニアという石のアクセサリーが分けて置かれている。
ジルコンは天然石で、キュービックジルコニアは人工宝石だという説明が書かれていた。
「これ、ジルコニアっていう宝石なんです。綺麗でしょう?」
「えっ。私と同じ名前なんですか?」
「うん。ほら、石言葉の説明もありますよ」
一良がショーケースの上の、石の種類と説明文が書かれているパネルを見る。
石言葉も書いてあり、ジルコンは「生命力」「安らぎ」「永遠」「成功」。
キュービックジルコニアは「平和」「苦しみからの解放」「私だけを見つめて」だ。
「おー……石ごとに、いろんな意味があるんですね。どれも、すごく綺麗です。ダイヤモンドそっくりですね」
「ですね。もし気に入ったのがあったら、買っていきましょう。さっきのアクアマリンのとか、他のやつも選んでいいですからね」
「はい! カズラさんは、どれがいいと思います?」
「俺としては、こっちの青いジルコニアのペンダントがいいかな。天然石のほうも捨てがたいけど」
「うんうん。かわいいデザインですね。それに、お値段もお手頃なんですね」
「カズラさん、私にも何か選んでください!」
「わ、私も……」
バレッタとエイラが寄って来て、別のショーケースに誘う。
あれこれと見て回る一良たちをよそに、リーゼは戻って来た店員に大量のルースを見せられ、目を輝かせていた。




