後日談1話:ついにこの日がきた!
バレッタが初めて日本に行ってから、約2カ月後の昼。
グリセア村の新居の居間で、リーゼがニコニコ顔で鍋の蓋に手を伸ばしていた。
一良は白菜のお新香を切っていて、囲炉裏の周りには鳥肉の炒め物と玉子焼きが並んでいる。
この家は村人たちが建ててくれたもので、5人分の個室を備えた大きなものだ。
設計したのはマリーで、一良から貰った住宅雑誌を見ながら考えてくれた。
かまどの排煙を利用した床暖房、ウォークインクローゼット、水路直結の水道付きの高機能住宅である。
ちなみに、マリーは現在、イステリアのナルソン邸にいる。
母親と一緒に、毎日楽しく仕事に励んでいる様子だ。
「んふふ。炊け具合は……お! ばっちり!」
ぱかっと外された蓋の下から覗いた赤飯に、リーゼは嬉しそうな声を上げる。
その左手薬指には、透明ダイヤモンドとピンクダイヤモンドがあしらわれた結婚指輪が輝いていた。
一良も同じ物を着けており、バレッタ、ジルコニア、エイラも同様の物を常に着けている。
リーゼたちが「皆で同じ物を着けていたい」と言ったので、一良が3人分追加注文して彼女たちにプレゼントしたのだ。
「いい感じじゃんか。美味そうだ」
「でしょ? んー、いい匂い!」
ほかほかと湯気を上げる赤飯に、リーゼの表情が綻ぶ。
すると、バレッタが丸めた紙を手に、自室から出てきた。
「はー。何とか出来ました……」
「バレッタさん、ちょうど赤飯が炊けましたよ」
「上手に炊けました!」
どうよ、とリーゼがバレッタに笑顔を向ける。
「わあ、綺麗に炊けてますね! 美味しそうです!」
「渾身の出来だから、たくさん食べてね! 設計は上手くいった?」
「はい。そこそこ使えると思います。そのへんに転がってる石と少量の火薬で作れますから、お手軽ですし」
ぱら、とバレッタが紙を広げる。
そこには、カタパルトで射出する特殊砲弾の設計図が描かれていた。
導火線の付いた小型爆弾を大量の石が入った網の結び目に縛り付け、射出した後に上空で爆発させて縄を解き、地表に石の雨を降らせる新兵器だ。
遠距離から正確な範囲攻撃ができる安価な兵器が欲しいとナルソンに頼まれて、バレッタが考案したものである。
バレッタに相談する前にナルソンも自分で少し考え、大量の小石をカタパルトからそのまま射出する実験をしたのだが、射程は短いわ着弾地点はでたらめだわで不採用となったのだった。
バレッタは本格的な榴散弾を作ろうかとも考えたのだが、コストと運用のお手軽さからこのような代物となった。
「そっか。試作もバレッタがやるの?」
「いえ、ニィナたちにお願いしようかなって。そんなに難しい構造じゃないんで」
「はは。バレッタさん、そのうちまた、王都とかイステリアに呼び出されそうですね」
「うう、それは勘弁してほしいです……」
そんな話をしていると、玄関の引き戸が開いてジルコニア、エイラ、フィレクシアが入って来た。
フィレクシアはアルカディアとバルベールの二重国籍を持つ特別待遇となっていて、ちょくちょく両国を行き来している。
ティティスはエイヴァー執政官、アロンド夫妻と一緒に王都に行っていて、3カ国での連合海軍創設の話し合いをしているとのことだ。
バルベールの北部では相変わらず小競り合いが続いており、カイレン、ラッカ、ラースが中心になって対応を続けている。
異民族はグレイシオールの長城建設に焦っているのか、近頃襲撃の頻度が増えているらしい。
幸か不幸か、度重なる襲撃によってプロティア・エルタイル駐屯軍の活躍する機会が増え、同盟国の関係性向上に繋がっている。
潤沢な補給物資と滞りなく支払われる賃金、そして兵士目当てで押し寄せる大量の商人のおかげで、現場の兵士たちは意気軒高と一良たちは聞いている。
特に、ニーベルの元部下のモルスたちのやる気はすさまじく、戦闘から兵站までのすべてをこなして働きまくり、貰った賃金の大半を戦死者遺族の支援に寄付しているらしい。
よほど、地獄行きになるのが怖いと見える。
「ただいまー。クアの実、たくさん採ってきたわよ。コルツ君とミュラちゃんが一緒に探してくれたわ」
「ターナさんに、川魚のみりん干しを貰いました。ちょうど焼いてたところで、持って行ってって言ってくださって」
クアの実とみりん干しの載ったザルを手に、ジルコニアとエイラが居間に上がる。
フィレクシアは目をキラキラさせて、バレッタが手にしている設計図をガン見していた。
「バレッタさん! それ、新兵器ですね!? 見せてくださいっ!」
「あ、はい。どうぞ」
「やった!」
フィレクシアが大喜びで居間に上がり、設計図を受け取る。
途端に真剣な顔になり、数秒口を閉ざした。
「ふーむ。石を頭上でばら撒くのですね。でも、縄が綺麗に外れるかが心配ですね」
「それが私も心配で。もしかしたら、縛り口が外れても塊のまま落ちちゃうかもですよね」
「はい。なので、縄の口に風を受ける用の布をいくつかくっつけたほうがいいのでは。お椀型に切った布に細い木の棒で枠組みを作ったのをくっつけて、たわませて先を閉じて紐で結んでおくんです。爆弾が弾けたら、閉じたところが棒の反発力で広がるかたちにしてはどうでしょうか?」
フィレクシアがポケットから鉛筆を取り出し、図面に描き込む。
「縄の口に付けた爆弾が炸裂すれば、開いた布が広がって風を受けます。そうすれば、綺麗に縄が開くはずです」
「あっ、なるほど! それいいですね!」
2人は座り込み、図面の修正を始めた。
リーゼが不満げな顔で、それを見やる。
「もー。そんなの後にしてくれない? 私の妊娠祝いなんだけど?」
「あっ、ご、ごめんなさい! フィレクシアさん、それはまた後で……」
「す、すぐに終わりますので……よし、できたっ」
フィレクシアは大急ぎで修正し、図面を丸めて床に置いた。
一良と床を共にするようになってから、リーゼは毎朝、雑木林の強制転移地点に出向いていた。
今朝になって転移しないことが判明し、リーゼは歓喜しながら一良の部屋に突撃して、爆睡していた一良とバレッタを叩き起こしたのだった。
「そ、それにしても、妊娠したかどうかがすぐに分かるなんてすごいのですよ。皆さん以外でも、分かれば便利でしょうね!」
フィレクシアが愛想笑いをしながら、リーゼに話しかける。
「うん、確かに便利だよね。普通、ちゃんと分かるまで、かなり時間がかかるし」
「そういえば、妊娠検査薬っていう道具もあるんですよね?」
エイラが言うと、フィレクシアが「えっ!」と興味を示した。
「それはどんな道具なのですか?」
「私も詳しくは……カズラ様、どう使うものなのでしょうか?」
「確か、おしっこをそれにかけると妊娠しているかが分かるものだったかな。俺も現物を見たことはないですけどね」
「そんな簡単に!? 欲しがる人がたくさんいるでしょうし、売り出したら大人気なのですよ! 貴族相手に売り出してみたらどうでしょうか?」
「うーん。欲しがる人が多いと必要量がすごいことになりそうだし、お偉いさん相手だと神様から貰ったものをイステール家が売り出すってことになるからなぁ」
「私はやめたほうがいいと思います。無償提供ならいいかもですけど、お金を取るのはちょっとまずい気が」
一良に続き、バレッタも反対する。
確かに、とエイラも頷いた。
「そうですか……カズラ様。それ、できれば私にいくつかもらえないでしょうか?」
フィレクシアが一良の顔色を窺うように、おずおずと申し出る。
「え!? フィレクシアさん、妊娠したかもなんですか!?」
「あ、いえ! それはまだなんですが、そろそろカイレン様に迫ろうと思うのですよ。子供を作ってしまって、逃げ場をなくしてやるのです!」
気合の入った顔で、とんでもないことを言うフィレクシア。
皆が、「ええ……」、と引いた声を漏らす。
「フィレクシア。そういうやりかたは、止めたほうがいいわよ」
「絶対に後で揉めますよ。考え直したほうが……」
ジルコニアとエイラにたしなめられ、フィレクシアが不満げな顔になる。
「でもでも、このままだとカイレン様がティティスさんに取られちゃいそうなんです……」
「それとこれとは別問題でしょ。既成事実を作ってどうこうって、人として最低……ん、んんっ!」
ジルコニアはそこまで言いかけて、リーゼが以前やらかしかけたことを思い出して咳払いをした。
リーゼにとっては嫌な思い出なのか、遠い目で格子窓の外に浮かぶ雲を見つめている。
「ま、まあ、とにかく焦って早まったことはしないように! 冷めちゃう前に、ごはん食べましょ! エイラ、魚とクアの実をお皿に移しましょ」
「は、はい」
「はあ……」
リーゼがため息をつきながら、赤飯を椀によそう。
皆に椀が行きわたり、いただきます、と食べ始めた。
「おっ、美味い。最高の炊け具合だ」
「ですね。ゴマ塩がよく合って、美味しいです」
赤飯を頬張り、一良とバレッタが頬を綻ばせる。
もちもちした食感と小豆の香りがいい具合で、抜群の出来だ。
「これ食べたら、いよいよ出発だね! カズラのご両親に、すぐに挨拶しに行かなきゃ」
「あ、それなんだけどさ。さっき電話したら、父さんたち、今は名古屋に遊びに行ってるんだって」
一良が言うと、リーゼは少し残念そうな顔になった。
「そっか。帰ってくるのはいつなの?」
「明日だって。ご馳走用意しておくから、夜においでって言ってたよ」
「なら、それまで日本観光しよっか! あー、楽しみすぎてわくわくが止まらない!」
「私も本当に楽しみだわ。やっぱり、映像で見るのと実際に見るのじゃ、全然違うだろうし」
「うう、緊張します……カズラ様のご両親、お土産を気に入ってくださるといいのですが」
ジルコニアは満面の笑みで、エイラはかなり緊張した様子だ。
2人も約半月前に妊娠が判明したのだが、日本に行くのはリーゼも一緒がいいとのことで、待ってくれていたのだ。
リーゼは「待たせてごめん」と口では言っていたが、一良といちゃつける夜が結果的に激増したので、内心焦りつつも喜んでいた。
バレッタもリーゼに遠慮して、一良と夜を共にするのは5日ごとでいい、となっていた。
「むうう。羨ましいのです。私も、神様の世界に行ってみたいなぁ……」
「「これ以上増えるのはダメ!」です!」
ぽつりと言うフィレクシアに、一良の両隣に座っていたバレッタとリーゼがすぐさま反応して一良の腕を掴んだ。
フィレクシアには、神の国に行くには一良の妻になって子を身籠らなければならない、と言ってある。
神にも親がいるのか、と聞かれたこともあるが、その辺は普通の人間と仕組みは同じと説明しておいた。
フィレクシアはそれ以上は細かく聞いてくることはなく、「なるほど」、と納得してくれた。
「い、いえ、さすがにそこまでする気はないのですよ。私はカイレン様一筋なので」
「とか言っちゃって。隙を見てカズラさんを誘惑する気なんじゃないの? まあ、私はそれでもいいけど」
「ちょ、ちょっと、お母様! 何を言ってるんですか!」
「何をって、私たち自身がカズラさんとバレッタの厚意でこうなったんじゃない。カズラさんがどうしてもって言うなら、拒否なんてできないと思うんだけど」
ジルコニアがそう言うと、フィレクシア以外の視線が一斉に一良に集まった。
「い、いや、俺もそんなつもりはないから。そんな目で見ないでもらえると……」
「ほんとに? 村の娘たちにも、手を出しちゃダメだよ? 特に、マヤとかさ」
「マヤさん、カズラ様のことを狙ってますもんね」
「そ、そうなんですか!?」
リーゼとエイラの台詞に、バレッタが仰天する。
「あれ? バレッタ、気付いてなかったの?」
「初耳ですよ! カズラさん、マヤに迫られてるんですか!?」
「ああもう、大丈夫だからとりあえず落ち着いて。ていうか、俺ってそんなに信用ないのか……」
「そ、そういうわけじゃ……」
その後、ひたすら一良は「他の女性には手出ししないから」と言い続け、その場は収まったのだった。
小一時間後。
一良、バレッタ、リーゼ、ジルコニア、エイラは、件の雑木林にやって来た。
全員があらかじめ用意しておいた日本の服に着替えており、準備万端だ。
バレッタはポシェットを斜め掛けしていて、中には財布とスマートフォンが入っている。
スマートフォンは、バレッタ名義のものだ。
「うう、緊張する。今になって通れなくなってたら、立ち直れないよ……」
リーゼが強張った顔で、一良の腕に自身の腕を絡める。
「いや、そんなことないって。今朝、ちゃんと通れたんだろ?」
「それはそうだけど、あの時は舞い上がっちゃってたし、白昼夢だったりして」
「私も、あれから試してないからなぁ……これでまた戻されちゃったら、ショックで気絶するかも」
「ジルコニア様、怖いこと言わないでくださいよ……」
ジルコニアが一良の反対側の腕にしがみつき、エイラが一良の上着の端を後ろから掴む。
「大丈夫ですって。皆、一度通れたんですから」
「ほら、皆さん、行きましょう」
ずんずんとバレッタが先を行き、印がつけられた木の向こう側に進んだ。
皆を振り返り、おいで、と手招きする。
リーゼたちは緊張した顔で、一良に歩を合わせて進んだ。
「せーの!」
一良の掛け声とともに、転移ポイントを一良、リーゼ、ジルコニアが跨ぐ。
無事に通過することができ、ぱあっとその表情が明るくなった。
「やった! 通れた!」
「カズラさん、通れましたよ!」
「いや、そりゃそうでしょ」
「やったね! ……って、あれ!? エイラは!?」
振り返ったリーゼが、エイラの姿が見当たらずに表情を青ざめさせた。
「ねえ! エイラは!? まさか――」
「エイラさん、大丈夫ですか!?」
「うう、いたた……足を滑らせました……」
べちゃっと地面に倒れ込んでいるエイラを、一良とジルコニアが助け起こす。
それを見て、はあ、と心底ほっとしたため息をリーゼは漏らすのだった。
活動報告にて、7月22日発売のコミック16巻の表紙を公開中です。




